チュニジアの薬機法・医療機器規制を弁護士が解説

北アフリカに位置し地中海に面するチュニジア共和国(以下、チュニジア)は、地理的および歴史的に欧州とアフリカ大陸を結ぶ重要な結節点にあり、アフリカ諸国のなかでも高度な医療水準と充実した医療インフラを有する国として知られています。チュニジア政府は医療およびヘルスケア分野を国家の持続的な経済成長を牽引する重要産業として位置づけており、医療機器の輸入や現地製造、さらにはデジタルヘルス分野への海外直接投資を積極的に推進しています。
日本の医療機器メーカーやヘルスケア関連企業にとって、チュニジアはアフリカおよび中東市場へのゲートウェイとして非常に魅力的な市場です。しかしながら、新たな国へのビジネス展開において最大の障壁となるのは、現地の複雑な法規制への対応とコンプライアンスの確保です。チュニジアにおける医療機器の輸入および販売には、欧州基準の影響を強く受けた厳格な許認可プロセスが存在し、事前の周到な法的準備が不可欠となります。
チュニジアの医療機器規制は、これまで保健省(Ministère de la Santé)の管轄下にあるチュニジア医薬品局(DPM)が中心となって管理してきましたが、現在はより権限を強化された国立医薬品衛生用品庁(ANMPS)への移行が進んでおり、規制の近代化と厳格化が図られています。日本の薬機法が独自の厳格な国内基準と臨床データを要求するのに対し、チュニジアは欧州医療機器規則(EU MDR 2017/745)や国際医療機器規制フォーラム(IMDRF)の原則に強く準拠しており、CEマークや米国FDAの承認実績が審査において決定的な品質証明として活用されます。医療機器はリスクに応じてクラスIからクラスIIIまで分類され、チュニジア国内で流通させるためには市場流通承認(AMC)を取得する必要があります。
ここで日本法と大きく異なるのは現地代理人(ローカル・リプレゼンタティブ)制度の厳格さです。海外製造業者がチュニジア市場に参入する場合、直接の申請は法的に認められず、現地代理人がライセンスの法的な所有者となります。また、製品ラベルや添付文書は事実上の公用語であるフランス語での記載が必須であり、一部製品ではアラビア語の併記も求められます。司法の動向に目を向けると、過去のチュニス行政裁判所の判例からは、医療機器の欠陥や院内感染に対する国家や病院側の無過失責任(結果債務)を幅広く認める傾向が見られます。そのため進出企業には、厳密な品質管理と現地の法規制に対する高度なコンプライアンス体制の構築、そして代理店との間の緻密な契約書作成が強く求められます。
本記事は、チュニジアでのビジネス展開を検討している日本の経営者や法務担当者に向けて、同国の薬機法および医療機器規制の全体像を、日本の法制度との比較を交えながら詳細に解説します。
この記事の目次
チュニジアにおける医療機器や医薬品の管轄機関と基本枠組み
チュニジアにおける医療機器や医薬品の規制は、伝統的に保健省の管轄下にあるチュニジア医薬品局(DPM:Direction de la Pharmacie et du Médicament)が中心となって担ってきました。DPMは、1973年8月3日法律第73-55号(Loi n° 73-55 du 3 août)等の薬事関連法令に基づき、人体用および動物用の医薬品、食品添加物、化粧品、そして医療機器の輸入時における技術的テストや品質テスト、国内における登録プロセス全般を監督する中核機関として機能してきました。
しかし、国際的な規制調和とより迅速かつ厳格な審査体制の構築を目指し、チュニジア政府は規制当局の組織改編を進めています。2023年から2026年にかけて、DPMの機能は国立医薬品衛生用品庁(ANMPS:Agence Nationale des Médicaments et des produits de santé)へと段階的に移行し、より権限の強い独立した規制当局として再編されています。2026年現在、ANMPSは自律的な機関として完全に機能しており、医療機器および体外診断用医薬品(IVD)の製品登録と市場流通承認、品質管理と臨床検査、市販後調査とファーマコビジランス、輸出入ライセンスの付与、臨床試験の監督、そしてコンプライアンス違反に対する執行権限などを有しています。このような強力な独立機関への移行は、日本の独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が厚生労働省と連携して厳格な審査を行っている体制と非常に似た構造を持ちつつあると言えるでしょう。
日本の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)と比較すると、大きな違いは国際基準への依存度です。日本はPMDAによる独自の厳格な審査基準と国内での臨床データの要求を特徴としていますが、チュニジアは欧州の医療機器規則(EU MDR 2017/745)や国際医療機器規制フォーラム(IMDRF)のガイドラインを自国の法体系に深く取り入れています。チュニジア国内には、EUのMDRに完全に匹敵するような独自の複雑なクラス分類法令が存在しない代わりに、輸入される製品は商務省やDPM/ANMPSによって国際基準に基づいて審査されます。この法的な枠組みから、チュニジア政府が欧州市場との統合を重視し、安全性がすでに国際的に証明されている製品の市場導入を促進しようとしているということが言えるでしょう。
チュニジアにおける医療機器の分類と市場流通承認(AMC)

チュニジアでは、医療機器の分類に関してEUの枠組みを強く反映したリスクベースのアプローチを採用しています。日本の薬機法では、医療機器は一般医療機器(クラスI)、管理医療機器(クラスII)、高度管理医療機器(クラスIIIおよびクラスIV)という4つのクラスに分類され、各機器の定義には日本の独自の医療機器基準(JMDN)が用いられます。一方、チュニジアのANMPSは、製品のリスクレベルに応じて以下の表のようにクラスI、クラスIIa、クラスIIb、クラスIIIの4段階に分類し、さらに体外診断用医薬品(IVD)を別のカテゴリーとして管理しています。
| クラス | リスクレベル | 該当する医療機器の例 |
| クラスI | 低リスク(測定機能付き、滅菌済みを含む) | 包帯、舌圧子など |
| クラスIIa | 中リスク | 皮下注射針、吸引装置など |
| クラスIIb | 中高リスク | 人工呼吸器、外科用レーザーなど |
| クラスIII | 高リスク | 心臓弁、植込み型除細動器など |
チュニジアの審査プロセスにおいて特筆すべきは、CEマークの圧倒的な重要性です。日本のPMDA審査では、CEマークやFDA(米国食品医薬品局)の承認を取得していても、日本国内の基準を満たすための追加データの提出や、場合によっては日本国内での臨床試験が要求されることが少なくありません。しかしチュニジアにおいては、CEマークの適合宣言書、あるいはFDAの認証証明書や原産国での自由販売証明書(FSC)の提出が、審査における安全性の証明として極めて強力な効力を持ちます。これにより、欧州で既にCEマークを取得している日本の医療機器は、チュニジア市場での承認プロセスにおいて大幅な時間短縮とコスト削減を享受できる可能性があります。
チュニジア国内で医療機器を商業的に流通させ、医療機関に提供するためには、DPM(またはANMPS)から市場流通承認(AMC:Autorisation de Mise à la Consommation、またはAMM)を取得することが絶対条件となります。AMCを取得せずに医療機器をチュニジアの税関で通関させたり、国内で保管・販売したりすることは法律で厳格に禁じられています。この市場流通承認の有効期間は通常5年間であり、輸入業者に与えられる一般的な輸入ライセンス自体の有効期間が1年間であるのとは区別して厳格に管理されています。
チュニジアにおける登録・輸入の要件と現地代理人制度
海外の製造業者がAMCを取得しようとする際、最も注意すべき法的な要件は、現地代理人(ローカル・リプレゼンタティブ)の選任義務です。チュニジアに現地の物理的な拠点を有していない海外メーカーは、チュニジアの規制当局に対して直接登録申請を行うことができません。そのため、チュニジア国内に拠点を置く認可された輸入業者や正規代理店と契約を結び、その代理人を介して申請手続きを行う必要があります。
この仕組みは、日本の薬機法における選任製造販売業者(DMAH)制度に似ていますが、法的な権利関係において極めて重要な違いがあります。日本においては、外国特例承認制度を利用することで、海外メーカー自身が承認取得者(ライセンスホルダー)となり、日本国内のDMAHは流通や安全管理の業務を代行する立場にとどまることが可能です。しかしチュニジアにおいては、任命された現地代理人が法的な申請者となり、取得したライセンス(AMC)の法的な所有者(オーナー)となります。したがって、日本の企業がチュニジアの代理店を選定する際には、将来的な契約解除、独占販売権の範囲、あるいはライセンスの他社への移転に関して、現地の法律に準拠した代理店契約書内に厳密な権利保護条項を設けておくことが極めて重要となります。
登録申請に必要な技術文書(Dossier technique)には、主に以下の書類が含まれます。
- 製品の詳細を記載した申請書
- 現地代理人への正式な授権書(Authorization letter)
- CEマーク証明書または自由販売証明書(FSC)
- ISO13485証明書または同等の品質管理システム認証
- 機器およびコンポーネントのEC適合宣言書
- 技術文書および臨床データ
- ラベルおよび取扱説明書(IFU)
また、言語要件とラベリングの義務についても事前の対応が不可欠です。チュニジアの公用語はアラビア語ですが、医療やビジネスの実務現場においてはフランス語が事実上の共通言語として広く使用されています。そのため、DPMへの提出書類や製品のパッケージ、ラベル、取扱説明書(IFU)はフランス語で記載されていることが必須要件となります。さらに、製品の性質や使用される対象者によっては、フランス語に加えてアラビア語でのラベリングが法的に要求される場合があります。日本の薬機法では日本語の記載が絶対要件であるのと同様に、チュニジアにおけるフランス語(およびアラビア語)への正確な翻訳プロセスにおいて品質管理を徹底しないと、使用時の医療事故や承認遅延の重大なリスクに直結します。
さらにチュニジア当局はデジタル化を強力に推進しており、2026年6月までにANMPSの下でeCTD(電子化コモン・テクニカル・ドキュメント)による申請への完全移行が義務付けられる予定です。進出企業は、従来の紙ベースの申請書類から、電子的な国際標準フォーマットでの文書管理体制への移行準備を進める必要があります。
チュニジアにおける緊急時の公的調達と関連法令

チュニジアにおける医療機器の流通において、公的医療機関向けの大規模な調達ルールを理解することもビジネス戦略上重要です。例えば、パンデミックなどの緊急時における公共調達に関する例外規定を定めた2020年10月30日政府政令第2020-811号(Décret gouvernemental n° 2020-811 du 30 octobre)が存在します。この政令は、緊急の医療ニーズに対応するために、通常の厳格な入札手続きを省略し、保健省や国防省が直接交渉によって医療機器や医薬品を迅速に調達できる仕組みを合法化しました。
このプロセスにおいては、保健省の代表者やチュニジア中央薬局(Pharmacie Centrale de Tunisie:PCT)の代表者から構成される特別委員会が価格や契約条件の評価を行います。チュニジア中央薬局(PCT)は、国境を越えた医薬品や特定医療機器の集中購買において独占的または中心的な役割を果たす国家機関であり、公的市場への参入を目指す日本企業にとっては、DPM/ANMPSによる承認だけでなく、PCTの調達要件や特別法制に関する知見も不可欠となります。
チュニジアにおける医療過誤および医療機器に関する判例と留意点
チュニジアで医療機器ビジネスを展開する上で、現地の司法機関が医療過誤や医療機器の欠陥に対してどのような判断を下しているかを理解することは、法務リスク管理の観点から非常に有益です。チュニジアの裁判所、特に公的医療機関の責任を問う行政裁判所(Tribunal Administratif)は、患者の保護を重視し、病院や国家に対して極めて重い責任を課す傾向があります。
代表的な判例として、1999年4月16日にチュニス行政裁判所が下した判決(判決番号:21192)が挙げられます。この事件では、公立病院における院内感染(nosocomial infection)によって死亡した患者の相続人が、チュニジア国に対して損害賠償を求めました。行政裁判所は、医療機関の感染症対策や医療機器の衛生管理の不備について、具体的な過失の有無にかかわらず国家に対して賠償を命じる画期的な判断を下しました。
続いて、2005年2月25日のチュニス行政裁判所の判決(判決番号:17552)においても、輸血や医療製品の提供に関連して、国家および公的医療機関に対して「結果債務(obligation de sécurité de résultat:安全を確保する絶対的な義務)」を認める判断が示されました。日本の医療訴訟においては、医師や病院の責任は原則として「手段債務(当時の医療水準に従った最善の注意を払う義務)」であり、過失の立証が原告側に求められますが、チュニジアの行政裁判においては、医療機器の安全性や品質不良に起因する損害に対して、製造業者や医療提供者に無過失責任に近い厳しい基準を適用しているということが言えるでしょう。
これらの判例に関する詳細な学術的解説は、以下のウェブサイトで確認することができます。
参考:Journal ESKA(PDF)
また、2016年にはチュニジア国内の14のクリニックで、使用期限の切れたステント(血管拡張用の医療機器)が少なくとも151人の患者に移植されていたという大規模な医療スキャンダル(Implant Files事件)が発覚しました。この事件では、DPMによる市場流通承認(AMC)の取得後の病院内での保管状況や、流通業者の追跡システムの欠陥が厳しく問われました。日本企業が現地代理店を通じて製品を輸出する場合、代理店が適切な温度管理や使用期限の在庫管理システムを有しているかを事前に監査し、流通後のトレーサビリティを完全に確保する体制を構築することが、レピュテーションリスクや製造物責任(PL)リスクを回避する上で不可欠です。
チュニジアにおけるデジタルヘルスと遠隔医療規制
チュニジアは、医療インフラの地域格差を是正し、先進的な医療サービスを提供するため、国家レベルでeヘルス(デジタルヘルス)戦略を推進しています。これに伴い、遠隔医療やプログラム医療機器(SaMD:Software as a Medical Device)に関する法整備も急速に進展しています。
特に重要な法令として、2022年4月8日に公布された大統領令第2022-318号(Décret Présidentiel n° 2022-318 du 8 avril)があります。この大統領令は、チュニジアにおける遠隔医療(テレメディシン)の一般的な実施条件と適用範囲を定めたものです。同法において、遠隔診療、遠隔専門家支援、遠隔モニタリングなどの概念が法的に明確に定義され、プラットフォームの所有者と医療機関との間で明確な契約義務が課されるようになりました。また、電子署名を用いた処方箋の発行要件や、患者の医療データの保護、医療機密の保持に関する厳格な情報セキュリティ要件が規定されています。
ソフトウェアを医療機器として扱うSaMDに関しても、チュニジア市場ではデジタルヘルスケアの需要が高まっており、日本企業が得意とする医療用画像診断AIや患者モニタリングシステムなどの輸出機会が大きく拡大しています。ただし、ソフトウェア製品であってもEU MDR等の基準に基づくCEマークの取得と、ANMPSでの厳格な登録プロセスが要求される点は、従来の物理的な医療機器と同様です。ソフトウェアのアップデートごとの変更申請手続きや、現地の個人情報保護要件に適合したサイバーセキュリティ対策など、継続的かつ高度な法務対応が求められます。
まとめ
チュニジアは、欧州の医療機器規則と国際基準を積極的に自国法に取り入れることで、医療機器の輸入プロセスを体系化し、高い医療水準を維持しています。保健省管轄のチュニジア医薬品局(DPM)から新設された国立医薬品衛生用品庁(ANMPS)への権限移行により、今後はeCTDを用いた電子申請の完全義務化や、市販後調査の要件がさらに厳格化されることが予想されます。日本の経営者や法務部員にとって、チュニジア市場への参入は、CEマークを活用した迅速な市場導入が期待できる反面、現地代理人(ローカル・リプレゼンタティブ)にライセンスの法的な所有権が帰属するという重大なリスクや、フランス語による厳密な文書管理要件への対応という実務上の課題を伴います。
さらに、医療事故に対する行政裁判所の厳格な判例や、過去のステント期限切れスキャンダルに見られるように、現地の法執行機関やメディアは医療機器の安全性とトレーサビリティに対して極めて敏感です。したがって、事業展開にあたっては、製品の品質基準を満たすだけでなく、信頼できる現地のビジネスパートナーの選定と同時に、綿密な法的リスク評価に基づく強固な契約書の作成が成功の鍵となります。
モノリス法律事務所は、IT・インターネットビジネスから医療・ヘルスケア分野まで、幅広いグローバルビジネスの法務支援実績を有しています。チュニジアをはじめとするアフリカ・中東市場への展開を検討される企業様に対し、現地の最新の法規制調査、現地代理人とのライセンス保護を目的とした契約書(英文・仏文等)の作成やレビュー、データ保護法制への対応、ならびに輸出時の薬機法コンプライアンスのチェックなど、事業の安全性を担保するための法務面からのサポートを提供いたします。複雑な海外規制を遵守し、御社のビジネスを円滑に進めるための体制構築を全面的にサポートいたします。
































