チュニジアの労働法を弁護士が解説

アフリカ大陸の北部に位置し地中海を挟んでヨーロッパに近接するチュニジア共和国(以下、チュニジア)は、その地理的優位性や比較的安価で優秀な労働力を背景に、新たな市場や生産拠点として日本企業の関心を集めつつあります。チュニジアにおけるビジネス展開を検討する日本企業の経営者や法務担当者にとって、現地の法制度、とりわけ労働法の正確な理解は現地法人のコンプライアンスを確保し事業を円滑に推進するための不可欠な要素です。
チュニジアの労働法はフランスの法体系から色濃く影響を受けた労働法典(Code du Travail)を基盤として発展してきましたが、労働者保護の観点から独自の厳格な規制が多数設けられており、雇用契約の締結から労働時間、賃金、そして解雇に至るまで詳細なルールが定められています。日本法も労働者保護を目的としていますが、チュニジアの法律は特定の分野において日本よりもはるかに強い規制を企業に課しています。本記事では、チュニジアの労働法に関する詳細な解説を行いつつ、日本法との重要な違いについて実務的な視点から掘り下げていきます。
記事全体の要点として、チュニジアでは2025年5月に労働法典の抜本的な大改正が行われ、有期雇用契約の利用が極めて厳格に制限されたほか、人材派遣や労働力のサブコントラクト(下請け)が全面的に禁止された点が最大のハイライトとなります。日本の労働基準法が週40時間労働を原則とするのに対し、チュニジアでは産業によって週48時間労働が標準とされている点や、時間外労働の割増率が最高75パーセントと非常に高く設定されている点も重要です。
また、賃金については全国一律ではなく業種や部門ごとに細かく最低賃金が設定されており、月1回の支払いが一般的です。さらに、解雇規制においては正当事由が厳格に求められ、経営上の理由による整理解雇には政府機関の事前承認が必須となります。不当解雇と判断された場合には、最高裁判所の判例が示す通り法律で明記された計算式に基づく高額な損害賠償が命じられるリスクが存在します。
本記事を通じて日本法との異同を正確に把握し、現地での適切な労務管理体制を構築するための基礎知識を身につけていただける内容となっています。
この記事の目次
チュニジアの労働法典の基本構造と最新の法改正
チュニジアにおける労働法は独自の労働者保護の理念に基づいて長年にわたり体系化されてきました。その中核となるのが1966年に制定されその後幾度となく改正を重ねてきた労働法典です。労働法典は雇用関係の成立から終了までのあらゆるプロセスを規律しており、現地の労働慣行の根幹をなしています。近年の動向として特に重要なのが、2025年5月21日に制定され同月23日にチュニジア共和国官報に公布された法律第2025-9号による労働法典の抜本的な大改正です。この法律に関する公式な官報は、チュニジアの法律情報サイトで確認することができます。
参考:チュニジア共和国官報(JORT) (PDFダウンロード)
この改正は、不安定な雇用形態を排除し直接雇用と無期雇用を推進することを明確な目的としています。日本の労働法体系も労働者保護を目的としていますが、チュニジアの最新の法制は有期雇用や人材派遣の利用に対して日本よりもはるかに強力な法的制約を課しています。この改正からチュニジア政府が労働者の雇用安定を極めて強く推進しているということが言えるでしょう。現地の法律において企業に求められるコンプライアンスの要求水準は極めて高くなっており、進出企業は最新の法令に完全に準拠した就業規則の整備を迫られます。
チュニジアの雇用契約形態と試用期間の厳格な法規制

無期雇用契約を原則とする法体系
チュニジアの労働法典第6条の2において、雇用契約は原則として期間の定めのない契約(CDI)であると規定されています。日本においても労働契約は期間の定めのないものが原則ですが、業務の都合に合わせて有期労働契約を結ぶこと自体は広く認められており、通算5年を超えた場合に無期転換申込権が発生するというルールで有期雇用の乱用を防いでいます。しかし、チュニジアにおける有期雇用への姿勢はこれよりもはるかに厳格です。
有期雇用契約の例外と人材派遣の全面禁止
2025年の改正労働法典第6条の4により、期間の定めのある契約(CDD)の利用は例外的な事由が存在する場合にのみ厳格に限定されることとなりました。具体的には、業務量が異常かつ一時的に増加した場合や、休職中の正社員を一時的に代替する場合、あるいはその性質上無期雇用になじまない季節的業務などに限られます。有期雇用契約は書面で締結される必要があり、この要件を満たさない場合や法定の例外事由に該当しない状態で有期雇用契約を締結した場合、その契約は法律上自動的に無期雇用契約とみなされます。
日本法とチュニジア法の間で実務上最も決定的な違いをもたらすのが、労働力の外部調達に関する規制です。日本では労働者派遣法に基づき多様な業種で派遣労働者の受け入れが日常的に行われています。しかし、チュニジアは2025年の労働法典改正に伴い、同法第28条において労働力の提供のみを目的とするサブコントラクト(人材下請け)および人材派遣が全面的に禁止されました。企業が他社から人員を受け入れることができるのは、その業務が高度な専門的知識や技術を必要とする正当な業務請負契約に該当する場合のみです。単なる人員補充を目的とした外部人材の利用は違法とされ、違反した企業には罰則や労働者の直接雇用義務が課されるリスクがあります。
試用期間の上限と解約手続き
無期雇用契約における試用期間の運用についても日・チュニジア間で明確な違いが存在します。日本の実務においては就業規則等で3ヶ月から6ヶ月程度の試用期間を定めることが一般的であり、法的な上限日数は労働基準法等で明文規定されていません。これに対し、チュニジアの改正労働法典第6条の3では、試用期間は最長で6ヶ月と法定されており、1回に限り同じ期間での更新が可能であるため最長でも合計12ヶ月までと厳格に定められています。なお、有期雇用契約においては試用期間を設けること自体が法的に禁止されています。
試用期間中に雇用主が契約を解除する場合、日本では労働基準法第20条に基づき原則として30日前の解雇予告が必要となります(ただし雇入れから14日以内の場合を除く)。一方、チュニジアでは試用期間満了の15日前までに、書面などの記録が残る方法で労働者に契約解除を通知することが法律で明確に義務付けられています。
チュニジアの労働時間と休日および休暇の制度
週48時間を基準とする法定労働時間と割増賃金
労働時間に関するルールも事業運営上の重要な検討課題です。日本の労働基準法では原則として週40時間労働が法定労働時間とされています。一方、チュニジアの労働法典第79条によれば、非農業部門における通常の週労働時間は48時間と規定されています。ただし、産業部門の性質や適用される労働協約によっては、日本と同様に週40時間の規定が適用されるセクターも存在します。1日の労働時間は時間外労働を含めて最長10時間までと制限されており、6時間以上の連続した労働を行わせる場合には最低1時間の休憩時間を付与する法的義務があります。
時間外労働に関する割増賃金の算定方法は日本と比較して雇用主の負担が著しく大きくなるよう設計されています。以下の表は、日本とチュニジアの労働時間および割増賃金に関する比較を示したものです。
| 項目 | 日本(労働基準法) | チュニジア(労働法典) |
| 原則となる週労働時間 | 40時間 | 48時間(一部セクターは40時間) |
| 1日の最大労働時間 | 原則8時間(労使協定による延長可) | 10時間(時間外労働を含む) |
| 休憩時間 | 6時間超で45分、8時間超で1時間 | 6時間超で最低1時間 |
| 時間外労働の割増率 | 原則25パーセント(月60時間超で50パーセント) | 最大75パーセント |
チュニジアの労働法典第90条によれば、週48時間制が適用されている事業所において法定時間を超える時間外労働を行わせた場合、その割増率は基本給の75パーセントとなります。週40時間制を採用している企業であっても、48時間までの時間外労働には25パーセントの割増率が適用され、48時間を超える部分については50パーセントの割増率が適用されます。パートタイム労働者の時間外労働には50パーセントの割増率が適用されます。
日本における通常の時間外労働の割増率が25パーセントであることを考慮すると、チュニジアにおける残業代の財務的コストは極めて高額であるということが言えるでしょう。
年次有給休暇と特別休暇の付与要件
休日および休暇の制度についても独自のルールが設けられています。労働法典第95条等により、週休は原則として日曜日などに連続した24時間が与えられます。年次有給休暇については労働法典第112条および第113条に規定が存在します。日本の労働基準法では雇入れの日から6ヶ月間継続勤務した労働者に対して初年度に10労働日の有給休暇を一括付与する仕組みですが、チュニジアでは同じ雇用主の下で1ヶ月勤務するごとに有給休暇が付与される月割りのシステムが採用されています。
以下の表は、チュニジアにおける労働者の年齢等に応じた年次有給休暇の付与日数の違いを示したものです。
| 労働者の区分 | 1ヶ月あたりの付与日数 | 年間の最大付与日数(稼働日ベース) |
| 20歳以上の一般労働者 | 1日 | 12日(暦日では15日) |
| 18歳未満の若年労働者 | 2日 | 24日(暦日では30日) |
| 18歳以上20歳未満の労働者 | 5日 | 18日(暦日では22日) |
勤続年数が5年を超えるごとに1日ずつ有給休暇が加算される仕組みもあり、長期雇用を奨励する規定となっています。また、18歳未満などの若年労働者に対して特別な保護規定が設けられている点は、日本法には見られない独自の特徴です。
チュニジアの賃金と報酬に関するルール

業種ごとに異なる最低賃金制度
チュニジアにおける賃金制度の最も大きな特徴は、最低賃金が全国一律の単一基準ではなく、産業や部門、業種ごとに細分化されて設定されている点にあります。日本の最低賃金法では都道府県ごとに定められる地域別最低賃金と特定の産業に適用される特定最低賃金が併存していますが、チュニジアではさらに政府主導での細かなセクター分けが存在します。
主に非農業部門の一般産業に従事する労働者に対しては、全国非農業部門最低賃金(SMIG:Salaire Minimum Interprofessionnel Garanti)が適用されます。このSMIGは、企業が週48時間制を採用しているか、あるいは週40時間制を採用しているかによって異なる金額が設定されており、労働時間の長さに応じて労働者の収入水準が適正に保たれるよう調整されています。一方、農業部門に従事する労働者に対しては、農業部門最低賃金(SMAG:Salaire Minimum Agricole Garanti)という独立した基準が設けられています。日本企業が現地で人材を採用する際には、自社が属する産業部門と採用している労働時間制度を正確に把握し、適用される最低賃金基準を下回らないよう細心の注意を払う必要があります。
給与の支払い時期と方法
給与の支払いルールについては、日本の労働基準法第24条が定める「通貨払いの原則」「直接払いの原則」「全額払いの原則」「毎月1回以上払いの原則」「一定期日払いの原則」という賃金支払いの5原則と比較的似た構造を持っています。チュニジアにおいても、労働法典の規定や一般慣行に基づき、月給制の労働者に対する給与支払いは月1回行うことが原則とされています。時給制や日給制、出来高払いの労働者であっても、定期的な期間ごとに報酬を精算し支払う義務が雇用主に課せられており、遅延なく支払いを完了させることが労働争議や行政処分を回避するための絶対条件となります。
チュニジアにおける解雇規制と退職時の金銭的補償
解雇の正当事由と重大な過失の定義
チュニジアにおける解雇規制は労働者の生活を保護するため非常に厳格に運用されています。日本と同様に、雇用主の一方的な意思表示による解雇を行うためには、客観的かつ合理的な理由すなわち正当事由(Cause réelle et sérieuse)が必要です。労働法典第14条の3の規定により、雇用主は解雇予告通知書に解雇の具体的な理由を明記する義務を負います。
労働者の懲戒解雇を可能とする重大な過失(Faute grave)については、労働法典第14条の4に具体的な行為類型が列挙されています。例えば、企業の正常な活動を故意に妨害する行為や会社財産への損害付与、あるいは安全衛生規則の重大な違反などが該当します。また、上司からの正当な業務命令に対する理由のない拒否や、職務上の地位を利用した不正な利益の収受、さらには就業時間中に明白な酩酊状態で出勤することなども重大な過失として明記されています。重大な過失に該当しない理由で解雇を行う場合、雇用主は通常1ヶ月の解雇予告期間を設けるか、これに代わる解雇予告手当を支払う必要があります。
経済的理由による整理解雇と事前承認手続き
経営悪化などに伴う整理解雇(経済的または技術的理由による解雇)については、日本の判例法理である「整理解雇の4要件」に類似しつつも、より形式的で厳格な行政手続きが要求されます。労働法典第21条に基づき、雇用主は整理解雇を実施する前に管轄の労働監督署に通知を行い、地域または中央の解雇審査委員会による事前の承認を得なければなりません。この委員会は労働者の専門性や家族構成、ならびに勤続年数などを総合的に考慮して解雇の妥当性を審査します。この法定の事前の承認手続きを経ずに行われた整理解雇は、不可抗力の場合を除き法律上不当解雇(Licenciement abusif)として扱われるため、手続き上の瑕疵が直ちに重大な法的リスクに直結します。
不当解雇における損害賠償と最高裁判例
労働裁判所によって解雇が不当解雇であると認定された場合、雇用主は法律で定められた重い金銭的制裁を受けることになります。日本の司法実務では不当解雇が無効とされた場合、未払い賃金の遡及的な支払いと職場への復職が原則的な救済手段となります。これに対しチュニジアでは、労働法典第23条の2(Article 23 bis)に基づき、明確な算定式を用いた損害賠償(Dommages-intérêts)の支払いが命じられます。具体的には、労働者の勤続1年につき月給の1ヶ月分から2ヶ月分の損害賠償金が裁判所によって算定され、雇用主に支払いが命じられます。この損害賠償額の上限は月給の3年分(36ヶ月分)と規定されており、企業にとって極めて大きな財務的リスクとなります。
この解雇規制の厳しさを裏付ける重要な判例として、チュニジアの破棄院にあたる最高裁判所(Cour de cassation)が2017年6月12日に下した判決(判決番号:41705-2016)が存在します。この事案の当事者であるX氏(原告)は、1997年7月1日から月給12565チュニジア・ディナールという極めて高水準の給与でゼネラルマネージャー(directeur général)としてY社(被告)に長期間雇用されていました。しかし、2012年3月27日にY社からなされた解雇が不当解雇であるとして訴えを起こしました。下級審を経て最高裁判所は労働者であるX氏側の主張を支持し、不当解雇の成立を認めました。
この判決に関する書誌情報は、チュニジアの判例データベースで確認することができます。
この判例から、いかに企業の中枢を担う役員級の高給与労働者であっても、労働法典に基づく不当解雇の強い保護対象から外れることはなく、解雇の要件や手続きに瑕疵があれば企業側が莫大な損害賠償リスクを負うということが言えるでしょう。経営層に近い人材であっても、解雇にあたっては一般労働者と同様の厳格な正当事由と適正手続が不可欠です。
退職時の特別手当とその他の金銭的補償
解雇が適法に行われた場合であっても、雇用主が負担すべき金銭的補償が存在します。チュニジアの労働法典第22条には、業務終了時の特別手当(Gratification de fin de service)が定められています。無期雇用契約の下で勤務していた労働者が重大な過失以外の理由で解雇された場合、試用期間を通過していれば、退職金に相当するこの特別手当を受け取る権利を有します。手当の算定基準は勤続1ヶ月につき1日分の給与相当額とされており、勤続年数にかかわらず最大で月給の3ヶ月分が上限となります。日本では退職金制度はあくまで企業の就業規則や退職金規程に委ねられており、法律上の支払い義務は存在しませんが、チュニジアでは労働法典によってこの最低限の退職手当の支払いが義務付けられている点が大きく異なります。
まとめ
本記事では、チュニジアの労働法について、労働時間、賃金、雇用契約の形態、そして解雇規制の観点から日本法と比較しつつ詳細に解説を行いました。チュニジアでは2025年の法改正により、期間の定めのある有期雇用契約の利用条件が極めて厳格化され、人材派遣や労働力のサブコントラクトが全面的に禁止された点が最も留意すべき実務上の変更点です。また、時間外労働に対する最高75パーセントという高率な割増賃金や、部門ごとに異なる最低賃金制度、不当解雇に対する法定の高額な損害賠償制度など、労働者保護に向けた強力な法的枠組みが整備されています。最高裁判所の判例が示すように、適正な手続きを欠いた解雇は、対象者が高位のマネジメント層であっても企業に対して甚大な財務的リスクをもたらします。
日本企業がチュニジアで事業を展開するにあたっては、日本の労働慣行をそのまま持ち込むことは避け、現地の労働法典および最新の法改正に完全に準拠した就業規則の作成や労務管理体制の構築が不可欠です。モノリス法律事務所では、海外へのビジネス展開を目指す企業様に向けて、現地の法制度に関するコンプライアンス体制の構築や、雇用契約書のレビュー、労務トラブルの未然防止など、法律に関する課題について幅広くサポートいたします。新たな市場への進出に伴う法的課題について、ぜひお気軽にご相談ください。
































