香港の不動産法を弁護士が解説

中華人民共和国香港特別行政区(以下「香港」)は、1997年の中国への主権返還後も「一国二制度」の原則の下で、資本主義経済とコモンロー(英米法)の法体系を維持しています。その根拠が、香港の憲法に相当する中華人民共和国香港特別行政区基本法(以下「基本法」)で、外交と防衛を除く高度な自治を香港に保障しています。
香港の不動産法は、土地の所有権を認める日本の法制度と根本的に異なります。香港では、ごく一部の例外を除き土地はすべて国家が所有しており、企業や個人は政府から一定期間の土地租借権(Government Lease)を取得するにとどまります。不動産の売買や賃貸借は、不動産譲渡及び財産条例(Conveyancing and Property Ordinance、Cap. 219。Cap.は香港法令集の章番号)とコモンローに基づき、登記は土地登記条例(Cap. 128)に基づく契約書登記制度です。日本の借地借家法のような法定の借主保護が原則として無いため、賃貸借では契約書の条項交渉が日本以上に重要になります。2047年に期限を迎える土地租借権については、2024年施行の政府租契延期条例(Cap. 648)が50年の法定延長の仕組みを設けました。
本記事では、日本企業が香港でオフィスや店舗を借り、駐在員の住居を確保し、不動産を購入・保有・売却する場面を念頭に、香港の不動産法を解説します。土地制度、権利形態と建物の管理、登記、売買、税金、賃貸借、仲介、紛争解決の順に、日本法との違いを交えて見ていきます。
この記事の目次
香港の土地制度と政府からの土地租借権
香港の不動産制度を理解する上で重要な前提は、土地の完全な所有権(フリーホールド)が原則として存在しないという点です。日本では私人が土地を所有できますが(民法第207条)、香港では土地は国家のものです。
基本法第7条は、香港の土地と天然資源は国家のもので、その管理・使用・開発や個人・法人への貸し出しは香港政府が行うと定めています。したがって、香港で不動産を購入するという行為は、法的には土地の完全な所有権を取得するのではなく、政府から付与された土地租借権の残存期間を譲り受けることを意味します。
土地租借権の期間は歴史的な経緯により様々ですが、1997年7月に政府が定めた土地政策により、主権返還後に新たに付与される土地租借権は原則として50年間です。長年の懸案が、いわゆる「2047年問題」でした。基本法第121条は、1985年5月27日から1997年6月30日までに付与・更新された租借権について、権利金なし・応課差餉租値(rateable value。不動産の年間賃貸価値の評価額)の3%の地租という条件で2047年6月30日までの期間を定める一方、それ以後の扱いは第123条が香港の法律と政策に委ねており、延長の可否は長く明確ではありませんでした。
香港政府は2024年7月5日、2047年以後の扱いを法定するため、政府租契延期条例(Cap. 648)を施行しました。対象は、契約上の更新権が無い一般用途(商業・住宅・工業用)の土地租借権です。地政総署(土地を所管する政府部門)が租借期限の6年前に官報で「延期通知(Extension Notice)」を公表すると、個別の契約手続を経ずに一括で50年間延長されます。追加の権利金(プレミアム)は不要ですが、延長後は毎年、応課差餉租値の3%の政府地租(土地租借権の地代。税制の章で後述)を支払います。公共の利益に関わる事情がある場合など延長しない土地は「不延期リスト」に掲載され、短期や特別目的の租借は対象外です。通知は満了の約6年前に出るため、2047年満了の物件の延長は2041年ごろまで確定しません。租借期限は土地登記所の登記記録で、延期通知と不延期リストは地政総署のウェブサイトで確認できます。
延期通知は、満了時期ごとに次の予定で公表されます(地政総署の公表スケジュール。2024年7月5日、2024年12月27日、2025年12月19日の3回は公表済み)。
| 官報での公表時期 | 対象となる租借権の満了期間 |
| 2024年7月5日 | 2024年7月5日から2030年12月31日まで |
| 2024年12月末 | 2031年1月1日から2031年12月31日まで |
| 2025年12月末 | 2032年1月1日から2032年12月31日まで |
| 2026年12月末(予定) | 2033年1月1日から2033年12月31日まで |
参考:中華人民共和国香港特別行政区基本法|第5章(第120条〜第123条)
参考:香港地政総署|Extension of Government Leases Ordinance リーフレット
参考:HKLII|Extension of Government Leases Ordinance(Cap. 648)
香港の不動産の権利形態と建物の管理

香港における不動産の権利は、政府からの土地租借権を細分化する形で構成されています。区分所有建物では、日本のように専有部分の所有権と敷地利用権で分けるのではなく、不可分持分(undivided shares)という概念を用います。購入者は、土地租借権全体を分割した不可分持分と、該当区画を排他的に使用する権利をセットで取得します。
これらの権利関係や建物の管理ルールを定めるのが、公契(Deed of Mutual Covenant)と呼ばれる契約です。公契は、開発業者、最初の購入者、管理会社の間で結ばれ、土地登記所に登記されることで、その後のすべての購入者にも効力が及びます。日本の管理規約も承継人を拘束しますが(区分所有法第46条)、集会の特別決議で変更できます。これに対し、香港の公契は登記された契約であり、変更には原則として全所有者の同意が必要で、実務上は購入時の内容がそのまま続くという違いがあります。
建物の管理主体については、建築物管理条例(Building Management Ordinance、Cap. 344)に基づき、所有者が業主立案法団(Owners' Corporation)という法人を設立できます。日本の管理組合法人に相当する組織で、公契と同条例に基づいて共用部分の維持管理や修繕、管理費の徴収を行います。
共用部分の範囲や維持管理の責任をめぐる紛争は、土地審裁処(土地・不動産を専門に扱う裁判所。後述)が扱います。ただし、土地審裁処は、公契など登記された文書に定められた所有者の契約上・財産上の権利を無効にしたり実質的に変更したりする命令を出すことはできません(建築物管理条例第45条第3項)。香港では建物の老朽化と修繕費用の高騰が問題になっており、公契は土地登記所で閲覧できるため、物件を取得・賃借する際には、公契の用途制限や修繕費用の負担割合を弁護士に確認してもらうことが欠かせません。
参考:HKLII|Building Management Ordinance(Cap. 344)第45条
香港の登記制度と権原登記への移行
日本法との大きな違いの一つが登記制度です。日本の登記は、取得した権利を第三者に主張するための要件であり(民法第177条)、不動産ごとに権利関係を整理して公示する権利登記にあたります。これに対し香港の現行制度は、土地登記条例(Cap. 128)に基づき、売買契約書、譲渡証書、抵当権設定証書などの文書そのものを時系列で登記する契約書登記制度です。
登記された文書は、登記日の先後によって優先順位が決まります(同条例第3条第1項)。文書の作成から1か月以内に登記すれば、優先順位は文書の作成日に遡ります(同条例第5条)。登記しなかった文書は、その後に有償で取得した善意の買主や抵当権者に対しては無効と扱われます(同条例第3条第2項)。日本の登記にも権利を保証する効力(公信力)はありませんが、香港の登記所は提出された文書の有効性や真実性を審査しないため、権原(けんげん。その権利を正当に持っているという法的な根拠)が確かかどうかは買主側で調べなければなりません。登記の遅れは優先順位の喪失に直結するため、実務では売買契約書と譲渡証書を買主側の弁護士が1か月以内に登記します。国家が権利そのものを登録・保証する権原登記制度(トレンズ型)とも異なります。
この不完全さを解消するため、香港政府は2004年に土地業権条例(Land Titles Ordinance、Cap. 585。「業権」は権原の意)を制定して権原登記制度への移行を目指しましたが、既存の権利の移行手続や補償をめぐる懸念から長らく未施行でした。2025年9月25日、香港の議会である立法会は、業権登記及土地(雑項修訂)条例〔Registration of Titles and Land(Miscellaneous Amendments)Ordinance 2025〕を可決し、新たに政府から付与される土地から段階的に権原登記制度を導入する「新土地優先」の方針を採りました。政府は2027年前半の実施を目標としていますが(2026年10月時点)、既存の土地は転換されるまで従来の契約書登記制度の下に置かれるため、日本企業が既存の物件を取得する場面では引き続き権原調査が実務の中心です。
参考:HKLII|Land Registration Ordinance(Cap. 128)第3条
参考:HKLII|Land Registration Ordinance(Cap. 128)第5条
参考:香港土地登記所|Title Registration – Background
香港の不動産売買の実務と権原調査

日本企業が香港で不動産を取得または売却する場合、二段階の契約と弁護士による権原調査という、イギリス法由来の手順で進みます。取引は通常、仲介業者の書式による暫定売買契約(Provisional Agreement for Sale and Purchase)の締結から始まります。日本の基本合意書や買付証明書は法的拘束力を持たないことが多いのに対し、香港の暫定売買契約は、署名した時点で当事者を法的に拘束する正式な契約です。この段階で買主は手付金を支払い、買主が取引をやめれば手付金が没収され、売主がやめれば売主が手付金を返したうえで同額を買主に支払う、といった条項が置かれるのが一般的です。これは日本の手付解除(民法第557条)のような離脱の権利ではなく、契約違反の効果として置かれています。暫定売買契約は権原調査より前に署名するのが通常なので、決済期日や引渡し条件、違法建築物の扱いは署名前に弁護士に確認しておくべきです。
暫定売買契約の締結後、双方の弁護士が関与して詳細な条件を定めた正式売買契約を作成します。この時点で買主は追加の手付金を支払い、決済(completion)時に残代金を支払うのが通常の流れです。
香港の不動産売買で最も重要な工程が、売主の権利に欠陥がないかを調べる権原調査(title investigation)です。香港の登記は権利の確かさを保証しないため、売主は買主に対し、政府との租借契約と、売買契約から少なくとも15年さかのぼる期間の権利証書一式を提示して、欠陥のない権原を証明する義務を負います(不動産譲渡及び財産条例第13条)。買主の弁護士がこれらを審査し、権原に関する質問(requisitions on title)への売主の回答が不十分なときは、買主が契約を解除できることもあります。
権原調査で頻出する問題が、建築物条例(Buildings Ordinance、Cap. 123)に基づく違法建築物(Unauthorised Building Works)の存在です。香港では、バルコニーの囲い込みや屋上の構造物など無許可の工作物が広く見られます。違法建築物に屋宇署(建物を所管する政府部門)から撤去命令が発せられ、土地登記所に登記されている場合、権原の瑕疵(欠陥)と扱われます。撤去命令が出ていなくても、当局が実際に撤去を命じる可能性が高ければ権原の欠陥と扱われることがあります。買主は、専門家による現地検査と登記記録の確認を済ませてから進めます。
さらに、城市規劃条例(Town Planning Ordinance、Cap. 131)に基づく用途地域の制限と、政府との租借契約そのものに記載された用途制限の確認も欠かせません。たとえば、工業用に指定された物件を商業オフィスとして使用することは租借契約の違反となり、最悪の場合、政府による租借権の回収(re-entry)を招くおそれがあります。工業ビルの区画をオフィスや店舗として賃借する場合も用途違反となるため、借主も賃貸借の前に用途を確認しておくべきです。
なお、香港には外国人や外国企業による不動産取得を一般的に制限する法律は無く、日本企業も不動産を直接取得できます。ただし、公営の分譲住宅のように譲渡先が制限された物件や、租借契約で譲渡先が限定された土地はあり、外国人向けの追加印紙税のような措置も政策次第で再導入され得るため、取得時点の制度を確認しておく必要があります。不動産を直接取得するか、不動産を保有する会社の株式を取得するかで、後述する印紙税の負担とデューデリジェンスの範囲が大きく変わるため、取引の形は税務と法務の両面から決めます。
参考:HKLII|Conveyancing and Property Ordinance(Cap. 219)第13条
香港の不動産税制と日本法との比較
香港は税率が低く簡素な税制で知られていますが、不動産については日本と異なる独自の税体系があります。日本の不動産取得税や登録免許税、固定資産税に相当する税金の仕組みを整理すると、次のとおりです。
| 課税の場面 | 日本の主な税 | 香港の主な税 | 香港の概要 |
| 取得時 | 不動産取得税、登録免許税 | 従価印紙税 | 価格帯ごとの税率。住宅は最高6.5%、非住宅は最高4.25%(2026年2月26日以後の文書) |
| 保有時 | 固定資産税、都市計画税 | 差餉、政府地租 | 差餉は応課差餉租値の5%(住宅は累進制)、政府地租は応課差餉租値の3% |
| 賃貸収入 | 所得税、法人税 | 物業税、利得税 | 賃貸収入の純額に15%の物業税。法人は利得税(法人所得税に当たる税)で申告することも可 |
税率は2026年10月時点です。毎年の予算で改定されるため、取引時点の税率を税務局と差餉物業估価署で確認してください。
不動産の売買契約書や賃貸借契約書には、印紙税条例(Stamp Duty Ordinance、Cap. 117)に基づく印紙税が課されます。不動産売買の印紙税は価格に応じた従価印紙税です。2024年2月28日に投機抑制のための追加印紙税がすべて撤廃され、2026年2月26日以後に作成された文書では、住宅は価格1億香港ドルまで最高4.25%、1億香港ドル超は6.5%(境界付近には緩和措置があり、約1億955万香港ドルから通常の6.5%)、非住宅は最高4.25%です。税率は価格帯ごとに価格全体に適用され、日本の所得税のような超過累進とは計算が異なります。一方、不動産を保有する香港法人の株式を譲渡する形をとる場合、株式譲渡の印紙税は売主・買主それぞれ対価の0.1%(合計0.2%)です。不動産を直接取得するか、不動産を保有する会社の株式を取得するかで印紙税の負担が大きく変わるため、香港の商業用不動産取引では会社ごと売買する形がよく用いられます。ただし、株式取得ではその会社の債務や税務リスクも引き継ぐため、印紙税の差だけで取引の形を決めるべきではありません。
不動産を保有・使用する期間中には、差餉条例(Rating Ordinance、Cap. 116)に基づく差餉(さしょう、rates)と、地租(評估及徴収)条例〔Government Rent(Assessment and Collection)Ordinance、Cap. 515〕に基づく政府地租が課されます。差餉は日本の固定資産税に似た税で、応課差餉租値に対して非住宅は5%、住宅は2025年1月から累進制(55万香港ドルまでの部分が5%、55万香港ドル超80万香港ドル以下の部分が8%、80万香港ドル超の部分が12%)で課され、四半期ごとに納付します。差餉は、別段の合意が無ければ占有者(通常は賃借人)が支払います(差餉条例第21条)。政府地租は土地租借権の地代で、1985年5月27日以降に付与・延長された租借権や政府租契延期条例で延長された租借権では応課差餉租値の3%が課され、所有者が負担します。それ以前の租借権では、租借契約に定められた地代が課されます。
不動産を賃貸して収益を得る場合には、税務条例(Inland Revenue Ordinance、Cap. 112)に基づく物業税が課されます。物業税は、賃貸収入から所有者が負担した差餉を差し引き、さらに修繕費等の法定控除として20%を差し引いた純評価額に対し、15%の単一税率で課されます。法人が不動産賃貸事業を行っている場合は、物業税の免除を申請し、法人の利得税(香港の法人所得税に当たる税)の中で一括して申告・納税することもできます。
日本企業が香港で不動産収益を得る場合は、日本と香港の租税協定第6条により、香港の不動産から得る所得には香港側で課税できます。日本法人は全世界所得が日本の法人税の対象になるため、香港で納めた税は日本の法人税の外国税額控除で調整します。なお、香港には不動産の譲渡益そのものを対象とする税はありませんが、短期の転売など事業性があると判断されれば譲渡益は利得税の対象になり得るため、売却まで含めた税務の検討が必要です。
参考:香港税務局|Abolition of demand-side management measures(2024年2月28日)
参考:香港差餉物業估価署|Progressive Rating System for Domestic Tenements
参考:HKLII|Rating Ordinance(Cap. 116)第21条
参考:香港税務局|FAQ on Completion of Property Tax Returns
参考:外務省|日本国政府と中華人民共和国香港特別行政区政府との間の協定(第6条)
香港の賃貸借の規律と契約交渉

日本企業が香港に進出する際によく直面するのが、オフィスや店舗、駐在員向け住居の賃貸借契約です。香港の賃貸借は、業主与租客(綜合)条例〔Landlord and Tenant(Consolidation)Ordinance、Cap. 7〕とコモンローによって規律されますが、日本法との決定的な違いは法定の借主保護の有無にあります。
日本の借地借家法は、普通借家契約について、正当事由が無い限り貸主からの更新拒絶を認めず、借主を強く保護しています。これに対し香港では、2004年7月9日施行の同条例の改正により、期間満了後も借主が住み続けられる保護(security of tenure)と、非住宅の明渡しに最低限必要だった予告期間の定めが廃止されました。その結果、香港の賃貸借は契約自由の原則に委ねられ、契約期間が満了すれば賃貸借は終了し、貸主は更新を拒んで明渡しを求めることができます。日本の立退料に当たる補償の制度もなく、借主に法律上の更新請求権も無いため、更新を確実にしたいなら契約書に更新のオプション(期間と賃料の決め方を含む)を明記しておくほかありません。ただし、明渡しは土地審裁処の手続によるのが原則で、貸主が鍵を替えて借主を締め出すといった自力救済は、同条例第119V条で犯罪とされています。
このため、香港での賃貸借契約では、契約書の条項交渉が企業のリスク管理に直結します。オフィス賃貸では契約書の前に意向書(Offer Letter)への署名を求められることが多く、文言次第で拘束力が生じ得るため、内容を確認する前に署名しないことが大切です。日本企業が特に注意して交渉すべき条項は次のとおりです。以下の「一般的」「標準」は法定ではなく香港の市場慣行で、物件や貸主によって異なります。
| 条項 | 実務上の重要性と交渉のポイント |
| フリーレント期間 | 内装工事期間などの賃料免除期間。商業物件では主要な交渉事項 |
| 賃料改定条項 | 契約期間中に賃料を見直す規定。市場賃料への改定か上限付きの定率改定かと、通知の期限を定めておく |
| 更新のオプション | 期間満了後に借主の選択で更新できる権利。明記が無ければ更新を求められない。更新後の賃料を市場賃料とし、合意できない場合の決め方も定めておく |
| 中途解約条項 | 一定期間の予告で中途解約できる権利。無ければ残存期間の賃料全額を請求されるおそれがある |
| 原状回復義務 | 退去時の復旧範囲。内装を撤去したスケルトン状態への復旧を求められることが多い |
| 保証金 | 賃料と管理費の2〜3か月分が一般的。保全制度は無いため、物件売却時の返還義務の承継を契約に明記する |
| 転貸の可否 | 原則禁止とされることが多く、グループ会社への転貸が必要なら事前に合意しておく |
| 管理費・差餉・地租 | 管理費と差餉は借主負担、政府地租は貸主負担とするのが実務上の標準 |
香港のオフィス賃貸借契約は貸主側が英文で作成するのが通常で、上記の条項が入っていないことも多いため、借主側でも契約書のレビューを受けるのが安全です。駐在員の住居の賃貸借でも、契約期間や中途解約権(転勤や帰任に備えた解約条項)の確保が重要です。
なお、2022年に業主与租客(綜合)条例に追加された細分化住戸(劏房)の規制は例外的に借主を保護しますが、一般的な駐在員住居や商業テナントには適用されません。
賃貸借契約を締結した後は、印紙税条例に基づく印紙税の納付が必要です。税率は契約期間に応じ、1年以下は期間中の総賃料の0.25%、1年超3年以下は年間賃料の0.5%、3年超は年間賃料の1%で、貸主と借主で折半するのが一般的です。印紙税は署名から30日以内に納付し、納付していない契約書は原則として裁判で証拠にできません(印紙税条例第15条)。また、3年を超える賃貸借は捺印証書(deed)の形式で作成する必要があり(不動産譲渡及び財産条例第4条)、土地登記条例の登記対象にもなります。登記しなければその後の買主や抵当権者に対抗できません(土地登記条例第3条第2項)。契約期間が3年を超えるかどうかで印紙税率、契約の形式、登記の要否が変わる点が、日本企業の典型的な判断点です。
参考:香港地産代理監管局|Practice Circular: Landlord and Tenant(Consolidation)(Amendment)Ordinance 2004
参考:香港房屋局|Tenancy Control on Subdivided Units
参考:香港税務局|FAQ on Stamping of Tenancy Agreement
参考:HKLII|Landlord and Tenant(Consolidation)Ordinance(Cap. 7)第119V条
香港の不動産仲介の規制
香港の不動産仲介業は、地産代理条例(Estate Agents Ordinance、Cap. 511)に基づき、法定機関である地産代理監管局(Estate Agents Authority)が監督しています。不動産仲介業を営むには、同局の資格試験に合格し、免許を取得しなければなりません。
同局は仲介業者が遵守すべき実務規則やガイドラインを発行しており、仲介業者が取引対象の不動産に金銭的な利害関係(自身や親族の所有など)を持つ場合は、依頼者にその事実を開示しなければなりません。
実務上、日本企業が香港の仲介業者を通じて住宅を売買・賃借する際には、同局所定の媒介契約書(売買は売主用のForm 3と買主用のForm 4、賃貸借は貸主用のForm 5と借主用のForm 6)への署名を求められます。これらの様式には、仲介業者が売主・買主(貸主・借主)の一方のみを代理するのか双方を代理するのかを明記する欄があり、双方代理に伴う手数料や利益相反の可能性を事前に明らかにする仕組みです。日本の宅地建物取引業法も両手仲介(売主と買主の双方から報酬を受ける仲介)自体は禁じていませんが、報酬の上限を法定しています。これに対し香港では手数料の額や率は法定されず交渉で決まり、所定様式で代理の形態と手数料率を開示させることで透明性を確保するアプローチが採られています。所定様式の使用義務は住宅の取引に限られるため、オフィスや店舗では手数料率と双方代理の有無を自ら書面で確認しておく必要があります。
参考:香港地産代理監管局|Frequently Asked Questions(手数料)
香港の不動産紛争と土地審裁処
不動産取引、賃貸借、建物管理に関する紛争が発生した場合、香港では土地審裁処(Lands Tribunal)が重要な役割を果たします。土地審裁処は土地審裁処条例(Lands Tribunal Ordinance、Cap. 17)に基づく香港司法機構の裁判所の一つで、土地や不動産に関する特定の案件について管轄権を持ち、第一審裁判所である高等法院原訟法庭と同じ救済を命じることができます(同条例第8条第9項)。
日本企業が直面しやすい紛争として、テナントの賃料不払いによる明渡しの手続があります。土地審裁処は、業主与租客(綜合)条例に基づく申立てかどうかを問わず、建物の占有回復や賃借人の退去を命じる管轄権を持ち、併せて未払い賃料や損害賠償の支払いを命じることができます(土地審裁処条例第8条第6項・第8項)。公契の解釈をめぐる業主立案法団と所有者の紛争や、差餉・政府地租の評価に対する不服も土地審裁処が扱います。
土地審裁処の判断に不服がある場合は、法律問題に限り、許可を得て高等法院上訴法庭(控訴審)に上訴することができます(土地審裁処条例第11条第2項)。
参考:HKLII|Lands Tribunal Ordinance(Cap. 17)第8条
まとめ
香港の不動産制度は、土地を国家が所有し、政府からの租借権を取引するという仕組みに立脚しており、所有権を前提とする日本法とは出発点が異なります。登記制度は文書の優先順位を定めるにとどまり権利を保証しないため、権原調査と違法建築物や用途制限の確認が取引の安全を左右します。法定の借主保護が原則として無いため、オフィスや住居の賃貸借では、賃料改定、更新のオプション、中途解約などの条項を自ら契約書に組み込む必要があります。印紙税・差餉・政府地租など不動産特有の税制に加え、政府租契延期条例による50年の法定延長や権原登記制度への移行など、法整備の動きにも目を配る必要があります。
当事務所では、香港への進出や現地での事業運営をご検討の日本企業に対し、オフィスや店舗、駐在員住居の賃貸借契約書の確認、不動産の取得・売却に伴う法的リスクの検討、現地の法規制への対応を含め、法務面からサポートいたします。香港での不動産取引をご検討の際は、ぜひご相談ください。
































