事務局(秘書・パラリーガル)の「キャリア」とは:河瀬季(代表弁護士)
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前提:「事務局」「秘書」「パラリーガル」という職種について
法律事務所に所属する、弁護士以外のスタッフは、「事務局」「秘書」「パラリーガル」など、様々な名称で呼ばれています。これらは一応「職種」ではあるのですが、法律事務所業界全体を貫くといった意味で明確な使い分けがなされているものでは、必ずしもありません。そこでここでは、「モノリス法律事務所に所属する、弁護士以外のスタッフ(であって、当事務所独特の職種ではないもの)、具体的には、いわゆる事務局・秘書・パラリーガル」を、単に「事務局」と呼ぶことにします。
なお、当事務所は、事務所内で、「事務局」「秘書」「パラリーガル」を、一定の意味内容で区別しているのですが、この話は下記記事で記載しているため、本記事では割愛します。
事務局の「キャリア形成」が困難な2個の理由
さて、前置きが長くなってしまうのですが、法律事務所の事務局(前述の通りの意味の言葉です。)は、法律業界の一般論としては、「キャリア形成」について、明確な指針等が、残念ながらあまり無い職種になってしまっていると思われます。そしてこの原因は、大きく2個あると思われます。
まず単純に、事務局の組織化が行われている事務所が少ないことです。
すなわち、法律業界を離れて考えて頂ければ「当然」だと思われますが、「キャリアアップ」とは、基本的には「組織の存在を前提に、そのレイヤーを上がっていくこと」です。しかし、法律業界は、弁護士数が現在4万人強、事務所数が2万弱、事務局の人数は弁護士より若干少ない、と言われています。つまり、「1事務所あたりの平均事務局人数は、2名かそれ以下」です。その職種について、「組織化」「それを前提としたキャリアアップ体制の構築」が進んでいない事務所が多いことは、当然です。
次に、事務局の転職は、多くの場合、「取扱分野が異なる事務所への転籍」として行われることです。例えば、債務整理を主要取扱分野とする法律事務所から、交通事故をそれとする事務所、次に企業法務系の事務所、といった具合です。
ただ、これも法律業界を離れて考えて頂ければ「当然」かと思うのですが、こうした「横」への転職は、基本的に「キャリアアップ」ではありません。
まず、言うまでもなく、法律事務所の取扱分野に「貴賤」はありません。「企業法務系法律事務所の事務局は、一般民事系法律事務所の事務局よりも、格上である」といったことは一切ありません。
また、たしかに、数個程度の分野に携わることは「経験」になります。しかし、これが5事務所や10事務所に増えたとしても、「結局、6番目や11番目の事務所が取り扱っている分野の数には限りがある」のであり、例えば「10事務所(10分野)を経験した事務局には、2事務所(2分野)を経験した事務局と比べて、5倍の経験値がある」という評価は、なかなか受けにくいと思われます。
したがって、こうした「横への転職回数」が増えることは、「一定の速度でのキャリアアップ」とは評価されにくいものだと思われます。
この結果、事務局の「キャリア」は、多くの場合、単純にある事務所における勤続年数、それに伴い少しずつ増えていく収入、ということになっているケースが少なくないものと思われます。
「弁護士と事務局は役割分担の問題」であるということ
ただ、上記は、少なくとも「現代的」な頭脳労働のあり方ではありません。
当事務所は、「法律事務所の主役は、たしかに弁護士です」が、「それは、IT企業の主役がエンジニアであることと同じ」であり、「弁護士と事務局は役割分担の問題」であると考えています。従って、事務局にも、「現代的な頭脳労働の一つ」として、然るべきキャリア論が存在すべきだと考えています。
そして、事務局のキャリアとは、他の「現代的な頭脳労働」がそうであるように、「プレイヤーからマネージメント層へ、少しずつレイヤーを上がっていくこと」です。
ただ、特に、既に他事務所、特に小規模事務所で事務局として働かれている方や、「法律事務所の事務局」という仕事について、ある程度周りの話を聞いている新卒の方の場合、「そもそも事務局におけるマネジメントとは何なのか」ということが、かえって分からなくなっている方もいらっしゃるかと思います。
事務局とは、単純に言えば、「弁護士と業務を分担しながら、案件の進行等に関わる役割」です。この「分担」は、理論的には、「弁護士法上の法律事務(いわゆる『狭義の弁護士の仕事』)を行うのは弁護士で、それ以外の業務を行うのは事務局」という事になりますし、具体例を挙げるのであれば、「例えば裁判所への書面提出は、事務局の業務」ということになります。
人数の増加と「マネジメント」の必要性
ただ、事務局の人数が増えてくると、そうした業務を事務局内で分担処理することが、少しずつ困難になってきます。
これは、単純なロジックです。
まず、仮に事務所内に事務局が1人しかいないのであれば、「全ての事務局業務を自分が行えば良い」のであり、そこには(事務局内部での)コミュニケーションコストが存在しません。しかし、事務局が2人になると、必ずしもどちらが担当すべきか明確でない業務について、自分の横に座っている別の事務局と会話を行う必要が生じます。3人になると、この「ライン」が、三角形の辺の数、つまり3本(3÷3で1人あたり1本)になります。4人になると、四角形とその対角線、つまり6本(6÷4で1人あたり1.5本)で、5人になると、五角形と対角線、つまり10本(10÷5で1人あたり2本)…。
「人数が増えるごとに、コミュニケーションコストは増加し、したがって、自分の稼働時間の中で、コミュニケーションのために使うべき時間が増えていく」「その結果、一人あたりの実稼働時間・生産量が、どんどん減っていく」という現象が発生します。
そしてこのコミュニケーションコストの増大は、「職人的でない、一般的な労働ほど、顕著」という傾向があります。つまり、全く同じ問題は弁護士側にもあるのですが、弁護士の場合、「とはいえ、あるクライアントAの案件の担当は原則的に自分で、特に隣に座っている弁護士と分担を話し合う必要がない」といったケースも多いと言えます。これは、弁護士の職人性・属人性に起因するものです。(なお、この職人性・属人性が強いが故に、弁護士という職種は「自分の担当クライアントの案件が増えた」といった場合に長時間労働化しやすく、業務処理方法を洗練させるべき要請が非常に強いのですが、この話はここでは割愛します。)
これに対して事務局の場合、「あるクライアントの案件のための業務」については弁護士とある程度似た傾向がありますが、「事務所全体のための業務」等については、コミュニケーションコストの問題が、先ほどの単純な算数のロジックそのままに、発生します。
マネジメントとは、ここで必要となる概念です。
「マネジメント」のために必要な視点・能力とは
ただ、「マネジメント」と突然言われても、その正体がわかりにくいかもしれません。そこで、「マネジメント」のために必要な視点・能力などを、ここでは2個、例示します。
まず、「マネジメント」とは、階層間で「ズレる」ケースも多い複数の「正義」の調整として、意思決定を行うことです。
事務局や法律業界に限らず、「組織」というものは、その中に階層構造が発生すると、その階層間で、「正義」がズレていくケースが少なくありません。例えば代表的なものに、「同一階層間の同質性の要請」と「全体最適化の要請」の調整、という問題があります。
事務局に限らず、同一階層のメンバーは、なるべく「平等」に各業務を担当すべきだ、という考え方と、全体での効率を考えると、「役割分担」が優先されるべきである、という考え方です。そしてこれらは、どちらも「間違っている」というものではありません。この二つをどのように調整するかの判断が、マネジメントを行う階層には、必要となります。
次に、「マネジメント」とは、狭義の「労働」、例えば手を動かすことを「美徳」と捉えず、その業務の効率化を考えることです。「業務のやり方を変えることのスイッチングコスト」を過大評価せず、業務量が増えた場合に増員要求(それは上記のコミュニケーションコストの増大や一人あたり生産量の低下を招くものです。)を考える前に、当該業務を効率化させる手がないかを考える、ということです。
その結果、同一階層のメンバー間に「役割分担」が発生することもあり得て、これが先ほどの話に繋がります。
こうした意味で、「マネジメント」とは、必ずしも人的関係の構築能力を指すものではありません。「正義」の調整を行いながら、業務効率を向上させること、よって自分のチームの総稼働量を増やしていくこと。そうした「狭義の頭脳労働」が、マネジメントの基本です。
事務局業務の「可能性」「外延」とは
さて、ここで話が変わりますが、(組織としての)事務局業務の「可能性」や「外延」とは、何でしょうか。
まず、事務局とは、法律事務所の業務のうち、法律事務以外を担当する「ことができる」仕事です。
そして、法律事務所というものは、理論的・基本的には、クライアントから「あらゆる仕事」を受けることができる事業体です。…少し分かりにくいのですが、法律事務所という事業体は、「裁判」「契約書作成」といった、典型的な弁護士業務「だけをしなければならない」といった規制等を受けているものではなく、クライアントへ提供するサービスには、基本的に無限の可能性があります。
したがって、「事務局」とは、理論的には、「無限の可能性がある業務を、その職種内に取り込み、組織構造の元で実施することができる部署」であると言えます。
例えば、既に当事務所でも行っている実例を、一つ紹介します。
弁護士は、クライアントからの依頼に基づき、例えば法律相談、契約書作成、訴訟といった業務を行います。クライアント企業が小規模であれば、クライアント側の経営者は、「この法律事務所に依頼し、今月はこうした業務を行って貰った」ということを、自然と把握しているケースが多いと言えます。
しかしクライアント企業が大規模化してくると、上記のような業務を法律事務所に依頼し、その成果物の納品等を受けているのが、経営者ではなく担当者レベルになっていく傾向があります。その場合、経営者からは、「あの法律事務所はどんな仕事をしているのか」ということが、少しずつ見えなくなってきます。
これは、クライアント側の経営者と法律事務所の関係を維持・向上させるという観点からは、必ずしも「良いこと」ではありません。
このため、例えば、「上記のような弁護士の稼働について、必要十分な月次報告書を作成し、クライアント(の経営者)に納品する」という手があります。コンパクトにまとまったそれが、クライアントの役員会などで共有され、経営者の目に入っていれば、上記のような問題が解決されるからです。
そして、この報告書の作成は、「弁護士しかできない法律事務」ではありません。したがって、「事務局の業務」とすることのできる業務です。
事務局は「現代的な頭脳労働の一つ」であること
…上記はあくまで「一例」であり、「報告書作成業務や、そのマネジメントができないと、事務局として上の階層に上がることができない」といった意味では全くないのですが、上記と同質な
法律事務所が事業体として行うべき仕事であって、弁護士以外でも担当できる、むしろ弁護士を法律事務に集中させるため、事務局側で行う方が良い仕事
というものには、「無限の可能性」があります。
こうした業務の事務局側への取り込みも行いながら、その業務幅を拡大させ、全体業務を複数の「正義」の調整の中で効率化させて、自分のチームの総生産量を増やしていくこと。…と、このレベルに抽象化した上では、事務局という仕事は、「一般的・現代的な頭脳労働の一つ」以外の何者でもありません。
だからこそ、他の「一般的・現代的な頭脳労働」と同じように、事務局も、「キャリア」「キャリアアップ」を考えることができる仕事なのです。
「法律事務所」という業界に関心を持って頂いている方であれば、「事務局という職種にはキャリアアップの問題があるので、避けるべき」と考える必要はありません。むしろ、そうした理由で優秀な人材が法律業界を避けてしまうことは、当業界の発展を遅らせる理由であり、法律事務所は責任を持って、事務局(を含めた各メンバー)のキャリアの可能性を構築すべきであると、当事務所は考えています。
…なお、最後に付言すれば、「キャリア」や「キャリアアップ」は、他の仕事や職種でも当然にそうであるように、考える「こともできる」というものです。どの階層の仕事に楽しさややりがいを感じるか、また、ワークライフバランスをどう考えるかは、狭義に「人それぞれ」の問題であるからです。
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