FAQ

司法試験の勉強は企業法務の弁護士業務にどう役立つのか?求められる能力について解説

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司法試験の勉強は企業法務の弁護士業務にどう役立つのか?求められる能力について解説

ステレオタイプな分類ではありますが、法律事務所には、企業法務と一般民事という二つの分野が存在します。そして、司法試験で扱われる法律、例えば民法や刑法を直接利用することになるのは一般民事の法律事務所である、という側面は、やはり存在します。では、企業法務の法律事務所における業務では、司法試験と関係のない法律知識等ばかりが問われるのでしょうか。司法試験の勉強に励んできた方は、やはり、その努力を仕事にも活かしたいと考えているはずです。そして結論を先に述べれば、司法試験受験のために身につけてきた論理的文章の構成能力や法律知識は、企業法務の法律事務所の業務にも間違いなく活かすことが可能です。

本記事では、このような不安を抱えている司法試験受験生や新人弁護士の方を対象に、企業法務の具体的な業務内容を明らかにし、企業法務の弁護士業務の内容を理解して頂くこと、より正確に言えば、そうしたトピックに関して当事務所がどう考えているかを理解して頂くことを目指します。

司法試験の勉強と企業法務の弁護士業務の関係

論理的な文章の書き方

司法試験は、例えば高校受験や大学受験、他の資格試験と比較し、「論理的で長い文章を限られた時間内で構成して書き切る」という能力を、強く求められる試験です。

司法試験では、事実関係を正確に把握し、関連する法律の条文や判例を適切に引用しながら、首尾一貫した論理構成で結論を導き出す力が、問われることになります。そして、問題提起から、事実の評価、法的根拠の提示、そして結論に至るまでのプロセスを、明確かつ説得力のある文章で示す能力は、弁護士業務においても基盤となる重要なスキルです。

すなわち、たしかに企業法務の弁護士は、刑法や憲法といった法律を仕事に使う機会は、あまり多くありません。しかし、司法試験の刑法や憲法は、この意味での「論理的」な文章を構成する能力を、強く求められる科目です。そうした文章を書ききる能力は、企業の法務部に納品される、例えば会社法などの法律に関係する報告書を作成する際にも、強く求められるものです。弁護士の仕事は、基本的に書面を作成することであり、訴状や準備書面といった訴訟に関する書類はもちろんのこと、企業法務においては契約書、法律意見書、報告書など、多種多様な文書作成が日常的に行われますし、それら全ての文章は、「論理的」でなければならないからです。

司法試験の法律科目と企業法務

例えば、企業間の取引においては、売買契約や業務委託契約(準委任契約・請負契約)、賃貸借契約など、民法の契約に関する規定が頻繁に問題となります。より専門性の高い分野、例えばモノリス法律事務所が、IT分野に専門性を有する法律事務所として頻繁に取り扱うシステム開発関連法務も同様で、それは法律レベルでいえば、基本的には、請負契約(または準委任契約)です。したがって、民法の知識が前提として問われる、その上で関連裁判例の知識や事実レベルに関する知識が必要になる法分野、ということになります。

また、企業の設立、株主総会や取締役会などの運営、合併・買収(M&A)、株式公開(IPO)といった企業活動においては、会社法の知識が中心となります。

このように、司法試験で主要科目として学習する法律は、企業法務においても基礎的かつ重要な役割を果たす場面が非常に多いのです。会社法は社会人経験のない人にとって理解しにくい法律の一つだと言われることがありますが、それはほぼ全ての新人弁護士が「平等」に乗り越えなければいけない問題です。法律事務所での業務を通じ、少しずつ学んでいくことができるでしょう。

選択科目と企業法務

なお、司法試験の選択科目として、知的財産法や倒産法、租税法、経済法などを選択した場合、これらの科目は企業法務の特定の分野と直接的に関連するため、業務においても「即戦力」といった形で直接的に役立つ場面があります。例えば、知的財産法を選択していれば、企業の特許、商標、著作権といった知的財産権に関する業務において、その知識を直接的に活かすことができます。当事務所の場合も、システム開発関連の知財処理、ライセンスの設計などは、著作権法の知識をダイレクトに使うことができる場面です。

新しく学ぶ法律と「法学の考え方」

企業法務で必要となる専門的な法律の中には、司法試験で直接的に扱わないものも多く存在します。しかし、司法試験の勉強を通じて培われる、条文を正確に読み解き、判例の趣旨を理解し、事実関係に当てはめて法的結論を導き出すという「法律の考え方」は、どのような法律を学ぶ上でも共通して重要となる基礎能力です。この基礎がしっかりと身についていれば、企業法務で初めて触れる法律であっても、効率的に学習し、理解を深めることができるはずです。

司法試験向けの勉強がある程度進んでいる学年の学生向けに少し掘り下げたことを述べると、イメージして欲しいのは、司法試験における行政法です。司法試験の行政法では、毎回、初めて見る、その時点では内容を理解していない行政関連法規に関する問題が出題されます、しかし、「行政法」という知識体系の下で、その法律の仕組みを速やかに理解することはできるはずです。その「知識体系に対する理解」が、「行政法に対する理解」である、ということになるでしょう。

企業法務の弁護士業務では、多岐にわたる法律問題を取り扱われることになります。初めて見る法律を扱う機会も、多いものといえます。その時に問われる・役に立つのは、幅広い法律知識、法律家としての基礎体力であり、それらは、司法試験の勉強によって培われるものです。

司法試験で学んだ知識の「応用」と企業法務

理論と実務の違い

司法試験の勉強は、主に法律の要件とその効果を理解することに重点が置かれますが、企業法務の実務においては、単に法律の要件を満たすかどうかだけでなく、その法律が実際にどのように運用されているのか、そしてその運用が企業のビジネスにどのような影響を与えるのかを考慮する必要があります。

例えば、ある行為が法律の要件を形式的に満たしていたとしても、監督官庁のガイドラインや業界の慣行などを考慮すると、必ずしも適切な対応とは言えない場合があります。企業法務の弁護士は、このような「法」の条文だけでは判断できない要素も踏まえ、多角的な視点からクライアントにアドバイスを行う必要があります。

企業が訴訟などの紛争に巻き込まれることを未然に防ぐための「予防法務」の視点は、企業法務において非常に重要であり、そのためには、過去の裁判例の集積だけでなく、社会情勢や経済状況の変化、そして行政の動向など、幅広い情報を収集し、分析する能力が求められます。

クライアントが何を望んでいるかを考慮する必要性

司法試験の勉強と企業法務における弁護士業務の最大の違いは、「クライアントが何を問うているのか」を理解し、その問いに対応する回答を行わなければいけない、ということでしょう。

司法試験には、例えば高校受験や大学受験、他の資格試験と比較すると、「問い」の形式のバリエーションが非常に少ないという特徴があります。例えば、民法の問題は大抵の場合、「甲乙の法律関係」を問うものですし、刑法の問題は大抵の場合、「甲の罪責」を問うものです。

しかし企業法務の場合、クライアントの問いは、文字どおり、ケースバイケースです。例えば、モノリス法律事務所が頻繁に取り扱うシステム開発関連の紛争に関わる「問い」として、以下を想定してみましょう。

「当社は従前こうした契約書でシステム開発の委託を行ったが、当該開発が難航しており、今回、相手方からこのように、当初想定されていた機能を実装できないという通知が届いた。この通知に対して当社はどのような反応を行うべきか?」

この問いは、「甲乙の法律関係」に関する分析を前提としなければ回答できないものではありますが、しかし「甲乙の法律関係」それ自体を問うものではありません。「甲乙の法律関係」を前提として、その上で、どうするべきか、を問うものです。

この意味で、企業のビジネス戦略やリスクマネジメントに関わる、よりコンサルティングに近い内容の案件を取り扱うことになるのが企業法務です。ただ、それは、司法試験で学んできた法律知識、上記の例で言えば「甲乙の法律関係に関する分析」を前提とする、「その先」にしかあり得ないものです。

まとめ

このように、司法試験の勉強を通じて得られるスキルと知識は、企業法務の弁護士業務においても非常に重要です。司法試験で培われる論理的な文章作成能力と体系的な法律知識は、契約書作成、法律意見書の作成、そして様々な法律問題の分析といった企業法務の根幹業務を支える基盤となります。また、司法試験の勉強を通じて養われる「法律の考え方」は、企業法務で新たに出会う法律を理解するための強力な武器となります。もちろん、実務においては、法律の知識だけでなく、ビジネスに関する理解やコミュニケーション能力、そしてクライアントのニーズを的確に把握する力も不可欠です。しかし、司法試験に向けた勉強で培った能力は、企業法務の分野で活躍するための「土台」です。

企業法務は、常に変化する社会や経済の動きに対応しながら、企業の成長を法的な側面から支えるという、非常にやりがいのある分野です。ぜひ、これまでの努力を活かし、企業法務の弁護士としてキャリアを築いていくことを検討してみてください。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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