カザフスタンのコーポレートガバナンスを弁護士が解説

中央アジアの経済大国であるカザフスタン共和国(以下、カザフスタン)は豊富な天然資源を背景に急速な経済成長を遂げており、近年は外国からの投資誘致を目的とした法制度の近代化に注力しています。その中核となるのがコーポレートガバナンスの改革です。従来のカザフスタン経済は巨大な国有企業や同族経営企業によって支配されており、縁故主義や不透明な意思決定といった非公式なガバナンスが大きな課題として指摘されていました。しかし近年、カザフスタン証券取引所(KASE)の成長や国際金融市場へのアクセス強化を目指し、経済協力開発機構(OECD)の基準に準拠した透明性の高いガバナンス体制の構築が強力に推進されています。
本記事全体の要点として、カザフスタンのコーポレートガバナンスは、進出形態(株式会社、有限責任会社、アスタナ国際金融センター)によって適用される法規制が全く異なるという法的な二面性を持っています。日本の会社法とは異なり、株式会社においては非上場であっても独立取締役のクオータ制やコーポレートセクレタリーの設置が厳格に義務付けられており、特区であるアスタナ国際金融センターにおいては英国法をモデルとしたコモンローの原則が適用されます。
また、経済の大部分を占める国営企業は政府系ファンドであるサムルク・カズィナの主導によりOECD基準に準拠したガバナンス改革を進めており、トカエフ政権下での実力主義の推進によって不透明な経営の是正が図られています。日本企業がカザフスタンに進出する際には、こうした複雑な法体系と現地のビジネス環境を正確に理解し、適切なガバナンス体制を構築することが不可欠です。
本記事では、日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、これら3つの主要なポイントを日本の法制度と比較しながら詳細に解説します。
この記事の目次
カザフスタンの法的枠組みと二面性
カザフスタンにおけるコーポレートガバナンスの最大の特徴は、企業形態や登記される特区によって、適用されるガバナンス原則が根本的に異なるという点にあります。日本企業がカザフスタンに進出する際、事業の目的や規模に応じて適切なビークルを選択することが求められます。ここでは主要な3つの形態について、日本の会社法と比較しながら詳細に解説します。
株式会社法に基づく厳格なガバナンス
カザフスタン国内の一般的な株式会社(JSC)には、カザフスタン株式会社法(Law on Joint Stock Companies)が適用されます。この法律は大規模な資本調達を行う企業を想定しているため、非常に厳格なコーポレートガバナンス要件を課しています。特筆すべきは取締役会の構成に関する厳格な規定です。
カザフスタンの株式会社法では、取締役会の構成員のうち少なくとも3分の1以上を独立取締役としなければならないというクオータ制が義務付けられています。日本の会社法においても、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社、あるいはプライム市場上場企業向けのコーポレートガバナンス・コードにおいて独立社外取締役の選任が強く求められていますが、日本がソフトローを中心としたアプローチを採用しているのに対し、カザフスタンでは非上場を含むすべての株式会社に対してこの基準が一律にハードローとして法定されている点が大きな違いです。
さらに、株式会社においては「コーポレートセクレタリー(Corporate Secretary)」の設置が法律で義務付けられています。日本では取締役会事務局や法務部が実務として会議の進行や議事録の作成を担うのが一般的であり、会社法上の独立した機関としての「コーポレートセクレタリー」という概念は存在しません。しかしカザフスタンにおいては、コーポレートセクレタリーは株主、取締役会、経営陣の間のコミュニケーションを調整し、会社の意思決定手続きが法令や定款に適合しているかを監視する独立した役員としての法的地位を持っています。
また、監査委員会や報酬委員会の設置も義務付けられており、同法第36条や第53条等において少数株主の権利保護や配当受領権などの厳格な手続きが規定されています。これらの法規制に関する具体的な解説は、現地の法務実務を扱う情報源で確認することができます。
アスタナ国際金融センターにおける英国法モデル
カザフスタンの首都アスタナには、海外からの投資を促進するための経済特区であるアスタナ国際金融センター(AIFC)が設置されています。AIFCの最大の特徴は、カザフスタンの国内法から完全に切り離され、英国の会社法をモデルとした独自の「AIFC Companies Regulations」が適用される点です。
AIFCにおいては外資100パーセントの出資が認められており、現地のパートナーを必須としないため、外資系企業や持株会社にとって非常に透明性が高く進出しやすい環境が整えられています。また、取締役の義務(Directors’ Duties)に関する規定も英国コモンローの原則に則って詳細に明文化されています。日本の会社法第355条における忠実義務は包括的な規定となっていますが、AIFCの法制下では同規則第77条から第83条にかけて、利益相反の回避や独立した判断の行使、善管注意義務といったフィデューシャリー・デューティー(受託者義務)がより具体的に定められており、コモンロー圏の投資家にとって予測可能性の高いガバナンス環境が提供されています。
さらに、AIFCには独自の司法機関であるAIFC裁判所(AIFC Court)が存在し、英国のコモンローに基づく独立した紛争解決が行われています。具体的な判例として、2024年8月21日に第一審裁判所(Court of First Instance)において下された「BI-ALLIIMRANU LLP対ABS-MUNAI LLP(事件番号:AIFC-C/CFI/2024/0026)」の判決が挙げられます。この裁判では、原告が国際仲裁センター(IAC)によって下された仲裁判断の承認と執行を求めたのに対し、裁判所は当事者間の和解合意を追認し、仲裁費用の支払いを含む債務の執行を迅速に認める命令を下しました。この判決から、AIFC裁判所が新興国特有の不透明な司法リスクを排除し、迅速かつ確実に契約上の権利を保護する機関として機能しているということが言えるでしょう。
この判決に関する公式な記録は、AIFC裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
有限責任会社の実務上の利便性
外資系企業がカザフスタンに事業会社を設立する際、最も一般的に利用される進出形態が有限責任会社(LLP)です。LLPはカザフスタン有限責任および追加責任組合法(Law on Limited and Additional Liability Partnerships)によって規律されており、株式会社に比べて義務化されているガバナンス要件が非常にシンプルに設計されています。
LLPの最高意思決定機関は「参加者総会(General Meeting of Participants)」であり、業務執行は単独の取締役または取締役会が担います。株式会社で義務付けられている独立取締役のクオータ制、監査委員会、コーポレートセクレタリーの設置要件は適用されず、参加者が100名を超えるか一定の大規模な資本金を持たない限り、監査役会の設置も免除されます。
しかし、日本法との比較において最も注意すべき相違点は持分の譲渡に関する法定の制限です。日本の合同会社(GK)では、原則として他のすべての社員の同意がなければ持分を第三者に譲渡することができません。一方、カザフスタンのLLP法第31条では、既存の参加者に対する厳格な「先買権(Pre-emption rights)」が法定されています。参加者が自己の持分を第三者に譲渡しようとする場合、まず他の参加者に対して書面で譲渡価格等の条件を提示する義務があり、他の参加者が30日以内にこの権利を行使しない場合、あるいは明示的に放棄した場合に初めて第三者への譲渡が可能となります。
先買権の手続きは強行法規であり、定款で排除することができないため、合弁事業(ジョイント・ベンチャー)を組成し、将来的なエグジットを想定する際にはこの法定要件を組み込んだ緻密な株主間協定(Shareholders Agreement)の設計が必要です。各企業形態におけるガバナンス上の主な違いを、以下の表に整理します。
| 企業形態 | 準拠法 | 独立取締役の義務 | 持分(株式)譲渡の制限 | コーポレートセクレタリー |
| 株式会社(JSC) | 株式会社法 | 構成員の3分の1以上 | 原則として自由 | 法定の設置義務あり |
| 有限責任会社(LLP) | 有限責任および追加責任組合法 | 義務なし | 法定の先買権(30日間) | 設置義務なし |
| AIFC企業 | AIFC Companies Regulations | 定款及び規則に基づく | 定款及び規則に基づく | 規則及び定款に準拠 |
カザフスタンの国営企業とサムルク・カズィナの改革

カザフスタン経済を語る上で避けて通れないのが、国家資産を管理する政府系主権富裕ファンド「サムルク・カズィナ(Samruk-Kazyna)」の圧倒的な存在感です。同ファンドはカズムナイガス(石油・ガス)やカザフテレコム(通信)、ケゴック(電力)など国家の基幹産業を担う主要な国営企業(SOE)を多数傘下に収めており、カザフスタンにおけるコーポレートガバナンス改革の強力な牽引役となっています。
独自のコーポレートガバナンス・コードの導入
サムルク・カズィナおよびその傘下の企業は、2015年にOECD原則に全面的に則った独自のコーポレートガバナンス・コードを導入・改定しました。このコードは、国家が株主として企業経営に不透明な形で過度に介入することを防ぎ、商業的な合理性に基づいた自律的な経営を実現することを目的としています。このコードの運用において採用されているのが「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守するか、さもなくば説明するか)」のアプローチです。
日本の東京証券取引所が定めるコーポレートガバナンス・コードでも同様の原則が採用されているため、日本の経営者にとっても馴染み深い枠組みです。しかし、日本のコードが主に上場企業の少数株主保護や中長期的な企業価値向上を目的としているのに対し、カザフスタンの場合は「国家」という巨大な支配株主からの独立性を担保し、政治的介入を排除して経営の透明性を高めるという国家資本主義特有の課題解決に主眼が置かれている点に特徴があります。傘下の企業は毎年、このコードに対する遵守状況を詳細に記載した報告書を公表する義務を負っています。
この遵守状況のアプローチに関する詳細な記載は、カズムナイガスが公表している以下の年次報告書で確認することができます。
取締役会の独立性担保と外国人独立取締役の登用
サムルク・カズィナの改革において最も象徴的な取り組みが、取締役会の独立性担保です。同ファンドの規定およびコーポレートガバナンス・コードにより、傘下の国営企業の取締役会は少なくとも3分の1を独立取締役で構成することが厳格に求められています。過去のカザフスタンの国営企業では政府高官や有力な政治家が取締役会を占有し、縁故主義に基づく非効率な経営が行われることが常態化していました。
この状況を打破するため、近年では国際的なビジネス経験を持つ信頼できる外国人専門家を独立取締役として積極的に登用しています。例えば、カザフテレコムやカズムナイガスといった主要企業の取締役会には、金融、監査、リスク管理の分野で豊富な知見を持つ欧米出身の独立取締役が名を連ねています。これにより、取締役会における議論の質が国際水準に引き上げられるとともに、海外の機関投資家に対する信頼性の向上に大きく寄与しています。こうした取り組みから、カザフスタン政府が国営企業の近代化とグローバル資本市場への統合に対して極めて強い意志を持っているということが言えるでしょう。
カザフスタンにおける直近の課題とガバナンス改革の動向
カザフスタンのコーポレートガバナンスは、法制度の整備という点では大きな進展を見せていますが、実際の運用面や政治的な土壌においては依然として解決すべき課題が残されています。近年、政治体制のドラスティックな変化や国際機関からの継続的なレビューを受け、ガバナンスの実効性を高めるためのさらなる改革が進行しています。
トカエフ政権による実力主義の推進
2022年1月に発生した大規模な反政府抗議デモ(政変)以降、カシムジョマルト・トカエフ大統領の政権下では、経済の脱寡占化と「公正なカザフスタン」の建設を掲げ、強力な改革が推し進められています。この改革の中心的なテーマの一つが実力主義(メリトクラシー)の推進です。それ以前の体制下では、一部の特権階級やオリガルヒ(新興財閥)に富と権力が集中し、インサイダー取引や特定の政治的コネクションに基づく不透明な事業売却、公共調達が行われることが大きな問題視されていました。
トカエフ政権はこうした非公式なガバナンス慣行の是正に乗り出し、不法に蓄財された資産の返還要求や、国営企業・政府機関の要職において縁故ではなく専門性や実績に基づいた人材登用を厳格化しています。日本企業がカザフスタンで合弁事業や公共調達に参画する際にも、かつてのような属人的なコネクションに依存するビジネスモデルはコンプライアンス上の重大なリスクとなっており、法令遵守と透明性の高いガバナンス体制の構築が不可欠となっています。
経済協力開発機構による継続的なレビュー
カザフスタンのコーポレートガバナンス改革は、経済協力開発機構(OECD)との緊密な連携のもとで進められています。OECDはカザフスタンの公共ガバナンスや国営企業(SOE)のガバナンス状況について定期的なレビューを実施し、改善に向けた具体的な提言を公表しています。OECDの最新のレビューにおいて継続的に指摘されている課題は、取締役会における政府高官の支配力をいかに抑えるかという点です。サムルク・カズィナの改革により独立取締役の数は着実に増加したものの、依然として実質的な意思決定プロセスにおいて政府機関の意向が強く反映される構造が残っていると指摘されています。
そのためOECDは、より透明で客観的な取締役の指名手続きを確立し、国家の所有機能と企業経営の分離をさらに明確にすることを提言しています。カザフスタン政府はこれらの提言を真摯に受け止め、法改正や内部規定の改定を通じて段階的な改善を図っています。これらの一連の改革姿勢から、カザフスタンが国際標準のガバナンスを自国経済に定着させようと絶え間ない努力を続けているということが言えるでしょう。このOECDによるレビューの詳細は、以下の公式出版物で確認することができます。
参考:OECD公式ウェブサイト
まとめ
本記事で解説した通り、カザフスタンにおけるコーポレートガバナンスは、かつての縁故主義や国営企業を中心とした不透明な体制から脱却し、OECD基準や英国のコモンローモデルを積極的に取り入れることで急速な近代化を遂げています。進出形態によって適用される法律が大きく異なり、特に株式会社法における3分の1以上の独立取締役要件やコーポレートセクレタリーの法定設置義務、有限責任会社における持分譲渡時の厳格な法定先買権、そしてアスタナ国際金融センター(AIFC)における英国法に基づく高度な取締役の忠実義務など、日本の会社法とは異なるカザフスタン独自の実務的要請が多数存在します。
また、国営企業においてもサムルク・カズィナを通じたコンプライ・オア・エクスプレイン原則の導入や外国人独立取締役の積極的な登用が進み、トカエフ政権下での実力主義の徹底により市場の透明性は飛躍的に向上しています。日本企業がこの成長市場で成功を収め、予期せぬ法的トラブルを回避するためには、こうした法制度の二面性と進行中の改革のダイナミズムを正確に理解し、コンプライアンスに適合した強固なガバナンス体制を初期段階から設計することが求められます。
モノリス法律事務所は、カザフスタンへの進出を検討される日本企業の皆様に対し、現地の複雑な法規制の分析や適切なビジネススキームの構築、そして現地の法的要件を満たすコーポレートガバナンス体制の整備といった幅広い事柄についてサポートいたします。ビジネスの成功とリスク管理の両立に向けて、ぜひ適切な法的助言をご活用ください。
































