カスタマーハラスメントにはどのような事例がある?裁判例から対策ポイントを解説

近年、悪質なクレーム被害に従業員が悩まされる「カスタマーハラスメント」通称・カスハラの問題が増大しています。企業には従業員の安全配慮義務があるため、カスハラに備えて適切な対策を講じることは重要です。しかし一口に「カスハラ」といっても、実際にどのような行為がカスハラに該当するのか、はっきりとわからない方は多いのではないでしょうか。
カスハラの事例を知ることで、カスハラ対策の必要性を理解することにもつながります。
この記事では、実際に起こったカスハラの事例や安全配慮義務が問われた裁判例について紹介し、企業がとるべきカスハラ対策について解説します。
この記事の目次
カスタマーハラスメントとは

カスタマーハラスメントとは、従業員の就業環境を害するハラスメントの一種です。実は、カスタマーハラスメントの定義は、法律上で明確な記述がありません。
しかし、企業へのヒアリング調査などを行った情報から、厚生労働省は、企業の現場におけるカスハラを以下のように定義しています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
厚生労働省|カスタマーハラスメント対策マニュアル
顧客や取引先からのクレームが、すべてカスハラになるわけではなく、商品やサービスの改善を求める顧客の声は、正当なクレームとして真摯に対応すべきです。しかし、過剰な要求をしたり、不当な言いがかりをつけたりする悪質なクレームも存在します。
カスハラに該当するほどの悪質なクレームに対応することは、従業員にとって多大な負担となるでしょう。
カスタマーハラスメントと判断する基準
厚生労働省が定めるカスハラの定義によると、カスハラの該当判断には次の2点が重要になることがわかります。
- 顧客の主張に妥当性があるか
- 要求を実現するための手段や態様が一般的に相当なものであるか
カスハラの判断基準や対策方法については、以下の記事で詳しく解説しています。ぜひご参照ください。
関連記事:社会問題化するカスハラとは?企業がとるべき対策や何の罪に該当するかを解説
カスハラの具体的な事例

カスタマーハラスメント(カスハラ)は、お客様からの迷惑行為全般を指しますが、その態様は多岐にわたり、従業員に深刻な影響を与えることを示しています。事業者はこれらの事例を参考にカスハラ対策を検討し、従業員が安心して働ける環境を整備することが重要です。
ここでは、実際に裁判例や報道などで明らかになった具体的な事例を基に、カスハラがどのような形で現れるのかを見ていきましょう。
暴行・傷害など身体的な攻撃
身体的な攻撃は、従業員の安全を脅かす最も悪質なカスハラの一つです。具体的には次のような事例があります。
- 駅のホームで点字ブロックの外側に出ている客を注意した駅員を突き飛ばした。
- レジの接客態度が悪いことを理由に従業員の胸ぐらをつかみ引きずった。
- フロア内で怒鳴り散らしながら靴を投げる、椅子を叩くなど威圧的行動をとった。
- 看護師に対して叩く、つねる、唾をはく、ものを投げる、業務用品を破損するなどの行為をした。
- 泥酔客の対応をしていた駅員を踏みつけたり傘で殴ったりした。
脅迫・名誉毀損・暴言など精神的な攻撃
言葉や態度による精神的な攻撃も、従業員に大きな精神的な負担を与えるカスハラです。
- 「殺すぞ」「家に火をつけるぞ」といった脅迫発言をした。
- クレーム電話にて「死ね」「馬鹿野郎」といった暴言を吐いた。
- 顧客対応が遅いと大声をあげて威嚇した。
- 看護師の処置やケアに対して「下手くそ」「帰れ」など大声で怒鳴りつけた。
- コールセンターの対応員に「頭悪いうえに性格悪い」といった人格否定にあたる発言をした。
- SNSやマスコミへの暴露をほのめかして脅した。
継続的で執拗な言動
一度だけでなく、何度も繰り返される迷惑行為も、従業員を疲弊させるカスハラです。
- 頻繁に来店してクレームを入れた。
- 複数部署にまたがって何度もクレームを入れた。
- 無言無応答の入電を100回以上行った。
拘束的な行動
従業員を長時間拘束し、自由を奪うような行為もカスハラに該当します。
- 返金できない旨を説明しても納得せず2時間以上詰問した。
- 顧客の自宅にて謝罪することを要求し、4日間深夜まで謝罪させた。
- 店員の対応に納得せず長時間店に居座り続けた。
- 炎天下で配達員を長時間説教した。
正当な理由のない過度な要求
社会通念に照らして明らかに不当な要求も、カスハラに該当します。
- 「徹夜で明日までにバグを直せ」といった過剰な要求を行った。
- 電車遅延によってタクシーを使った客がタクシー代金を何度も要求した。
- 20年前に購入した商品の修理を無償で要求した。
- 宿泊のたびに客室の清掃不備を指摘して客室のグレードアップを要求した。
- 自身の過失によって故障した商品の交換を要求した。
- 商品に傷がついていたことを理由として店員に土下座を強要した。
差別的・性的な言動
人種、性別、性的指向などに関する差別的な発言や、わいせつな言動も深刻なカスハラです。
- 電話で「ずっと話していたい」「下の名前も教えて」とセクハラにあたる言葉をかけた。
- 従業員の手をつかみ、繰り返し連絡先を聞いた。
- ケアに関係なく看護師の体を触った。
- コンビニのレジにて「外国人に対応してほしくない」と店員の交代を要求した。
カスタマーハラスメントが問題となった裁判例
ここでは、カスタマーハラスメントによるトラブルが問題となった裁判例を紹介します。
看護師が入院患者から暴行を受けた事例
病院の看護師が、夜間の業務中にせん妄状態の入院患者から暴力を振るわれ、頚椎捻挫や左上肢拘縮等の障害を負って休職した事件です。
さらに復職をした数カ月後にも、入院患者から腕をつかまれる等の暴力を振るわれ、恐怖心から適応障害を発症し、就労が困難になりました。
この事件では、看護師の身体に危害が及ぶことを回避する義務を怠った病院側が責任を問われています。(東京地判平成25年2月19日)
病院や介護職に関するカスハラは、他にも以下のような事例があります。
- 看護の流れに乗じて体を触られた。
- 介護利用者の家族から必要以上に訪問を強要された。
- コロナ禍において面会禁止の旨を説明したところ暴言を吐かれた。
スーパーの店員と顧客の間にトラブルが生じた事例

店員の接客態度を不満に思った顧客が、怒れるままに大声で店員をなじり、店舗マネージャーに対して当該店員を辞めさせるよう要求した事件です。
しかし裁判では、顧客の行動は粗暴であるものの、暴力を振るうものではなく、犯罪行為として立件するようなものではないと述べられました。
さらに、店員の発言にも問題があり、配慮を欠いた対応によって、客に不快感を与えていると指摘されています。
店員はすぐに勤務に復帰しており、精神的な障害を被ったとは認められず、顧客の不法行為は成立しないと判断されました。(東京地判平成30年11月2日)
企業が負う従業員への安全配慮義務とは
企業は、労働者に対して「安全配慮義務」を負っています。安全配慮義務とは、労働契約法第5条で次のように定められています。
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
e-Gov法令検索|労働契約法
カスタマーハラスメントは、まさに従業員の安全な就業環境を害する状況です。
カスハラが発生する状況に対して企業が何も対策をしない、不適切な対応しかできないという状態では、安全配慮義務違反を問われかねません。従業員から損害賠償を請求される可能性もあるため、企業にとってカスハラ対策の必要性は高いといえます。
カスハラで安全配慮義務違反を訴えられた事例
カスハラの発生によって企業が安全配慮義務違反を訴えられた事例を紹介します。
保育士が強度な心理的負荷を受けた事例
保護者が訴えた園児虐待騒動によって担任の保育士はうつ病を発症・増悪し、自殺に追い込まれた事件です。保育士の遺族によって、保育園の安全配慮義務違反が訴えられました。
当該保育士がうつ病を発症して自殺するおそれがあったことは予見し得たにもかかわらず、カウンセリングや面談が機能していなかったことが指摘されています。
心理的負担を減らす効果のある措置をとっていないとして、裁判では保育園の安全配慮義務違反が認められました。(長崎地判令和3年1月19日)
コールセンターの従業員が暴言を受けた事例
コールセンターの従業員が、電話で暴言等を受けたことについて、会社側の安全配慮義務違反を訴えた事件です。
裁判では、従業員を守るために会社側が講じていた次のような措置が判断材料として取り上げられました。
- 上位の職制の者がコミュニケーターの通話を順次モニタリングして、対応が困難な入電を常にチェックしている。
- コミュニケーターの判断により即切断可能とし、ヘッドセットを外したり自動音声に切り替えたりする対応を認めている。
- 無料のカウンセリングやストレスチェック、産業医の面接指導を受けられるように体制を整えている。
本件では、会社が対応マニュアルやルール整備を十分に行っていると判断されたことから、安全配慮義務違反は認められませんでした。
カスハラに備えて企業が講じるべき対策

これらのカスハラ事例を踏まえた上で、企業が講じるべきカスハラ対策について解説します。
基本方針の明確化と従業員への周知を行う
カスハラ対策を進める際は、まず企業の基本方針を明確に定め、従業員に周知しましょう。
従業員を守る姿勢を企業側が見せることで、カスハラ対策をしてくれているという安心感を与えられます。カスハラの防止を従業員に意識づけることもでき、職場内でカスハラに関する発言がしやすくなるでしょう。
基本方針を定めたら、研修等を行い、カスハラに対する従業員の理解を深めていきます。
相談・対応体制を整備する
カスハラに関するトラブルが起きた際、従業員が気軽に相談できる環境が整っていることは重要です。
トラブルに遭った場合、誰に相談するべきかをあらかじめ明確に決めておきましょう。
現場の従業員がカスハラの相談をする相手として、迅速な対応が見込まれる従業員の上司や現場監督者が挙げられます。
そして、相談を受けた者がどのような流れで対応するのかという手順に関するマニュアルを整備することも重要です。関係部署や外部関係機関とスムーズに連携できる体制を構築することで、迅速な問題解決を図れるでしょう。
クレーム発生時の対応手順を決める
カスハラの相談を従業員から受けた際の対応手順は、あらゆるトラブルを想定した上で事前に定めておく必要があります。
具体的な対応の流れは、業務内容や業務形態によって異なりますが、たとえば以下のような事項を検討してみましょう。
- 情報共有の流れ
- 電話録音の有無
- 顧客の要望を聞き出す注意点
- クレームへの対応人数
- 謝罪のタイミング
- 人員やサービスの現状
従業員への配慮措置を欠かさない
従業員がカスハラの被害を受けてしまった場合には、企業は速やかに配慮措置を講じなければなりません。
暴力やセクハラ行為などを受けている場合は、従業員と顧客を速やかに引き離しましょう。身の安全を確保するために、弁護士や警察と連携をとることも効果的です。
また、カスハラは精神面の負担も大きいため、アフターケアを欠かさず行いましょう。メンタルヘルス不調を引き起こす可能性もあるため、医療機関を受診できる体制を整えるといった対応も重要です。
まとめ:カスハラ対策は弁護士に相談を
カスタマーハラスメントは、サービス内容や業務形態によってさまざまな形で発生し得るものです。
突発的なトラブルに適切に対処するためには、過去の事例からカスハラの理解を深め、事前に対策を講じることが欠かせません。カスハラ対策を進めるにあたって、自社内の判断では不安がある場合、弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士に相談し、あらかじめ適切な対策をしておくことで、カスハラが発生した際も迅速な対応が可能になります。
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