弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

クロスボーダー

ブルネイの法体系と司法制度を弁護士が解説

クロスボーダー

ブルネイの法体系と司法制度を弁護士が解説

東南アジアのボルネオ島北部に位置するブルネイ・ダルサラーム国(以下、ブルネイ)は、豊富な石油・天然ガス資源を背景に高い経済水準を誇る国家です。近年ではエネルギー資源への依存から脱却し、経済の多角化を目指して積極的な外資誘致を進めています。日本企業にとっても、インフラ開発、ハラール産業、テクノロジー分野などにおいて新たなビジネス展開の有力な候補地となっています。

しかしながら、同国へ進出するにあたって経営者や法務担当者が最も注意を払うべき要素の一つが、極めて独自の発展を遂げている法体系と司法制度の存在です。ブルネイの法制度は、日本の法制度とは根本的な設計思想から異なっており、現地の法的リスクを正確に把握するためには、その二重構造の歴史的背景と最新の動向を深く理解することが不可欠です。

本記事では、ブルネイへの進出を検討されている日本人のビジネスパーソンに向けて、同国の複雑な法体系と司法制度の全容を詳細に解説します。本記事全体の要点として、まずブルネイの法体系は、イギリス統治時代の名残であるコモンロー(英米法)と、国家の公式宗教であるイスラム教に基づくシャリア法(イスラム法)が並立する二重構造を有していることが挙げられます。ビジネスに関連する商事法や契約法、一般的な民事・刑事事件については、イギリス法をベースとするコモンローが適用され、一般裁判所がこれを管轄します。一方で、2014年の導入決定を経て2019年に完全施行されたシャリア刑法により、厳格なイスラム法がイスラム教徒のみならず、一部の犯罪においては非イスラム教徒や外国人にも適用されるようになりました。これらのシャリア法違反や家族法上の問題は、独自のシャリア裁判所によって審理されます。

さらに、国家体制の根幹には1959年制定のブルネイ憲法に基づく絶対君主制が存在し、国王(スルタン)が行政および立法において絶大な権限を持っています。国王の免責特権や緊急勅令による立法権限は、三権分立を前提とする日本の憲法体制とは大きく異なる点です。司法制度の頂点においても、かつてはイギリスの枢密院(Privy Council)が最終上訴機関として機能していましたが、国家の自立化に伴いその権限は大幅に制限され、現在ではブルネイ国内の裁判所での完結が進められています。

本記事の後半では、会社法の具体的な規定や、2026年に下された最新の高等裁判所の建設請負契約に関する判例を分析し、ブルネイにおける契約解釈の厳格さや証拠主義の実態を紐解いていきます。ビジネスを展開する上では、これら二つの異なる法規範の交錯と、絶対君主制下における法運用のダイナミズムを正確に捉えることが極めて重要です。

イギリス法とイスラム法が交錯するブルネイ法体系の基本構造

コモンロー(英法)の受容と日本法との違い

ブルネイのビジネスや一般市民生活の基盤となる法律は、イギリスのコモンロー(判例法)およびエクイティ(衡平法)を基礎としています。ブルネイの法律適用法(Application of Laws Act、Chapter)第2条においては、ブルネイの国内法によって別段の定めがなされていない限り、イギリスのコモンロー、エクイティの教理、および一般適用性のある制定法がブルネイにおいて法的効力を有することが明記されています。しかしながら、同条項には極めて重要な留保が付されており、これらのイギリス法は「ブルネイおよびその住民の事情が許す範囲内でのみ」適用され、現地の事情や慣習によって必要とされる修正を受けた上で効力を持つとされています。

これは、日本の法体系とは根本的に異なるアプローチです。日本は明治維新以降、ドイツやフランスの法典を模範として制定法主義(大陸法系)を採用しており、民法や会社法など成文化された包括的な法典が法解釈の絶対的な中心となります。契約を締結する際も、民法の任意規定が背後に存在することを前提として契約書を作成するのが一般的です。一方でブルネイでは、成文法が存在しない領域や法解釈に疑義が生じる領域においては、イギリスをはじめとするシンガポールやマレーシアなど他のコモンロー諸国の判例が強力な先例として参照されます。したがって、ブルネイにおけるビジネス上の契約書を作成する際には、日本の民法のような前提となる法典に依存するのではなく、あらゆるリスクシナリオを想定した英米法特有の緻密で網羅的な契約書ドラフティングが求められます。

イスラム法(シャリア法)の適用とシャリア刑法の全面施行

ブルネイの法体系において、近年最も劇的かつ国際的な注目を集める変化をもたらしたのが、シャリア法(イスラム法)の全面的な法制化です。従来、ブルネイにおけるシャリア法は、主にイスラム教徒の婚姻、離婚、相続といった身分法(家族法)の領域に限定して適用されていました。しかし、国王の強力なイニシアチブにより、2013年に「シャリア刑法(Syariah Penal Code Order)」が制定され、数段階の移行期間を経て2019年に完全施行されました。

このシャリア刑法は、窃盗に対する手首の切断(ハッド刑)や、不倫に対する石打ちによる死刑など、極めて厳格なイスラム法上の身体刑を規定しています。日本企業や日本人駐在員にとって最も留意すべき点は、このシャリア刑法がイスラム教徒だけでなく、特定の犯罪類型においては非イスラム教徒や外国人に対しても適用されると明記されている事実です。例えば、ラマダン(断食月)の期間中に公共の場で飲食を行う行為や、イスラム教の教義や預言者を侮辱する行為などは、非イスラム教徒であってもシャリア刑法に基づく処罰の対象となり得ます。

日本は日本国憲法第20条において信教の自由と厳格な政教分離の原則を定めており、特定の宗教的教義が直接的に国家の刑罰法規となることはありません。しかし、ブルネイにおいてビジネスを展開する際には、従業員の労務管理、広告表現、オフィス内での行動規範など、あらゆる企業活動の側面において、イスラム法に抵触しないための高度なコンプライアンス遵守体制を敷く必要があります。外国企業であっても、現地の宗教的・社会的規範を軽視することは重大な法的リスクに直結します。

絶対君主制を支えるブルネイ憲法と国王の権限

絶対君主制を支えるブルネイ憲法と国王の権限

憲法に基づく緊急勅令と立法の特質

ブルネイの統治体制の根幹をなすのが1959年に制定されたブルネイ憲法です。日本の憲法が国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原理とし、天皇を国政に関する権能を有しない象徴と定めているのとは対照的に、ブルネイ憲法は国王の絶対的な権限を明確に保障しています。憲法第3条は、ブルネイの公式宗教がイスラム教であることを定めるとともに、国王が同国のイスラム教の長であることを規定しています。

さらに、ブルネイ憲法第83条において、国王は国家の緊急事態や公共の利益のために必要と判断した場合には、広範な緊急勅令(Emergency Orders)を発布する権限を有しています。歴史的に見ても、ブルネイの主要な法令の多くはこの緊急勅令の形で制定されており、立法府の審議や民主的なプロセスを経ることなく法規範が成立する強力な権限となっています。前述のシャリア刑法(Syariah Penal Code Order)も、この緊急勅令の権限を用いて制定されたものです。日本企業は、現地の法令が議会審議を経ずに国王の判断によって迅速に変更または導入される可能性があるというカントリーリスクを常に念頭に置く必要があります。

国家元首の完全な免責特権

ブルネイ憲法第84条は、国王に対して公的資格および私的資格の双方における完全な免責特権(Immunity)を付与しています。この免責特権は、国王の代理として、あるいは国王の権限の下で職務を遂行する政府機関や公務員にも広く及ぶものと解釈されています。

日本では国家賠償法に基づき、公権力の違法な行使によって損害を受けた市民や企業が、国や地方公共団体を相手取って民事訴訟を提起し、損害の賠償を求めることが可能です。しかし、ブルネイにおいては、国王およびその権限の下で行動する国家機関に対する法的責任の追及は憲法上極めて困難です。政府調達プロジェクトへの参画や、国有企業との合弁事業など、国家機関と直接的な契約関係を結ぶ場合、紛争発生時の救済手段が著しく制限される可能性があるため、契約上の紛争解決条項(国際仲裁の合意など)の設計には細心の注意を払う必要があります。

ブルネイにおける司法制度と裁判所の管轄

二元的な裁判所システム

ブルネイの司法制度は、適用される法体系に応じて「一般裁判所」と「シャリア裁判所」の二つの系統に完全に分離されています。以下の表は、ブルネイにおける裁判所の階層構造を整理したものです。

司法系統最終上訴審上訴審第一審(中間審)下級審
一般裁判所枢密院司法委員会(※極めて限定的)上訴裁判所(Court of Appeal)高等裁判所(High Court)下級裁判所(Subordinate Courts)
シャリア裁判所国内で完結(上訴裁判所が最終)シャリア上訴裁判所シャリア高等裁判所シャリア下級裁判所

ビジネス関連の契約違反、債務不履行、労働争議、知的財産権の侵害などの民事事件、および一般的な刑事事件は、一般裁判所が管轄します。高等裁判所(High Court)は、一定の訴額を超える重大な商事紛争や重罪の刑事事件に対する第一審管轄権を有するとともに、下級裁判所からの控訴事件を審理します。上訴裁判所(Court of Appeal)は高等裁判所の判決に対する上訴を審理する機関です。

一方で、シャリア裁判所法(Syariah Courts Act、Chapter)に基づき設立されたシャリア裁判所は、イスラム教徒の身分関係の紛争や、シャリア刑法違反の刑事事件を専属的に管轄します。企業活動の中でイスラム教徒の従業員に関係する問題が発生した場合、それがどちらの裁判所の管轄に属する事案であるかを初動段階で適切に判断することが、現地での法的トラブル解決の第一歩となります。

イギリス枢密院(Privy Council)への最終上訴の制限

かつてブルネイはイギリスの保護領であったため、国内の裁判所で結審した事件の最終的な上訴先として、ロンドンに位置するイギリス枢密院司法委員会(Judicial Committee of the Privy Council)を利用していました。しかし、ブルネイがイスラム的価値観を重視した国家の自立化を進める中で、この制度は段階的に見直されました。

まず、1995年に刑事事件に関する枢密院への上訴権が完全に廃止されました。続いて1997年には、民事事件についての上訴も大幅に制限され、現在では、審理開始前に当事者双方が枢密院への上訴に書面で合意している場合など、極めて限定的な条件を満たした場合にのみ上訴が可能となっています。憲法の解釈に関する問題については、枢密院への上訴は一切認められていません。現在では、外国の投資家が関与する一部の例外的な商業紛争を除き、実質的な紛争解決はブルネイ国内の上訴裁判所で完結する仕組みへと移行しています。

最高裁判所が司法権の頂点に立つ単一の枠組みである日本とは異なり、ブルネイでは国家主権の独立と外資の信頼維持のバランスの中で、司法権が独自の進化を遂げてきました。

ブルネイのビジネス法務における会社法の適用と実務上の留意点

ブルネイのビジネス法務における会社法の適用と実務上の留意点

ブルネイで法人を設立し、ビジネスを本格的に展開する上で中心となる法令が、ブルネイ会社法(Companies Act、Chapter)です。この法律はイギリスの伝統的な会社法をベースに制定されており、企業の設立、株式の発行、取締役の義務、企業の清算手続きなどの基本事項を定めています。

日本の会社法が2005年の大改正を経て、機関設計の柔軟性を高め、有限会社を廃止して株式会社に統合するなど独自の現代化を遂げたのに対し、ブルネイの会社法は伝統的な英法系の概念を色濃く残しています。最大の違いは、会社の基本憲章となる基本定款(Memorandum of Association)と、内部の運営規則を定める通常定款(Articles of Association)二段階の定款構造を採用している点です。日本では現在、これらが「定款」として一つの文書に統合されていますが、ブルネイでは目的条項などを定める基本定款と、株主総会や取締役会の運営規則を定める通常定款を分けて作成・登記する必要があります。

また、会社法第20条は、企業名(商号)の登録に関する厳格な制限を設けています。国王や政府機関との関連を示唆する名称、「Co-operative(協同組合)」「Savings(貯蓄)」「Trust(信託)」といった特定の事業形態を想起させる単語を含む社名の登録は、登記官の特別な許可がない限り原則として禁止されています。取締役の責任に関しても、成文法だけでなくコモンロー上の判例に基づく厳格なフィデューシャリー・デューティー(信認義務)が課されるため、合弁会社の設立やM&Aを検討する際には、英法系会社法特有の概念を理解した専門的なリーガルチェックが必須となります。

ブルネイの裁判例から見る実務的教訓

ブルネイの一般裁判所が実際のビジネス紛争をどのように裁いているのかを知ることは、同国での商取引におけるリスク管理の重要な指針となります。ここでは、建設請負契約の違反と損害賠償に関連するブルネイ高等裁判所の最新の判例を取り上げ、その法解釈の傾向を分析します。

建設請負契約に関する高等裁判所判決の分析

当事者:Tang Soon Woon(TSW FIDEL CONSTRUCTIONとして事業を営む者) 対 Chuon Tzu Construction Company Sdn Bhd 裁判所:ブルネイ・ダルサラーム高等裁判所(High Court of Brunei Darussalam) 判決年月日:2026年7月27日

本件は、ブルネイ国内の商業複合施設(小売店舗、オフィス、アパートメント、ホテル)の建設プロジェクトを巡り、発注者であるデベロッパー(原告)とメインコントラクターである建設業者(被告)の間で争われた大規模な民事訴訟です。原告は、建設工事の完成遅延に対する契約上の遅延損害金(Liquidated Damages)および、建設工事の瑕疵の修補費用等の支払いを求めて提訴しました。一方、被告は、未払いの契約残金の支払いを求めるとともに、工期の遅延は原告側の事情によるものであるとして反訴を提起しました。

裁判所は、約定された契約金額(約1116万ブルネイドル)をベースとする固定金額契約(Lump Sum Contract)の条項を詳細に検討しました。特に争点となったのは、原告が主張する遅延損害金の根拠となる工期延長条項の解釈と、実際にどちらの当事者の責任で工事が遅延したのかという事実認定です。裁判所は、当事者間で取り交わされた数多くのメールや書簡、現場の検査記録、さらには支払請求書に添付された作業完了割合(Activity Completion Percentage)などの膨大な同時代的な証拠書類を一つ一つ精査しました。

この判決の事実認定の手法から、ブルネイの一般裁判所が商事契約の解釈において、事後的な当事者の主張よりも契約進行当時の記録を重んじ、厳格な証拠主義を採用しているということが言えるでしょう。日本のビジネス慣行において散見される「口頭での合意」や「暗黙の了解」はブルネイの法廷では通用せず、権利義務の変更やスケジュールの延長に関する合意は、いかなる微細なものであっても確実に書面として残しておくことが、ブルネイにおけるビジネス防衛の鉄則となります。

この判決に関する公式な記録は、ブルネイ司法府の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:ブルネイ司法府公式ウェブサイト

まとめ

ブルネイ・ダルサラーム国の法体系は、ビジネスの基盤となるイギリス由来のコモンローと、国民生活と社会規範の根底に流れるイスラム教に基づくシャリア法という、全く異なる二つの法哲学が併存する世界でも特異な構造を有しています。日本企業がブルネイへの進出を成功させるためには、日本の成文法主義とは異なるコモンロー特有の厳格な契約実務(基本定款・通常定款の二重構造や厳格な証拠主義)に対応するだけでなく、非イスラム教徒のビジネス活動にも重大な影響を及ぼし得るシャリア刑法の存在を直視しなければなりません。また、憲法によって保障された国王の免責特権や緊急勅令による立法権限を理解し、法制度の予期せぬ変更や国家機関との契約リスクに備えた包括的なコンプライアンス体制を構築することが強く求められます。

商事紛争を管轄する一般裁判所においては、事前の緻密な契約ドラフティングと日々の業務における徹底した証拠保全が勝敗を分ける決定的な要因となります。現地の商慣行や宗教的制約に配慮しつつ、国際標準のコンプライアンスを満たす社内体制を整備することが、ブルネイにおける持続可能なビジネス成長の鍵となるでしょう。我々の法律事務所では、こうした内容について、ブルネイでのビジネス展開を検討される皆様をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る