企業法務と一般民事の違い:「論点」とコンサルタント的思考
「企業法務と一般民事は何が違うのか」というのは、ロースクール生・修習生・実務家にとっての、「よくある話題」の一つかもしれません。様々なパターンの「回答」がありますが、ここでは、あまり語られていないと思われる・しかし理論的に一定の重要性があると思われる回答を行います。一言で言えば、「企業法務はコンサルティング的である」という話なのですが、その意味を少しだけ詳しく説明してみます。
この記事の目次
「論点」と回答の構造、「論理構造」
法学部~司法試験(や司法修習)で解くことになる問題の多くは、「論点」や「回答の構造」が、類型化されています。ここでいう「論点」とは、「どのような法律のどの条文のどの要件が問題になっているのか」というような「法的論点」という意味ではなく、「問われているテーマ」というような意味合いです。何について結論を出さないといけないのか、という、「論じるべき点」としての「論点」であり、典型を述べれば、「甲乙の法律関係」が、「論点」です。
法学部~司法試験(や司法修習)で解くことになる問題の大部分は
- 甲の罪責
- 甲乙の法律関係
- 甲のなし得る主張
といったものを問うものであり、その意味で・そのレベルで、「類型的」な「論点」を扱うものであると言えます。
そして、そのように論点が類型化されている以上、その論点に対応する結論を導くための論理の構造もまた、類型化されています。例えば言うまでもなく、甲の罪責を論じるときは、常に三段論法、つまり、問題となる刑法(など)の条文における構成要件、事実と評価、あてはめ、という論理構造を用いることになる訳です。
すなわち、別の言い方をすれば、いわゆる「答案構成」とは、
- その問いがどのタイプの「論点」を問うものなのかを(瞬間的に)判断し
- その「論点」に対応する論理構造、回答のフレームを(瞬間的に)作り
- そのフレームの各箇所に何を書くか、法律知識や、問題文中の事実等を洗いながら、各箇所に然るべきものを当て込んでいく
という営みである、と言えます。1&2は瞬間的に処理されるべきで、3を、狭義に頭を使って行う、というのが、皆様の行っている「答案構成」であるはずです。
…と、このように、法律の試験では「論点」はある程度類型化されており、司法試験の場合、(数えていませんが例えば)5種類の「論点」や「論理構造」を使い分けながら、答案を書くことになる訳です。
訴訟と企業法務における法律相談
一般民事、特に訴訟は、この延長線上にあります。民事訴訟とは、訴訟物たる権利義務の存否(のみ)を決するべき手続であり、その「論点」は、常に「訴訟物たる権利義務の存否」で、訴状の結論は、常に「訴訟物たる権利は存在する」です。したがって、訴状の構造は、常に、「訴訟物たる権利は存在する」という結論に向かう、「類型的」な論理構造となるべきだからです。その意味で言えば、(先ほどの喩えを続ければ)「6番目」の「論点」や「論理構造」を理解すれば、訴状という書面を作成することができます。
これに対して、企業法務の特徴とは、「論点」が、「ズレる」ことです。これは、「企業」法務の特性というよりは、「紛争処理のみを行う訳ではない、その意味でコンサル的な弁護士業務」の特性です。一般民事でも同じような「ズレ」が発生する事もあるとは思いますが、企業法務は「ズレ」の発生頻度が高い、というよりむしろ、類型的な論点に対応するケースの方が少ない、という特徴があります。
例えば、いわゆる「ベンチャー法務」に興味のある方は、クライアントから、以下のような質問を受けることを想像していると思います。
【当社が行おうとしているビジネスが行政法規に照らして適法かどうかを教えて欲しい、もし違法な場合はどうしたら良いのか教えて欲しい】
この質問は、明らかに、2個の論点を含んでいます。
- 当社が行おうとしているビジネスは、行政法規に照らして適法か
- 違法な場合は、どうしたら適法になるのか
論点1は、「類型的」です。これは、法学部の刑法の「甲の罪責を論ぜよ」という試験問題と、論点や論理構造がほぼ同じです。違うのは、大前提部分が刑法ではなく行政法という点のみであり、三段論法、つまり、行政法規→クライアントのビジネスモデル等→あてはめ、という構造で、回答を作ることができます。
非類型的な論点と論理構造の構築
しかし論点2は、論点の取り方が、法学部以降で馴染んできたものと、異なっています。
この論点2に対して、何らかの回答、例えば「ビジネスモデルのこの部分をこのように変更すれば適法になる」という回答を出したとき、その回答は、「論理的」でしょうか?言い換えると、その回答が、唯一又はベストな改善策である事が、「論理的」に示されていると言えるでしょうか?それは単に「あり得る解決策のうちの一つ」に過ぎず、他に解決策がないこと・挙げた解決策がベストである事を、「論理的」に示せてはいないのではないでしょうか?そのような回答では、それはいわば「職人としての勘に基づく回答」に、過ぎないのではないでしょうか?
これは、「どうしたら適法になるのか」という論点に対応する、新たな論理構造を、予め考えておくべき、という意味ではありません。すなわち、(先ほどの喩えを続ければ)「7番目」の「論点」や「倫理構造」を覚えなければならない、という意味ではありません。
我々企業法務弁護士は、クライアントから、本当に様々なパターンの「質問」を受けます。
- 潜在的に紛争の可能性がある相手方よりこのような連絡が来たが、どう返すべきか
- このような条件を満たす範囲内で、どのようなスキームでM&Aを行うべきか
- 訴訟に勝訴したが、本来的目的を実現できなかった、次に何をすべきか
「質問」のパターン、「論点」の取り方のパターンが無限にあり得る以上、それに対応する「論理構造」のパターンを予め全て考えておく、というのはいずれにせよ不可能で、その場その場で、「論理構造」を、考える必要があります。
論理構造構築の重要性
この「論点の把握と論理構造の構築」は、クライアントからの質問に対応する場合に、必ず必要なものです。これができないと、クライアントにとって「無意味」な回答しかできないケースもある、むしろそうしたケースが多いからです。
例えば上で挙げた例でいえば、1番目の「潜在的に紛争の可能性がある相手方よりこのような連絡が来たが、どう返すべきか」という質問に対して、「(その潜在的対立状況に関する)甲乙の法律関係」を回答しても、それは、回答になっていません。クライアントが知りたいのは、「(相手方からの連絡に対して)どう返すべきか」であり、「(現時点における)相手と自分の法律関係」ではありません。
どのような論理構造を構築すべきか、最初にきちんと考えなければ、クライアントにとって有意義な回答を行うことが、できない、ということになります。
すなわち、先に述べた、いわゆる「答案構成」との比較で言うと、
- その問いがどのような「論点」を問うものなのかをきちんと分析し
- その「論点」に対応する論理構造、回答のフレームをきちんとゼロベースで作り上げ
- そのフレームの各箇所に何を書くか、法律知識や、クライアントから提供された事実・証拠等を洗いながら、各箇所に然るべきものを当て込んでいく
という営みである、と言えます。1,2段階について(も)狭義の頭脳労働が必要になる、ということです。
「ロジカルシンキング」とは
こうした論点分析や論理構造の構築は、いわゆるコンサルタント等の業界でも、「必須」と言われています。コンサルタントが新卒などで必ず受ける教育に、「ロジカルシンキング」というものがあります。本記事はロジカルシンキングの詳細を解説する趣旨ではないので簡単に済ませますが、重要なキーワードは、ロジックツリーとMECEです。
何らかの「論点」に対応する「結論」を導く際には、その「理由」をきちんとリストアップすること、それら「理由」の間には、相互に重複がなく(Mutually Exclusive)、また、全体として漏れもない(Collectively Exhaustive)こと。言い換えれば、それらの理由はそれぞれ独立的であり、また、それらの理由が揃っている以上は疑いなくその結論が導かれるということ。
この関係性を、ツリー構造(ロジックツリー)の下で、多段的に構築するのが、ロジカルシンキングの基本です。
実際、当事務所では、こうした論理構造の構築、「ロジカルシンキング」に関して、簡単な勉強会を開催するなどしています。
これが、企業法務のコンサルタント的側面であり、「企業法務」とは、このような「論点の分析と論理構造の構築」といった思考を、日々行う必要がある仕事である、と言えると思います。
当事務所の求人情報
本記事で解説したような「コンサルティングの側面」は、少なくとも、入所時点で要求される能力では決してありません。入所頂いた後、年単位で少しずつ、こうした仕事が出来るようになっていく、というのが、企業法務の特徴の一つである、という程度のニュアンスです。
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