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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

クロスボーダー

香港のM&Aを弁護士が解説

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香港のM&Aを弁護士が解説

中華人民共和国香港特別行政区(以下「香港」)は、アジアのビジネス拠点であると同時に、イギリス法の流れをくむコモンロー(判例法)を採る地域です。日本のような包括的な民法典は無く、裁判所が積み重ねてきた判例が法原則をつくります。立法会が制定する成文法は「条例(Ordinance)」と呼ばれ、その解釈も最終的には裁判所に委ねられています。このため香港の取引では、契約書の文言が当事者の権利義務を決める比重が日本より大きいのが特徴です。ただし、免責条項や不実表示については、成文法と判例法による制約があります。

日本企業が香港の法人を買収する場合、非上場の会社(香港では「私人会社」と呼びます)であれば、株式譲渡契約(Share Purchase Agreement、SPA)による株式の売買が一般的な手法です。香港の会社条例(Companies Ordinance、Cap. 622。「Cap.」は香港法令の章番号)にも裁判所を介した組織再編の制度はあります。しかし実務では、株式の売買によるM&Aが主流です。

本記事では、日本企業が香港の会社を買収し、または香港の会社に出資する場面に適用される法制度と実務を取り上げます。まず、M&Aの手法として株式譲渡が選ばれる背景とその手続、印紙税の負担を解説します。次に、法務デューデリジェンスで確認すべき香港特有の項目と、外資規制の有無、中国本土法の影響を見ていきます。さらに、株式譲渡契約の主要条項とコモンロー特有の解釈、財務援助規制、買収後の利益相反の管理を取り上げます。最後に、上場会社の公開買付け規制と競争条例、税務上の利点、紛争解決条項の選び方を解説します。

香港のM&Aの手法と日本の会社法との違い

日本企業が香港の法人を買収する際、最も頻繁に用いられる手法は株式譲渡です。日本の会社法では、吸収合併、新設合併、会社分割、株式交換、株式移転といった組織再編手続が法定されています。要件を満たせば、権利義務を包括的に承継できます。これに対し香港には、日本の会社分割のように法定手続で権利義務を包括承継させる制度はありません。会社条例第13部には裁判所を介さない法定合併(Amalgamation)の手続があります。ただし、これは完全親子会社または完全な兄弟会社の間の合併に限られます(同条例第680条・第681条)。独立した第三者の企業を買収する手段としては使えず、買収後に香港の100%子会社同士を統合する場面で選択肢になります。

参考:香港電子法例|会社条例(Companies Ordinance、Cap. 622)

会社と株主の間の取決め(スキーム)を裁判所が認可して効力を生じさせる、スキーム・オブ・アレンジメントという手法もあります。これを使えば、複雑な組織再編や、反対する少数株主の株式も含めた上場会社の非公開化を実現できます。ただし、裁判所の関与が不可欠で時間とコストがかかるため、通常の非上場会社の買収には向きません。事業譲渡(資産譲渡)も選択肢の一つですが、個々の資産や契約を移すには相手方の同意が必要になり、手続が煩雑になりがちです。新株引受による出資は資金提供を主な目的とする場合には有効ですが、経営権の完全な取得には直結しません。少数株主としての権利は、株主間契約で別途確保する必要があります。整理すると、経営権を取るなら株式譲渡、資金提供にとどめるなら新株引受、特定の事業だけを切り出すなら事業譲渡という選び方が出発点です。上場会社の非公開化まで要る場合には、スキームが候補になります。

香港の株式譲渡の手続と印紙税の負担

香港の株式譲渡の手続と印紙税の負担

株式譲渡を実行するには、所定の手続を踏む必要があります。株式譲渡契約とは別に、印紙税の課税文書となる書類を作成します。株式譲渡証書(Instrument of Transfer)と、買主側・売主側がそれぞれ作る契約ノート(Bought Note/Sold Note)です。そのうえで、対象会社の取締役会で株式の譲渡と株主名簿の書換えを承認する決議を行います。香港の私人会社の多くは、定款で株式の譲渡制限を設けています。典型的なのは、譲渡しようとする株式をまず既存株主に買い取らせる先買権と、取締役会が譲渡の登録を拒否できる権限です。そのため、株式譲渡契約の締結前に定款を確認し、既存株主から権利放棄を取り付けるなどして、これらの制限を事前に解消しておくことが欠かせません。譲渡は、印紙税を納めた譲渡証書に基づく株主名簿の書換えによって完成します。会社登記処(Companies Registry。日本の法務局に当たる登記機関)への個別の届出は不要です。株主の変動は年次申告書(Annual Return)で報告されますが、後述する重要支配者登記簿の更新は別途必要です。

ここで特に留意すべきなのが、印紙税条例(Stamp Duty Ordinance、Cap. 117)に基づく印紙税です。日本では非上場株式の譲渡に印紙税は課されませんが、香港では株式の譲渡そのものに印紙税がかかります。契約ノートごとに譲渡対価または株式の価値の0.1%(合計0.2%)が課され、法律上は売主と買主がそれぞれ納付義務を負います(同条例附則1第2類)。契約で一方が全額を負担する合意も可能です。譲渡証書には別途、定額5香港ドルの印紙税がかかります。印紙税局(Stamp Office)の手引では、対価が譲渡日の株式の市場価値を下回る場合は市場価値を基準に査定するとされています。非上場株式の価値は対象会社の最新の決算書から算定されるため、対価の決め方によっては想定より税額が大きくなります。納付期限も厳格です。契約ノートの納付期限は、香港内で締結した場合は2日以内、香港外で締結した場合は30日以内です。遅れると、遅延期間に応じて税額の2倍から最大10倍の加算金が課されます。クロージング後は速やかに手続を終えなければなりません。

参考:香港電子法例|印紙税条例(Stamp Duty Ordinance、Cap. 117)

参考:香港特別行政区政府(GovHK)|印紙税の税率(Stamp Duty Rates)

参考:香港税務局 印紙税局|株式譲渡の印紙手続と説明(Stamping of Shares Transfer、U3/SOG/PN04A)

香港の法務デューデリジェンスと外資規制の有無

香港のM&Aにおける法務デューデリジェンス(DD)には、日本の実務と共通する部分も多いものの、香港特有の規制を反映した確認項目があります。基本になるのは会社登記処の公開記録の調査です。これに加えて香港では、マネーロンダリング対策の一環として、各会社に重要支配者登記簿(Significant Controllers Register)の作成と備置きが義務付けられています。根拠は会社条例第12部第2A款で、2018年3月1日に施行されました。この登記簿は一般に公開されておらず、閲覧できるのは法執行機関に限られます。そのため買主は、売主や対象会社から開示を受けて実質的な支配構造を確認することになります。買収完了後は日本の親会社が重要支配者に当たるため、対象会社は登記簿を更新しなければなりません。また、香港の土地は原則として政府からの土地租借権(リースホールド)に基づきます。対象会社が不動産を保有・賃借している場合には、租借契約の内容や用途制限の確認が重要です。このほか、事業登録証(Business Registration Certificate)の有効性や強制積立年金(MPF)の拠出状況も確認項目です。雇用契約、各種許認可、係争中の訴訟の有無なども精査の対象になります。

参考:香港会社登記処|重要支配者登記簿(Significant Controllers Register)

日本企業にとって大きな利点になるのは、香港には、対内直接投資一般に事前届出や安全保障上の審査を課す包括的な制度が無いことです(2026年10月時点)。日本の外為法のような枠組みは無く、外国企業であっても香港企業を買収できます。もっとも、銀行・保険・証券・放送・電気通信など、外資かどうかを問わず支配権の変更に当局の事前承認や免許条件の確認が必要な業種があります。また、香港側に届出が無くても、日本側の手続は別です。外為法に基づく対外直接投資の事後報告や、対象会社の国内売上高によっては独占禁止法の企業結合届出が必要になることがあります。対象会社が中国本土に子会社を持つ場合や、中国本土の企業が共同株主に含まれる場合には、さらに事情が異なります。この場合、中国本土の外商投資法に基づく情報報告や外国投資に関する安全審査、経営者集中(企業結合)の申告の対象になる可能性があります。本土法人の持分の間接譲渡に対する課税が問題になることもあるため、中国本土法の観点からの検討が欠かせません。

香港の株式譲渡契約の主要条項とコモンロー上の解釈

香港の株式譲渡契約の主要条項とコモンロー上の解釈

株式譲渡契約の主要条項は日本のM&A実務と似ていますが、コモンローに基づく解釈の違いに注意が必要です。契約には、対象会社の状態に関する保証(Warranties)と、税務や係争中の訴訟など特定のリスクについて金額を填補させる補償(Indemnities)が置かれます。このほか、クロージングの前提条件、競業避止義務、価格調整やエスクローに関する条項が盛り込まれます。日本の実務で「表明保証違反の補償」と一括りにされる仕組みが、香港では保証と補償という別の条項に分かれている点が出発点になります。

コモンローの下で保証違反を理由に損害賠償を請求する場合、損害は原則として、保証が真実であった場合の株式の価値と実際の価値との差額で算定されます。買主が実際に支出した金額が当然に回収できるわけではなく、立証責任も買主側にあります。確実に回収したい事項は、補償条項として別に定めておくのが実務です。競業避止条項についても注意が必要です。コモンロー上、営業の自由を縛る取決めは取引制限(Restraint of Trade)として原則無効と扱われます。有効と解されるのは、保護すべき正当な利益の範囲内で、期間や地理的範囲が合理的に限定されている場合に限られます。不当に広い競業避止条項は無効とされるリスクが高いため、売主に課す競業避止義務は、対象事業の保護に必要な範囲に絞って規定する必要があります。

また、M&A契約では「間接損害・結果損害(indirect or consequential loss)」を賠償の対象から除外する条項がよく見られます。日本の民法における通常損害と特別損害の区分に似た考え方です。しかし、コモンロー上の「結果損害」の範囲は判例の積み重ねで細かく決まっており、逸失利益が当然に結果損害として除外されるわけではありません。そのため、どの損害の賠償を免責するのかを契約書に具体的に書き出す実務が定着しています。売主がクロージング後の補償請求に応じられる見込みが薄い案件では、買主側で表明保証保険(W&I保険)を付ける例も増えています。

香港の財務援助規制と買収後の利益相反の管理

買収資金の調達に関連して、会社条例が定める財務援助(Financial Assistance)の規制には特に注意が必要です。会社条例第275条は、ある者が会社の株式を取得しようとする場合に、その会社またはその子会社が取得のために財務援助を行うことを原則として禁止しています。直接・間接を問わず、資金の貸付や担保の提供がこれに当たります。日本法には、会社が自社株式の取得資金を援助すること自体を一般的に禁止する規定は無く、LBOの局面でも取締役の善管注意義務や利益相反の問題として扱われます。これに対し香港の財務援助規制は適用範囲が広く、会社に実害があるかどうかを問わず、形に当てはまれば適用されます。違反した会社とその責任者には15万香港ドル以下の罰金と12か月以下の拘禁刑が科され得ます(同条第4項)。そのため、LBO(レバレッジド・バイアウト)のように対象会社の資産を担保に買収資金を借り入れる場合には、会社条例が定める例外手続を踏まなければなりません。例外手続は、いずれも取締役会の決議と支払能力声明(Solvency Statement)を前提とします。そのうえで3つの類型に分かれます。援助額が払込資本と準備金の5%以内の場合(第283条)、全株主の書面決議で承認する場合(第284条)、株主総会の決議で承認し反対株主が裁判所に申し立てられる28日の期間を経る場合(第285条・第286条)で、実務では「ホワイトウォッシュ手続」と呼ばれています。買収後に100%子会社になる典型的な案件では、クロージング後に新株主の書面決議で手続を済ませてから担保を提供する順序を取るのが簡明です。

買収完了後のコーポレートガバナンスにも、香港法特有の規定があります。親会社になった日本企業と香港の子会社との間で取引を行う場合、両社の取締役を兼任している者は利益相反の状況に置かれます。会社条例第536条は、会社の事業にとって重要な取引について取締役が重大な利害関係を持つ場合に、その性質と範囲を他の取締役に申告するよう義務付けています。申告した取締役が決議に加われるかどうかは定款の定めによるため、買収後は定款を見直して親子間取引の扱いを明記しておくのが実務です。取引のたびに申告するのは煩雑なので、実務では「一般通知」(General Notice、同条例第538条)が広く使われています。特定の会社との将来の取引すべてについて利害関係があることをあらかじめ通知するもので、日本企業から派遣した取締役の就任時に提出しておくのが通常です。

香港の上場会社の買収と競争条例

買収の対象が香港の上場会社である場合には、Takeovers Codeが適用されます。香港の証券監督機関である証券先物委員会(SFC)が定める「企業買収、合併及び株式買戻しに関する規定」です。この規定は法律ではなく、SFCが市場関係者との合意に基づいて定めた規範です。しかし違反した場合には、香港市場での取引や資金調達の機会を制限されるなどの制裁が課されます。特に重要なのが強制公開買付けの基準です。議決権の30%以上を取得した者には、原則として残りのすべての株主に対して同じ条件で公開買付けを行う義務が生じます(Rule 26.1)。日本の金融商品取引法でも、2026年5月施行の改正で公開買付けが義務付けられる基準は議決権の30%超になりました。ただし香港では、30%以上50%未満を保有する者が12か月で2%超を買い増す場合にも義務が生じ、共同して行動する者の持分も合算されます。段階的な出資を予定する場合は、この基準を跨がない持株計画が必要です。少数株主の締出しは、公開買付けで90%以上の応募を得た場合に残りの株式を強制取得できる会社条例の手続(第693条以下)によります。このほか、証券先物条例(Securities and Futures Ordinance、Cap. 571)のインサイダー取引規制と、上場会社の株式を5%以上取得した場合の持分開示にも注意が必要です。香港証券取引所の上場規則の遵守も求められます。

参考:香港電子法例|証券先物条例(Securities and Futures Ordinance、Cap. 571)

参考:証券先物委員会(SFC)|Takeovers and mergers

競争条例(Competition Ordinance、Cap. 619。日本の独占禁止法に当たる法律)の企業結合規制は、日本と異なる仕組みです。日本では一定規模以上のM&Aについて公正取引委員会への事前届出が義務付けられています。これに対し香港の企業結合規制(合併規則)は、現在のところ、電気通信条例に基づく伝送者免許(Carrier Licence)を持つ事業者が関わる合併にしか適用されません(競争条例附則7第4条)。伝送者免許は、通信回線網を運営する事業者の免許です。したがって香港の競争条例上は、電気通信分野以外の一般的な事業会社の買収で企業結合の事前審査や届出を考慮する必要は原則としてありません。ただし、対象会社の売上の所在によっては、日本の独占禁止法や中国本土の経営者集中規制など、他の法域での届出が必要になります。

参考:香港電子法例|競争条例(Competition Ordinance、Cap. 619)

香港のM&Aにおける税務の利点と紛争解決条項

香港でのM&Aは、税務と資金移動の面で日本企業に利点があります。香港には為替管理が無く(香港特別行政区基本法第112条)、買収対価の送金や買収後の利益の配当、資本の引き揚げに為替管理上の制約はありません。ただし、減資や自己株式取得には会社条例の手続が別途必要です。また、香港の利得税(Profits Tax)は源泉地主義を採っています。香港で生じた利益にのみ課税され、資本資産の売却益は課税対象から除かれています(税務条例第14条)。もっとも、株式の保有が売買目的と認定されれば売却益も課税されます。2023年以降は、香港法人が域外から受け取る配当や株式売却益について免税の要件が厳格化されました。さらに、香港の利得税率は日本の外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の基準となる20%を下回ります。香港子会社が経済活動基準などを満たさない場合には、その所得が日本の親会社で合算課税される可能性があります。日本の親会社が将来香港子会社の株式を売却した場合の売却益も日本で課税されるため、クロスボーダーの税務は専門的な検討が欠かせません。

参考:香港特別行政区政府|基本法ウェブサイト

参考:香港電子法例|税務条例(Inland Revenue Ordinance、Cap. 112)

M&Aの契約を結ぶ際には、準拠法と紛争解決条項の選択が重要です。株式の移転や会社条例上の手続は準拠法の選択にかかわらず香港法によるため、契約の準拠法も香港法とするのが実務上最も自然で、法的安定性も高くなります。紛争解決手段としては、中立性と執行の容易さの観点から、香港国際仲裁センター(HKIAC)の規則に基づく仲裁を選ぶことが一般的です。香港には外国仲裁判断の承認・執行に関するニューヨーク条約が適用されており、仲裁判断は条約締約国で承認・執行を受けられます。中国本土との間にも仲裁判断の相互執行の取決めがあるため、相手方が中国本土の企業である場合にも、裁判の判決より実効性を確保しやすいのが理由です。仲裁条項では、仲裁地のほか言語と仲裁人の数も定めておく必要があります。

参考:香港特別行政区政府 律政司|仲裁(Arbitration)

まとめ:香港のM&Aは弁護士にご相談を

日本企業が香港でM&Aを行う際の法制度と実務の要点を見てきました。香港はコモンローを基盤としており、契約書の文言が決定的な意味を持つため、株式譲渡契約をどこまで作り込めるかが案件の成否を左右します。印紙税や財務援助規制といった香港特有の法令への対応は欠かせません。一方で、香港法上は包括的な外資規制や一般的な企業結合の届出が無く、資本資産の売却益に利得税が課されないという利点もあります。ただし、日本側の届出・課税や中国本土法の適用は別途検討が必要です。日本の会社法やM&A実務との違いを正確に理解し、案件を進めることが求められます。

当事務所では、株式譲渡契約の作成・レビュー、法務デューデリジェンス、買収後のガバナンス体制の整備など、日本企業の香港でのM&Aを法務面からサポートいたします。香港での企業買収や出資をご検討の際は、ぜひご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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