令和8年改正犯罪収益移転防止法では何が変わった?――口座売買の厳罰化等、改正のポイントをわかりやすく解説 Vol.1

「SNSの『送金バイト』に応じただけで、ある日突然逮捕される――」
「長年放置していた銀行口座を他人に譲ったら、数百万の罰金を科される――」
これらは決して他人事ではありません。令和8年(2026年)6月10日、犯罪収益移転防止法の一部を改正する法律(令和8年法律第34号)が公布されました。今回の法改正により、口座売買の罰則が劇的に強化されただけでなく、SNSを悪用した脱法的な資金移動を厳しく取り締まる「送金犯罪」が新たに創設されました。
今回は、知らなかったではすまされない重大なコンプライアンス違反のリスクから自社や従業員を守るため、今すぐ押さえるべき最重要の法改正情報を2回にわたって分かりやすく解説します。
(Vol.2は近日中に公開予定です)
この記事の目次
犯罪収益移転防止法をめぐる国内情勢と法改正の必要性
犯罪収益移転防止法(以下「犯収法」)とは、マネー・ローンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与を防止するため、特定の取引に関与する特定事業者に対して、本人確認(取引時確認)や取引記録の保存、疑わしい取引の届出といった義務を課すための法律です。
昨今、スマートフォンの普及や各種オンライン決済、暗号資産取引などの利便性が飛躍的に高まる一方で、これらの決済インフラを悪用した特殊詐欺やロマンス詐欺といった組織犯罪の被害額は深刻な規模に達しています。特に、「匿名・流動型犯罪グループ(いわゆるトクリュウ)」が偽造された身分証明書やAIによる画像加工技術を駆使し、なりすましによって銀行口座を不正に開設・流通させる手口が横行しており、これまでの簡易的な目視や書類画像の送信に依存した本人確認プロセスでは、犯罪組織の巧妙な資金隠蔽を防ぎきれない事態が生じています。
政府が策定した「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」(令和7年4月22日犯罪対策閣僚会議)に基づき進められた今回の法改正は、犯罪組織への決済手段の流入ルートを徹底的に根絶するためのものです。この改正は、銀行や証券会社に留まらず、オンラインで取引や求人、マッチングプラットフォームなどを提供する多くの一般事業者にとっても、コンプライアンス管理態勢の抜本的な見直しを迫る極めてインパクトの大きいものとなっています。
参考:犯罪対策閣僚会議
改正犯収法における口座・通帳等の不正譲渡に対する罰則の大幅引き上げ
令和8年7月10日に施行された改正犯収法では、犯罪グループの「資金の受け皿」となっている決済口座の不正な流通を止めるため、不要となった通帳やキャッシュカード、インターネットバンキングのID・パスワードなどの不正譲渡や売買に対する罰則が大きく強化されました。
従来は「1年以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金」とされていた口座等の売買・譲渡は、法改正により「3年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金」へと引き上げられました。さらに、これらを「業として(ビジネスとして)」反復継続して行った場合、改正前の「2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金」から「5年以下の拘禁刑もしくは1000万円以下の罰金」という、極めて重い法定刑が科されることになります(改正犯罪収益移転防止法第28条第3項)。
今回の改正における最大の実務上のポイントは、口座売買の「勧誘」や「誘引」に対する罰則の引き上げです。これらは口座の売買自体が成立していなくても従来から処罰対象でしたが(第26条第4項等)、今回の法改正により、法定刑が基本類型と同じ「3年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはその両方」へと重くなりました。
なお、厳罰化の対象は銀行口座(預貯金通帳等)に限りません。以下の決済手段・資産の不正な譲渡・譲受け等についても、従来から処罰対象であり、今回の改正で法定刑が一律に引き上げられました。
- 対象となる取引情報等(第26条〜第31条)
- 預貯金通帳・キャッシュカード等
- 高額電子移転可能型前払式支払手段利用情報
- 資金移動業者の為替取引カード等
- ステーブルコイン等の電子決済手段等取引用情報
- 電子決済等利用情報
- 暗号資産交換用情報
- 引き上げ後の法定刑
- 基本:3年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金、又はその併科
- 業として行った場合:5年以下の拘禁刑若しくは1000万円以下の罰金、又はその併科
新設された「送金犯罪」がプラットフォーム事業者に与えるインパクト

今回の法改正において、もう一つの極めて重要な新設事項が、いわゆる「送金バイト」と呼ばれる手口を取り締まる「送金犯罪」の創設です(法第32条、令和8年7月10日施行)。
近年の組織犯罪グループは、自ら口座を調達するだけでなく、SNS等を通じて一般のユーザーに対して「あなたの口座に振り込まれた資金を、手数料を引いて指定された別の口座へ送金するだけで報酬を支払う」という形式で資金の移動を代行させていました。従来の法律では、実行役を処罰する際、本人が「これが詐欺等の犯罪収益であること」を具体的に認識していたという主観的要素を証明しなければならず、単に「通常のアルバイトだと思った」と言い逃れされると、実行役やその募集・依頼行為を直接的に取り締まることが困難でした。
この課題を解消するため、新設された法第32条では、有償で他人のために財産の移転を行うことを依頼・実行・勧誘・誘引する行為を、以下の通り一律に禁止・処罰する制度を確立しました。
参考:衆議院|犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律案(案文)
法第32条第1項では、通常の商取引や金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのにもかかわらず、自己または第三者が管理・管理しようとする財産を移転することを目的として、人に対して有償で送金行為(特定役務利用財産移転行為)をするように依頼した者を「2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金」に処し、またはこれを併科すると規定しています。同様の目的で、広告等により人を誘引した者(第32条第1項後段)も同様に処罰されます。
また、この依頼を受けて実際に送金を実行した者(第32条第2項前段)についても、「2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその併科」が適用され、自己への送金依頼を勧誘・誘引した者も同様に処罰されます。これらの行為を反復継続して「業として」行った場合には、第32条第3項に基づき「3年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、またはそれらの併科」へと処罰が加重されます。
この送金犯罪の新設は、求人サイトやクラウドソーシング、マッチングアプリ、SNS、さらにはオンラインフリマサービスなどを提供するプラットフォーム運営企業に対し、非常に大きな管理責任を課すことになります。もし自社のサービス上に「送金するだけで稼げる副業」「入出金代行の募集」といった内容が放置されていた場合、それは法第32条が禁止する「送金犯罪をするよう人を誘引する行為」の温床を放置したとみなされ、企業のコンプライアンス体制に重大な欠陥があると判断されることになりかねません。プラットフォームを運営する企業は、規約の改定とともに、システムによる不審な投稿のフィルタリングや監視の仕組みを直ちに強化する必要があります。
警察による「犯罪利用防止措置用口座等」の導入と金融機関の実務
今回の法改正におけるもう一つの注目すべき柱が、捜査機関と金融機関が密に連携し、マネロン犯罪の追跡・摘発を行う新制度の導入です。これは、公布の日(令和8年6月10日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日(令和9年中に完全施行される予定です)から施行されます。
この制度は、法第19条の2、第19条の3、第19条の4等に基づき、警察官が金融機関等に協力を求めて開設した「特別の措置を講じた預貯金口座等(犯罪利用防止措置用口座等)」を用いて、おとり捜査のような手法を実施することを認めるものです。
具体的には、警察官は口座売買を持ちかける人物(調達役等)を検知した際、金融機関に要請して名義等の表示に特別の措置を講じた「犯罪利用防止措置用口座等」を開設等し、その通帳やカードをその人物に引き渡すことができます。これにより、悪用された口座を通じた資金移動ルートをリアルタイムで正確に追跡・把握し、被害拡大を防止するために不審な口座を迅速に停止することが可能になります。
法第19条の3は、措置を的確に実施するために必要と認められる範囲内で、警察官が自己の氏名、身分その他の事項や、通帳等が犯罪利用防止措置用口座等に係るものであることその他の事実を「隠し、又は偽る」ことができると定めています。
これにより、捜査に必要な架空名義の口座等を適法に作成し、犯罪組織に渡すといった実効性のある捜査が認められることとなりました。
この新制度の導入に伴い、金融機関を始めとする事業者側には、極めて慎重な情報管理体制が求めされます。捜査機関から犯罪利用防止措置用口座等の開設への協力を要請された金融機関は、その事実が外部や通常の業務部門に漏洩しないよう、強固な守秘義務とシステム上の情報制限を講じなければなりません。万が一、協力の事実が漏洩した場合、捜査の妨害になるばかりか、金融機関そのものが重大なセキュリティインシデントに直面し、企業としての信頼やガバナンス能力を問われる深刻なリスクを背負うことになります。
改正犯収法による「本人確認の激変」と「内部管理体制の構築」

これまで解説した口座売買や送金犯罪の厳罰化に留まらず、企業の本人確認(KYC)手続きを直接的に変化させるのが、段階的に公布されてきた犯収法施行規則(共同命令)の改正です。これらの規則は、令和9年(2027年)4月1日をもってすべての移行措置が終了し、完全施行される予定となっています。
この施行規則改正により、オンラインによる非対面本人確認で最も広く普及していた、確認書類の「画像送信のみに依存する本人確認方法(従来の『ホ方式』)」が全面的に廃止され、スマートフォン等を通じたICチップ情報の読み取りや公的個人認証サービス(JPKI)への移行が実質的に義務付けられることになります。また、対面取引においても、目視確認だけでなくICチップの読み取りが原則として義務化されるなど、ビジネスの実務プロセスに多大な影響を及ぼします。
この「本人確認(eKYC)実務の激変」に伴い、企業は具体的にどのような対応を行うべきか、実務上の極めて高いハードルや「2027年4月問題」の詳細な解説については、本連載の第2回『特定事業者必見「2027年4月全面施行」に伴う本人確認(eKYC)の激変と実務対応』において詳しく解説いたします。
また、これらの厳格化する法規制に適合するため、金融機関や対象となる特定事業者が、どのように「リスクベース・アプローチ」を講じて、社内のマネロン防止・テロ資金供与対策(AML/CFT)のためのガバナンスや内部管理体制を再設計すべきかについては、第3回『リスクベース・アプローチに基づく内部管理体制(AML/CFTガバナンス)の構築』にて順を追って網羅的に解説いたします。
まとめ:改正犯収法については専門家に相談を
令和8年の犯収法改正による「送金犯罪」の新設や口座売買の厳罰化、そして令和9年4月に完全施行を控える本人確認プロセスの厳格化は、企業の経営体制において極めて大きな転換点です。自社のサービスやプラットフォームが知らぬ間に犯罪インフラとして悪用されることを防ぐため、企業は法規制の趣旨を正しく把握し、先手を打って取引審査プロセスやプラットフォーム上の監視体制、社内規程の改定などを急がなければなりません。
モノリス法律事務所では、企業のビジネスモデルに即したコンプライアンス体制の設計や利用規約の整備、法的な内部管理体制の強化について専門的なサポートを提供しています。法的なリスクから会社を守り、さらなる事業発展を支えるための第一歩として、最新の規制に準拠した体制の構築を今すぐ進めましょう。
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