弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

クロスボーダー

NASDAQ新継続上場基準「MVLS500万ドル」が承認から7日後に効力停止:即時上場廃止ルールの現在地

クロスボーダー

2026年7月22日、米国証券取引委員会(SEC)は、NASDAQが申請していた新たな継続上場基準を承認しました。上場有価証券時価総額(MVLS)が500万ドルを下回る状態が30営業日続いた場合、是正のための猶予期間を一切与えずに即時の取引停止・上場廃止手続へ移行するという、従来の上場廃止実務を根本から変える内容です。ところがその7日後の7月29日、この承認命令は不服申立ての提起により自動的に効力を停止され、本記事執筆時点(2026年8月)において新基準は発効していません。

本記事では、承認された新基準の具体的な規則内容、修正案で追加された「180日例外」がなぜ実務上使いにくいのか、SECが承認の根拠として示した定量データと反対論、そして現在の効力停止が法的に何を意味するのかを整理します。そのうえで、NASDAQに上場する日本企業が、規則が復活した場合に備えて今のうちに着手しておくべき実務対応を解説します。

NASDAQ新継続上場基準(MVLS500万ドル)の規則内容

今回承認された規則変更案は、NASDAQが2026年1月13日にSECへ提出した「SR-NASDAQ-2026-004」です。同年6月18日に提出された修正案第1号(Amendment No.1)によって当初案が全面的に差し替えられ、その修正後の内容が7月22日に承認されました。

新基準の対象は、NASDAQグローバル・セレクト・マーケット、グローバル・マーケット、キャピタル・マーケットの3市場すべてに上場する会社です。承認された規則では、グローバル・マーケット(およびグローバル・セレクト)向けにListing Rule 5450(a)(3)、キャピタル・マーケット向けにListing Rule 5550(a)(6)が新設され、いずれもMVLSとして最低500万ドルの維持が義務付けられます。

ここでいうMVLSは、NASDAQ規則上、統合終値気配値(consolidated closing bid price)に評価対象となる株式数を乗じて算出されます。「上場有価証券」には、NASDAQに上場している証券のほか、他の全国証券取引所に上場している証券も含まれます。したがって、株価そのものではなく、発行済上場株式全体の市場評価額が基準となります。

参考:米国証券取引委員会(SEC)|Order Granting Approval of a Proposed Rule Change, as Modified by Amendment No.1, to Adopt a New Continued Listing Requirement (Release No. 34-105971)

なお、本規則案の申請段階における内容と、日本の東京証券取引所の上場維持基準との比較については、以下の記事で詳しく解説しています。

猶予期間なしで即時上場廃止に至る手続の流れ

猶予期間なしで即時上場廃止に至る手続の流れ

新基準が従来の継続上場基準と決定的に異なるのは、不適合が判明した後の手続です。ここが実務上もっとも重要な変更点となります。

30営業日連続の不適合で即時に上場廃止決定

NASDAQの通常の継続上場基準では、不適合となった会社は改善計画(Compliance Plan)を提出したり、自動的な是正期間の付与を受けたりすることができます。最低株価基準であれば原則180日間の是正期間が与えられるのが従来の運用でした。

これに対し新基準では、Listing Rule 5810(c)(1)が改正され、MVLSが500万ドル未満の状態が30営業日連続した場合、その時点で上場廃止決定通知(Staff Delisting Determination)が発行され、当該証券は即時に取引停止および上場廃止の対象となります。あわせてListing Rule 5810(c)(3)(C)が改正され、MVLS基準の不適合は是正期間・猶予期間の対象から明示的に除外されました。改善計画を提出する機会すら与えられない設計です。

審査請求しても取引停止は止まらない

さらに、Listing Rule 5815(a)(1)(B)が改正され、MVLS基準の不適合を理由とする上場廃止決定については、聴聞パネル(Hearings Panel)への審査請求を適時に行っても、取引停止の執行が停止されない(stayされない)こととされました。

通常のNASDAQ実務では、審査請求を行えばパネルの書面決定が出るまで取引停止は保留されます。しかし新基準の下では、審査が係属している間も自社株式はNASDAQ市場から排除され、店頭(OTC)市場での取引を余儀なくされます。SECの承認命令も、審査係属中の証券は一般にOTC市場で取引されることになると明記しています。

上場廃止の是非を争っている最中に、既に流動性の喪失、機関投資家の売却、アナリストカバレッジの消失といった実害が発生する構造であり、コメントレターの多くがこの点を「不服申立権が形骸化する」と批判していました。

修正案で追加された「180日例外」と新規上場基準というハードル

当初案では、聴聞パネルの権限は、NASDAQスタッフの上場廃止決定に事実認定上の誤りがあったかどうかの判断に限定されており、追加の猶予期間を付与する権限は一切認められていませんでした。

この点に対する批判を受け、NASDAQは修正案第1号においてListing Rule 5815(c)(1)(I)を新設しました。これにより聴聞パネルは、上場廃止決定に誤りがあったとして決定を覆すか、または上場廃止決定の日から180日を超えない範囲で例外期間(exception)を付与するかを選択できることとなりました。

ただし、この例外期間を得るための立証内容が実務上の壁となります。会社が示さなければならないのは「MVLSを500万ドル以上に回復させる計画」ではなく、新規上場基準(initial listing requirements)のすべてを満たしていることです。

新規上場基準は継続上場基準より一般に厳格です。SECの承認命令が例示するところでは、グローバル・マーケットへのIPOによる新規上場では非制限公開株式の時価総額として1,500万ドル以上が求められ、最低株価基準は新規上場が4ドルであるのに対し継続上場は1ドルです。取引停止によって流動性と株価が既に毀損した状態から、これらの水準を満たすことを立証するのは容易ではありません。

コメントレターの一部は、まさにこの逆説を指摘しています。すなわち、OTC市場へ追いやられた発行体は、上場廃止決定そのものの結果として時価総額・公開株式時価総額・株価といった新規上場基準の指標が悪化するため、例外期間の要件を満たしにくくなる、という構造的な問題です。加えて、例外を付与するか否かは聴聞パネルの完全な裁量に委ねられており、判断基準が規則上明示されていない点も批判の対象となりました。

SEC承認から7日後に効力が停止された経緯

ここが、本件で最も注意すべき点です。承認命令は現在、効力を停止しています。

委任権限に基づく承認と自動停止の仕組み

7月22日の承認は、SEC委員会本体の議決によるものではなく、SECの取引・市場部門(Division of Trading and Markets)が委任権限(delegated authority)に基づいて行った処分でした。承認命令の末尾にも、委任権限に基づく処分である旨が明記されています。

委任権限に基づく処分については、SECの実務規則(Rules of Practice)第430条により、利害関係者が委員会本体による審査を求める意思の通知(notice of intention to petition for review)を提出することができます。そして同規則第431条(e)により、この通知が提出されると、当該処分は委員会が別段の命令を発するまで自動的に効力を停止します。

2026年7月29日、Cemtrex, Inc.およびSmall Public Company Coalition(SPCC)が審査申立ての意思通知を提出し、SEC事務局はNASDAQに対し、7月22日の承認命令が停止された旨を通知しました。これにより新MVLS基準は発効せず、NASDAQ上場会社は承認前の継続上場基準の適用を受け続けることとなりました。

重要なのは、この停止が規則の適用による自動的な効果であって、委員会が実体的な判断を下したものではないという点です。委員会がNASDAQの規則案を違法と判断したわけでも、申立人の主張を認めたわけでもありません。

参考:米国証券取引委員会(SEC)|Comments on SR-NASDAQ-2026-004(審査申立通知および事務局書簡の掲載ページ)

想定される今後の帰結

委員会本体は今後、取引・市場部門の処分について、承認する(affirm)、修正する(modify)、取り消す(set aside)、差し戻す(remand)のいずれかの対応をとることになります。判断の期限は定められていません。

過去には、同様に自動停止を経た取引所規則案について、委員会が審査を認めたうえで約4か月後に最終的に承認した例もあります。もっとも、これは先例の一つにすぎず、本件の結論や所要期間を予測するものではありません。仮に委員会が承認した後に申立人が司法審査を求めた場合には、さらに長期にわたって不安定な状態が続く可能性もあります。

実務的な含意は明確です。「当面は適用されない」ことと「今後も適用されない」ことは別問題であり、現時点の停止を理由に対応を先送りすることは合理的ではありません。実際、米国上場企業の多くは、2026年6月期の四半期報告書(Form 10-Q)や目論見書のリスク要因において、本規則が現在は未発効であることと、近い将来に発効する可能性があることの双方を開示しています。

SECが承認根拠として示したデータと反対論

SECが承認根拠として示したデータと反対論

委員会本体の審査においてどのような論点が争われるかを見通すうえで、承認命令に示された定量分析と、それに対する反論を把握しておくことが有用です。

SECは承認命令のなかで、独自にNASDAQおよびNYSEアメリカン上場会社の株価・上場廃止データを分析しています。それによれば、仮に新基準が存在していた場合に不適合となったであろう発行体の数は、2021年の2社から2023年には140社へと急増し、2024年は122社、2025年は91社と、依然として高い水準にあるとされています。

また、MVLSが30営業日連続で500万ドルを下回った発行体のうち65%は、その180日後においてもMVLSが500万ドル未満のままであり、中央値は370万ドルを下回っていたとされます。SECはこの分析から、是正期間を与えても基準に復帰できる見込みは限定的であると結論づけました。

これに対し、SPCCが提出したコメントレターに添付された経済分析(Craig M. Lewis教授による報告書)は、異なる評価を示しています。同報告書は2006年から2025年までに30営業日連続で500万ドルを下回った約816社を分析し、うち78%が調査期間中に一度は500万ドルを超える水準へ回復し、45%は上場廃止に至っておらず、212社は分析時点で500万ドルを超えて取引され、その合計時価総額は220億ドルを上回ると指摘しました。一時的に基準を下回ることは、恒久的な経営破綻の信頼できる指標とはいえない、というのが同報告書の結論です。

このほか、複数のコメントレターは、500万ドルという明確な数値基準と30営業日という短期のトリガーの組み合わせが、意図的に株価を押し下げて上場廃止を誘発しようとする空売り勢(ショートアタック)を制度的に助長しかねないと指摘しました。SECもこの懸念自体は承認命令のなかで認識を示しています。委員会本体の審査では、これらの論点が改めて検討される可能性があります。

参考:米国連邦官報(Federal Register)|Self-Regulatory Organizations; The Nasdaq Stock Market LLC; Order Granting Approval of a Proposed Rule Change, as Modified by Amendment No., To Adopt a New Continued Listing Requirement

NASDAQ上場の日本企業がとるべき実務対応

米国預託証券(ADR)スキーム等を用いてNASDAQキャピタル・マーケットに上場している日本企業のなかには、MVLSが500万ドルの水準に近い、あるいは既に下回っている例が現実に存在します。効力停止中の今こそ、準備を進めるべき局面です。

第一に、自社MVLSの継続的なモニタリング体制の構築です。MVLSは株価と上場株式数の積であるため、為替相場の変動によっても大きく振れます。円安局面ではドル建て評価が押し下げられる点に留意が必要です。単一時点ではなく、30営業日連続という判定方法を前提に、余裕度を日次で把握できる仕組みが求められます。

第二に、株式併合(Reverse Stock Split)やADR比率変更の準備です。ただし、いずれも1株(1 ADR)あたりの単価を引き上げる手段であって、MVLSの総額そのものを増加させる効果はない点を正確に理解しておく必要があります。これらは最低株価基準への対応策としては有効ですが、MVLS基準への直接の解決策にはなりません。なお日本の会社法上、株式併合には株主総会の特別決議が必要であり、準備には数か月を要します。30営業日のカウントが始まってから着手したのでは間に合いません。

第三に、MVLSそのものを引き上げる資本政策の事前検討です。公募増資、第三者割当増資、ATM(At-the-Market)オファリングなどが選択肢となりますが、いずれも既存株主の希薄化を伴います。新基準の下では、希薄化を避けて上場廃止に至るか、希薄化を受け入れて上場を維持するかという、極めて難しい経営判断を短期間で迫られる可能性があります。取締役会として、どの水準でどの手段を発動するかの判断枠組みを平時のうちに整理しておくことが有益です。

第四に、聴聞パネルの例外期間を実際に利用しうるかの事前検証です。前述のとおり、例外期間の取得には新規上場基準の充足が必要となります。自社が現時点で新規上場基準のどの項目を満たし、どの項目を満たしていないのかを棚卸ししておけば、いざというときに例外申請が現実的な選択肢となるかどうかを即座に判断できます。

NASDAQにおける上場廃止事由の全体像については、以下の記事もあわせてご参照ください。

まとめ:NASDAQ新継続上場基準の不透明さには早期に対応を

NASDAQのMVLS500万ドル継続上場基準は、2026年7月22日にSEC取引・市場部門の委任権限に基づき承認されましたが、その7日後の7月29日、審査申立通知の提出により実務規則431条(e)に基づいて自動的に効力を停止しました。本記事執筆時点で新基準は発効しておらず、NASDAQ上場会社には従前の継続上場基準が適用されています。

もっとも、この停止は手続上の自動的な効果であり、規則の内容が否定されたものではありません。委員会本体が承認すれば、猶予期間を一切与えない即時の取引停止・上場廃止という枠組みが現実のものとなります。その際に用意されている救済は、聴聞パネルによる最大180日の例外期間のみであり、しかもその取得には継続上場基準ではなく新規上場基準の充足という高いハードルが課されます。審査係属中も取引停止は解除されません。

日本企業にとって重要なのは、発効時期が不透明であること自体をリスクとして捉える視点です。MVLSのモニタリング、資本政策の整理、新規上場基準の充足状況の棚卸しは、規則の発効を待たずに着手できます。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、米国証券規制と日本の会社法の双方にまたがる資本政策の設計、上場維持リスクのマネジメント、コーポレート・アクションの実行支援について、経営陣の意思決定を支える助言を提供しています。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る