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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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香港のコーポレートガバナンスを弁護士が解説

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香港のコーポレートガバナンスを弁護士が解説

中華人民共和国香港特別行政区(以下「香港」)は、アジアの金融とビジネスの拠点で、多くの日本企業が進出先に選んでいる地域です。日本企業が香港に設ける現地法人の多くは、「株式有限責任私人会社(Private Company Limited by Shares、以下「私人会社」)」という形態をとります。その運営のルールは、「会社条例(Companies Ordinance、Cap. 622)」という、日本の会社法に当たる法律で定められています。香港では立法会が定める法律を「条例」と呼び、Cap.(章)の番号で整理しています。また香港は、裁判所の判例の積み重ねを法の柱とする英国由来の「コモンロー」の法体系に属しているため、会社の機関の構造や取締役の義務は日本とは異なる発展を遂げてきました。

香港の会社には、日本の監査役に当たる機関がありません。代わりに求められるのが、毎年の外部監査と、会社の法定手続を管理する「会社秘書役(Company Secretary)」の設置です。そのうえで重要になるのが、会社の意思決定を担う取締役の義務と責任です。取締役は、判例で形づくられたコモンロー上の「信認義務(Fiduciary Duty)」と、会社条例に明文化された注意義務の二本立てで義務を負います。特に会社条例第465条の注意義務は客観的基準と主観的基準を組み合わせたもので、日本から名目的に派遣された取締役であっても責任を問われる可能性があります。

このほか、私人会社では年次総会(AGM)の開催を省略したり、書面決議で株主総会の決議に代えたりできるなど、運営上の柔軟な仕組みがあります。一方で、年次申告のような毎年の義務は欠かせません。取締役が会社と利益相反関係に立つ取引をする場合の利害の申告や、マネーロンダリング対策として導入された重要支配者登記簿(会社条例第12部第2A節)の備置きと随時の更新も必要です。

日本の親会社が香港子会社を管理する際、日本の感覚のまま運営すると、思わぬ法的リスクに直面することがあります。例えば、香港子会社の取締役が、日本の親会社の利益を優先して子会社の利益を損なう取引を進めれば、その取締役自身が責任を問われるおそれがあります。特に、合弁で他の株主がいる場合や、子会社の財務が悪化して債権者の利益が問題になる局面では、このリスクが現実のものになります。本記事では、私人会社を中心に、香港の会社の機関、取締役の義務、株主総会の運営、毎年の義務、上場会社のガバナンスについて、日本法との違いを交えて解説します。

香港の会社の機関構成と監査体制

香港で設立される私人会社の基本的な機関は、取締役と株主総会です。取締役の人数は1名でもよく、そのうち最低1名を個人(自然人)とする必要があります(会社条例第457条第2項)。日本の会社法と比べると、私人会社に監査役や監査等委員会に当たる機関を置く規定が無い点が目立ちます。その代わりに、会社条例は、休眠会社を除くすべての会社に、規模を問わず毎年の外部監査人による財務諸表の監査を求めています(第394条・第405条)。日本では会計監査人の設置が義務になるのは大会社などに限られるため、小規模な子会社では香港の方が毎年の監査の負担が重くなります。ただし、外部監査は会計の監査であり、取締役の業務執行を監査する機関は法律上置かれていません。親会社による内部監査や報告の体制で補う必要があります。

会社条例は、すべての会社に会社秘書役を置くよう求めています(第474条)。会社秘書役の仕事は、法定帳簿を整え、会社登記処(Companies Registry)に出す書類を用意するなど、取締役を手続面で支えることです。会社秘書役になれるのは、ふだん香港に住んでいる個人か、香港内に登記事務所や営業所がある法人だけです。また、取締役がただ1人の会社では、その人が会社秘書役を兼任することは認められていません(第475条第2項)。駐在員1名だけを取締役に置く日本企業の子会社では、この役職を社内の人員で埋められないため、香港の会社秘書役サービスの業者に頼むことが多くなります。

香港の取締役が負う信認義務と注意義務

香港の取締役が負う信認義務と注意義務

香港の取締役の義務は、判例の蓄積によって形成されたコモンロー上の「信認義務」と、会社条例に定められた義務の二本立てになっています。

信認義務の核心は、取締役が常に会社の最善の利益のために誠実に行動しなければならないという点にあります。日本の会社法の善管注意義務や忠実義務と目的は似ていますが、コモンローの信認義務は、会社の利益と自分の利益を相反させてはならないという点で厳格に適用されます。例えば、香港の最高裁判所に当たる終審法院(Court of Final Appeal)が2016年4月1日に言い渡した判決では、飲食店を営む会社の唯一の取締役が、別の会社を通じて同じ種類の飲食店を次々と開いたことが問題になりました。株主が会社に代わって起こした訴訟(派生訴訟)で、終審法院は、この行為が会社の事業と競合し、利益相反を禁じるルール(no conflict rule)に反すると判断しました。信認義務違反を認めた控訴院の判断を、5人の裁判官のうち3人の多数意見で支持したものです(Cheng Wai Tao and Others v Poon Ka Man Jason and Another、FACV No. 17 of 2015)。日本の会社法でも、競業取引には取締役会などの承認が必要です(会社法356条1項1号・365条1項)。香港でも、グループ会社の役員を兼ねて同じ種類の事業に関わる場合は、事前に株主の承認を得て記録に残しておくことが考えられます。

参考:香港法律情報研究所(HKLII)|Cheng Wai Tao and Others v Poon Ka Man Jason and Another

さらに、会社条例第465条は、取締役に求められる注意・技能・勤勉さ(Care, Skill and Diligence)の水準を明文化しています。同条第2項は、取締役に二つの物差しを当てます。一つは、同じ職務を担う人なら通常持っているはずの知識・技能・経験(客観的基準)です。もう一つは、取締役本人が身につけている知識・技能・経験で、これを主観的基準と呼びます。取締役は、この両方を備えた合理的に勤勉な人が尽くすであろう注意を尽くさなければなりません。客観的基準は最低ラインであり、知識や経験が乏しいことを理由に水準が下がることはありません。反対に、公認会計士や弁護士の資格を持つ取締役のように専門的な技能や豊富な経験を持つ人には、主観的基準が加わることで、通常の取締役よりも高い水準の注意が求められます。日本法でも、取締役に求められる注意の程度はその地位や状況によって変わります。香港の特徴は、本人の能力に応じて水準が上がることを条文で定めている点です。

参考:香港電子法例|会社条例(Companies Ordinance、Cap. 622)

香港の利益相反取引と取締役の利害の申告

取締役が会社の利益を最優先に行動するという原則に関連して、会社と利益相反関係に立つ取引をする場合のルールも重要です。日本の会社法では、利益相反取引に取締役会(取締役会を置かない会社では株主総会)の承認が必要です。香港の会社条例第536条は、これとは別の形で、取締役に利害の申告を求めています。会社の事業にとって重要な取引について、取締役が重大な利害関係を持つ場合、その性質と範囲を他の取締役に申告しなければなりません。申告の方法は、取締役会での申告、他の取締役への書面通知、一般通知の三つです(第538条)。申告の時期は第537条で定められており、これから結ぶ取引であれば締結の前に、すでに結んだ取引であれば合理的に可能な限り速やかに申告する必要があります。申告を怠った場合は罰金の対象となります(第542条)。ただし、この申告は手続上の義務であって、取引を承認するものではありません。信認義務の観点から株主の承認や定款の定めが必要になる場合があり、取締役への貸付けなど一部の取引は会社条例上も株主の承認を要します(第500条)。駐在員は日本の親会社の役職員でもあるため、親会社との取引では利害関係を持つ立場になり得ます。日本の親会社との取引であっても、香港子会社の取締役として利害の申告の手続を踏む必要があります。

香港の株主総会の運営と書面決議

香港の株主総会の運営と書面決議

香港の会社でも、株主によって構成される株主総会が最高の意思決定機関です。取締役会が日常の業務執行の権限を持つ一方で、定款の変更や資本の増減など会社の根幹に関わる事項は株主総会の決議に委ねられます。

会社条例第610条により、香港の会社は原則として事業年度ごとに年次総会(AGM)を開催しなければなりません。私人会社の場合は、会計参照期間(決算の対象となる期間)の末日から9か月以内に開催する必要があります。ただし、運営の負担を軽くする仕組みも用意されています。まず、会社条例第613条に基づき、議決権を持つ株主(会社条例上の「社員(member)」)全員の決議によって、年次総会の開催を省略できます。省略の決議は普通決議で取り消すことができ(第614条)、株主は所定の期限までに会社に通知して年次総会の開催を求めることもできます(第613条第5項)。また、会社条例第548条の書面決議(Written Resolution)を使えば、会議を開かなくても株主総会の決議に代えることができます。書面決議は、議決権を持つ株主全員が同意した時点で成立します(第556条)。ただし、取締役や監査人を任期の途中で解任する決議は、書面決議では行えません(第548条第6項)。日本の親会社が100%株主である香港法人であれば、現地で総会を開く手間を省き、迅速に意思決定ができます。年次総会を省略しても外部監査の義務は残るため、決算と監査の日程は毎年組んでおく必要があります。

香港の会社に毎年課される義務と法定帳簿

香港法人を適法に維持するには、設立後に毎年発生する義務を果たさなければなりません。まず、会社条例第662条により、私人会社は設立の翌年から毎年、設立日と同じ月日から42日以内に、年次申告書(Annual Return)を会社登記処に提出しなければなりません。記載するのは、役員や株主の構成など会社の基本情報です。あわせて、事業年度ごとに外部監査人の監査を受けた財務諸表を作成し、取締役が承認したうえで株主に示します。年次総会を開く会社は、総会の21日前までに財務諸表などを株主に送付しなければなりません(第430条)。

次に、会社内部で備え置く法定帳簿です。株主名簿や取締役名簿のほかに、重要支配者登記簿(Register of Significant Controllers)の備置きも必要です。マネーロンダリング対策の国際的な流れを受け、会社条例第12部第2A節により2018年3月1日から義務づけられました。同節の第653H条に基づき、対象となる会社は、会社を実質的に支配する個人や法人を特定し、その情報を登記簿に記載しなければなりません。登記簿は、会社の登記上の事務所(registered office)または香港内の所定の場所に保管します(第653M条)。記載する事項は、本人の確認が取れてから7日以内に記載します(第653J条)。また、法執行官への窓口となる指定代表者も置く必要があります(第653ZC条)。法執行官から求められた場合には登記簿を閲覧させる義務があり(第653X条)、違反した場合は会社と責任者が罰金の対象となります。

参考:香港会社登記処|重要支配者登記簿

名目的な取締役が香港で負う法的リスク

日本企業が香港に現地法人を設立する際、日本の本社に勤務する担当者や役員が、香港子会社の名目的な取締役に就任するケースがよく見られます。しかし、香港の法制度では、名前を貸しただけの取締役だからといって責任を免れることはできません。

先に述べた会社条例第465条の注意義務は、名目的な取締役にも同じ基準で適用されます。例えば年次申告を怠れば、会社だけでなく責任のある役員も罰金の対象です(第662条第6項)。注意義務に違反すれば、会社から損害賠償を求められるおそれもあります。また、親会社の指示に従うだけで自ら判断しない場合、取締役としての独立した判断の義務に反するおそれがあります。会社が清算に入った後、債権者を欺く目的で事業が続けられていたことが明らかになる場合もあります。そのとき、それを知りながら関与した者は、裁判所の命令によって会社の債務について無限の個人責任を負うことがあります。これは「会社(清算及び雑項規定)条例(Cap. 32)」第275条が定める「不正取引(Fraudulent Trading)」、つまり債権者を欺く目的で事業を続けたことへの責任です。このほか、清算の手続の中で、会社の財産を不当に使った取締役が返還や賠償を命じられることもあります(同条例第276条)。

さらに、同条例第IVA部に基づき、裁判所から香港での取締役就任や会社の経営への関与を禁じる資格剥奪命令(Disqualification Order)を受けるおそれもあります。倒産した会社の取締役として不適格と判断された場合などには最長15年、年次申告などの届出を繰り返し怠った場合でも最長5年の資格剥奪の対象になります(第168H条・第168F条)。名目的に就任する場合でも、取締役としての責務を果たせる体制を整えておく必要があります。例えば、月次の財務報告を受け取る、取締役会や書面決議の記録を残す、年次申告や重要支配者登記簿の更新の完了を会社秘書役から報告させる、といった方法です。

参考:香港電子法例|会社(清算及び雑項規定)条例(Companies(Winding Up and Miscellaneous Provisions)Ordinance、Cap. 32)

香港証券取引所の上場会社に求められるガバナンス

ここまで見てきた会社条例のルールに加えて、香港証券取引所(HKEX)に上場する会社や上場を目指す会社には、さらに厳しいガバナンスの基準が適用されます。HKEXは上場規則(Listing Rules)で詳細な要件を定めており、その中核となるのがコーポレートガバナンス・コード(Corporate Governance Code)です。

上場規則は、独立非執行取締役を3名以上かつ取締役会の3分の1以上とするよう求めています(Rule 3.10・3.10A)。独立非執行取締役とは、業務執行に関わらない独立した取締役で、日本の独立社外取締役に近い立場です。監査委員会・報酬委員会・指名委員会の設置も義務です(Rule 3.21・3.25・3.27A)。そのうえで、上場規則の付属文書C1であるコーポレートガバナンス・コードは、取締役会の構成や多様性の確保、リスク管理と内部統制の仕組みなど、幅広い事項を定めています。上場会社には「遵守せよ、さもなくば説明せよ(Comply or Explain)」の原則が適用されます。コードの規定(Code Provisions)を遵守しない場合は、コーポレートガバナンス報告書でその理由を開示しなければなりません。日本のコーポレートガバナンス・コードも同じ原則を採っているため、日本の上場企業にもなじみのある仕組みです。

参考:香港証券取引所(HKEX)

まとめ:香港のコーポレートガバナンスは弁護士にご相談を

本記事では、香港の会社のコーポレートガバナンスについて、私人会社を中心に解説しました。香港の会社運営で最も注意すべき点は、取締役にコモンロー上の信認義務と、会社条例第465条に基づく注意義務が課せられていることです。香港の取締役は、客観的基準と主観的基準の二つで判断されるため、本人の専門性や経験に応じた責任を負います。日本から派遣された名目的な取締役であっても、会社の意思決定やコンプライアンスに無関心ではいられず、資格剥奪や個人の財産に対する責任追及といった法的リスクを招くおそれがあります。

また、利益相反取引の申告、書面決議などの仕組みの活用、重要支配者登記簿の備置きや年次申告といった義務の履行は、現地法人を適法かつ安定的に運営するうえで欠かせません。これらのルールを正しく理解し、香港のビジネス環境に合ったガバナンス体制を作ることは、法的リスクを減らすだけでなく、事業を安定して続けるための土台にもなります。

当事務所では、香港におけるコーポレートガバナンス体制の構築や、会社条例に基づくコンプライアンス対応について、日本企業の経営者や法務担当者の皆様をサポートいたします。例えば、香港子会社に派遣する取締役の人選と就任前の説明、設立後の年次手続の日程づくり、親会社との取引に関する利害の申告のルールづくりなどです。香港での事業展開に伴う法務面でお困りの際は、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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