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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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インドの「簡易合併(Fast Track Merger)」:グループ再編の効率化と要件

インドの「簡易合併(Fast Track Merger)」:グループ再編の効率化と要件

急速な経済成長を続けるインド市場において事業を展開する多国籍企業にとって、変化の激しい事業環境に即応するための機動的な組織再編は極めて重要な経営課題となっています。インドの会社法(Companies Act, 2013)に基づくM&Aやグループ内再編は、伝統的に司法機関である全国会社法審判所(NCLT)の厳格な審査と承認を経る必要があり、手続きの完了までに膨大な時間とコストを要してきました。

こうした構造的な課題を解決し、ビジネスの円滑化(Ease of Doing Business)を促進するため、インド政府は一定の要件を満たす企業に対してNCLTの関与を免除し、中央政府の承認のみで再編を完結できる「簡易合併(Fast Track Merger)」制度を導入しています。特に2024年および2025年に実施された相次ぐ規則改正により、この簡易合併制度の利用対象範囲が抜本的に拡大され、実務上の有用性が飛躍的に向上しました。

本記事では、最新の法令改正に基づき、インドにおけるM&Aや組織再編において数か月単位の時間短縮とコスト削減を実現するための簡易合併制度の全容と、日本企業にとっての戦略的な活用法を徹底的に解説します。

インド会社法に基づくM&Aと簡易合併制度の基本構造

インドにおいて企業を合併または分割する際の基本的な枠組みは、インド会社法第230条から第232条にかけて規定されています。この通常のM&Aルートでは、対象となるすべての企業が全国会社法審判所(NCLT)に対して申請を行い、債権者や株主の集会を開催した上で、複数回にわたるNCLTの公聴会を経る必要があります。このプロセスは極めて厳格であり、少数株主や債権者の権利を保護する反面、手続きの完了までに通常6か月から12か月、案件が複雑な場合にはそれ以上の期間を要することが一般的です。

これに対する特例措置として、2016年に発効したインド会社法第233条および「会社(妥協・取決めおよび合同)規則(Companies (Compromises, Arrangements and Amalgamations) Rules, 2016)」第25条によって設けられたのが簡易合併(Fast Track Merger)制度です。この制度は、公共の利益に対する影響が比較的小さい特定の適格企業間の再編において、司法機関であるNCLTの介入を完全に排除し、行政機関である中央政府(実務上は権限を委任された地域ディレクター:Regional Director)の承認のみで手続きを進行させることを可能とします。当事会社間で適切な合意形成がなされ、関係当局からの異議申し立てがない場合、スキームの提出から2か月から3か月程度で法的な手続きを完了させることが可能となります。

各手続きルートの具体的な相違点については、以下の比較表によってその構造的な違いを明確に把握することができます。

比較項目通常のM&Aルート(第230条~第232条)簡易合併ルート(第233条)クロスボーダー簡易合併
承認権限を有する機関全国会社法審判所(NCLT)地域ディレクター(RD)地域ディレクター(RD)
適用対象となる企業すべての企業(上場・未上場、規模を問わず)負債要件等を満たす未上場企業、親会社と子会社など要件を満たす外国親会社とインド完全子会社など
手続き完了までの所要期間6か月から12か月以上2か月から3か月程度2か月から3か月程度(RBI承認期間を除く)
株主の法定承認要件出席株主の過半数かつ議決権価値の75パーセント以上発行済株式総数の90パーセント以上発行済株式総数の90パーセント以上
司法機関による聴取複数回の公聴会への出席が必須書面審査のみで公聴会なし書面審査のみで公聴会なし
分野別規制当局の承認該当する場合に必要該当する場合に必要インド準備銀行(RBI)の承認が必須

日本の組織再編法制におけるインド簡易合併との決定的な違い

日本の組織再編法制におけるインド簡易合併との決定的な違い

インドの法律に基づく簡易合併制度を利用して現地のグループ企業を再編するにあたり、日本の会社法における組織再編制度との概念的な違いを正確に理解しておくことは、法務リスクを回避する上で極めて重要です。日本の会社法にも「簡易合併」や「略式合併」と呼ばれる制度が存在しますが、その法的な位置づけや省略される手続きの対象がインドの制度とは根本的に異なります。

日本の会社法における「略式合併」は、当事会社の一方が他方の議決権の90パーセント以上を保有している特別支配関係にある場合に、消滅会社等における株主総会の決議を省略できる制度を指します。また「簡易合併」は、存続会社が交付する対価の額が存続会社の純資産額の20パーセント以下である場合などに、存続会社における株主総会の決議を省略できる制度です。すなわち、日本の法制度において「簡易」や「略式」が意味するものは、企業内部における意思決定プロセスである「株主総会の承認手続きの省略」に他なりません。

対照的に、インドの会社法第233条における簡易合併(Fast Track Merger)が省略の対象としているのは、外部の司法機関である「NCLT(全国会社法審判所)の関与」です。インドにおいて簡易合併の手続きを進めるにあたっては、株主総会や債権者集会の開催といった企業内部の意思決定手続きを省略することはできず、むしろ通常のM&Aルートよりも遥かに高いハードルの同意要件を満たすことが法律で厳格に義務付けられています。具体的には、対象企業の「発行済株式総数の90パーセント以上」を保有する株主の賛成、および「債権総額の90パーセント以上」を代表する債権者の賛成を取得しなければなりません。

ここで特に留意すべき重要な違いは、インドの簡易合併における株主の承認要件が「会議に出席して投票した株主の90パーセント」ではなく「発行済株式総数(資本ベース)の90パーセント」として算定される点です。日本の経営感覚では、反対株主がいなければ総会の決議は容易に通過すると考えられがちですが、インドの簡易合併においては、たとえ反対票を投じる意図がなくても、連絡が取れない株主や手続きに無関心な少数株主(例えば15パーセントの株式を保有するベンチャーキャピタルや従業員持株会のメンバーなど)が単に会議を欠席したり同意書を提出しなかったりするだけで、自動的に90パーセントの要件を割り込み、簡易合併のルート自体が利用不可能となるリスクを孕んでいます。

この点において、インドの簡易合併は日本の同名の手続きとは本質的に異なる難しさを持っており、事前の綿密な根回しと完全な同意の回収がプロジェクトの成否を分ける決定的な要因となります。

2024年改正によるインド国境を越えたM&Aとリバースフリップ

インドにおける簡易合併制度は、当初は極めて小規模な企業間や完全子会社との合併に限定されていましたが、ビジネス環境の改善に向けた政府の継続的な取り組みにより、その適用範囲は劇的に拡大しています。その重要な転換点となったのが、2024年9月9日に官報公布され、同年9月17日に施行された規則改正(Companies (Compromises, Arrangements and Amalgamations) Amendment Rules, 2024 [G.S.R. 555(E)])です。

2024年の規則改正では規則第25条Aが修正され、外国の親会社がインド国内の完全子会社に吸収合併される、いわゆる「リバースフリップ(逆さ合併)」が簡易合併の対象として明確に認められました。これまで国境を越えた合併(クロスボーダーM&A)は、インド会社法第234条に基づいて許可されていたものの、手続き自体は必ず第230条から第232条に基づくNCLTの承認ルートを経由しなければならず、膨大な時間とコストの制約を受けていました。

この法改正は、過去にシンガポールや米国などに持ち株会社を設立して資金調達を行っていたインド系スタートアップ企業や多国籍企業が、インド国内の株式市場の活況を背景に上場(IPO)を目指すべく、親会社をインド国内に回帰させる動きを強力に後押しするために設計されました。この制度変更により、外国の移転会社(親会社)とインドの承継会社(完全子会社)は、インド準備銀行(RBI)の外国為替管理法(FEMA)に基づく事前承認を取得することなどを条件に、NCLTの関与なしで地域ディレクターの承認のみで国境を越えた組織再編を完結できるようになりました。

なお、外国法人がインドと陸上の国境を接する国(中国など)に設立されている場合は、外国直接投資(FDI)規制に基づく政府の事前承認が別途必要となる点に注意を要します。

2025年規則改正に伴うインド国内でのグループ再編の対象拡大

2025年規則改正に伴うインド国内でのグループ再編の対象拡大

2024年の国境を越えた合併への対応に続き、インド企業省(MCA)は2025年9月4日にさらなる大規模な規則改正を施行し、インド国内におけるグループ企業の再編に向けた適用枠を抜本的に拡大しました。この改正は、NCLT(全国会社法審判所)の負担軽減とビジネス環境整備を進めるという政府の近年の方針に沿うものであり、中規模の民間企業に対する再編の選択肢を大きく広げる内容となっています。

参考:PIB(インド政府報道情報局/Press Information Bureau, Government of India)|プレスリリース [PRID 2165660](会社(CAA)規則2025年改正)

2025年の改正規則(G.S.R. 603(E))により、以下の3つの新たな企業グループが簡易合併ルート(規則第25条)を利用できるようになりました。

第一に、非営利目的の第8条会社を除く「2つ以上の未上場企業間の合併」が新たに認められました。これを適用するためには、合併に関与する各企業が抱える融資、社債、および預金の残高の合計が20億ルピー(200 Crore)以下であること、かつそれらの返済に債務不履行がないことが条件となります。この負債要件は、債権者や規制当局に対して異議申し立てを招請する通知(フォームCAA-9)を発行する日の前30日以内、および最終的なスキームを提出する日の2つの時点で満たされている必要があり、企業の監査人による財務要件の適合証明書(フォームCAA-10A)の提出が新たに義務付けられました。これにより、資本関係を全く持たない独立した未上場企業同士であっても、過剰な負債を抱えていなければ簡易合併を利用して迅速なM&Aを実行することが可能となりました。

第二に、「持株会社と子会社間の合併」において、子会社が完全子会社(Wholly Owned Subsidiary)である必要がなくなりました。改正前は100パーセントの資本関係がある場合にのみ簡易ルートが許容されていましたが、今回の改正により、少数株主や外部投資家が存在する通常の子会社との合併であっても本制度の対象となります。ただし、公衆の投資家を保護する観点から、消滅会社(資産を移転して解散する側)が証券取引所に上場している企業である場合は、この簡易ルートを利用することはできず、引き続きNCLTの厳格な保護手続きを経る必要があります。

第三に、「同一の持株会社の傘下にある2つ以上の子会社同士(兄弟会社間)の合併」が新たに認められました。この場合も、消滅会社が未上場企業であることが絶対的な条件となります。インド国内に製造部門、販売部門、物流部門など複数の事業会社を設立して多角的にビジネスを展開している日系企業グループにとっては、事業部門の統廃合や重複する法人の整理をNCLTの長大な手続きなしで機動的に実行できるようになったことを意味し、内部管理コストの大幅な削減に直結します。

さらに、規則第25条第9項が新設されたことにより、企業間の合併(Amalgamation)のみならず、企業の「分割(Demerger)」に関するスキームについても、簡易ルートの対象となることが明文で規定されました。事業の一部を切り出して別会社に移転させる会社分割は、グループのコア事業への集中や不採算部門の整理に有効な手段ですが、これが法定のタイムラインのもとで迅速に実行できるようになったことは、企業再編の実務において大きなメリットをもたらします。

インド簡易合併を完遂するための厳格な手続きと規制当局への対応

簡易合併制度はNCLTの審査を免除する特例措置であるため、その手続きは会社規則に定められた手順と期限を1日の遅滞もなく厳格に遵守して進められなければなりません。

手続きの第一段階として、合併または分割に関与する各企業の取締役会において、再編スキーム案の承認を正式に取得します。その後、スキームの影響を受ける可能性のある関係者に対して通知を行い、異議申し立てや提案を受け付けるための30日間の期間を設けます。この通知(フォームCAA-9)は、会社の登録地を管轄する会社登記所(ROC)および公式清算人(Official Liquidator)に対して送付されます。

ここで極めて重要な規定として、対象企業が分野別規制当局の監督下にある場合は、それらの当局に対しても同様に通知を発行しなければならない点があります。例えば、金融サービスを提供する企業であればインド準備銀行(RBI)、保険会社であればインド保険規制開発局(IRDAI)に対して通知を行う義務が生じます。特に、存続会社が上場企業であり未上場の子会社を吸収合併するようなケースにおいては、インド証券取引委員会(SEBI)の規則(LODR規則第37条等)に基づき、事前に証券取引所に対する通知と審査手続きが求められる可能性があり、会社法上の簡易手続きと証券規制上の義務との間で法的なすり合わせを行う高度な実務対応が必要となります。

異議申し立て期間の経過後、各企業は支払能力宣言書(Declaration of Solvency)を関係当局に提出します。これは、合併によって企業が債務超過に陥ることなく、事業を継続してすべての債務を履行する能力があることを取締役が法的に宣誓する極めて重い文書です。

続いて、前述した株主および債権者からの「90パーセント以上の承認」を取得するための集会を開催します。債権者については、21日前の事前通知を行った上で会議を開催するか、または書面による同意書の提出をもって承認に代えることが認められています。一方で、株主については書面同意への代替が明示的には認められておらず、厳密には会議の開催が求められるため、実務上の大きな負担となっています。このプロセスにおいて、分散した少数株主や取引先である小規模な債権者(オペレーショナル・クレディター)から確実に同意を取り付けるための綿密なコミュニケーション戦略が不可欠です。

これらの承認をすべて取得した後、各当事会社の株主総会または債権者集会のいずれか遅い方の終了から15日以内に、承認済みのスキームを地域ディレクターに提出します(フォームCAA-11、RD-1に添付)。地域ディレクターは提出されたスキームやROC等からの意見を総合的に検討し、スキームが公共の利益または債権者の利益に反しないと判断した場合には、最終的な承認命令を発出します。

インド新所得税法(2025年)と簡易合併における税務上の課題

インド新所得税法(2025年)と簡易合併における税務上の課題

インドにおいて組織再編を実施する際、会社法上の手続きの容易さだけでなく、税務上の影響を同時に評価することが不可欠です。インド政府は税制の抜本的な簡素化を目指し、2025年に新たな所得税法(Income Tax Act, 2025)を制定し、2026年4月に施行しました。この新税法の導入に伴い、簡易合併を利用した再編において重大な税務上の課題が生じる可能性が専門家から指摘されています。

従来の所得税法では、合併や分割といった適格な組織再編において、消滅会社が有していた累積欠損金や未償却の減価償却費を存続会社に引き継ぐ(繰り越す)ことが認められていました。しかし、新所得税法(および移行期間に適用される2025年財政法に基づく改正)では、これらの欠損金の繰越に関する制限が強化されています。

最も留意すべき点は、2025年の会社規則改正によって簡易合併を利用できる企業の範囲が大幅に拡大した一方で、新所得税法における「税制適格な分割(Demerger)」の定義から、会社法第233条に基づく簡易手続きによる分割が除外されているという構造的な不一致が存在することです。これにより、せっかくNCLTを回避して迅速に会社分割を完了させたとしても、税務上は非適格とみなされ、資産の移転に対するキャピタルゲイン課税の免除や欠損金の引き継ぎが認められないという致命的な不利益を被るリスクが顕在化しています。

簡易ルートの対象に新たに追加された負債20億ルピー以下の未上場企業や、事業の切り離しを検討している兄弟会社などは、過去の事業投資によって生じた累積欠損金を抱えているケースが多く見られます。したがって、再編スキームを立案する際には、単に会社法上の手続きを早く終わらせるためだけに簡易合併を選択するのではなく、繰越欠損金の価値と税務上のメリットを総合的に勘案し、あえて時間がかかってもNCLTルート(第232条)を選択すべきか否かを慎重に見極める高度な法務・税務の統合的な判断が求められます。

簡易合併の手続きと当局権限に関する重要なインド判例

簡易合併の手続きにおいては、法令の解釈や承認当局の権限の限界をめぐって法的な争いが生じることがあり、実務を安全に遂行するためには最新の司法判断の動向を正確に把握しておくことが不可欠です。以下に、日本企業がインドで簡易合併を進める上で指針となる重要な判例を解説します。

承認当局の権限乱用を防ぐ司法判断

行政機関である地域ディレクターによる簡易合併の承認権限の限界について、画期的な判断が下されたのがボンベイ高等裁判所によるAsset Auto India Pvt Ltd and others v. The Union of India and others(2024年8月1日判決)の事案です。

参考:ボンベイ高等裁判所(High Court of Judicature at Bombay)|Asset Auto India Pvt Ltd v. Union of India(Writ Petition No. 556 of 2019、2024年8月1日判決、Division Bench: K.R. Shriram & Jitendra Jain, JJ.)

この事案において、地域ディレクターは提出された簡易合併のスキームに対し、消滅会社となる完全子会社が債務超過の状態にあり支払能力がない(インソルベントである)という理由を挙げ、自らの権限によりスキームを直接却下する命令を下しました。これに対して当事会社は、法令の要件を満たしているにもかかわらず地域ディレクターが恣意的に却下することは権限外であるとして提訴しました。

ボンベイ高等裁判所は、インド会社法第233条第5項の規定を厳格に解釈し、地域ディレクターには簡易合併のスキームを直接却下する権限は一切与えられていないと判示しました。法律上、中央政府(地域ディレクター)がスキームを公共の利益や債権者の利益に反すると判断した場合、あるいは何らかの疑義を抱いた場合に当局が適法に取れる唯一の措置は、「そのスキームをNCLT(全国会社法審判所)に付託すること(file an application before the Tribunal)」であり、独自の裁量で却下手続きを完結させることは違法であると結論付け、地域ディレクターの却下命令を取り消したのです。

この判決は、行政当局の裁量権の乱用を牽制し、不透明な理由で手続きが遅延または拒否されるリスクを排除することで、簡易合併手続きを利用する企業に対して強い法的安定性を保障するものとして非常に高く評価されています。

株主および債権者の暗黙の同意を否定する司法判断

簡易合併において求められる90パーセント以上の同意要件の解釈について、極めて厳密な判断が示されたのがNCLTチャンディーガル支部によるSatva Jewellery and Design Limited と KDDL Limited の合併スキーム(2019年10月15日命令・CA (CAA) No. 18/Chd/HP/2018)の事案です。

この事案では、簡易合併の承認のために招集された債権者集会において、会議に物理的に出席し投票した債権者全員が合併スキームに賛成しました。しかし、出席した債権者が保有する債権額の合計は、債権総額の約25パーセントに過ぎず、法律が要求する「債権総額の90パーセント以上」という要件には達していませんでした。当事会社は、適法に通知を受け取ったにもかかわらず会議を欠席し、かつ事前に何の異議申し立ても行わなかった債権者は、スキームに対する「暗黙の同意(Implied Consent)」を与えたものとみなすべきであると主張しました。

NCLTはこの主張を完全に退け、インド会社法第233条の条文構造には、会議への不参加をもって暗黙の同意を推認するような法的な余地は一切存在しないと指摘しました。明示的な承認要件を満たしていない以上、当該スキームは承認できないとの厳しい判断を下しました。この判決は、簡易合併においてはいかに少額の債権者や少数株主であっても、その「無関心による欠席」が法定要件の未達に直結する重大なリスクとなることを如実に示しています。NCLTの審査を回避するためには、集会当日の成否に委ねるのではなく、事前の周到な根回しと書面による同意書の確実な回収がいかに重要であるかを浮き彫りにした教訓的な事例です。

手続きの選択と裁判所の裁量に関する司法判断

制度の対象となる企業であっても、戦略的な理由からあえて簡易ルートを利用しない場合の法的帰結を示したのが、NCLAT(全国会社法審判所上訴部)によるMega Corporation Ltd. v. Nil(2018年1月31日判決)の事案です。

この事案では、完全子会社(Mega Airways Limited)を持株会社(Mega Corporation Ltd.)に吸収合併させるスキームであり、対象としては第233条の簡易合併ルートを利用可能な要件を満たしていました。しかし、存続会社である持株会社は上場企業であり、数千人に及ぶ多数の株主と無担保債権者を抱えていたため、簡易合併に必須となる90パーセントの同意を獲得することは実務上不可能に近い状態でした。そこで同社は、インド会社法第233条第14項の規定(簡易合併の対象企業であっても通常のM&Aルートを選択できるとする規定)に基づき、あえて第232条に基づくNCLTルートでの承認を申請し、同時にNCLTが持つ裁量権を利用して、株主や債権者集会の開催そのものを免除(Dispense with)するよう求めました。

これに対しNCLATは、簡易ルート(第233条)を選択せずに通常のルート(第232条)を選択すること自体は当事者の自由であると認めつつも、通常ルートを選択した以上は第232条の厳格な手続き要件に従う必要があり、NCLTがコーポレートガバナンスと関係者保護の観点から集会の開催を命じた裁量は適法であると判断し、企業の免除請求を退けました。この判決は、簡易合併の90パーセント要件を満たせないからといって通常ルートに逃げ込み、さらにそこでの集会手続きをも免除してもらおうとする企業側の都合の良い解釈を牽制するものであり、最適なスキーム構築に向けた緻密な戦略設計の重要性を示しています。

手続き後の修正が認められないリスクを示す司法判断

合併スキームの手続きにおいて、書類上の軽微な誤記であっても容易には是正できず重大な結果を招きうることを示したのが、NCLTムンバイ支部によるPiramal Corporate Services Ltd.の申立て事案(Company Application No. 312/2022)です。

この事案では、2018年8月30日にNCLTが認可した合併スキームにおいて、承継会社が発行する優先株式の交換比率が「95,721対1」と記載されていましたが、これは独立した評価報告書が裏付ける本来の比率「1対1」に対する明白な誤記でした。申立会社は、認可済みスキームの実施を監督するNCLTの権限(会社法第231条)に基づきこの誤記の修正を求めましたが、NCLTは「対価条項の変更は、それが誤記の是正であるか否かを問わず、会社法第230条の正規の手続きを経てはじめて実行されるべきである」と判示し、第231条の監督権限はスキームの円滑な実施のための修正に限られ実質的な変更や誤りの是正には及ばないとして申立てを退けました。会社はあらためて第230条に基づく手続きを開始するほかなく、一度認可されたスキームは軽微な誤記であっても正規の再手続なしには修正できないことが確認されました。簡易合併(第233条)では手続きの迅速性が優先されるだけに、申請書類の正確性はいっそう高い水準で求められるといえます。

まとめ

本記事で詳細に解説した通り、インドの会社法に基づく簡易合併(Fast Track Merger)制度は、2024年および2025年の画期的な規則改正によってその利用範囲が飛躍的に拡大され、実務上の強力なツールへと進化を遂げました。兄弟会社間の再編、少数株主が存在する子会社との合併、負債要件を満たす未上場企業同士の統合、さらには外国親会社のインド法人へのリバースフリップなど、これまで長期間にわたるNCLT(全国会社法審判所)の手続きを強いられていた多様な再編スキームが、わずか数か月という短期間で完結できるようになったことは、インドでビジネスを展開する日本企業にとって極めて大きな戦略的優位性をもたらします。

しかしながら、司法の審査を回避するという強力なメリットの裏には、極めて高いハードルと落とし穴が存在します。全発行済株式数および全債権額のそれぞれ90パーセント以上という厳格な同意要件は、日本の「略式合併」のような感覚で臨むと容易に頓挫するリスクを孕んでいます。また、新所得税法下における欠損金の繰越制限(2025年財政法による繰越期間の実質的な短縮)といった税務上の課題や、一度認可されたスキームは軽微な誤記であっても正規の再手続を経なければ修正が認められないといった行政手続き特有の厳格さにも直面します。各種の判例が示している通り、手続きの細部における解釈の誤りや根回しの不足は、予期せぬスケジュールの遅延や当局からの差し戻しを招く致命的な要因となります。

モノリス法律事務所では、IT分野等をはじめとする高度な企業法務に関する専門性と、インド現地の有力な法律事務所との強固な提携ネットワークを最大限に活かし、複雑なインド現地法令の解釈から、税務リスクの評価、そして簡易合併に向けた具体的な手続きの実行支援まで、インドにおけるビジネスの円滑な組織再編と事業成長を強力にサポートする体制を整えております。事前の綿密な法務デューデリジェンスから関係当局との折衝に至るまで、あらゆる局面で実践的かつ戦略的なリーガルソリューションを提供いたします。

モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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