チュニジアの広告規制を弁護士が解説

北アフリカに位置し地中海を挟んで欧州市場と直結するチュニジア共和国(以下、チュニジア)は、高度なデジタルインフラと優秀な人材を擁し、新たな市場開拓を目指す日本企業にとって極めて魅力的なビジネス拠点となっています。しかしその一方で、同国では近年、国家の安全保障と消費者の権利保護を両立させることを目的とした法規制の厳格化が急速に進行しています。特にデジタルマーケティングやメディア広告の領域においては、現地の複雑な法体系や文化的背景、さらには宗教的な価値観を深く理解せずに日本の基準をそのまま持ち込むと、予期せぬ重大な法的リスクに直面する危険性が潜んでいます。
チュニジアの広告規制は、大きく分けて消費者の保護、個人情報およびプライバシーの保護、そして厳格な情報統制(デジタルメディア規制)という3つの主要な軸を中心に構成されています。記事全体の要点として、第一に、現行の個人情報保護法(法律第2004-63号)の下でも、ユーザーの明確な事前同意(オプトイン)のないデータ取得や広告配信は禁じられており、違反時には禁錮刑や罰金が科されるリスクがあります。また、現在、欧州のGDPR(一般データ保護規則)と同等の極めて厳格な基準を導入する新法案の審議も進められています。
第二に、2022年に制定されたサイバー犯罪法(政令第2022-54号)によってインターネット上の虚偽情報の拡散が厳罰化されており、広告表現における事実誤認や誇大表現が、単なる民事上のトラブルや行政処分を超えて、企業や配信事業者の重い刑事責任に直結するリスクを孕んでいます。
第三に、言語表記においてアラビア語の使用が法律で義務付けられている点や、放送メディアを監督する独立機関HAICAによる厳格な時間枠および表現審査、さらには広告業などを対象とした特定分野の外資規制など、媒体や商品分野に特有のローカルルールが多数存在します。
そして第四に、Googleなどのグローバルプラットフォームにおいて、同国の宗教的および文化的な背景を理由に、マッチングサービスなど特定のサービスの広告配信が全面的に禁止されている点も、マーケティング戦略を立てる上で不可欠な知識となります。
これらのチュニジア独自の規制は、事業者に対する努力義務にとどまることが多い日本法と比較して、直接的な事業停止や重い刑事罰を伴う点に最大の特徴があります。本記事では、これらの要点を踏まえ、以下において各規制の詳細と日本法との重要な相違点について順を追って解説します。
この記事の目次
チュニジアにおけるデジタルマーケティングと個人情報保護
チュニジアでは、デジタル広告や顧客データの活用に関する規制が急速かつ抜本的に強化されており、日本企業が現地でオンラインマーケティングを行う際の最大の障壁の一つとなっています。日本の個人情報保護法制と比較して、より消費者の事前同意を重んじる設計となっている点に注意が必要です。
現行の個人情報保護法と新法案による規制強化の動き
チュニジアにおける個人情報保護は、現在、2004年に制定された個人情報保護法(法律第2004-63号)によって規律されており、国家個人情報保護機関(INPDP)が監督を行っています。同法の下でも、個人データをプロモーション目的で取得、利用、または分析する場合、データ主体の同意を取得することが原則として義務付けられています。
例えば、広告主が自社のウェブサイト上で取得した閲覧履歴やCookie情報を元にリターゲティング広告を配信するようなケースでも、ユーザーからの明示的な事前同意が不可欠です。この規定に違反して不適切なデータ処理を行った場合、最大1ヶ月の禁錮刑および1,000チュニジア・ディナールの罰金、違法な海外移転を伴う場合は最大1年の禁錮刑および5,000チュニジア・ディナールの罰金といった刑事罰が科される仕組みとなっています。
電子商取引法に基づくプロモーションの事前同意
さらに、デジタル領域における広告活動は、電子商取引分野の基本法である「2000年法律第83号(電子商取引法)」による明確な規制も受けます。同法は電子署名や電子契約の有効性を定めるだけでなく、電子メールやメッセージングアプリを用いた直接的なプロモーション(ダイレクトマーケティングやメルマガ配信など)についても厳格な規律を設けています。
同法第25条をはじめとする関連規定により、消費者の事前の同意なしに商業的な広告メッセージを送信することは明確に禁止されています。また、事前に同意をした消費者に対しても、常に広告の受信を容易かつ無償で拒否(オプトアウト)できる手段をすべてのメッセージ内に提供しなければなりません。日本における特定電子メール法(迷惑メール防止法)も原則として事前の同意(オプトイン)を要求していますが、チュニジアでは前述の個人情報保護法と相まって、同意の取得方法や記録の保存についてより厳格なコンプライアンス体制の構築が求められます。
チュニジアのサイバー犯罪法による情報統制と広告表現のリスク

デジタル空間における広告表現を検討する際、チュニジアにおいて最も警戒すべき法令の一つが、2022年13月9日に制定された「情報通信システムに関連する犯罪の対策に関する政令第2022-54号(Decree-Law No. 2022-54)」です。この法令は表現の自由に関する国際的な議論の的ともなっています。
政令第2022-54号による虚偽情報の厳罰化
この法令は、表向きはサイバー犯罪の取り締まりやサイバーセキュリティの強化を目的として導入されたものですが、その規定の曖昧さと適用範囲の広さから、デジタルメディアやオンライン広告における表現活動に対する極めて強力な統制機能を有しています。特に第24条は、情報通信ネットワークを利用して「虚偽のニュース、データ、噂を生産、拡散、配信すること」や「他者を中傷し、経済的または精神的損害を与えること」「公共の安全や国防に害を及ぼすこと」に対して、最高で5万チュニジア・ディナールの罰金および5年の禁錮刑という非常に重い刑罰を定めています。対象が政府関係者や公的機関の職員である場合は、この刑罰が2倍に加重されます。
日本の景品表示法において、事実と異なる優良誤認表示や有利誤認表示を行った場合、消費者庁による措置命令や課徴金納付命令といった行政処分が主たる制裁となります。しかし、チュニジアの政令第2022-54号の下では、広告表現内に事実と異なる内容が含まれていた場合や、その内容が結果的に政府や公的機関を侮辱または誤導するリスクがあると司法当局に判断された場合、単なる誇大広告を超えて「虚偽情報の拡散による公共の安全を害する罪」として、直ちに重い刑事罰の対象となる危険性があります。
参考:政令第2022-54号に関するヒューマン・ライツ・ウォッチの公式見解
実刑判決の事例と企業への適用リスク
実際にチュニジアの司法当局は、この法令を厳格に適用しています。チュニス第一審裁判所(Tribunal de première instance de Tunis)は、この第24条を適用してインターネット上の発信者に対して実刑判決を相次いで下しています。具体的な判例として、2025年7月に同裁判所は、ジャーナリストのMohamed Boughaleb氏に対し、ソーシャルメディア上での発言(弁護団によれば同氏自身が作成したものではないと主張された投稿)を理由として、政令第54号第24条に基づき新たな2年の禁錮刑を宣告する判決を下しました。
これはジャーナリストに対する事案ですが、ここから広告主や企業の発信するコンテンツに対しても当局が広範な裁量をもって介入し得る環境にあるということが言えるでしょう。さらに同法第27条により、広告の配信に関わったサービスプロバイダーやプラットフォーム事業者も、当局の命令に従わなかったり違反行為を幇助したとみなされた場合には、罰金だけでなく事業停止や法人の解散といった重大なペナルティを受けるリスクを負っています。したがって、チュニジア向けにデジタル広告を配信する日本企業は、表現のファクトチェックに関して日本国内以上に極めて厳格な法的審査を実施しなければなりません。
メディアおよび特定商品分野におけるチュニジア特有の規制
チュニジアでは、広告を掲載する媒体(メディア)の性質や、対象となる商品およびサービスの分野に応じて、極めて細分化されたローカル規制が適用されます。
消費者保護法とアラビア語表記の義務付け
広告における表現の公正さを担保する基本法が、「消費者保護法(1992年法律第117号)」です。同法第11条および第12条は、商品の性質、原産地、実質的品質、成分などに関して消費者を欺く行為、あるいは欺こうとする行為(虚偽広告や誤導的な広告)を固く禁じています。
この法律に基づく重要な実務上の規制が、言語に関する制約です。法律上、看板や店舗の表記、および広告の主要部分は、同国の公用語であるアラビア語で表記することが義務付けられています。実務上は、歴史的背景やビジネス上の慣習からフランス語や英語が広く併記されていますが、アラビア語の表記を完全に排除した外国語のみの広告キャンペーンを展開することは、法令違反とみなされるリスクを伴います。日本においては、広告の言語に関する包括的な法規制は存在せず、英語やフランス語のみの広告も自由に展開できますが、チュニジアでは消費者が正確に情報を理解できる権利が法律で強く保護されている点に留意が必要です。
なお、誇大広告に関して、チュニジアの司法は特定の文脈において一定の寛容さを示す事例も存在します。1984年の破棄院(Cour de cassation)におけるSamsoniteの事案において、同裁判所は「その度を越した誇張性やパロディ性から、通常の消費者を欺くことがあり得ない誇大広告(ハイパーボル)は、虚偽広告の要件を満たさない」との判断を示しています。しかし、これはあくまで例外的な解釈であり、一般消費者への誤導リスクが少しでも存在する表現は避けるのが実務上の定石です。
放送メディアにおける独立機関の厳格な審査
テレビやラジオなどの放送メディアにおける商業広告は、印刷媒体やデジタル媒体よりも遥かに厳しい審査基準に服しています。放送分野の独立規制機関であるHAICA(Haute Autorité Indépendante de la Communication Audiovisuelle)が、放送法および各放送局との間で締結される「仕様書(Cahier des charges)」に基づいて厳格な監督を行っています。
| 規制項目 | HAICAによる主な制限内容(テレビ放送の場合) |
| 広告の放送時間 | 1時間あたり最大8分まで。ただし、ラマダン(断食月)期間中は特例として1時間あたり最大12分まで許可される。 |
| 番組との分離 | 広告メッセージと通常の番組コンテンツは明確に区別されなければならず、広告枠の開始と終了を視聴者に明確に告知する義務がある。 |
| ニュース番組 | ニュース番組(情報番組)の放送中に広告を挿入することは全面的に禁止されている。 |
| 政治広告 | 選挙候補者や政党に関する有料または無料のプログラム、広告スポットの放送は禁止されている。 |
日本における放送広告は、日本民間放送連盟(民放連)の放送基準に基づく業界の自主規制(例えば、広告時間は総放送時間の10%以内とする等)が中心となっていますが、チュニジアのHAICAは法的強制力を持った国家機関です。規定に違反した場合、HAICAは警告だけでなく、多額の罰金、番組の放送停止、最悪の場合は放送免許の剥奪を行う権限を有しています。実際に、現地のテレビ局であるAttessia TVに対しては、番組内でのプライバシー侵害や倫理的違反を理由に5万チュニジア・ディナールの罰金を科すなどの強力な決定を下した事例が存在します。
特定分野の外資規制と食品安全への対応
日本企業がチュニジアでフランチャイズ展開や現地法人の設立を行う場合、大半の業種では事前の特別な許可は不要化されています。しかし、「広告(Advertising)」「飲食」「不動産」の3分野については、国内産業保護の観点から例外とされており、現在もチュニジア政府(商業省)からの個別承認(事前許可)を取得する必要があります。日本企業がチュニジア国内に自社の広告代理店やマーケティング拠点を直接設立しようとする場合、この外資規制をクリアするための複雑な行政手続きと時間を要することになります。
また、商品のラベル表示や食品広告にも特有の規制が存在します。消費者保護法(1992年法律第117号)に基づき、製品の原産地や製造年月日、消費期限の偽装は厳禁です。加えて、食品や飼料に関する広告は「2019年法律第25号(食品および飼料の安全に関する法)」の適用を受けます。この法律により、人間の健康に対して誤解を与えるような表現、科学的根拠のない効能のうたい文句は固く禁じられています。健康志向の食品やサプリメントをチュニジア市場に投入する際は、日本の薬機法や健康増進法以上に、現地の規制当局の厳格な解釈に基づく慎重なパッケージ作成と広告文案の策定が求められます。
グローバルプラットフォームにおけるチュニジア向け広告配信制限

チュニジア国内の法律だけでなく、同国をターゲットとする際にグローバルな広告配信プラットフォーム(Google AdsやMeta Adsなど)が独自に定めているリージョナルポリシーにも注意を払う必要があります。国際的なプラットフォームは、進出先の国の宗教的、文化的背景を考慮した独自の規制を敷いている場合が多々あります。
マッチングサービスやコンパニオンサービスの配信禁止
顕著な例として、Googleの広告ポリシーにおける「出会い系とコンパニオン(Dating and Companionship)」に関する規制が挙げられます。Googleは2025年8月に実施したポリシーの更新において、チュニジアを含む北アフリカおよび中東地域(アルジェリア、モロッコ、サウジアラビア、エジプトなど)を、これらの広告配信が全面的に禁止される特定地域に指定しました。
日本国内では、出会い系サイトやマッチングアプリの広告は、インターネット異性紹介事業の届出やGoogleの所定の認定要件(年齢制限の設定や性的なコンテンツの排除など)を満たせば、一般的に配信が可能です。しかしチュニジアにおいては、イスラム教の価値観に基づく宗教的・文化的な背景への配慮から、たとえ健全な結婚相談所やマッチングサービスであっても、プラットフォーム側で一律に広告の配信がブロックされます。
このように、チュニジアへ向けたデジタルマーケティングにおいては、自社の商品やサービスが現地の法規制だけでなく文化的タブーに抵触していないか、またプラットフォームの国別制限リストに含まれていないかを事前に詳細に調査することが、プロモーション活動の成否を分ける極めて重要な要素となります。
参考:Google広告ポリシーヘルプ(出会い系とコンパニオンに関する要件)
まとめ
本記事で詳細に解説した通り、チュニジア共和国における広告規制は、消費者の権利保護と国家による厳格な情報統制という強固なバランスの上に成り立っています。個人情報保護法(2004年法律第63号)に基づくデータ取り扱い要件や新法案の動向、電子商取引法に基づく厳密なオプトイン要件は、デジタルマーケティングを行う企業にとって極めて高いコンプライアンスのハードルとなります。また、サイバー犯罪法(政令第2022-54号)第24条による情報統制は、広告表現の誤りや誇大表現が単なる炎上や行政指導にとどまらず、企業の重い刑事責任や事業停止に直結する深刻なリスクを示しています。さらに、アラビア語表記の法的義務付け、独立機関HAICAによる放送メディアの監視と処罰、そして宗教的・文化的背景を理由とするグローバルプラットフォームの広告配信制限など、日本国内の法務感覚とは大きく異なる多数のローカルルールが存在します。
これらの複雑かつ厳格な法的要件を単独の企業が正確に把握し、現地の法令や行政機関の指導に適合する形で安全なビジネススキームを構築することは極めて困難です。モノリス法律事務所は、チュニジアなどの成長著しい新興市場におけるビジネス展開を検討される日本企業の皆様に対し、現地の広告規制やデータ保護法制の遵守に向けたリーガルチェック、利用規約やプライバシーポリシーの策定、ビジネスモデルの適法性審査など、法務面から総合的にサポートいたします。現地法に適合した安全で効果的なマーケティング活動を実現し、不測の事態やレピュテーションリスクを回避するためには、専門的な知見に基づく事前の綿密なリスク評価とコンプライアンス体制の構築を強く推奨いたします。
































