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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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香港の法体系と司法制度を弁護士が解説

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香港の法体系と司法制度を弁護士が解説

中華人民共和国香港特別行政区(以下「香港」)は、アジア有数の国際金融センターとして、長年、世界中の企業が集まるビジネスの要衝であり続けてきました。日本企業にとっても、中国本土市場への重要な入口であると同時に、独自の市場環境と豊富な資金調達の機会を提供する拠点です。これから香港で事業を始めようとする日本の経営者や法務担当者が、まず押さえておくべき点があります。香港の法体系は、日本の法体系とは根本的に異なるということです。日本はドイツ法やフランス法の影響を受けた大陸法(シビルロー)の国であり、ビジネスのルールも基本的には民法や商法といった成文法典を解釈する形で適用されます。一方の香港は、イギリス統治時代に根づいたコモンロー(英米法)の法域で、過去の裁判例が法原則を形成する仕組みを採っています。この法体系の違いは、日々の契約実務から紛争解決に至るまで、あらゆるビジネスの場面に影響を及ぼします。

要点は4つあります。第一に、1997年の主権返還後も「中華人民共和国香港特別行政区基本法」に基づく一国二制度の下で、コモンローが維持されていること。第二に、包括的な民法典がなく、契約書に書いた文言が当事者間の権利義務を大きく左右すること。第三に、最上級の裁判所である終審法院を頂点とする階層構造が日本と異なり、海外のコモンロー法域から非常任裁判官を招く制度があること。第四に、労働紛争や少額の民事紛争を扱う簡易な裁判機関である審裁処では、弁護士が代理人として出廷することが原則として認められないことです。なお、会社設立の手続や会社条例については、次の記事で解説しています。

本記事では、香港の法体系と司法制度について、日本法と異なる点を中心に解説します。

香港の法体系を支えるコモンローと基本法

香港の法体系を支えるコモンローと基本法

香港の法体系を理解する上で最も重要な前提となるのが、1997年に中国へ主権が返還された後も適用され続けている「一国二制度」、すなわち中国の一部でありながら本土とは異なる社会・経済制度と法制度を香港で維持するという原則です。この原則を法的に担保しているのが、香港の小憲法とも呼ばれる「中華人民共和国香港特別行政区基本法(以下「基本法」)」です。日本において国家の最高法規が日本国憲法であるように、香港においては基本法が統治の仕組みや住民の権利、そして独自の法制度を保障する基盤となっています。基本法第5条は、返還後50年間は従前の資本主義制度と生活様式を変えないと定めており、2047年以降の扱いは現時点で定められていません。

日本の法律家や経営者が驚くことが多いのは、香港が中国の一部でありながら、中国本土の社会主義法体系とは別の、資本主義経済とコモンロー(英米法)の体系を基本的に維持している点です。基本法第8条は、コモンロー、エクイティ(衡平法。コモンローを補う判例上の救済原則)、条例など従前の法律が、基本法に抵触せず、香港の立法機関で改正されない限り、引き続き維持されると明記しています。この規定により、香港では現在もイギリス法の伝統を受け継ぐコモンローが適用され続けており、上級審の判例が下級審を法的に拘束する先例拘束の原則(判例法主義)が実務の中心にあります。

日本の国会が法律を制定するように、香港では立法会が成文法である「条例」を制定します。日本の自治体の条例とは異なり、香港の条例は国の法律に相当するもので、会社条例(Companies Ordinance、Cap. 622。Cap. は条例の章番号を表し、以下同じ)や雇用条例(Employment Ordinance、Cap. 57)など、日本企業の現地法人が日常的に従う条例が多数あります。ただし、その条例の解釈も最終的には裁判所の判例に委ねられます。つまり、条文の字義どおりの解釈だけでは不十分であり、過去の裁判官がその条文をどのように適用してきたかという判例の蓄積を参照しなければなりません。判例は香港司法機構の判決検索システムで公開されていますが、英語の判決を自社で読み解くのは現実的ではなく、条例の適用に疑義が生じた時点で弁護士に確認するのが実務上の対応です。

また、基本法が高度な自治を保障しているとはいえ、その解釈の仕組みには留意が必要です。日本国憲法の解釈は最終的に最高裁判所が行いますが、香港においては基本法第158条に基づき、基本法を最終的に解釈する権限は全国人民代表大会常務委員会(中国の国会に当たる全国人民代表大会の常設機関。以下「常務委員会」)に留保されています。同条は、香港の裁判所が自治の範囲内の条項を自ら解釈することを認めています。ただし、中央政府の管理事項や中央と香港の関係に関わる条項の解釈が判決に影響する場合には、終審法院(香港の最高裁判所に当たる裁判所)を通じて常務委員会に解釈を求めなければなりません。なお、常務委員会は裁判所からの付託がなくても解釈を示すことができ、実際にそうした例もあります。日常的なビジネス上の訴訟において常務委員会の解釈が問題となることは稀ですが、国家の主権や中央政府との関係に関わる重大な憲法的問題が生じた場合には、この条項に基づく解釈が行われます。

参考:香港特別行政区政府|基本法

香港の契約実務と成文民法典の不在

日本法の下でビジネスを行う際、企業の法務担当者は常に民法のような包括的な成文法典を念頭に置いています。契約書に記載されていない事項が生じた場合でも、民法の任意規定が適用されるため、ある程度の法的空白は法律そのものが埋めてくれるという安心感があります。しかし香港には、日本の民法に相当する包括的な成文民法典が存在しません。物品売買条例(Sale of Goods Ordinance、Cap. 26)や不実表示条例(Misrepresentation Ordinance、Cap. 284)、免責条項管制条例(Control of Exemption Clauses Ordinance、Cap. 71)のように特定の論点を規定した条例はあるものの、契約の成立から履行、解除、損害賠償に至るまでの一般的なルールは、主としてコモンローの判例の蓄積によって形成されています。

成文民法典がないことで、香港の契約書作成実務は日本の実務とは決定的に異なります。契約書の文言が当事者の権利義務を大きく左右するため、想定されるあらゆる事態を網羅した詳細で長い契約書を作成することが必須となります。もっとも、書けば何でも有効になるわけではなく、免責条項の合理性が問われる場合や、損害賠償額の予定が制裁(penalty)と評価されて無効となる場合など、条項の効力が否定される局面もあります。日本国内の契約書で頻繁に見られる「本契約に定めのない事項や疑義が生じた場合は、甲乙誠意をもって協議の上、これを決定する」といった誠実協議条項は、香港のコモンロー実務では、それ自体で法的な義務を生じさせるものとは扱われないのが通常です。コモンローの下では、将来合意するための合意(Agreement to agree)や誠実に交渉する義務は、内容が不確実であるとして法的拘束力を持たないと判断されることが一般的だからです。このため、協議に期待するのではなく、協議の期限、調停、仲裁または訴訟といった段階的な紛争解決の手順を具体的に書き込む必要があります。

香港の裁判所が商業契約をどのように解釈するかについて、重要な基準を示した判例として、Jumbo King Ltd v Faithful Properties Ltd事件(香港終審法院、1999年12月2日判決、FACV 7/1999)が挙げられます。この判決において終審法院は、契約書の解釈は単に言葉の辞書的な意味を拾い上げるのではなく、当事者が置かれていた商業的な背景(Factual matrix)を考慮して合理的に行われるべきであるという原則を確認しました。同時に裁判所は、当事者が明示的に合意しなかった条項を容易に推認して契約を書き換えることはしないという立場もとっています。したがって、香港企業と取引する日本企業は、暗黙の了解や事後の協議に期待してはいけません。権利義務の発生条件、解除事由、損害賠償の算定方法まで、具体的に明文化しておく必要があります。

参考:香港司法機構|判決検索システム(Legal Reference System)

香港の司法制度と終審法院の役割

香港の司法制度と終審法院の役割

ビジネス上の紛争が訴訟に発展した場合に備えて、香港の裁判所がどう構成されているかを理解しておくことが不可欠です。日本の裁判所は、簡易裁判所から地方裁判所、高等裁判所を経て最高裁判所を頂点とする三審制です。香港の司法制度も複数の階層から構成されていますが、終審法院への上訴には原則として許可が必要であるなど、上訴が当然に認められるわけではない点が異なります。さらに、管轄権の配分や裁判官の制度にも、日本にはない特徴があります。

まず最下級に位置するのが裁判法院(Magistrates’ Courts)です。日本の簡易裁判所と異なり民事事件は扱わず、主に軽微な刑事事件を迅速に処理します。その上位にあるのが区域法院(District Court)であり、中規模の民事事件や刑事事件を管轄します。日本の地方裁判所と似ていますが、民事事件で取り扱える請求額には上限(一般の民事事件で300万香港ドル)が設けられています。

さらに上位に位置するのが高等法院(High Court)です。高等法院は、重大な民事・刑事事件の第一審を担う原訟法庭(Court of First Instance)と、下級審からの上訴を審理する上訴法庭(Court of Appeal)の二つから構成されています。複雑な商業紛争や請求額の大きい国際的なビジネス訴訟は、訴訟による場合はこの原訟法庭で審理が開始されます。なお、国際取引では契約に仲裁条項を置き、裁判所ではなく仲裁で解決する選択も広く行われています。

そして、香港の司法制度の頂点には、最終的な上訴を受け持つ終審法院(Court of Final Appeal)があります。日本の最高裁判所に相当する機関ですが、香港の終審法院にはコモンロー法域ならではの独自の制度が存在します。それは、基本法第82条と終審法院条例(Hong Kong Court of Final Appeal Ordinance、Cap. 484)に基づく非常任裁判官制度です。基本法第82条は、終審法院が必要に応じて他のコモンロー法域の裁判官を招いて審理に加えることができると定めています。終審法院条例第9条は、イギリスやオーストラリア、カナダといった他のコモンロー法域の裁判官の名簿を置くと規定しています。上訴は原則として5名の裁判官による合議体で審理され、そのうち1名は非常任の香港裁判官または他のコモンロー法域の裁判官から選ばれます(同条例第16条)。

この制度のおかげで、香港の判例は国際的なコモンローの動きから孤立せず、世界標準の法理と歩調を合わせることができます。香港に進出する日本企業を含む外国企業にとって、司法判断の予見可能性は投資の前提条件です。他のコモンロー法域の裁判官が最高審に関与する仕組みは、香港の司法判断を国際的なコモンローの潮流とつなぐ制度的な基盤となっています。ただし、海外出身の非常任裁判官の構成は時期により変動しており、2024年には複数の裁判官が辞任しています。

参考:香港電子法例(Hong Kong e-Legislation)|終審法院条例(Cap. 484)

香港で日本企業が注意すべき審裁処の実務

大規模な商業訴訟が高等法院で争われる一方で、日本企業が香港で現地法人を設立し日常的な事業運営を行う中でより頻繁に直面するのは、雇用問題や小口の取引に関する紛争です。香港にはこれらの紛争を迅速かつ低コストで解決するため、簡易な裁判機関である「審裁処」が置かれています。労使紛争を担当する労資審裁処(Labour Tribunal)と、少額の金銭請求を担当する小額銭債審裁処(Small Claims Tribunal)です。

日本にも労働審判制度や少額訴訟の手続が存在しますが、香港のこれらの審裁処には日本企業にとって重要な実務上の違いがあります。それは、当事者本人の出頭が求められ、弁護士による代理が原則として認められていないという点です。会社が当事者の場合は、役員または会社が書面で授権した従業員が出頭します。例外として、事案が複雑であるなどの理由で審裁処が事件を区域法院や原訟法庭に移送した場合や、法律問題を理由とする上訴の段階では、弁護士が関与できます。

例えば、香港の労働紛争を扱う労資審裁処は、労資審裁処条例(Labour Tribunal Ordinance、Cap. 25)に基づいて運営されています。従業員の解雇に伴う遣散費(Severance Payment。整理解雇などの際の法定手当)や未払い賃金の請求など、現地スタッフとの間で生じる典型的な労使トラブルは、多くの場合、労工処(香港の労働行政機関)での調停を経てここに持ち込まれます。1人あたり1万5,000香港ドル以下で請求者が10人以下の少額の請求は、労工処の小額薪酬索償仲裁処が扱います。同条例第23条は、弁護士(法廷弁護士barristerと事務弁護士solicitorの双方)は自らが当事者である場合を除いて審裁処で陳述する権利を持たないと定めています。日本の労働審判では、会社側が弁護士を代理人に立てるのが一般的です。しかし香港の労資審裁処では、会社の役員や人事担当者自身が審理の場に立ちます。主審官(Presiding Officer)の質問に直接答え、自らの主張を立証しなければなりません。事前の法的なアドバイスを弁護士から受けることは可能ですが、法廷での陳述や証拠提出は自社の人材で行う必要があります。そのため、審裁処からの通知を受けた時点で、出頭する担当者と弁護士が書面と証拠を整理しておくのが現実的な対応です。

小額銭債審裁処も同様です。小額銭債審裁処条例(Small Claims Tribunal Ordinance、Cap. 338)に基づき、7万5,000香港ドル以下の金銭請求を扱います。同条例第19条により、ここでも弁護士の代理は原則として認められていません。

これらの制度は手続の迅速化と訴訟費用の削減を目的としていますが、英語や広東語での法廷手続に慣れていない日本企業にとっては、自社の担当者のみで対応しなければならないことが大きな負担となります。したがって、香港で事業を行う企業は、雇用契約書、賃金や勤怠の記録、解雇や懲戒の通知とその理由の記録といった文書を日頃から整えておくべきです。万が一の際に、現場の担当者がそれらを証拠として提出できる社内体制が要ります。

参考:香港電子法例(Hong Kong e-Legislation)|労資審裁処条例(Cap. 25)

参考:香港労工処|小額薪酬索償仲裁処(Minor Employment Claims Adjudication Board)

参考:香港電子法例(Hong Kong e-Legislation)|小額銭債審裁処条例(Cap. 338)

まとめ:香港の法体系と司法制度への対応は弁護士にご相談を

香港の法体系と司法制度は、日本の制度とは多くの面で異なります。基本法の下で維持されるコモンロー、民法典がないゆえに求められる緻密な契約書作成実務、そして上級審の判例が法を形作る判例法の仕組み。これらは、日本の商慣習だけで乗り切るにはリスクが大きいものです。終審法院に海外の裁判官を招く制度により、司法判断は国際的なコモンローの潮流とつながっています。一方で、日常的な労働紛争や少額の紛争を扱う審裁処では弁護士の代理が制限され、企業自身の対応力が問われます。

香港市場への進出や事業拡大を成功させるためには、日本の常識にとらわれず、現地の法規やコモンローの実務を理解した上での事前対策が不可欠です。契約書の段階で法的リスクを洗い出し、現地での雇用関係や取引慣行において生じうるトラブルを未然に防ぐ体制づくりが求められます。当事務所では、現地の弁護士と連携のうえ、香港の法体系や司法制度を踏まえた契約書の検討、現地での雇用や取引に関する法的リスクの整理など、香港でのビジネス展開に伴う法務をサポートいたします。お悩みの際は、ぜひお気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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