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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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カザフスタンにおけるM&Aの法律と実務を弁護士が解説

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カザフスタンにおけるM&Aの法律と実務を弁護士が解説

カザフスタン共和国(以下、カザフスタン)におけるM&A(企業の合併・買収)は、中央アジア最大の経済規模と豊富な天然資源を持つ同国への外資参入や、進出後の事業再編の一環として活発に行われています。近年では、経済の多角化を目指す政府の方針のもと、資源分野以外の小売、サービス、IT、金融などの分野への外資参入が奨励されており、直近では日本企業による現地合弁事業の再編事例なども見られます。

カザフスタンにおけるM&A法務を理解するためには、同国に存在する「二重の法制度」を正確に把握することが不可欠です。第一に、カザフスタンの一般法に基づくスキームです。ここでは有限・追加責任組合法や民法が適用されます。日本法における株式会社の株式譲渡では株主名簿の書き換えが主たる手続きとなりますが、カザフスタンのLLP(有限責任事業組合)における持分譲渡においては、既存出資者の先買権の厳格な運用に加え、持分譲渡に伴う法人の「国家再登録」という日本には存在しない厳重な手続きが要求されます。

第二に、首都アスタナに設置された国際金融特区であるAIFC(アスタナ国際金融センター)を活用したスキームです。AIFCは英米法(コモンロー)に基づく独自の法制と裁判所を有しており、日本企業を含む外国人投資家に対して、国際標準の柔軟なM&A手法や高度な法的予見可能性を提供しています。特にAIFC裁判所は、当事者の合意による専属管轄を広く認めており、カザフスタンの国内法規と抵触し得る領域においても、投資家の保護と契約の自由を優先する画期的な判例を次々と打ち出しています。これら二つの法制度の特性と日本法との違いを深く理解することが、安全かつ戦略的な事業展開の基盤となります。

本記事では、日本人の経営者や法務部員の皆様に向けて、カザフスタンにおけるM&Aの法務と実務について、日本の法律との異同を交えながら詳細に解説します。

カザフスタンのM&Aと事業展開の近況

カザフスタンは、ユーラシア大陸の中心に位置する地政学的な重要性を背景に、長年にわたり中央アジア経済を牽引してきました。近年における日本企業の動向としては、事業の立ち上げ時だけでなく、フェーズの進行に応じた機動的な合弁解消や持分譲渡といったM&A手法が、成長戦略の重要な選択肢となっています。

その代表的な最新事例として、日本のリユース業界大手であるブックオフグループホールディングス株式会社の動向が挙げられます。同社は2024年4月にカザフスタンにおいて、現地の不動産開発会社などと合弁会社(J&K TRADING LLC)を設立し、グループ初となる直営店を出店してリユース店舗事業を展開していました。しかし、より柔軟で迅速な意思決定のもとで出店を加速する体制へと転換するため、事業リスクを最小化しつつ加盟店ビジネス(フランチャイズ型)へ移行する方針を決定しました。

この戦略的転換に伴い、同社の子会社であるブックオフコーポレーション株式会社は、所有するJ&K TRADING LLCの出資持分(55パーセント)すべてを、現地合弁相手であるKAZ AGRO PROJECTへ譲渡する合弁解消契約を締結することとしました。この契約締結および出資持分の譲渡実行日は2025年6月24日が予定されており、撤退ではなく事業モデルの再構築を目的とした前向きなM&A(持分譲渡)の好例と言えます。

この事例に関する詳細な情報は、ストライクのM&Aニュースで確認することができます。

参考:ストライクのM&Aニュース

カザフスタンの一般会社法制とM&A手法

カザフスタンの一般会社法制とM&A手法

カザフスタンでビジネスを展開する際、最も一般的に利用される企業形態はLLP(Limited Liability Partnership:有限責任事業組合)です。名称に「組合(Partnership)」と含まれていますが、英米法のパートナーシップとは異なり、独立した法人格を有し、出資者がその出資額を限度として有限責任を負う仕組みです。日本法における株式会社(閉鎖会社)や合同会社に極めて近い性質を持っており、外資系企業の現地法人の大半がこのLLPの形態を採用しています。

カザフスタンのLLPを対象としたM&Aにおいて最も一般的な手法は、既存の出資者から第三者または他の出資者が「出資持分(参加資本)」を買い受ける持分譲渡です。しかし、この持分譲渡の手続きには、日本の会社法とは大きく異なる厳格な法定要件が存在するため、日本の法務部員は特に注意を払う必要があります。

持分譲渡における先買権の厳格な運用

日本の会社法において、譲渡制限株式を第三者に譲渡する場合、取締役会または株主総会の承認を得ることが必要です。株主が会社に対して譲渡承認請求を行い、会社がこれを承認しない場合には、会社自身が買い取るか、指定買取人を指定するというプロセスを辿ります。

これに対し、カザフスタンの有限・追加責任組合法(以下「LLP法」)では、持分の譲渡にあたって他の出資者に強力な「先買権(Pre-emptive right)」が法定されています。LLP法によれば、自身の持分を第三者に売却しようとする出資者は、LLPの執行機関に対して、売却の意向と売却価格を記載した書面による通知を行う義務があります。

通知を受けた執行機関は他の出資者にこれを通達し、他の出資者は通知から1カ月以内に、提示された条件と同じ条件でその持分を買い取る権利を行使することができます。この1カ月の待機期間を無視して第三者への譲渡を強行した場合や、他の出資者に提示した価格よりも低い価格で第三者に売却した場合、その持分譲渡契約は無効とされるリスクがあります。単なる機関承認のプロセスである日本法とは異なり、カザフスタンでは法定の期間経過と優先買取権の放棄を厳密に確認するプロセスが求められることから、M&Aのスケジュールを策定する際には、この1カ月の法定期間を確実に組み込む必要があります。

出資者変更に伴う法人の国家再登録

日本の法制度とカザフスタンの法制度における最大の相違点の一つが、持分譲渡後の登録手続きです。日本の株式会社において株式譲渡が行われた場合、株式の譲渡は当事者間の合意によって効力を生じ、会社に対する対抗要件として株主名簿の書き換えが行われます。商業登記簿には資本金や役員に関する事項が記載されますが、株主の変動自体は登記事項ではないため、法人そのものの商業登記を変更する必要はありません。

しかし、カザフスタンのLLPにおいては、出資者の変更は法人の「国家再登録(State re-registration)」という行政手続きを要求します。カザフスタン共和国民法第42条および関連する行政法規によれば、LLPの出資者が変更された場合、持分譲渡の完了から1カ月以内に、管轄の登録機関に対して法人の国家再登録を申請する義務があります。

この再登録を怠ったまま事業活動を継続した場合、カザフスタン共和国行政犯罪法第466条に基づく行政罰(罰金など)の対象となるだけでなく、その間に行われた法人の行為の効力が問われる可能性すらあります。この再登録手続きにおいては、譲渡契約書のみならず、配偶者の同意書(出資者が個人の場合)や、法人の決議書、さらには公証人による厳格な本人確認と認証が求められます。譲受人が外国法人の場合は、定款や登記簿謄本、代表者の任命決議書などの公証およびアポスティーユ認証を付した翻訳文書の提出が要求されます。

比較項目日本法(非公開の株式会社)カザフスタン法(LLP)
持分譲渡の制約会社の承認(取締役会または株主総会決議)が必要。他の出資者に対する厳格な先買権(1カ月の行使期間)が存在。
効力発生と対抗要件当事者間の合意で効力発生。会社への対抗要件は株主名簿の書換。当事者間の契約(公証を伴う場合が多い)に加えて、国家再登録が必須。
商業登記の変更株主の変更は登記事項ではないため不要。出資者の変更は法人の「国家再登録」事由に該当し、1カ月以内の申請義務あり。
違反時のペナルティ名義書換未了による株主権行使の制限等。行政罰は原則なし。行政犯罪法に基づく罰金、再登録未了期間中の法人活動の法的リスク。

日本の感覚で「契約書にサインをして対価を支払えばクロージング完了」と認識していると、後日予期せぬ行政処分を受けることになるため、クロージング後の再登録手続き完了までをM&Aの一連のプロセスとして厳重に管理することが必須です。カザフスタンの有限・追加責任組合法については、同国法務省の法務情報システムで確認することができます。

参考:カザフスタン共和国法務省法務情報システム

カザフスタンのアスタナ国際金融センターを活用したM&Aスキーム

前述の通り、カザフスタンの一般法に基づくM&A手続きには、国家再登録や先買権の厳格な運用など硬直的な部分が存在します。そこで、同国政府は外国投資のさらなる促進を目的として、首都アスタナに「アスタナ国際金融センター(AIFC)」という国際金融特区を創設しました。AIFCは、ドバイ国際金融センターなどをモデルとしており、カザフスタンの一般法とは完全に切り離された、英米法(イングランドおよびウェールズのコモンロー)に基づく独自の法制と規制枠組みを持っています。

AIFC内に設立された企業(AIFC参加者)には「AIFC会社規則(AIFC Companies Regulations)」が適用されます。この規則はイギリス会社法を色濃く反映しており、日本企業がグローバルなM&Aを行う際に馴染み深い柔軟な契約スキームの構築が可能です。例えば、日本企業の多くは、カザフスタンの事業会社(LLP)を直接保有するのではなく、AIFC内に持株会社(プライベート・カンパニー等)を設立し、そのAIFC持株会社を通じて事業会社を支配するというストラクチャーを採用することが推奨されています。

AIFC会社規則に基づく合併と組織再編

AIFC会社規則の第8部(Mergers)および第9部(Compromises and Arrangements)には、高度なM&A手法が規定されています。カザフスタンの一般法では困難な複雑な組織再編も、AIFC裁判所の認可を得ることで実行可能です。

例えば、AIFC会社規則第124条および第126条の規定を活用することで、AIFC内の企業とAIFC外(カザフスタンの一般管轄下)の企業との間での合併を進めることが認められています。過去の事例においても、カザフスタンの一般法に基づいて設立されたLLPのすべての権利義務を、AIFC内に設立された企業へと移転・統合するスキームがAIFC裁判所によって承認されています。これにより、既存のカザフスタン国内企業をAIFCの管轄下へ統合し、より柔軟なガバナンス体制へと移行させるといったダイナミックな事業再編が可能になります。

リドミサイレーション(法人の国籍変更)制度

さらに、AIFC会社規則第13部(Transfer of Incorporation)には、リドミサイレーション(法人の継続・移転)の制度が設けられています。日本の会社法には法人の国籍をまたぐ本店移転(設立準拠法の変更)の制度が存在しないため、日本の法務担当者には馴染みが薄い概念ですが、これは法人を解散・清算することなく、法人格と事業の同一性を保ったまま別の国や法域へ籍を移すことができる制度です。

AIFCを活用すれば、将来的にカザフスタンから撤退したり、別の拠点へ持株会社を移転したりする際にも、資産の現物分配や清算課税のリスクを回避しながら、シームレスに別法域へ法人を移転させることが可能です。この制度から、AIFCの法制度は投資家に対して強力な出口戦略(エグジット)の選択肢を提供しているということが言えるでしょう。

AIFC会社規則の公式な規定は、AIFCの公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:AIFC公式ウェブサイト

カザフスタンにおける紛争解決とAIFC裁判所の判例動向

カザフスタンにおける紛争解決とAIFC裁判所の判例動向

M&A契約や合弁契約において最も重要な条項の一つが、紛争解決条項です。カザフスタンの国内裁判所は、透明性や言語の壁、さらには外国投資家に対する予見可能性の観点で課題が指摘されることがあります。これに対処するため、AIFCは独自の独立した司法機関として「AIFC裁判所(AIFC Court)」を設置しました。AIFC裁判所はイギリスの元裁判官らによって構成されており、手続きはすべて英語で行われ、英米法の原則に従って審理されます。

AIFC裁判所の管轄権は非常に強力です。AIFC憲章第13条に基づき、AIFC内の企業間の紛争だけでなく、当事者が契約によってAIFC裁判所の管轄に合意した場合、AIFCに一切の拠点を有していない外国企業やカザフスタン国内企業間の紛争であっても、AIFC裁判所が専属的な管轄権を行使することができます。

不動産担保権の実行と管轄権の優越に関する判例

カザフスタンの一般法との関係で、AIFC裁判所の強力な権限を裏付ける極めて重要な最新判例が存在します。2025年2月7日にAIFC第一審裁判所が下した「Freschette Limited対Enegix Limited Liability Partnershipほか」の判決です。

この事件では、当事者間で締結された和解契約および不動産(農地を含む)の質権設定契約において、AIFC裁判所を紛争解決機関とする合意がなされていました。債務不履行を受けて原告がAIFC裁判所に担保権の実行を求めたのに対し、被告である現地のLLPは「カザフスタン共和国民事訴訟法第31条および第467条によれば、不動産に関する紛争はカザフスタン国内裁判所の専属管轄である」と主張し、AIFC裁判所の管轄権を争いました。また被告は、実際にアルマトイの国内裁判所においても並行して手続きを進めようと試みました。

しかしAIFC裁判所は、当事者がAIFC裁判所の管轄に明示的に合意している以上、AIFC憲章第13条に基づく専属管轄権が成立すると判断しました。裁判所は、カザフスタン共和国民事訴訟法の規定は通常の国内裁判所システム内での土地管轄を定めるものに過ぎず、AIFC憲章という特別法に基づく合意管轄を覆すものではないと判示しました。さらに裁判所は、外国投資家が現地裁判所での訴訟を懸念して意図的にAIFC裁判所を選択したという事実を重く見て、この管轄権を否定することはカザフスタンの投資環境や契約の確実性を著しく損なうと指摘しました。

この判決から、カザフスタンにおける不動産を伴う買収において、AIFC裁判所を合意管轄とすることが、現地法のリスクを遮断する有効な防衛策になるということが言えるでしょう。

契約上の違約金と一般法の適用に関する判例

一方で、AIFC裁判所が常に英米法のみを適用するわけではなく、紛争の実体法としてカザフスタン共和国民法が指定されている場合には、同法を適切に解釈・適用して裁定を下します。この点を示す判例として、「Freedom Finance JSC対Egor Romanyuk」事件(AIFC第一審裁判所 2023年2月1日判決、AIFC控訴院 2024年5月3日判決)が挙げられます。

本件は、原告企業が元副社長である被告に対し、退職時の合意書に含まれていた誹謗中傷禁止条項および守秘義務に違反してソーシャルメディアで会社を批判したとして、契約に定められた500万米ドルの違約金(ペナルティ)の支払いを求めた事案です。第一審は、被告による条項違反の事実を認定したものの、カザフスタン共和国民法第297条(違約金の減額規定)を適用し、請求額を10万米ドルに大幅に減額する判決を下しました。原告はこの減額を不服として控訴しましたが、控訴院は、第一審裁判官による民法第297条の適用と裁量権の行使は適切であったとして、控訴を棄却しました。

この判例から、AIFC裁判所を利用する場合であっても、準拠法としてカザフスタン共和国一般法を選択しているM&A契約においては、英米法特有の厳格な契約解釈だけでなく、現地の民法に基づく衡平な調整が行われるということが言えるでしょう。したがって法務担当者は、管轄裁判所と準拠法の組み合わせを戦略的に設計する必要があります。これらの判決に関する公式な記録は、AIFC裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:AIFC裁判所公式ウェブサイト

まとめ

カザフスタンにおけるM&Aおよび事業展開は、日本企業にとって有望な選択肢であると同時に、法制度の二重構造に対する深い理解が求められる高度な領域です。一般的な国内法に基づくLLPの持分譲渡においては、先買権の厳格な手続きや1カ月以内の国家再登録といった、日本法にはない実務上の落とし穴が存在します。これらを看過すれば、契約の無効や行政処分といった重大なコンプライアンス違反に直結します。

一方で、政府肝いりのアスタナ国際金融センター(AIFC)を活用すれば、英米法ベースの柔軟な組織再編や、外国投資家に有利なリドミサイレーション制度を利用することが可能です。さらに、複雑な買収ディールにおいても、AIFC裁判所を専属管轄とすることで、カザフスタン国内法の強行法規的な制限を回避し、契約の自由と高度な法的安定性を確保できることが、最新の判例によって裏付けられています。カザフスタンでのM&Aを成功させるためには、取引の規模、対象会社の資産背景、そして将来のエグジット戦略を見据え、一般法とAIFC制度のどちらを基盤とするかを初期段階で見極めることが極めて重要です。

モノリス法律事務所では、カザフスタンにおけるM&Aや合弁事業の再編、現地パートナーとの契約交渉に関し、日本の経営者や法務部員の皆様を対象とした法務面でのサポートいたします。現地の法制度と日本法の差異を踏まえた的確な契約スキームの構築や、紛争予防に向けた戦略的なアドバイスを通じて、安全かつ円滑な海外事業の展開に寄与いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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