企業内不正調査の進め方とは?従業員の不正発覚時の初動対応からヒアリングの注意点まで弁護士が解説

従業員による横領や機密情報の持ち出しなどの不正が疑われたとき、会社はどのように企業内不正調査を進めればよいのでしょうか。
結論から言えば、調査は「①初動での証拠保全 → ②客観証拠の収集・分析 → ③ヒアリング → ④事実認定 → ⑤処分・再発防止」の順で進めるのが原則です。ヒアリングは、周辺者から始めて関係者、最後に本人の順に行います。本人への聴取は、客観証拠で「動かし難い事実」を固めてから行います。
本記事の要点は次のとおりです。
- 不正の疑いを把握したら、本人に気付かれる前に証拠を保全する。対象者の上司や関係部署は調査チームから外す
- 調査のための自宅待機命令は、原則として賃金の支払いが必要
- ヒアリングは「客観証拠が先、本人は最後」。2名体制で行い、録音は同意を得て行うのが望ましい。威圧・誘導・長時間の聴取は避ける
- 一般の従業員の調査協力義務には限界がある(富士重工業事件)。メール調査や所持品検査にも裁判例上の枠組みがある
- 内部通報が端緒の場合、2026年12月1日施行の改正公益通報者保護法により、通報者の探索の禁止や、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰が導入される
- 懲戒処分の前には弁明の機会を付与し、処分の相当性を検討する
本記事では、社内で従業員による不正が発覚したときに、「何を、どの順で行うか」という実務の手順に焦点を当てて解説します。
この記事の目次
企業内不正調査とは?なぜ「進め方」が結果を左右するのか
企業内不正調査とは、従業員の不正や法令違反の疑いがあるときに、会社が自ら(または外部専門家を起用して)事実関係を調べ、責任の所在と原因を明らかにする手続きです。
企業内不正調査の目的は「犯人探し」ではありません。調査の結果は、懲戒処分、損害賠償請求、刑事告訴、取引先や監督官庁への報告、再発防止策の策定など、その後のあらゆる対応の土台になります。そのため、調査の進め方を誤ると、次のような問題が生じます。
| 調査の失敗 | 生じうる結果 |
| 証拠保全の前に本人を呼び出す | データの削除・口裏合わせにより事実が解明できなくなる |
| 客観証拠なしに本人の自白だけで処分する | 訴訟で自白の任意性・信用性が争われ、処分が無効となるリスク |
| 威圧的・長時間のヒアリング | 不法行為責任の追及、退職強要と評価されるリスク |
| 通報者を探索する、通報者を不利益に扱う | 公益通報者保護法違反、損害賠償責任 |
| 聞き取りだけで調査を打ち切る | 被害の拡大、後の第三者委員会で調査の不備を指摘される |
裁判所は、会社の調査結果をそのまま採用するわけではなく、提出された証拠から自ら事実を認定します。筆者の経験でも、懲戒処分をめぐる紛争では「会社がどのような証拠を、どのような手順で集めたか」が正面から問われます。調査の進め方そのものが、結論の正当性を左右するといえます。
従業員の不正が発覚したとき、最初の数日で何をすべきか

実務上、不正の端緒を把握してから最初の48〜72時間の動きで、調査の成否が左右されることが少なくありません。初動で行うべきことは次の5点です。
情報管理を徹底し、利害関係者を外して調査チームを組成する
まず、不正の疑いを知る人の範囲を最小限に絞り、調査チームを組成します。情報が対象者に伝われば、証拠隠滅や関係者との口裏合わせを招くからです。
調査チームからは、対象者の上司・部下・担当役員など利害関係のある人を外します。不正行為者の上司は管理責任を問われる立場にあり、調査を任せるのは適切ではありません。一般的には、法務・コンプライアンス部門、内部監査部門、人事部門を中心に、経営トップへの報告ラインを確保した体制を組みます。
証拠保全:PC・アカウント・ログをどう扱うか
初動で最も重要なのが証拠保全です。主な対象は次のとおりです。
- 業務用PC、スマートフォン、外部記憶媒体
- メール、チャット、クラウドストレージのデータ
- 入退室記録、システムのアクセスログ、操作ログ
- 会計帳簿、伝票、契約書、稟議書などの証憑
デジタル証拠の扱いには注意が必要です。対象PCの電源をむやみに入れると、ファイルの更新日時が変わり、データの改変・改ざんを疑われる原因になります。データが改変されずに保全されたことを後から立証できるよう、デジタル・フォレンジックの専門家に委ねるのが安全です。
アカウントの停止にも判断が必要です。停止すれば以後の持ち出しは防げますが、対象者に調査を察知させ、私物端末やクラウド上のデータ削除を誘発するおそれもあります。ログの保全を先に済ませ、停止のタイミングを調査計画の中で決めるのが実務的です。
なお、退職した後は業務命令による調査協力を求めにくくなります。退職の申出がある事案では、退職日までに必要な資料の回収と確認を済ませることを意識してください。
自宅待機命令を検討する:賃金は原則として支払う
対象者が職場にいると証拠隠滅や関係者への働きかけのおそれがある場合、調査期間中の自宅待機を命じることがあります。
調査のための自宅待機は、業務上の必要性があれば、就業規則に定めがなくても業務命令として命じることができるとされています(大阪地判昭和52年3月24日)。ただし、業務命令として従わせる以上、原則として賃金の支払いが必要です。懲戒処分としての「出勤停止」とは性質が異なるため、両者を混同しないでください。
一方、十分な事実調査をしないまま、任意退職を求める目的で約7か月間も自宅待機を続けた事案では、待機命令が違法とされています(千葉地判平成5年9月24日)。
実務上は、次の点を書面に明記して発令します。
- 目的(証拠保全、関係者との接触回避)
- 期間(暫定期間と、更新を判断する時期)
- 待機中の連絡義務
そして、待機中も調査を止めないことが重要です。
内部通報が端緒の場合は通報者の保護を最優先する
不正の端緒が内部通報である場合、通報者の保護が調査設計の前提になります。
2022年6月施行の改正公益通報者保護法では、通報対応の従事者に守秘義務が課され、違反には30万円以下の罰金が科されることになりました。さらに、2025年6月に公布された改正法(令和7年法律第62号)が2026年12月1日に施行されます。社内調査に関わる主な改正点は次のとおりです。
| 改正点 | 内容 |
| 解雇・懲戒の無効の明記 | 公益通報を理由とする解雇・懲戒は無効 |
| 刑事罰の導入 | 公益通報を理由に解雇・懲戒をした個人は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金。法人には3000万円以下の罰金(両罰規定) |
| 立証責任の転換 | 公益通報から1年以内(または事業者が通報を知ってから1年以内)の解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定される(刑事罰には適用されない) |
| 通報者探索の禁止 | 正当な理由なく通報者を特定しようとする行為を禁止 |
| 通報妨害の禁止 | 正当な理由なく通報しない旨の合意を求める行為などを禁止し、これに反する合意は無効 |
| 通報者の範囲の拡大 | フリーランス(特定受託業務従事者)と、1年以内にそうであった者を追加 |
実務上特に注意すべきなのは、通報者自身も不正に関与していた事案です。通報から1年以内に通報者を懲戒する場合、処分が通報を理由とするものと推定されます。処分理由が通報とは無関係であることを、調査記録で説明できるようにしておく必要があります。
外部専門家をいつ起用するか
次のような事案では、初動の段階から弁護士やフォレンジック業者などの外部専門家の起用を検討すべきです。
- 被害額が大きい、または役員が関与している疑いがある
- デジタル証拠の保全・解析が必要
- 刑事告訴や損害賠償請求を視野に入れている
- 取引先・監督官庁・株主への説明が必要になりうる
外部専門家は、早い段階で関与するほど、後の「出口」(処分、訴訟、告訴、開示)から逆算した調査設計がしやすくなります。
企業内不正調査の進め方:5つのステップ

初動対応を終えたら、本格調査に入ります。標準的な流れは次のとおりです。
| ステップ | 主な作業 | ポイント |
| 1. 調査計画 | 調査目的、対象事実、範囲(期間・部署・金額)、体制、スケジュールを決める | 「何を立証すれば処分・請求ができるか」から逆算する |
| 2. 客観証拠の収集・分析 | メール・ログ・会計証憑の精査、フォレンジック、反面調査 | 「動かし難い事実」を軸に時系列表を作る |
| 3. ヒアリング | 周辺者 → 関係者 → 本人の順で聴取する | 客観証拠との整合性を確認する |
| 4. 事実認定 | 証拠と供述を突き合わせ、認定できる事実と認定できない事実を区別する | 本人の弁解と、それを排斥する理由を明示する |
| 5. 調査報告書 | 認定事実、根拠証拠、原因分析、処分・再発防止の提言をまとめる | 認定事実ごとに証拠を紐付ける |
調査報告書は、訴訟で証拠として提出されることを想定して作成します。認定した事実ごとに根拠となる客観資料や供述を示し、本人の弁解を採用しなかった理由も記載しておけば、裁判所の事実認定の手法に沿った、証拠価値の高い報告書になります。
調査体制には、大きく分けて次の類型があります。
- 社内調査:社内の部門のみで行う
- 外部弁護士を入れた社内調査:社内チームに外部弁護士が加わる
- 特別調査委員会(内部調査委員会):外部専門家を含む委員会を設置する
- 第三者委員会:会社から独立した外部専門家のみで構成する
事案の規模、経営陣の関与の有無、対外的な説明責任の大きさに応じて選びます。上場会社で経営陣の関与が疑われる場合や社会的影響が大きい場合は、第三者委員会の設置を検討すべき場面が増えます。各類型の詳細とモノリス法律事務所の立ち位置は、以下で解説しています。
企業内不正調査のヒアリングで注意すべき点は何か
ヒアリングは企業内不正調査の中で最も法的リスクが生じやすい場面です。進め方を誤ると、得られた供述の信用性が否定されるだけでなく、会社が不法行為責任を問われるおそれもあります。
ヒアリングはどの順番で行うべきか
原則は「客観証拠が先、本人は最後」です。
- 客観証拠の収集・分析を先に行い、動かし難い事実を固める
- 周辺者(不正を見聞きしうる立場の同僚など)から聴取する
- 関係者(取引先、共犯の疑いがある者など)から聴取する
- 最後に本人から聴取する
本人に先に話を聞くと、本人が調査の範囲を察知し、他の関係者との口裏合わせや証拠隠滅に動くおそれがあります。
本人へのヒアリングでは、客観証拠と矛盾する供述がないかを確認していきます。たとえば情報の持ち出し事案では、アクセスログの日時と担当業務を照合し、「業務のために必要だった」という弁解と矛盾する点を具体的に確認します。
ただし、証拠の所在が分からない場合や専門的な知見が必要な場合は、ヒアリングを先行または並行させることもあります。順序は事案に応じて調整してください。
聴取者は誰が務め、何人で行うべきか
ヒアリングは聴取役と記録役の2名体制で行うのが基本です。1名だと、聴取と記録を同時に行うのが難しく、後に「言った・言わない」の争いになったときに反証する手段がありません。記録役は、聴取役が聞き漏らした点を補充質問することもできます。
聴取者には、対象者の上司など利害関係のある人を充てないでください。また、対象者より極端に職位の高い役員が多数同席すると、威圧的な場と受け取られやすくなります。
ヒアリングを録音してもよいか
録音は、対象者に告知し、同意を得て行うのが望ましいといえます。冒頭で「正確な記録を残すために録音します」と説明し、同意が得られなければ無理に説得せず、録音なしに切り替えます。その場合は、録音しなかった経緯をメモに残しておきます。
会社側による秘密録音は勧められません。民事訴訟では、無断録音でも、その手段・方法が著しく反社会的といえない限り、証拠能力が認められる傾向にあります(東京高判昭和52年7月15日など)。一方で、証拠能力を否定した裁判例もあります。
- 大学のハラスメント防止委員会の非公開審議を録音したものについて、訴訟上の信義則に照らし証拠能力を否定した例(東京高判平成28年5月19日)
- 不特定多数の会話を拾う隠しレコーダーの録音を排除した例(大阪地判令和5年12月7日)
加えて、秘密録音は人格権・プライバシー侵害を理由とする不法行為責任のリスクもあり、懲戒処分の根拠資料として使えば処分の効力が争われる原因にもなります。
反対に、対象者がヒアリングを録音している前提で臨むことも重要です。聴取者の発言は、録音されて裁判所に提出されても問題のない内容・口調に統一しておくべきです。
誘導・威圧・長時間の聴取を避ける
ヒアリングでは次の点を守ってください。
- 誘導質問をしない:「あなたがやったのでしょう」と結論を押し付けると、不正確な供述を誘導し、供述の信用性が失われる
- 威圧しない:大声、人格非難、机を叩くなどの言動は厳禁
- 長時間・多数回の聴取を避ける:適宜休憩を挟み、開始・終了時刻、休憩、出席者、発言要旨を記録する
- 退室の自由を確保する:対象者が退室を求めた場合に物理的に引き留めない
内部告発文書をきっかけとする社内の事情聴取とその後の配転を経て従業員が自殺した事案では、聴取の態様が糾問的であったと評価され、業務起因性が認められました(東京地判平成21年5月20日)。これは国を被告とする労災の行政訴訟であり、会社の不法行為を認めたものではありません。それでも、聴取の態様が後に厳しく評価されうることを示す例といえます。
退職強要と受け取られる言動を避ける
ヒアリングの場で「辞めれば警察には言わない」「自主退職しないなら懲戒解雇にする」などと退職を迫ることは避けてください。聴取が退職強要と評価されれば、その場で取得した退職届や合意の効力が争われるほか、会社が損害賠償責任を負うおそれがあります。退職を拒否した後も面談を繰り返した会社に対し、執拗な退職勧奨を不法行為とした裁判例もあります(横浜地判令和2年3月24日)。
合意退職で終結させる場合は、事実調査とは別の機会に、本人の自由な意思決定を確保したうえで合意書を交わすのが安全です。
弁明の機会を与え、供述を記録化する
本人のヒアリングでは、疑われている事実を具体的に示し、本人の言い分を十分に聞きます。弁解があれば、その裏付けを調査します。本人の具体的な弁解が判明したのに十分な調査をしなかったことは、前述の千葉地判平成5年9月24日でも違法判断の理由とされています。
供述は記録化します。主な方法は次のとおりです。
- 聴取メモ:記録役が作成する
- 供述録取書:聴取者が供述内容をまとめ、本人に読み聞かせ、確認のうえ署名を求める
- 本人作成の供述書(顛末書):本人に自筆で作成させる
いずれの方法でも、署名を強要してはなりません。本人が内容の訂正を求めた場合は、訂正に応じたうえで記録を残します。
従業員はヒアリングへの協力義務を負うのか
従業員の調査協力義務は無限定ではありません。
【裁判例】富士重工業事件(最三小判昭和52年12月13日)
事案の概要:
同僚の就業時間中の無断職場離脱について会社が調査し、事情聴取を受けた従業員が返答を拒否しました。会社はこの従業員を就業規則違反として譴責処分にし、従業員がその効力を争いました。
裁判所の判断:
最高裁は、協力義務を負う者を次のように分けて判断したと解されています(判旨の要旨)。
- 他の労働者に対する指導・監督など、調査への協力が職責上その職務内容となっている者は、協力義務を負う
- それ以外の従業員は、調査対象である違反行為の性質・内容、違反行為を見聞した機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無などの諸般の事情から総合的に判断して、協力が労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的と認められる場合に限り、協力義務を負う
そのうえで、本件の一般従業員について協力義務を否定しました。
実務上のポイント:
ヒアリング対象者を、次の3類型に分けて扱います。
- 被調査者本人
- 管理監督者(職務として協力義務がある)
- 一般の同僚・目撃者(協力義務は限定的)
3の一般従業員が協力を拒んでも、直ちに懲戒するのは避けるべきです。「証言を理由に不利益に扱わない」と伝えるなど、任意の協力を得られる環境を整えることが現実的な対応です。
社員のメールやPCはどこまで調べてよいか
会社のシステム上のメールやファイルの調査は、裁判例上、一定の範囲で認められています。
【裁判例】F社Z事業部事件(東京地判平成13年12月3日)
事案の概要:
上司が、部下の従業員が社内システムで送受信した私用メールを、本人の許可なく閲覧したため、プライバシー侵害を理由に損害賠償が請求されました。
裁判所の判断:
裁判所は、職務遂行の妨げとならず会社の経済的負担も軽微であれば、社内システムによる必要かつ合理的な限度の私用は許されるとしました。そのうえで、監視の目的・手段・態様などを総合考慮し、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視といえる場合に限りプライバシー侵害となる、との枠組みを示したと解されています。
実務上のポイント:
監視する立場にない者による閲覧、個人的な好奇心による閲覧、社内に秘匿した恣意的な閲覧は、相当性を欠くと評価されやすくなります。
【裁判例】日経クイック情報事件(東京地判平成14年2月26日)
事案の概要:
社内で誹謗中傷メールが送信され、送信者と疑われた従業員について、会社が事情聴取を行い、社内サーバ上のメールやファイルを調査しました。
裁判所の判断:
裁判所は、従業員が送信者であると疑う合理的な理由があったことから、事情聴取を行う必要性と合理性を認めました。また、業務に関連する情報が保存されていると判断される以上、調査の結果として私的なファイルまで調べることになったとしても、調査自体が違法となるものではないとしました。
実務上のポイント:
調査の適法性を基礎付けるのは「特定の疑い」と「その解明に必要な範囲」です。次の点を記録しておきます。
- 調査の目的
- 閲覧者
- 検索条件(キーワード・期間)
平時からモニタリング規程を整備し、周知しておくことも重要です。
所持品検査はできるのか
ロッカーや私物鞄の検査、私物スマートフォンの提示要求については、所持品検査に関する最高裁判例が目安になります。
【裁判例】西日本鉄道事件(最二小判昭和43年8月2日)
事案の概要:
私鉄の会社が、就業規則の規定に基づき、乗務員に対して靴の中の検査を実施しようとしたところ、電車運転士が脱靴を拒否しました。会社はこれを理由に運転士を懲戒解雇しました。
裁判所の判断:
最高裁は、所持品検査が許されるための要件を次のように判示しました。
所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。
そのうえで、検査の受忍義務について次のように述べ、懲戒解雇を違法でないとしました。
そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行なわれるときは、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり
実務上のポイント:
特定の個人だけを狙った抜き打ちの検査は、「制度として画一的に実施」という要件から外れやすくなります。個別の不正調査で私物を確認する場合は、本人の同意を得たうえで、立会人を置き、記録を残すのが原則です。私物端末の調査も、原則として本人の同意を得て行います。
通報者を特定してはいけない理由
内部通報を端緒とする調査では、ヒアリングの順序や質問内容から通報者が推知されないよう設計します。被通報者やその上司に通報者を探らせることは厳禁です。前述のとおり、2026年12月1日以降は、正当な理由のない通報者探索が法律で禁止されます。
【裁判例】オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日)
事案の概要:
従業員が、取引先の社員を引き抜こうとする上司の行為を社内のコンプライアンス窓口に通報したところ、その後に配転を命じられ、配転命令の無効確認と損害賠償を求めました。
裁判所の判断:
東京高裁は、配転先で勤務する義務がないことを確認しました。さらに、主文で次のとおり命じました。
被控訴人オリンパス株式会社及び被控訴人P1は,控訴人に対し,連帯して220万円及びこれに対する平成20年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
実務上のポイント:
通報後の人事上の措置は、通報への報復と評価されるリスクを常に伴います。とりわけ2025年改正法の施行後は、通報から1年以内の解雇・懲戒に通報を理由とするものとの推定が働きます。通報者や証言者の人事は、調査と切り離した合理的な根拠を記録したうえで判断してください。
報道事例から学ぶ企業内不正調査の失敗と教訓

ここでは、公表資料や報道から、社内調査の進め方に関する教訓を読み取れる事例を紹介します。
当初の企業内不正調査が誤った結論を出した例:NTT西日本グループ
NTT西日本グループでは、コールセンターシステムの保守を担当していた元派遣社員が、システム管理者アカウントを悪用して約10年にわたり顧客情報を持ち出していました。2023年12月の公表では約928万件、69社分とされています。
この事案では、過去にクライアントから照会を受けた際、社内調査で「流出の問題はない」と報告していました。外部弁護士のみで構成されたタスクフォースは、ヒアリングとデジタル・フォレンジックで当初の調査を検証しました。その結果、調査担当者がエクスポートログを改変して問題がないと回答していたこと、そして調査担当者が次のような判断をしていたことを指摘しています。
ごく短時間のうちに都合のよい解釈を行ったことにより、『内部からの情報流出はない』と一方的に結論づけていた
調査は限られた4名で行われ、社内や親会社へのエスカレーションもありませんでした。
教訓は、調査担当者の独立性と、結論を急がない姿勢、そしてログの解析を前提知識のある専門家に委ねることの重要性です。
出典:NTT西日本 公表資料(2024年2月29日)、総務省資料、ScanNetSecurity
聞き取りだけで調査を打ち切った例:第一生命
第一生命保険では、元営業職員が架空の取引を持ちかけ、少なくとも21人から約19億円を詐取していたことが2020年に発覚しました。
報道によれば、2017年に銀行から照会があった際、同社は元職員・同僚・取引先に聞き取りをしましたが、全員が否定しました。銀行に再確認した結果「うわさ話」として調査を打ち切り、他の顧客については調べなかったとされています。その後、2020年6月の顧客からの連絡を機に不正が発覚しました。
関係者が否定したことだけで調査を終えるのではなく、客観資料による裏付けや、調査範囲を広げるかどうかの判断が必要だったことを示す例といえます。
供述と客観資料を突き合わせて被害を特定した例:三菱UFJ銀行
三菱UFJ銀行では、支店の管理職が予備鍵を使って顧客の貸金庫から現金や金地金を窃取していました。報道によれば、2024年10月に顧客が「預けていた現金がなくなっている」と申し出たことが発覚の端緒とされています。
銀行は2024年11月に当該行員を懲戒解雇して公表し、2025年1月には被害が約70人、約14億円にのぼると公表しました。被害の特定にあたっては、顧客からの申告、本人の供述、客観資料(本人のメモ、写真、帯封など)を突き合わせています。
発見が遅れた原因としては、次の点が挙げられています。
- 予備鍵のリスクの軽視
- カメラが本人の管理下にあったこと
- 開閉記録を確認するルールがなかったこと
- 長期在籍者への業務の集中
- 点検部門・内部監査のリスク認識不足
元行員は刑事訴追され、一審・控訴審で有罪判決が報じられています。
供述を鵜呑みにせず、客観資料で裏付けて被害範囲を確定させるという、社内調査の基本を示す事例です。
出典:三菱UFJ銀行公表資料(2024年11月22日、2025年1月16日)、現代ビジネス、nippon.com
企業内不正調査の公表後に第三者委員会で被害が拡大した例:プルデンシャル生命
プルデンシャル生命保険は、2026年1月、社員・元社員106人が顧客から金銭を受領・詐取していたとして、約30.8億円の被害を公表しました。報道によれば、同社は当初、社内調査で事実確認済みとして第三者委員会の設置に消極的でしたが、2月に設置を公表しました。
その後、第三者委員会の調査中に新たな被害が判明しました。10月8日の会見では次の内容が公表されています。
- 自己申告ベースの受領額:約61億6,600万円
- 認定被害額:約52億円
- 懲戒処分者:157人(うち懲戒解雇・諭旨解雇64人)
なお、各時点で公表された数値は算定範囲が同一ではない点に留意が必要です。
金融庁は2026年10月9日、同社に対し、保険募集・契約締結に関する業務停止命令(2026年10月13日〜2027年1月31日)と業務改善命令を出しました。理由として、完全歩合制と支社単位の管理のもとで不祥事が繰り返されたことや、経営陣による改善の先送りが挙げられています。
社内調査の段階で「全容を把握した」と判断して対外公表することのリスク、そして個人の不正の背後にある構造的な原因まで踏み込む調査の必要性を示す事例です。
出典:ITmedia、秋田魁新報(2月9日、7月24日)、nippon.com、熊本日日新聞、金融庁
新任者の分析で長期の不正が発覚した例:フコク(海外子会社)
フコクの中国子会社では、会計チーム長が2011年1月から2024年10月まで約13年9か月にわたり、約2,090万人民元を着服していました。この人物は、出納・記帳・原価管理を長年一人で担当していました。
不正は、2024年11月に新任の副総経理が材料費率の予実乖離を分析したことから発覚しました。分析の過程で原価計算書の原材料単価の不一致を発見し、証憑の流用や小切手による引出しが判明しています。会社は特別調査委員会を設置しました。
職務分掌の欠如が長期の不正を許したこと、そして数値の異常という客観的な端緒から調査が進んだことの両面で示唆に富む事例です。
出典:フコク適時開示(2025年2月21日、2025年6月23日)
企業内不正調査における事実認定後、懲戒処分や損害回復はどう進めるか

弁明の機会を与え、処分の相当性を検討する
懲戒処分は、労働契約法15条により、行為の性質・態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効となります。調査で認定した事実に基づき、次の事情を考慮して処分の重さを決めます。
- 不正の態様・金額
- 動機
- 反省の有無
- 過去の処分歴
- 同種事案での処分例との均衡
処分の前には、処分事由を具体的に示したうえで弁明の機会を与えるべきです。就業規則に弁明手続の定めがある場合、これを欠く処分は手続違反として争われるリスクが高まります。
規定がない場合について、弁解聴取の機会を与えないことが違法となるのは、聴取によって処分の基礎となる事実認定などに影響を及ぼしうる場合に限られる、との趣旨を述べた裁判例もあります(大阪高判平成11年6月29日・大和交通事件)。しかし、裁判例の判断は一様ではありません。筆者としては、規定の有無にかかわらず、ヒアリングとは別の機会に書面で処分事由を告知し、弁明の機会を付与する運用を勧めます。
懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額については、別記事で解説しています。
損害を回復する:損害賠償請求、身元保証人、刑事告訴
金銭的な被害がある場合は、次の手段を組み合わせて回収を図ります。
- 本人による債務の承認と、分割弁済の合意(公正証書化を含む)
- 担保の取得
- 損害賠償請求訴訟
- 身元保証契約がある場合の身元保証人への請求(責任の範囲には法律上の制限がある)
業務上横領や背任などが疑われる場合は、刑事告訴も選択肢になります。もっとも、告訴のタイミングは民事上の回収交渉との関係で慎重に判断する必要があります。告訴をちらつかせて弁済や退職を迫ることは避けてください。
再発防止策を策定し、公表の要否を判断する
調査報告書では、個人の動機だけでなく、不正を可能にした業務プロセスや統制の不備、企業風土といった原因まで分析します。そのうえで、職務分掌の見直し、ログの定期点検、ジョブローテーション、内部通報制度の強化などの再発防止策を策定します。
上場会社では、日本取引所自主規制法人の「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」が、把握の段階から再発防止策の実施まで、必要に即して迅速かつ的確に情報開示を行うことを求めています。非上場会社でも、取引先や顧客に影響が及ぶ場合は説明が必要です。
対外的に公表する際は、未確定の事実を断定したり、対象者の個人名を不必要に示したりしないよう注意します。こうした表現は名誉毀損のリスクにつながります。
まとめ:企業内不正調査は弁護士にご相談を
企業内不正調査は、「初動での証拠保全 → 客観証拠の収集 → ヒアリング → 事実認定 → 処分・再発防止」の順で進めるのが原則です。中でもヒアリングは、順序・同席者・録音・質問の仕方のいずれを誤っても、供述の信用性や処分の有効性を損ない、会社自身の責任問題に発展しかねない場面です。
報道事例が示すとおり、聞き取りだけで調査を打ち切ったり、結論を急いだりすれば、後に被害の拡大や行政処分という形で跳ね返ってきます。2026年12月1日には改正公益通報者保護法が施行され、内部通報を端緒とする調査では、通報者の探索の禁止や、解雇・懲戒への刑事罰を踏まえた対応が欠かせなくなります。
不正の疑いを把握した段階で、できるだけ早く弁護士に相談し、処分・回収・開示という「出口」から逆算した調査設計を行うことをお勧めします。
当事務所による対策のご案内
モノリス法律事務所は、IT・インターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。従業員の不正をめぐる社内調査では、次の対応を一貫してサポートしています。
- メール・チャット・アクセスログなどデジタル証拠の保全と分析
- ヒアリングの設計と実施
- 事実認定と調査報告書の作成
- 懲戒処分・損害賠償請求・刑事告訴
- 対外公表とレピュテーション対応
不正の疑いが生じた際の初動対応から、ぜひご相談ください。当事務所の企業内不正調査の詳細は、下記ページをご覧ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: 企業内不正調査


























