インドにおける著名な商標(Well-known Marks)の認定と越境的評判の保護

インド市場への進出において自社のブランド価値をいかに保護するかは、重要なビジネス上の課題です。インド商標法は著名な商標(Well-known Marks)に対して強力な保護を与えており、その法理を正確に理解することは現地の法的リスクを低減し、ブランドを要塞化するための第一歩となります。特に注目すべきは、インド商標法Section 11(6)からSection 11(9)に基づく著名性の認定基準と、Section 11(2)による非類似の商品・役務にまで及ぶ保護です。さらに、インド国内での未登録ブランドであっても越境的評判(Transborder Reputation)がインドに波及していたことを立証できれば他社による使用を阻止できるという判例上の法理は、グローバル展開を推進する日本企業にとって強力な武器となります。
本記事では、インドの商標法における著名な商標の認定基準とその保護範囲について解説します。さらにWhirlpool判決やAmul事件のデリー高等裁判所判決などの重要判例を交えて実際の運用実態を詳述するとともに、日本法との重要な違いを浮き彫りにしながらインド市場への本格参入前にブランドを要塞化するための実践的な申請実務について解説します。
この記事の目次
インド商標法Section 11(2)に基づく著名な商標の認定と保護範囲
インド商標法(The Trade Marks Act, 1999)において最も強力なブランド保護の根拠となるのがSection 11(2)の規定です。この条項は、先行する著名な商標と同一または類似する商標が非類似の指定商品や指定役務(サービス)に対して出願された場合であっても、その登録を拒絶できる相対的拒絶理由を定めています。通常の商標登録では権利保護の範囲が指定商品や指定役務と同一または類似の範囲に限られますが、著名な商標として認定された場合は商品のカテゴリーを越えて非類似の分野にまで保護が及ぶクロス・クラス・プロテクション(区分横断的保護)が適用されます。これにより著名な商標の識別力や名声を不当に利用したり損なったりする他社のフリーライドや希釈化(ダイリューション)を防止できます。
インド商標法における著名な商標の認定は、Section 11(6)からSection 11(9)に規定された基準に基づいて登録官(Registrar)や裁判所によって総合的に判断されます。認定にあたっては、当該商標に関するインド国内の関連公衆における知識や認識度をはじめとして、商標の使用期間や使用の範囲および地理的エリア、さらには広告宣伝や博覧会等での提示を含むプロモーションの規模や期間が考慮されます。加えて、当該商標の権利行使を成功させた記録や、裁判所等によって著名な商標として認められた実績も重要な判断要素となります。
参考:WIPO Lex|1999年商標法(The Trade Marks Act, 1999)
日本の商標法との違いとインド独自の要件
インドの商標制度における著名な商標の取り扱いは日本法と根本的な概念を共有しつつも、実務上の適用要件には重要な違いがあります。以下の表に主要な違いを整理します。
| 比較項目 | インド商標法 | 日本商標法 |
|---|---|---|
| 著名な商標の非類似商品への保護 | Section 11(2)に基づく非類似の商品・役務への登録拒絶(相対的拒絶理由)およびRule 124による著名商標認定 | 防護標章登録制度(第64条)による保護など |
| 国内での登録要件 | 不要(Section 11(9)により明文で否定) | 必要(日本国内における自己の登録商標であることが前提) |
| 国内での使用・周知要件 | Section 11(9)によりインド国内での使用実績を要件とすることは明文で禁止(未登録商標をパッシング・オフ訴訟で保護する場合は、判例上、越境的評判のインドへの波及の立証が必要) | 日本国内の需要者の間に広く認識されていることが必要 |
日本の商標法にも、著名な商標を非類似の商品やサービスにまで拡張して保護する制度として防護標章登録制度があります。しかし日本の防護標章登録を受けるためには、当該商標が日本国内において自己の業務に係る指定商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること、すなわち高い著名性が必要です。さらに、既に原商標の登録を受けていることが絶対的な前提となります。加えて防護標章登録の対象は原商標と同一の標章に限られ、類似の標章にまでは及びません(第64条第1項)。
これに対してインド商標法のSection 11(9)は、著名な商標であるか否かを決定するにあたり、インド国内で当該商標が使用されていることや商標登録されていること、さらには登録出願が行われていることなどを必須の要件として要求してはならないと明記しています。つまり登録官は、他国での著名性や登録の有無すら著名商標の認定条件として要求してはならないとされており(Section 11(9))、インド国内での実績が皆無のブランドであっても著名な商標として認定され得ます。加えて未登録の商標であっても、後述する越境的評判の法理に基づくパッシング・オフ訴訟による保護の途が開かれています。この点は国内での登録と使用による周知性を厳格に求める日本法とは対照的であり、グローバル展開を行う外国企業に有利な制度設計です。
Whirlpool判決に基づくインドにおける越境的評判の法理

インド国内での登録や使用実績がなくても著名な商標として保護される根拠となるのが、越境的評判(Transborder Reputation)またはスピルオーバー・レピュテーション(Spill-over Reputation)と呼ばれるコモンロー上の法理です。これはあるブランドの評判が国境を越えてインド国内にまで波及している場合、ブランド保有者がパッシング・オフ(詐称通用)訴訟を通じて、未登録の商標であっても悪意の模倣者を排除できるという考え方です。インドに流通する国際的な雑誌への広告掲載などを通じて、インドの消費者がそのブランドを認識していれば保護の対象となり得ます。ただし後述のToyota Prius判決が示すとおり、そうした媒体が存在するというだけでは足りず、模倣者が標章の使用を開始した時点でインド国内の需要者が現に当該ブランドを認識していたことを積極的な証拠で立証する必要があります。
この越境的評判の法理を認めた画期的な判例が、N.R. Dongre And Ors vs Whirlpool Corporation And Anr(インド最高裁判所、判決年月日1996年8月30日)です。アメリカの多国籍企業であるWhirlpool社はインドでかつて商標登録を行っていましたが更新手続きの不備により1977年に登録が失効していました。その後、インド国内での直接的な販売実績も、大使館等への限られた納入を除いてほとんどない状態でした。しかしインドの地元企業がWhirlpoolの商標を自社の洗濯機に使用し商標登録まで行ったため、Whirlpool社はパッシング・オフ訴訟を提起しました。
インド最高裁判所は、Whirlpool社が世界的に事業を展開し国際的な雑誌に繰り返し広告を掲載しており、それらの雑誌がインドの富裕層や中流上位層に流通していたとする下級審の事実認定を、関係資料に基づく合理的な結論として是認しました。その結果、インド国内での実質的な販売や有効な登録がなくても国境を越えた評判がインドにまで及んでいると認め、地元企業による商標の使用を差し止めた下級審の仮差し止め命令を維持しました(地元企業側の上告を棄却)。あわせて最高裁は、パッシング・オフ訴訟においては相手方が商標登録を受けている場合であっても差し止めが認められ得ることを確認しています。
参考:Indian Kanoon|N.R. Dongre & Ors. v. Whirlpool Corporation & Anr.(インド最高裁判所 1996年8月30日判決)
越境的評判の限界を示すインド最高裁判所のToyota Prius判決
前述の通り越境的評判は強力な法理ですが、その適用には厳格な限界があります。これを決定づけたのが、Toyota Jidosha Kabushiki Kaisha v. M/S Prius Auto Industries Ltd. & Ors.(インド最高裁判所、判決年月日2017年12月14日)です。
日本のトヨタ自動車はハイブリッド車「Prius(プリウス)」の商標に関して、インドの自動車部品メーカーが「Prius」を2001年4月から使用し2002年から2003年にかけて商標登録を取得していたことに対し、商標権侵害とパッシング・オフを理由に訴訟を提起しました。トヨタ側はPriusが世界初の量産ハイブリッド車として1997年に日本で、2000年から2001年にかけてイギリス・オーストラリア・アメリカなどで発売され、世界的な名声を獲得しているため、越境的評判が適用されると主張しました。
しかしインド最高裁判所はこの主張を退けました。なお最高裁が審理したのは「Prius」に関するパッシング・オフの争点に限られており、トヨタの登録商標「TOYOTA」等の侵害を認めた下級審の判断は維持されています。裁判所は、パッシング・オフにおいて保護されるべき信用(グッドウィル)はインド国内に存在しなければならないとする属地主義(Territoriality Principle)を採用し、世界的な名声があれば当然にインド国内でも保護されるとする普遍主義(Universality Doctrine)は採らないと判示しました。具体的には被告が商標を採用した2001年4月の時点において、インドにおけるインターネットの利用は限られており、インドの消費者がPriusというブランドを十分に認識し実質的な顧客吸引力がインド国内に波及していたと証明する証拠が不十分であると判断されたのです。
この判決は、ブランドが世界的に有名であっても、侵害者がインドで商標を使い始めた時点でインド国内に確固たる評判が波及していたことを具体的な証拠で証明できなければ勝訴できない、という厳しい現実を示しています。
インドAmul事件に見る著名な商標の認定効果と悪意の使用阻止

インドにおいて著名な商標として正式に認定されていることの効果を示す最新の事例が、Gujarat Co-Operative Milk Marketing Federation Ltd & Anr. v. Terre Primitive & Ors.(デリー高等裁判所 CS(COMM) 768/2024。2024年9月9日に暫定的な差し止め命令が出され、2025年12月23日に恒久的な差し止めの判決が言い渡されました)です。この事件では、1948年から「Amul」の商標で乳・乳製品を販売し2022年度の売上高が約5,507億ルピーに達するインドの協同組合が、イタリアの企業Terre Primitiveを相手取って商標権侵害訴訟を提起しました。イタリア企業は、自社のクッキーやチョコレートでコーティングしたビスケットに「Amuleti」の商標を使用し、オンラインでインドを含む市場に販売していました。
Amul側は自社の商標がインド国内のみならず国際的にも高い評判を持つ著名な商標であると主張しました。実際にAmulは2015年5月29日にインドの知的財産審判部(IPAB)によって正式に著名な商標として認定され、インド商標登録局が管理する著名商標リストに掲載されていました。さらにAmul側は「Amuleti」が「Amul」に「eti」を付け足しただけのもので視覚的にも構造的にも極めて類似していると主張しました。デリー高等裁判所は一応の心証(prima facie case)を認めて暫定的な差し止めを命じ、2025年12月23日には、原告がAmulの商標について財産権を確立し、被告の使用が商標権侵害およびパッシング・オフに当たることを立証したと認定しました。イタリア企業が裁判手続きに出頭せず答弁書も提出しなかったため、デリー高等裁判所は2025年12月23日、民事訴訟法(CPC)Order VIII Rule 10に基づき、イタリア企業に対して「Amul」と同一または類似の商標の使用を恒久的に禁止する差し止めの判決を言い渡しました(損害賠償については原告が請求を維持しなかったため判断されていません)。なお2024年9月9日の暫定命令では、裁判所は当該企業に対して自社ウェブサイトからの侵害商品の掲載削除を命じるとともに、Meta社に対しても侵害商品を宣伝するFacebookおよびInstagramの投稿の遮断・削除を命じました(Meta社はこれに従ったため、後に当事者から除外されています)。
この事件が示す最大の教訓は、著名性・周知性が確立している商標であれば、訴訟の早い段階で被告のウェブサイトやSNS上の掲載を遮断させる暫定的な救済まで得られるという、権利行使のスピードと実効性です。本件のように侵害者が外国企業であっても、そのウェブサイトやSNSがインド国内から利用できる限り、インドの裁判所は掲載の削除やプラットフォーム事業者に対する遮断命令といった具体的な措置を講じています。デリー高等裁判所は本件で商標法の個別の条文を引用してはいませんが、Amulが著名かつ周知の商標であることを前提に商標権侵害とパッシング・オフの成立を認めており、著名な商標の保護がデジタル時代における国境を越えた商標権侵害に対しても有効に機能することを示した事例と言えます。
インド市場参入前にブランドを要塞化するための申請実務
前述のToyota Prius事件の教訓からも明らかなように、自社ブランドが世界的に有名であるという事実だけでパッシング・オフ訴訟に勝利し悪意の模倣者を排除できると過信することは危険です。インド市場においてブランドを確実に保護し要塞化するためには、事後的な訴訟に頼るのではなく事前に備えておくことが有効です。そのための実務的な手段が、公式の著名商標リストへの登録申請です。
インドでは2017年3月6日に公布された商標規則(The Trade Marks Rules, 2017。従前のThe Trade Marks Rules, 2002を廃止して全面的に置き換えたもの)によりRule 124が新設されました。この規則の制定以前は、商標が著名であると認定されるためには、異議申立手続きや商標権侵害訴訟などの係争手続きを通じて裁判所や登録官から個別に認定を勝ち取る必要がありました。しかしRule 124の導入により商標権者は係争の発生を待つことなく、所定の書式(Form TM-M)と1標章あたり10万インドルピーの法定手数料を添えてインド商標登録局に直接、著名な商標としての認定を申請できるようになりました(手数料表では本申請は電子出願のみが認められ、書面での提出は認められていません)。この申請制度を利用すれば、自社の商標をインド政府が管理する公式の著名商標リストに記載させることができます。
申請にあたっては前述のSection 11(6)からSection 11(9)に定められた基準を満たすことを証明する膨大な証拠資料の提出が求められます。具体的には国際的な販売実績や事業の売上高の推移、世界各国およびインド市場をターゲットとした広告宣伝費の記録、各国の商標登録証の写し、さらには第三者機関によるブランド価値の評価レポートや過去の権利行使の成功事例などが含まれます。Section 11(9)の規定によりインド国内での物理的な店舗展開や直接的な販売実績が必須となるわけではありませんが、インドからのウェブサイトへのアクセス数やSNSでのインド人フォロワー数など、インドの関連公衆がそのブランドを十分に認識していることを示す客観的なデータを提供することが認定の鍵となります。
一度このRule 124に基づく手続きを経て著名な商標として認定されればその効力は大きなものとなります(ただしRule 124(6)により、誤って収載された場合やリストに留めることがもはや正当でなくなった場合には、登録官は聴聞の機会を与えたうえでリストから削除することができます)。以後インド商標登録局は、全く異なる商品やサービスの分野であっても、自社の著名な商標と同一または類似する第三者の商標出願に対して審査段階で拒絶理由を示すことができます。ただしSection 11(5)により、Section 11(2)を理由とする登録拒絶は先行商標の権利者が異議申立手続きで異議を述べた場合に限られます。したがってリストへの収載の主たる効果は、Section 11(8)により案件ごとに著名性を立証し直す必要がなくなる点にあり、これがブランドの希釈化に対する防波堤となります。第三者の登録を阻止するには異議申立てが必要である以上、監視業務が不要になるわけではありません。
参考:WIPO Lex|2017年商標規則(The Trade Marks Rules, 2017)
まとめ
インド市場でのブランド保護の要点は、事後的な紛争解決ではなく予防的な権利保全に戦略の軸足を置くことです。本記事で解説したSection 11(6)から(9)およびRule 124に基づく著名な商標の認定制度と、Section 11(2)による非類似の商品・役務にまで及ぶ保護は、他社によるフリーライドやブランド価値の希釈化を防ぐための強力な法的手段です。Whirlpool判決が示すとおり、インドでは未登録であっても越境的評判が認められれば保護されるという柔軟な法理があります。しかしToyota Prius判決が警鐘を鳴らしている通り、世界的な名声があるという事実だけを頼りにインド国内での評判を立証することは容易ではありません。したがってAmul事件のように第三者による悪意の使用や模倣を迅速に阻止するためには、インド市場への本格参入前であっても商標規則Rule 124を活用して自ら著名な商標としての認定を取得しブランドを要塞化しておくことが確実な防衛策となります(なおAmul自身の著名商標の認定は、Rule 124の新設に先立つ2015年に知的財産審判部が行ったものです)。
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モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。
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