弁護士に必要な、求められる能力とは?:河瀬季(代表弁護士)
司法試験受験生や司法修習生、年次の浅い弁護士の方から、「弁護士に必要な能力とは?」「弁護士に求められる能力とは?」といった質問を頂くことがあります。これらはもちろん、「唯一の正解」などはない類の問いではありますし、また、言語化が難しいテーマでもあります。ただ、少なくとも、一定規模の企業法務系の法律事務所の代表弁護士として、新卒弁護士採用や中途弁護士採用との関係で、ある程度言語化できる部分は、あります。
…どうしても言語化が難しいテーマなので、決して網羅的ではないのですが、「最低限必要な能力」「働き始めてから活きる能力」「転職の際に見られる能力」「あると安心な能力」という順序で、言語化できる範囲で、以下、説明します。
この記事の目次
弁護士に最低限必要な能力とは
膨大な情報を論理的に処理する能力
まず「当たり前」の話から始まりますが、弁護士は、法律を扱う仕事です。そして法律は、少なくとも基本的には、膨大な情報を論理的に処理する、という能力を要求するものです。
実務でも、例えばクライアントから共有を受けた膨大な資料群、書籍やネット上の情報などをリサーチして得られる情報等を精査し、一定の論理構造の下でそれらを整理する、といった営みは、1年目から当然に発生する弁護士業務です。そうした業務を行うための能力は、弁護士に最低限必要とされるものです。
実際、法学部やロースクールでの教育、司法試験、司法修習といった法曹養成プロセスも、そうした能力を身につけるためのものだと言えるでしょう。
書面を作成する能力
また、弁護士は、基本的には、「書面」を作成する仕事です。訴訟であれば訴状や準備書面、企業法務であれば報告書等は、全て、「書面」です。したがって、文章を書く能力が、どうしても「最低限必要」という形で、要求されます。
ただ、弁護士が書く文章に、「日本語としての美しさ」「名文であること」などは、基本的には、要求されません。…もちろん、訴訟上の書面にしてもクライアントに納品される報告書にしても、「名文であるが故に裁判所を説得できた」「名文であるが故にクライアントが第三者を説得することができた」といったことは、無いとは言えません。ただ、それはあくまで「プラスアルファ」の話ではあります。弁護士の書く書面に最低限求められることは、必要十分な情報が、正確・明確な段落構造や論理構造の下で、然るべき場所に然るべく記載されていること、です。
そして、結局、これもまた、法曹養成プロセスによって身につけてきたものだとは言えるでしょう。
弁護士が実際に働き始めて活きる能力とは
実際に弁護士として働き始めると、いわゆる「コミュニケーション」というものが、「弁護士」という職業にとって、非常に重要な能力であることに気付く方は多いと思います。ただ、この「コミュニケーション」というのは、学生の頃などに言われる「コミュ力」というよりは、論理的思考等の能力の問題に、近いと思われます。
弁護士にとっての「コミュニケーション」とは、基本的には、クライアント又は事務所内でのコミュニケーションのことを指します。この部分は、おそらく、一般民事と企業法務で、少し違いがあります。
- 一般民事系事務所の場合、1年目などから直接クライアントと面談を行うことが当然に予定されている
- 企業法務系事務所の場合、少なくとも最初はクライアントとの直接の接点を持たず、パートナーやシニアアソシエイトの弁護士から指示を受けて働くことの方が一般的
という違いがあるからです。
ただ、「クライアントとのコミュニケーション」「事務所内でのコミュニケーション」には、特に企業法務系の場合、質的な違いはないと思われます。イメージしやすいと思われる「事務所内でのコミュニケーション」について説明しますが、これは結局、分解して具体的に考えれば
- パートナーやシニアアソシエイトの弁護士からの指示を、法的理論に対する知識等を前提に、整理された形で理解する
- 自分ができること・できないこと、分かっていること・分かっていないことを分類するなど、全体像に対する「色分け」を行う
- 自分ができないことに対してヘルプを求め、分かっていないことについて質問を行い、全体作業に対する見通しを立て、それを共有する
- 実際の業務遂行の過程で上記の「見通し」に変更の必要性が生じた場合は、随時連絡等を行ってそれを変更し、それについての確認を得る
といった営みになります。そして上記は、少なくとも、「企業法務におけるクライアントとのコミュニケーション」として典型的に挙げられる、企業法務部員や経営者等とのコミュニケーションにおいても、本質的に異なる点はありません。
- コミュニケーションを行う相手が、弁護士ではなく、企業法務部員や経営者等になる
- その相手は、「法的理論に対する知識」は自分より浅いケースが多いので、「整理された形で理解」することの難易度が上がる
- 事務所内部であれば、上記のコミュニケーション等にミスが発生しても、あくまで事務所内の話であるのに対し、対クライアントの場合は「事務所とクライアント」の関係の話になってしまう
といった点が異なるのみです。従って少なくとも一般論としては、「事務所内でのコミュニケーション」の能力とは上記のように、いわゆる「コミュ力」というよりは論理的思考等の能力の問題ですし、そして、「事務所内でのコミュニケーション」の能力が高い弁護士は「クライアントとのコミュニケーション」の能力も高い傾向があります。…あくまで「一般論」や「傾向」の話ではありますが。
転職の際にどの能力を見られるのか
紛争処理に関する一定程度の経験
もちろん事務所によって違う話だとは思うのですが、転職、特に弁護士経験が浅い段階での転職に関しても、言語化できる部分については記載します。
まず、「予防法務」と「紛争処理」の関係性故に、一般民事から企業法務まで、何らかの分野で紛争処理の経験を一定程度に積んでいることは、ポジティブに捉えられるべき事柄です。「予防法務」は「紛争処理の基礎」の上に積み上げられるべきものだからです。
これは、「そもそも予防法務とは」という話に関わります。契約書チェック等が代表である「予防法務」とは、実際の紛争が発生する前段階で、その契約書に関連して何らかの紛争が発生した場合に、その契約書がクライアントにとって妥当な結論を導くものであるかを想定し、そうでない場合にその「予防」を施すため、例えば契約書上の特定の条項を修正する、といった営みです。したがって、「将来どんな紛争が発生し得るかを想像する」「その場合の紛争の経緯や帰結等を予測する」といった事ができないと、「予防法務」を行うことはできません。
「予防法務」は、法学部やロースクール・司法試験・司法修習といった法曹養成プロセスでは、正式に教わることがほぼなく、基本的に、弁護士登録後に事務所で少しずつ学ぶ分野となります。そして、それを学ぶための基礎として、「紛争処理の基礎」を既に経験していることは、ポジティブに捉えられるべき事柄です。それは、弁護士としての基本的な能力や経験等に関わるものだからです。
反面、クライアントの業界や法分野といった面で「幅広い」経験を積んでいるということは、もちろんネガティブにはなり得ないのですが、相対的には重視されにくいと思われます。結局、「クライアントの業界」や「法分野」が変わったとしても、その業界や分野について勉強すれば良いからです。それは「弁護士としての基本的な能力や経験等」というよりは「即戦力になれるかどうか」という問題です。もちろん、即戦力であった方が、そうでないよりはベターなのですが。
大きな組織の中で働く経験
そして、「一般民事」と「企業法務」の関係性故に、大規模ローファーム・大企業法務部・検察など、大きな組織の中で働く経験を積んでいることは、ポジティブに捉えられるべき事柄です。「企業法務」は、前述の「事務所内でのコミュニケーション」を、高精度・高密度で行うことが求められる仕事だからです。
先ほど、クライアントとのコミュニケーションと事務所内でのコミュニケーションについて、「特に企業法務系の場合、質的な違いはない」と記載しました。その意味は
- 企業法務系の場合:どちらも論理的思考等が先にあり、共感性などの議論は後に回る
- 一般民事系の場合:クライアントとのコミュニケーションについて、「論理的思考等が先にある」とは必ずしも断言できない
ということです。
そして、「内部でのコミュニケーションについて、論理的思考等が先にある」というのは、企業法務系法律事務所に限った話ではなく、大企業法務部・検察などの組織でも同質であるはずです。そうしたコミュニケーションに慣れているということは、企業法務系法律事務所への転職時には、ポジティブに捉えられるべきことだと言えるでしょう。
…ただ、ここで述べたことは全て、あくまで「持っていることがポジティブに捉えられるべき」という意味の話ではあります。今持っていないなら、転職後に努力して身につければ十分ですし、少なくとも、「持っていないと転職が難しい」というものではありません。
弁護士が持っていると安心な能力とは
特定の業界分野等に関する知識
ここまで書いてきた内容とは少し異質になりますが、「弁護士の中で持っている人が少ない、しかし少なくともある場面では役に立つ能力」というものも、ないよりはあった方が「安心」だとは思います。実際私も、ITやネットに関する知識を持っていたことで「安心」できたと思っているからです。
そして、これは本当に個人個人によって異なるもので、また、無限のパターンがあると思います。例えば、「自分自身の職歴や家族関係等故に、または、自分で努力して学ぶことで、特定の業界分野等に関する知識を持っていること」というのは、一つのパターンではあります。どんな業界分野でも良いのですが、例えば私の経験に紐付けて「IT」ということであれば、本当にほんの一例ですが
- IT業界では、企業はどういった形で業務を行っている事が多いのかを理解しているため、あるシステム開発関連紛争が発生した際に、どこにどういった証拠が存在している可能性があるのかを想像できる
- 特定の技術がどういった原理で動作しているかを理解しているため、その技術を用いたサービスについて、どういったリスクがあり得るかを想像できるため、それを塞ぐための条項を作ることができる
といった場面で、ITへの知識は、役に立ちます。
ただ、これはあくまで「プラスアルファ」の話ではありますし、企業法務などの事務所で5年、10年と経験を積めば、特定の業界や法分野への専門性は、結果的に身につくものではあります。「いずれにせよ結果的には身につくものを、早い段階で身につけておくこともできる」というだけの話ではあります。
会計や企業経営理論などの知識
また、「企業法務と隣接領域に関わるものではあるものの、(狭義の)法律には関係しないため、少なくとも大多数の弁護士が持っていない能力」というものも、ないよりはあった方が「安心」だとは思います。典型的には
- 会計関連:簿記など
- 企業経営理論や運営管理など:中小企業診断士など
といったものです。実際に試験を受けるか・資格を取るかはともかく、こうした分野に関する勉強を行い、知識や能力を身につけておくことも、検討の価値はあると思われます。
ただ、これもあくまで「プラスアルファ」の話ではあります。また、企業法務弁護士として5年、10年と経験を積む過程で、必要になった際に必要になった範囲の事柄を少しずつ学んでいけば、結果的に知識は少しずつ身についていきます。その意味でこれもまた、「いずれにせよ結果的には身につくものを、早い段階で身につけておくこともできる」という話では、あるのです。
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