インド企業の社会的責任(CSR):純利益2%拠出義務の適正運用と報告

インドにおいてビジネスを展開する日本企業にとって、現地の法規制への適応は最重要課題の一つです。そのなかでも、インド特有の制度として世界的な注目を集めているのが、企業の社会的責任(CSR)に関する厳格な法定義務です。インドでは、特定の基準を満たす企業に対して直近3会計年度の平均純利益の2%以上を社会貢献活動に支出することを法律で義務付けており、これは単なる倫理的な指針ではなく、法的拘束力を持つコンプライアンス要件として機能しています。
本記事では、この純利益2%ルールの詳細やCSR委員会の構成要件、ならびに支出が未完了となった場合の繰越し基金の管理ルールについて詳述します。また、コンプライアンス違反が多額の過料といった罰則の対象となる現状を解説し、寄付先に対する適切なデューデリジェンスを含めた誠実なCSR活動の実施方法をアドバイスします。2013年会社法に基づく基本的な報告義務から最新の判例動向まで、インドにおけるCSRの適正運用に必要な情報を網羅的に提供します。
この記事の目次
インドの2013年会社法に基づくCSR義務と純利益2%ルール
純利益2%ルールの適用要件と対象企業
インドにおける企業の社会的責任(CSR)の法的根拠は、2013年会社法第135条に規定されています。同法第135条第1項によれば、直近の会計年度において以下の表に示すいずれかの財務基準を満たした企業は、CSRに関する法定義務の対象となります。この基準は、インド企業のみならず、インド国内に支店やプロジェクトオフィスを有する外国企業(日系企業の現地法人や支店を含む)にも等しく適用されます。
参考:MCA(Ministry of Corporate Affairs/インド企業省)|会社法2013・会社(CSR方針)規則2014の法令および通達
| 適用基準の項目 | 適用となる基準額(直近の会計年度) |
| 純資産(Net Worth) | 50億ルピー(500クロール・ルピー)以上 |
| 売上高(Turnover) | 100億ルピー(1,000クロール・ルピー)以上 |
| 純利益(Net Profit) | 5,000万ルピー(5クロール・ルピー)以上 |
適用対象となった企業は、同法第135条第5項に基づき、直近3会計年度の平均純利益の少なくとも2%を各会計年度においてCSR活動に支出することが義務付けられます。ただし、設立から3会計年度を経ていない企業については、設立後に経過した会計年度の平均純利益が算定の基礎となります。この平均純利益の計算は、同法第198条の規定に従って厳密に行われます。具体的には、会社法第135条の適用を受け、かつ同条を遵守している他のインド企業からの受取配当金や、海外支店から生じた利益は控除される仕組みとなっており、インド国内の事業活動から生み出された実質的な利益が算出の基礎となります。
日本の法律における企業の社会的責任との決定的な違い
インドのCSR制度を理解する上で留意すべき点は、日本の法制度との決定的な違いです。日本ではコーポレートガバナンス・コードやESG投資の文脈において企業の社会的責任が推奨されているものの、会社法をはじめとする実定法には、純利益の一定割合を具体的な社会貢献活動に支出することを直接的に義務付ける規定は置かれていません。日本の法律や制度におけるCSRには、企業価値の長期的な向上やステークホルダーとの対話を通じた自発的な取り組みという性質が色濃く反映されています。
これに対し、インドの2013年会社法はCSRを法定化された義務として規定しています。インドでは支出要件を満たせなかった場合、企業は取締役会報告書においてその正当な理由を詳細に説明しなければならず、さらに未支出分については後述する未支出CSR口座や政府指定基金への強制的な送金が求められます。実質的にインドにおけるCSR義務は、自発的な社会貢献の枠を超え、企業の利益に対する一種の目的税や社会的配当のような厳格なコンプライアンス事項として運用されている点に根本的な違いが存在します。
インドにおけるCSR委員会の構成要件とガバナンス体制の構築

委員会の設置義務と例外規定ならびに2022年改正規則の影響
CSR義務の対象となった企業は、取締役会の下にCSR委員会を設置しなければなりません。2013年会社法第135条第1項では、CSR委員会は3名以上の取締役で構成され、そのうち少なくとも1名は独立取締役でなければならないと定められています。ただし、会社法第149条第4項により独立取締役の選任を要しない会社は、独立取締役を欠いたままCSR委員会を構成することができ(CSR方針規則第5条第1項(i)。2018年改正により対象は「非上場公開会社または非公開会社」から「会社」一般に拡大)、この場合の委員は第135条第1項但書により2名以上とされています。また、取締役が2名しかいない非公開会社は、その2名でCSR委員会を構成します(同項(ii))。さらに、CSRへの支出義務額が500万ルピーを超えない小規模な対象企業については、独立したCSR委員会の設置義務が免除され、この場合、委員会の機能は取締役会が担わなければなりません。
しかし、法改正による規制強化の動きには十分な注意が必要です。インド政府は「2022年会社法(企業の社会的責任方針)改正規則」を公布し、未支出のCSR資金を管理する未支出CSR口座に資金を保有している企業は、支出義務額の多寡にかかわらず例外なくCSR委員会を設置し、関連規定を遵守しなければならないという要件を新たに追加しました。さらに同改正により、かつて存在した「3年連続で財務要件を下回った場合はCSR義務から外れる」という免除規定(第3条第2項)が削除されました。これにより、少なくとも未支出CSR口座に残高がある間は、CSR委員会の設置を含むコンプライアンス体制を維持することが求められるようになりました。
CSR方針の策定と年次報告を通じた情報開示
CSR委員会の主要な役割は、会社法別表第7に列挙された活動分野に基づき、企業のCSR方針を策定し取締役会に勧告することです。対象となる分野には、貧困の撲滅や教育の推進のみならず、環境の持続可能性の確保や国家遺産の保護などが含まれます。取締役会はこの方針を承認した上で、年次の取締役会報告書に詳細な情報を開示し、企業のウェブサイトがある場合には、そこでも一般に公開する義務を負います。
また、2022年の改正規則により、大規模なCSRプロジェクトに関するインパクト評価(社会的影響評価)への支出限度額が見直されました。以前は総CSR支出の5%または500万ルピーのいずれか少ない方とされていましたが、改正後は総CSR支出の2%または500万ルピーのいずれか高い方へと引き上げられました。これにより、企業は自社のCSR活動がもたらす社会的な効果をより精緻に測定し、透明性の高い報告を行うための十分な資金を割り当てられるようになりました。
インドにおける支出未完了時の繰越し基金の管理ルール
継続中プロジェクトに関する未支出CSR口座への送金手続き
インドのCSR制度において最も厳格に管理されているのが、会計年度内に2%の支出義務を達成できなかった場合の未支出資金の取り扱いです。単に理由を説明して完了する制度ではなく、資金の性質に応じた資金移動が法的に強制されます。
未支出の資金が複数年にわたる継続中プロジェクトに関連するものである場合、企業は会計年度終了から30日以内に、指定銀行に特別に開設した未支出CSR口座に当該資金を送金しなければなりません。この口座に移された資金は、送金日から3会計年度以内に、承認された当該プロジェクトのために確実に支出される必要があります。この規定は、大規模なインフラ整備や長期的な教育支援プログラムなど、単年度では完了しない事業を企業が計画的に遂行できるようにするための法的措置です。
期限超過時の政府指定基金への拠出義務
一方で、継続中プロジェクトに関連しない単発の未支出資金が発生した場合、企業は会計年度の終了から6ヶ月以内に、会社法別表第7に指定された基金(PM CARES Fundや首相国家救済基金など)へ直接全額を移管しなければなりません。自社のプロジェクトに充てる予定であった資金が、直接的に国家の基金へと吸い上げられることになります。
さらに、前述の未支出CSR口座に移管された継続中プロジェクト用の資金であっても、3会計年度が経過した時点で依然として支出が完了していない残額がある場合、企業は第3会計年度の終了日から30日以内に、同様に別表第7の指定基金へと資金を強制的に移管する義務を負います。これらの送金期限である30日および6ヶ月を徒過した場合、会社法第135条第7項に基づく過料の対象となります。
インドにおけるコンプライアンス違反に対する罰則と判例動向

企業および役員個人に対する多額の過料と法的責任
かつてインドのCSR制度は、遵守するかさもなくば説明せよという緩やかなアプローチで運用されていましたが、2019年および2020年の法改正により、未支出資金の移管義務違反に対する刑事罰が非犯罪化された代わりに、迅速に執行可能な高額な民事上の過料が導入されました。会社法第135条第7項に基づく過料の基準は以下の表の通りです。
| 処罰の対象 | 過料(ペナルティ)の算定基準 | 過料の上限額 |
| 企業(法人) | 移管すべき未支出額の2倍 | 1,000万ルピー(1クロール・ルピー) |
| 不履行役員(個人) | 移管すべき未支出額の10分の1 | 20万ルピー |
実務上の運用を示す事例として、コインバトール会社登記官(ROC)が2024年8月30日に下したPrabhu Spinning Mills Private Limitedに対する裁定(Ref. ROCCBE/ADJ/135/4480/2024)があります。この事案において同社は、2014-15年度および2015-16年度の取締役会報告書において、法定のCSR資金を支出しなかった理由を「適切なCSRプロジェクトを特定している段階である」と2年連続で記載していました。ROCは、未支出の理由として示された説明が「短期引当金」として計上された金額に裏付けられている点を確認し、取締役会報告書の説明は第135条第5項の要求を満たしており不遵守は認められないとして、この点については過料を科しませんでした。過料の対象となったのは、2016-17年度の開示をCSR規則第8条所定の表形式で行わなかったこと(第135条第4項(a)違反)のみで、これに対応する罰則規定がないため第450条が適用され、法定最低額である1万ルピーが会社と当時の代表取締役にそれぞれ科されています。この裁定は、未支出の理由が引当計上などの客観的資料で裏付けられていれば第135条第5項の不遵守とはされない一方、規則が定める開示の形式(表形式)を外すこと自体は手続上の不備として別個に立件され、実体面を遵守していても第450条の法定最低額の過料を免れないことを示しています。
企業の環境責任に関する最高裁判所の最新判例がもたらす影響
インドの司法は、CSR義務を単なる金銭的拠出を超えた企業の根源的な責任として捉える判断を示しています。この点において重要なのが、インド最高裁判所が2025年12月19日に判決を下した「M.K. Ranjitsinh v. Union of India」事件です。
この訴訟は、絶滅の危機に瀕している野鳥であるオオノガンの保護と、再生可能エネルギー企業の送電線建設による環境破壊の対立が争点となりました。最高裁判所は、企業の社会的責任は本質的に企業の環境責任を包含しなければならないと判示しました。判決では、インド憲法第51A条(g)が定める環境を保護し改善する国民の基本的義務は、社会の主要な機関である法人にも適用されるとし、環境保護のためのCSR資金の拠出は任意の慈善活動ではなく、憲法上の義務の履行であると結論付けました。さらに、絶滅危惧種の生息地を脅かす企業活動に対しては汚染者負担の原則が適用され、企業は種の回復にかかる費用を負担すべきであり、CSR資金は生息域内外での保全活動に充てられるべきであると判示されています。
この判示は、CSRを憲法上の義務と結びつけて論じた点で注目されますが、当該説示は判決理由中のもので、主文(第77項)は請願および上告を「処理(disposed of)」するにとどまり、第76項の指示(i)〜(xvi)にCSRに関する命令は含まれていません。とはいえ、インドに進出する企業としては、環境保護活動を経営上の重要課題として位置付ける必要があります。
インドにおける寄付先の適切なデューデリジェンスとCSR活動
実施機関の要件とCSR-1フォームによる登録制度
企業が自社単独でCSRプロジェクトを実施しない場合、寄付先や業務委託先となる実施機関(NGOや非営利団体等)に対するデューデリジェンスが不可欠となります。CSR方針規則第4条第1項は、CSR活動を会社自身が実施するほか、次のいずれかを通じて実施することを認めています。すなわち、①会社自身が(単独または他社と共同で)設立した第8条会社・登録公的信託・登録協会(所得税法第10条(23C)(iv)(v)(vi)(via)に基づく免除、または第12A条登録かつ第80G条承認を有するもの)、②中央政府または州政府が設立した第8条会社・登録信託・登録協会、③国会または州議会の法律に基づき設立された機関(同項の説明規定により、別表第7に掲げる活動を行うために設立された制定法上の機関に限られます)、④会社自身が設立したものではないが、①と同じ税務上の地位を備え、かつ類似活動において3年以上の実績を有する第8条会社・登録公的信託・登録協会——です。加えて2026年改正により、社会証券取引所に上場された無利子・無元本償還証券(ZCZP)の引受けによる実施も、当該年度のCSR総支出の10%を上限として認められています。なお、②の政府設立機関や③の制定法上の機関には、この3年実績要件は課されません。
これらの実施機関は、企業からCSR資金を受け取る前提条件として、インド企業省のMCA21ポータルを通じて「e-Form CSR-1」を電子申請し、政府から固有のCSR登録番号を取得しなければなりません。この登録番号を持たない機関への資金拠出は、原則として法定のCSR支出として認められず、企業側が義務違反に問われるリスクに直面します(ただし、2021年4月1日より前に承認されたCSRプロジェクト・プログラムには、この登録義務は影響しません)。
e-Form CSR-1による実施機関の登録手続きと改正の推移
2025年7月14日に施行された「2025年会社法(企業の社会的責任方針)改正規則」(G.S.R. 452(E)、2025年7月7日通知)は、e-Form CSR-1の様式を差し替えるものです。さらにその後、2026年5月27日付の「2026年会社法(企業の社会的責任方針)改正規則」(G.S.R. 415(E))により、社会証券取引所に上場された無利子・無元本償還証券(ZCZP)の引受けを通じたCSR実施が新たに認められています。
様式は引き続きe-Form CSR-1(電子申請用フォーム)であり、記入項目は次のとおりです。実施機関の類型として第8条会社・登録公的信託・登録協会を選ぶ場合は、所得税法(1961年)第80G条の承認(第12A条登録または第10条(23C)(iv)〜(via)の免除のいずれかとあわせて)の入力が求められます。また、申請にはPAN(永久アカウント番号)、電子メールのワンタイムパスワード認証、権限を有する者のデジタル署名証明書の入力欄があります。さらに、実務に従事する勅許会計士・会社秘書役・原価計算士のいずれかによる証明欄が設けられています。
e-Form CSR-1において虚偽の申告が行われた場合、会社法第448条および第449条に基づく罰則の対象となります。したがって、資金を拠出する企業側には、自社のCSRパートナーが現行のCSR方針規則(2026年5月改正まで反映したもの)を遵守し、有効なCSR登録番号を保持しているかを独自に検証するデューデリジェンス体制の構築が求められています。
まとめ
本記事で解説した通り、インドにおける企業の社会的責任は、直近3会計年度の平均純利益の2%拠出という明確な数値基準に加え、未支出資金の厳格な移管ルールやコンプライアンス違反時の高額な過料規定を伴う、世界でも類を見ない法規制です。最高裁判所の最新判例が示すように、CSRは企業の環境責任や憲法上の義務と結びついており、単なる慈善事業の枠を超えた経営上の重要課題となっています。また、CSR方針規則は2026年5月の改正まで累次の見直しが重ねられているため、企業はCSR-1フォームによる登録の有無を含む寄付先のデューデリジェンスを行い、透明性の高いガバナンス体制を維持することが不可欠です。
モノリス法律事務所は、IT関連や最先端のビジネスモデルに深い専門性を有するとともに、インド現地の法律事務所と強固な提携関係を構築しています。急速に変化するインド会社法制やCSR規制への対応をはじめ、現地当局が求める複雑な法令手続き、さらには適法かつ安全なパートナー企業の選定やデューデリジェンスの実施に至るまで、インドにおけるビジネス展開を成功に導くための包括的かつ実践的な法務サポートをワンストップで提供することが可能です。現地の法規制を正確に把握し、法務を経営判断の強固な基盤として位置付けるために、ぜひ当事務所の専門的な支援をご活用ください。
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カテゴリー: クロスボーダー
































