カザフスタンの労働法を弁護士が解説

中央アジアの経済的中心地として急速な成長を遂げているカザフスタン共和国(以下、カザフスタン)は、豊富な天然資源と戦略的な地理的優位性を背景に、日本企業を含む多くの外資系企業から新たなビジネス展開の拠点として熱い視線を集めています。しかし、同国へ進出するにあたって経営者や法務部員が最も留意すべき重大な法務リスクの一つが、現地の労働法制への対応です。
カザフスタンの労働法は、2015年に制定された「カザフスタン共和国労働法」(以下、労働法)を基本としており、労働者の権利保護を極めて強く重視した厳格な規定群によって構成されています。日本の労働法が判例法理や社会通念に基づく柔軟な解釈を一定程度許容しているのに対し、カザフスタンの労働法は手続きの形式的な適法性を強く要求する点に大きな特徴があります。
第一に、カザフスタンでは雇用契約の書面または電子署名による締結が厳格に義務付けられており、国家が運営するシステムへの期日内の登録が求められます。また、時間外労働(残業)の上限は月間わずか12時間と定められており、日本の一般的な水準と比較して極めて厳しい管理体制が敷かれています。
第二に、従業員の解雇や試用期間の運用に関しても、法定事由と厳密な書面通知の要件を満たさなければ直ちに不当解雇と判断されるリスクが伴います。特に有期雇用契約については「原則1年以上」「更新は最大2回まで」という強い制限が存在します。
第三に、2026年6月施行の最新の法改正によって「偽装請負」を排除する規制が強化され、民事契約であっても実態が労働関係を伴う場合は雇用契約とみなされる厳しい基準が導入されました。そして最後に、労働紛争が生じた際には裁判所への提訴前に社内の「調停委員会」での審理を経ることが法的に義務付けられており、最高裁判所の規範的決定でもその厳格な運用が支持されています。
本記事を通じて、カザフスタンの労働法が持つ特徴と日本法との本質的な異同を理解し、現地での適法かつ円滑な人事労務管理を構築するための指針としてご活用ください。
この記事の目次
カザフスタン労働法の基本原則と労働条件
雇用契約の締結義務と国家システムへの登録
カザフスタンの労働法では、労働関係の成立にあたって雇用契約書の締結が厳格に義務付けられています。労働法第33条に基づき、従業員が業務を開始する前に、必ず書面または電子署名による雇用契約を締結しなければなりません。近年では行政のデジタル化が急速に進んでおり、労働社会保障省の命令(第353号)により、雇用契約の締結や変更、終了に関する情報は、国が運営する統一労働契約システム(Enbek.kz)に電子的に登録することが義務付けられています。この登録手続きは、新規雇用の場合には契約締結から5営業日以内、解雇等の契約終了の場合には3営業日以内に行う必要があり、期限を徒過した場合には行政処罰の対象となります。日本においても労働条件通知書の交付義務は存在しますが、すべての雇用契約情報を国家の電子システムに短期間で登録する義務まではないため、この点からカザフスタンは国家による労働関係の監視と適法性の担保をより強力に推進しているということが言えるでしょう。
また、日本法とカザフスタン法で大きく異なるのが、有期雇用契約に関する規制です。日本の労働契約法では、有期労働契約の期間の上限は原則として3年(一定の専門的知識を有する者等は5年)と定められているものの、下限については特段の定めがありません。しかし、カザフスタンの労働法第30条第1項第2号では、有期雇用契約の期間は「原則として1年以上」でなければならないと明確に規定されています。例外として、季節労働や代替要員としての雇用、1年未満で完了する特定の業務などの限られたケースでのみ1年未満の契約が認められます。さらに、同一の従業員との間で締結できる更新回数は最大2回までと厳格に制限されており、これを超えて雇用を継続した場合は自動的に期間の定めのない雇用契約(無期雇用)に転換されたものとみなされます。
労働時間と時間外労働に関する厳格な管理体制
労働時間に関する規制も、カザフスタンの労働法が労働者保護を強力に推し進めている領域の一つです。労働法第68条により、通常の労働時間は週40時間を超えてはならないと規定されています。ここまでは日本の労働基準法と同様ですが、決定的な違いは時間外労働(残業)の上限規制とその運用メカニズムにあります。
日本では、労働基準法第36条に基づく労使協定(いわゆる36協定)を締結し労働基準監督署に届け出ることで、原則として月45時間、年360時間までの時間外労働が合法的に可能となり、特別条項を設ければさらに延長することも可能です。しかし、カザフスタンの労働法においては、時間外労働は1日につき最大2時間まで、かつ1ヶ月につき最大12時間までという非常に厳しい上限が法定されています。この月12時間という上限は、日本の一般的な企業の実態と比較すると極端に短く、企業側には徹底した業務効率化と労働時間の厳格な記録管理が要求されます。時間外労働を行わせる場合には、原則として従業員の書面による同意が必要であり、時間外労働に対する割増賃金は通常の賃金の1.5倍以上のレートで支払うことが義務付けられています。
さらに、過酷な労働環境や有害な業務に従事する労働者に対しては、より一層厳しい管理がなされ、労働時間の上限が引き下げられるとともに、追加の休暇や手当の付与が義務付けられます。日本企業の経営者は、カザフスタンでは「残業を前提とした業務設計」が法的にほぼ不可能であるという前提に立ち、人員配置やプロジェクトの納期設定を根本から見直す必要があります。
就労最低年齢と若年労働者の保護
カザフスタンの労働法第31条では、雇用契約を締結できる最低年齢を原則として16歳以上と定めています。ただし、一定の保護条件を満たす場合には例外が認められており、例えば中等教育を修了しているか、または教育機関に在籍している14歳から15歳の未成年者については、健康や発育に悪影響を及ぼさず、かつ学習の妨げにならない軽易な労働に限り、親または法定代理人の書面による同意を得ることを条件として就労が許可されます。日本の労働基準法においても、原則として満15歳到達後の最初の3月31日を経過するまでの児童の就労を禁止しており、非工業的事業における軽易な労働についてのみ労働基準監督署長の許可を得て就労できるという構造になっているため、この部分における両国の法制度の理念は比較的類似していると言えます。
カザフスタンにおける解雇と従業員保護の仕組み

試用期間の適用要件と本採用拒否の手続き
新規採用者の適性を評価するための試用期間について、日本とカザフスタンではその法的な位置付けと手続き要件が大きく異なります。日本の判例法理において試用期間は「解約権留保付労働契約」と解釈されており、企業は本採用を拒否する権利を留保しているものの、その行使には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。
一方、カザフスタンの労働法第36条によれば、試用期間は雇用契約の締結時にのみ設定することが可能であり、契約期間の途中で後から追加することは一切認められません。試用期間の長さは一般の従業員で最大3ヶ月、企業の代表者やその副代表、部門長、あるいはチーフアカウンタントなどの上級管理職については最大6ヶ月まで設定可能です。また、従業員が病気休暇などで実際に勤務しなかった期間は、試用期間の計算から除外(一時停止)されます。
カザフスタンにおいて試用期間中に従業員を解雇(本採用拒否)する場合、法的には「割り当てられた業務に対する従業員の資格や能力が不足していることの確認」が試用期間の唯一の目的とされているため、企業は試用期間中のパフォーマンスや指導の記録を書面で明確に残しておく必要があります。解雇を実施する場合には、正当な理由を記載した書面による事前の通知が必須となります。もし企業が試用期間の満了日までに何のアクションも起こさなかった場合、従業員は自動的に本採用されたものとみなされ、以降は通常の厳しい解雇手続きを経なければならなくなります。
会社都合解雇の要件と厳格な補償制度
カザフスタンにおける従業員の解雇は、労働法第52条に列挙された限定的な事由(法定解雇事由)に該当する場合にのみ認められ、手続き面でも極めて厳格な保護規定が設けられています。日本の労働法では、いわゆる整理解雇(会社都合解雇)を行う場合、「人員削減の必要性」「解雇回避努力義務の履行」「被解雇者選定の合理性」「解雇手続きの妥当性」という4要件を満たすかどうかが裁判所で実質的に審査されます。これに対し、カザフスタンでは法律によって解雇事由ごとの通知期間や退職金(補償金)の額が明確に数値化されており、手続きの形式的な瑕疵が直ちに不当解雇と判断される原因となります。
以下の表は、カザフスタンにおいて会社都合解雇を行う際の、主要な法定通知期間と補償金の水準をまとめたものです。
| 解雇の事由 | 雇用主からの事前通知期間 | 法定補償金(退職金)の水準 | 根拠条文 |
| 企業の清算や人員削減 | 少なくとも1ヶ月前 | 平均賃金の1ヶ月分 | 労働法第53条第1項、第131条第1項 |
| 生産量や業務量の減少による経営悪化 | 15営業日前 | 平均賃金の2ヶ月分 | 労働法第53条第2項、第131条第2項 |
解雇の理由が従業員の規律違反である場合でも、単に事実を主張するだけでなく、社内の調査記録や従業員からの弁明書の聴取など、厳格な証拠保全と所定の手続きを踏むことが求められます。こうした厳格な解雇規制を回避するため、実務上は労働法第50条に基づく「労使の合意による契約終了(合意退職)」が頻繁に用いられます。合意退職を進める場合、一方の当事者が書面で提案を行い、提案を受けた側は3営業日以内に書面で回答しなければならないという厳格なタイムラインが法定されています。日本企業としては、口頭での曖昧な退職勧奨は避け、すべてを法定の期限に則った書面主義で進める体制を構築する必要があります。
カザフスタンの法改正動向と労働紛争解決手続き

2026年6月施行の法改正による偽装請負の排除
カザフスタンは経済情勢や国際基準への適合を目的として、労働法制のアップデートを継続的に行っています。日本企業が注意すべき最新の変更が、2026年6月8日に施行された労働法改正(2026年4月7日付法律第277-VIII号)です。この法改正では、労働者保護の観点から「偽装請負(実質的には労働関係にあるにもかかわらず、業務委託契約などの民事契約を締結して労働法上の義務を免れる行為)」を完全に排除するための強力な条項が導入されました。
具体的には、労働法第26条第1項の1が新設され、労働法第27条に規定される「雇用契約の特徴」を一つでも含む民事契約を個人と締結することが明示的に禁止されました。第27条で定められる雇用契約の特徴とは以下の3点です。
- 特定の資格や専門性を要する業務を個人的に遂行すること
- 社内の就業規則や指揮命令に服従すること
- 労働に対する対価として定期的な賃金を受け取ること
日本の労働法実務では、請負か雇用かの判断(労働者性の判断)は複数の要素を総合的に考慮して行われます。しかし、2026年のカザフスタンの改正により、当事者が契約書に「業務委託契約」と記載していたとしても、上記の特徴のいずれか一つでも該当すれば、法律上自動的に「雇用契約」とみなされることになりました。この強力な法改正の事実から、カザフスタン当局が企業のコンプライアンス違反に対して一切の抜け穴を許さないという意図を示しているということが言えるでしょう。
調停委員会の前置義務と最高裁判所の規範的決定
カザフスタンにおいて従業員と企業の間で労働紛争が発生した場合、直ちに裁判所に訴訟を提起することはできず、原則として社内に設置された「調停委員会」での前置審理を経ることが労働法第159条によって義務付けられています。この調停委員会は、労使双方の代表者が同数で構成される組織であり、労働紛争の初期段階における自主的かつ迅速な解決を目的としています。従業員15人以下の非営利組織や小規模企業などを除き、この調停委員会での手続きを省略して裁判所に持ち込まれた訴えは却下されます。
この労働紛争手続きに関して、カザフスタン最高裁判所は司法実務の統一を図るため、2024年11月28日に「労働紛争の解決における裁判所の法令適用に関する規範的決定第1号」を発出しました。同決定によれば、不当解雇に伴う復職を求める紛争の場合、従業員は解雇通知を受け取った日から1ヶ月以内に調停委員会に申し立てを行わなければならず、その他の労働紛争については権利侵害を知った日から1年以内に申し立てを行う必要があるとされています。最高裁判所は、当事者が正当な理由なくこの手続きを飛ばして裁判所に提訴した場合、裁判所はその請求を審理することなく却下しなければならないと明言しています。
実際の判例として、従業員S氏がコナエフ市長を相手取って不当解雇の無効と復職を求めた事件が挙げられます。コナエフ市裁判所(2022年8月17日決定)は、S氏が調停委員会を経ずに直接提訴したことを理由に訴えを却下し、アルマトイ州裁判所民事部(2022年11月16日決定)もこの下級審の判断を支持し、調停委員会前置主義の厳格な適用を再確認しました。
万が一、調停委員会での決定に不服がある場合、あるいは委員会が決定を下さなかった場合に初めて、当事者は裁判所に訴えを提起することができます。日本企業の法務担当者は、現地法人において労働法制に精通したメンバーを含む調停委員会を適法に組織し、紛争発生時には法律が定めるタイムラインに則って手続きを進行できる社内体制を構築しておくことが不可欠です。
確認する法規制の詳細については、Adilet LISで英文の労働法条文を参照できます。この法令に関する公式な英訳条文は、Adilet法情報システムの公式ウェブサイトで確認することができます。
まとめ
カザフスタンにおける労働法制は、2015年制定の労働法を中核とし、国家による積極的な労働者保護と法定手続きの厳格な遵守を企業に求める構造となっています。雇用契約の国家システムへの電子登録義務、月12時間という極めて短い時間外労働の上限、法定事由と厳密な書面通知に基づく解雇規制など、日本の労働法実務とは根本的に異なるルールが多数存在します。また、2026年6月に施行された偽装請負の全面禁止規定や、最高裁判所の規範的決定に基づく調停委員会の前置義務など、法制のアップデートが著しいため、古い知識のまま現地での労務管理を行うことは企業にとって重大な法的リスクをもたらします。日本企業が現地の法務環境を日本基準の延長として捉えるのではなく、同国特有の厳格な書面主義と手続き規定に合致した人事労務システムを構築することが不可欠です。
こうしたカザフスタン等の新興国における複雑な労働法対応や現地拠点のコンプライアンス体制構築について、モノリス法律事務所がサポートいたします。最新の法改正動向を踏まえた雇用契約書のレビューから、労働紛争発生時の法的な対応方針の策定まで、多岐にわたるリーガルリスクの低減に貢献いたします。ビジネスのグローバル展開に伴う法的課題に直面された際は、ぜひお気軽にご相談ください。
































