Society 5.0時代の新たなガバナンスモデルとは?「規制・制裁・責任」一体改革を解説

現代社会は、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合する「Society 5.0」の実現に向けた大きな転換期にあります。この変革の中で、経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会を維持するためには、従来の統治モデルとは異なる、新たなガバナンスの在り方が不可欠です。経済産業省の「Society 5.0における新たなガバナンスモデル検討会」が2025年9月に公表した報告書(Ver.4)は、「規制・制裁・責任」の一体的改革を提言しています。
本記事では、この革新的な報告書の全容を解説し、企業法務が今後進むべき方向性を明らかにします。
この記事の目次
報告書の背景:なぜ従来のガバナンスでは限界なのか
そもそもSociety 5.0とは、狩猟社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続く、人類史上5番目の新しい社会の姿を指します。これは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させ、経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会です。
「静的なガバナンス」では技術進化のスピードに対応できない
これまでの情報社会(Society 4.0)では、人がクラウド上のデータにアクセスして情報を入手し、分析していましたが、Society 5.0では膨大なセンサーデータがサイバー空間に集積され、それをAIが分析し、その結果がロボットや自動運転車などを通じて現実世界にフィードバックされます。
このように、サイバー空間と現実世界が密接に結びついたCPS(サイバー・フィジカル・システム)が社会のインフラとなるSociety 5.0においては、技術進化のスピードが極めて速く、リスクの態様も複雑に変化し続けます。そのため、政府が事前に対象を特定し、一律の固定的なルールを定めて違反に制裁を科すという、これまでの「静的なガバナンス」では、技術リスクへの迅速な対応やイノベーションの促進を両立させることが困難になっているのです。
情報の非対称性とイノベーションの阻害
現在、デジタル技術に関する知見は、公的機関よりも民間企業に多く蓄積しており、情報の偏り(情報の非対称性)が生じています。また、予期せぬリスクを過度に恐れて規制を強めすぎると、企業の挑戦を萎縮させる「冷え込み効果」を招くおそれがあります。
例えば、AIを搭載した高度に自律的な機械が事故を起こした場合、従来の過失責任の枠組みだけでは、責任の所在を特定することが難しく、真の原因究明や再発防止が遅れるリスクも指摘されています。
一体的改革の必要性
こうした背景から、既存の「規制・制裁・責任」という個別の制度を、相互に関連し合う一つの法システムとして再構築する必要性が生じました。
本報告書(Ver.4)は、企業が自主的に最適なガバナンスを設計・実施することを促すインセンティブ構造を法制度全体で実現することを目指しています。それは、これまでの報告書で議論されてきたアジャイル・ガバナンスを社会実装するための具体的な環境整備という位置付けです。
「規制・制裁・責任」を一体で捉える新ガバナンスモデル

本報告書は、変化の速いSociety 5.0の時代に対応するため、ガバナンスを固定的な規制ではなく、継続的に改善していく「アジャイル」な仕組みとして捉える必要性を示しています。
アジャイル・ガバナンスの定義と意義
アジャイル・ガバナンスとは、技術やリスクの変化に合わせて、ルールや管理の仕組みを一度決めて終わりにするのではなく、運用しながら継続的に見直していく考え方です。
企業や行政、利用者など複数の関係者が対話を重ね、リスク分析、目標設定、運用、評価、改善を繰り返すことで、イノベーションと安全確保を両立させることを目指します。
報告書の核心は、責任概念を、従来の「非難」や「負担」から「応答」へと転換させる点にあります。
応答責任(Response Liability)のパラダイムシフト
従来の法制度は、事故や損害が発生した際に「注意義務を怠った落ち度(過失)」の有無を厳格に問い、それに基づいて非難や賠償を求める「有責責任」という考え方が中心でした。しかし、AIや自動走行システムのように技術がブラックボックス化し、予見困難な挙動を見せるSociety 5.0においては、従来型の過失認定だけでは限界があります。
そこで本報告書が提唱するのが、「応答責任(Response Liability)」という新しい考え方です。これは、結果が生じたことへの非難に終始するのではなく、企業側が「なぜその設計・判断に至ったのか」「どのようなリスク管理プロセスを経ていたのか」を誠実かつ合理的に説明(応答)できているかを重視するものです。
具体的には、アジャイル・ガバナンスのサイクルを適切に回し、リスク情報を透明性高く開示し続けている企業については、その説明に合理性が認められる限り、過度な制裁や非難を抑制すべきであるとしています。つまり、企業が事故後の原因究明や再発防止に真摯に協力し、社会に対して誠実に「応答」し続けること自体を、法的な責任評価におけるポジティブな要素として組み込む、極めて建設的なアプローチと言えます。
民事責任における厳格責任ルールの導入
被害者を迅速に救済しつつ、企業にも適切な安全対策を促すため、報告書は「免責条件付厳格責任」という考え方を選択肢として示しています。
従来の不法行為法では、被害者が企業の「過失(落ち度)」を立証する必要がありましたが、高度に複雑化したCPS(サイバー・フィジカル・システム)による事故では、その立証が極めて困難です。そこで、過失の有無にかかわらず、まずは事故に関与したシステムを開発・提供した企業が補償を担う「厳格責任」の仕組みを導入することで、被害者の早期救済を図ります。
この仕組みの真髄は、単に企業に負担を強いるのではなく、「適切な安全管理」を免責の鍵としている点にあります。企業が事前にリスクを徹底的に探索し、業界標準や第三者認証に基づいた真摯なガバナンスを行っていたことが証明されれば、予見・回避不能な「残余リスク」による事故については責任を免除、あるいは制限する余地を認めています。
これにより、企業にとっては「安全対策を徹底し、プロセスを透明化すること」が直接的な法的リスクの軽減につながるという、強力なインセンティブ構造が生まれます。
刑事制裁と訴追延期合意(DPA)の活用
Society 5.0における事故では、誰か一人の「過失」を特定して処罰するよりも、組織全体のガバナンスの欠陥を特定し、速やかに改善することの方が再発防止の観点から重要です。そのため、企業の「応答責任」を刑事手続に反映させる仕組みとして、訴追延期合意(Deferred Prosecution Agreement:DPA)の導入が議論されています。
DPAとは、企業が自らの非を認め、原因究明の徹底や再発防止策の策定に全面的に協力することを条件に、検察官が起訴を猶予し、最終的に訴追を免除する手続です。
この仕組みが導入されれば、企業にとっては「刑事罰を回避するために、情報を隠蔽せず積極的に開示する」という強力な動機付け(インセンティブ)となります。結果として、事故の真因が早期に解明され、その知見が社会全体で共有されることで、同様の事故を未然に防ぐという「社会的な安全の最適化」が実現しやすくなるのです。
法律だけでは統治できない時代へ――アルゴリズムもガバナンスの対象に
Society 5.0の時代には、社会を動かしているのは法律だけではありません。プラットフォームの利用規約や業界ガイドライン、さらにはAIのアルゴリズムやシステム設計そのものが、人々の行動や市場に大きな影響を与えるようになっています。
報告書は、こうした「法律以外のルールや技術的仕組み」も含めて、社会を適正にコントロールしていく必要があると指摘しています。つまり、法律だけで統治するのではなく、コードやアルゴリズムを含む幅広い統制手段を通じて、技術の影響力を透明で合理的な枠組みの下に置くべきだという考え方です。
そのためには、政府だけでなく、企業や市民もガバナンスの担い手として関与していくことが求められます。
ガバナンスを実効的なものにするため、データ流通の共通基盤やベース・レジストリの整備が求められています。また、免責が認められる場合の被害者救済を担保するため、公的または私的な集団的補償システムの構築も提言されています。
Society 5.0時代に企業として求められるガバナンスとは

Society 5.0において企業には、単に法令を守るだけでなく、自らガバナンスを設計し、その妥当性を説明できる体制を整えることが求められます。
受動的なコンプライアンスからの脱却
企業は、「定められた法規を守る」という受動的な姿勢から、自らガバナンスを設計し、その妥当性を説明するという能動的な姿勢へ転換する必要があります。
Society 5.0における法的リスク管理は、固定的なチェックリストをこなすものではなく、外部環境の変化に応じてリスク分析や目標設定を繰り返し、継続的に改善していく仕組みそのものになります。
モニタリング体制の高度化
アジャイル・ガバナンスを実践するためには、CPSの挙動を把握し、予期せぬリスクを早期に検知できるモニタリング体制の整備が重要です。
収集したデータを分析し、システムの安全性や妥当性を継続的に見直すプロセスにAI技術を活用することも有効でしょう。
こうした取組みは、事故発生時に企業が適切なリスク管理を行っていたことを説明し、免責の判断要素となり得る基盤になります。
ステークホルダーとのコミュニケーションチャネルの確立
自社のガバナンスが理に適っていることを証明するためには、顧客や地域コミュニティ、さらには規制当局などのマルチステークホルダーとの対話が必要です。
特に、リスク情報の真摯な公開は、短期的にはレピュテーションリスクを伴うものの、長期的には「応答責任」を果たしているという信頼を築き、法的リスクを低減させる鍵となります。
標準および組織認証の積極的活用
Society 5.0時代のガバナンスにおいて、企業が自社の妥当性を証明する有力な手段となるのが、標準規格の遵守と組織認証の取得です。これまでの認証制度は、個別の製品が安全基準を満たしているかを確認する「プロダクトごとの型式認証」が主流でしたが、今後は技術の変化に合わせ、企業のガバナンス体制そのものの能力を評価する「組織認証」が重要な役割を担います。
こうした認証を早期に取得することは、市場における信頼獲得というビジネス上の優位性にとどまらず、法的なリスクマネジメントにおいても決定的な意味を持ちます。万が一の事故発生時、企業が適切なリスク探索や安全管理を行っていたことを客観的に示す「事実上の証拠」として機能するため、前述した民事上の免責や刑事罰の軽減を受けるための強力な拠り所となるからです。
変化の激しい時代だからこそ、独自の判断に頼るのではなく、客観的な標準や認証をガバナンスの基盤に据えることが、イノベーションの推進と法的保護を両立させるための賢明な戦略となります。
まとめ:Society 5.0時代のガバナンス設計は弁護士に相談を
本報告書(Ver.4)は、現時点で直ちに法的拘束力を持つ制定法ではありませんが、AIや自動運転、ロボティクスといった先端技術が社会に浸透していく過程において、今後の立法指針や裁判所による過失認定の判断基準に極めて強い影響を与える指針となります。
企業がSociety 5.0という新時代においてイノベーションを阻害せず、かつ法的リスクを最小化するためには、従来の「定められた法規を守る」という受動的なコンプライアンスから脱却し、自らリスクを管理・説明するアジャイル・ガバナンスを能動的に実装していく姿勢が不可欠です。また、万が一の事故発生時に迅速な原因究明と再発防止策を講じることで、民事・刑事上の責任軽減を導き出す「応答責任」を見据えた体制構築も、今後の企業経営における重要な柱となります。
本報告書が扱う領域は、最新のデジタル技術と、民法・刑法・行政法が複雑に交錯する高度な専門領域です。そのため、企業のDX推進や新規事業開発にあたっては、ITと企業法務の双方に精通した弁護士による戦略的なアドバイスを受けることが、中長期的な競争優位性の確保につながります。
当事務所による対策のご案内
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。近年、Society 5.0に合わせたガバナンスに注目が集まっています。当事務所では労務問題に対するソリューション提供を行っております。下記記事にて詳細を記載しております。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































