ブルネイの金融・外国人投資規制を弁護士が解説

ブルネイ・ダルサラーム国(以下、ブルネイ)は東南アジアのボルネオ島北部に位置し、豊富な石油および天然ガス資源を背景に極めて高い所得水準と政治的安定を誇る国家です。同国政府は長年にわたるエネルギー資源への過度な依存から脱却し、持続可能な経済成長を実現するために「ワワサン・ブルネイ2035(国家ビジョン2035)」という長期的な国家戦略を掲げており、その一環として経済の多角化と海外直接投資(FDI)の積極的な誘致を強力に推進しています。ブルネイ政府は外国資本の受け入れに対して基本的に開放的な姿勢を示しており、製造業、インフラストラクチャー整備、一般商業などの幅広いセクターにおいて、条件を満たせば日本企業による現地法人の100%外資所有が原則として認められています。
また、金融面においても、自国通貨であるブルネイ・ドルはシンガポール・ドルと等価交換される強固な通貨統合協定によって為替リスクが低く抑えられており、資本の流入や利益配当の海外送金に関する厳しい外貨管理規制も基本的には存在しません。さらに、消費税が存在せず、標準法人税率も比較的低水準に抑えられているほか、特定の産業分野においては最長20年に及ぶ法人税の免除措置が用意されるなど、東南アジア諸国の中でも極めて競争力の高い投資環境が整備されています。
しかしながら、こうした外資に対する優遇措置が存在する一方で、ブルネイ独自の法制度や国家政策に基づく厳格な規制も並存しており、進出企業はこれらを正確に理解し遵守する必要があります。とりわけ注意を要するのが、ブルネイ会社法(Companies Act)に基づく居住者取締役の選任義務や、国益保護の観点から特定の産業分野(特に石油・天然ガス分野など)において適用されるローカルコンテンツ規制(LBD:Local Business Development)です。LBDは、ブルネイ国内企業の育成やブルネイ国民の雇用促進を強力に推し進める枠組みであり、外資企業に対して現地パートナーとのジョイントベンチャー(JV)組成を事実上要求する場面も少なくありません。本記事では、こうしたブルネイ特有の法制度について、日本の法律との異同を踏まえつつ、網羅的かつ詳細に解説を行います。
本記事全体の要点として、ブルネイにおけるビジネス展開では、日本法とは異なり非居住者のみによる法人設立が厳格に制限されていること、そして政府用地の利用や基幹産業への参入においては現地資本との合弁が必須となるケースが多いことが挙げられます。また、合弁事業において経営上のデッドロックが生じた場合、仲裁条項が存在していても実質的な機能不全とみなされれば裁判所による強制的な会社清算(Winding-up)の手続きが進行する重大な法的リスクが存在します。税務および為替面では、法人税の免税措置や自由な資本移動という絶大なメリットを享受できる一方で、犯罪収益回収令に基づく1万5,000ブルネイ・ドルを超える現金の持ち出し・持ち込みに関する厳格な申告義務など、国際水準のマネーロンダリング防止規制への対応が不可欠です。
本記事を通じて、現地の法的要請を深く理解し、適切なコンプライアンス体制を構築することが、ブルネイにおけるビジネス成功の鍵となることを解説します。
この記事の目次
ブルネイにおける外国人投資および外資規制の基本枠組み
ブルネイにおける海外直接投資の受入れは、ブルネイ・ダルサラーム中央投資室(BINA)やブルネイ経済開発庁(BEDB)をはじめとする関係官庁が主導しています。ここでは、外資規制の原則と例外、そして企業設立時に避けて通れない会社法上の要件について詳述します。
外資100%出資の原則と特定セクターにおける合弁事業の要求
ブルネイ政府は、製造業、インフラストラクチャー事業、情報通信技術(ICT)、一般商業などの多岐にわたる分野において、外国人投資家による100%外資の現地法人設立を積極的に奨励しています。日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)においても、国の安全保障や公衆の秩序の維持に関連する特定の指定業種(武器製造、航空、原子力、インフラなど)を除き、海外からの直接投資は原則として自由とされていますが、ブルネイにおいても同様の開放的な基本方針が採られています。
しかし、ブルネイの国益保護を直接の目的とする特定セクターや、政府が管理するインフラストラクチャーを利用する事業においては、この100%外資の原則に対して重大な例外が設けられています。例えば、ブルネイ工業開発庁(BINA)の管理下にある政府の工業用地等を利用して製造業を行う場合、外資企業であっても最低30%のローカル資本(ブルネイ国籍を有する者またはブルネイ法人の資本)の参加が要件として義務付けられることがあります。同様の規制は、農業や漁業などの一次産業において政府の用地を利用する場合にも適用されます。
| 項目 | 日本の規制枠組み(外為法等) | ブルネイの規制枠組み |
| 外資100%出資の原則 | 原則自由(事前届出または事後報告) | 原則自由(製造業、ICT、一般商業等で奨励) |
| 例外となる主要セクター | 安全保障、インフラ、農林水産業等の指定業種 | 石油・ガス関連、政府工業用地(BINA管理等)を利用する事業 |
| 合弁事業(JV)の要求 | 特定業種で外資比率の上限が存在するが、JV組成の直接的義務は稀 | 政府用地の利用時等に最低30%のローカル資本参加が義務付けられる場合あり |
したがって、日本企業がブルネイへの進出を計画する際には、自社の事業分野や利用を想定している施設が、これらのローカル資本参加義務の対象となるか否かを事前に関係官庁へ照会し、厳格なデューデリジェンスを実施することが法務上極めて重要となります。
会社法に基づく厳格な居住者取締役要件
ブルネイにおける法人設立とガバナンスは、主に会社法(Companies Act、Chapter)によって規律されています。日本企業が現地法人(Sdn Bhd:非公開有限責任会社)を設立する際、日本の法制度との間で最も大きな実務上の障壁となるのが、この会社法に基づく居住者取締役に関する規定です。
日本の会社法制下では、2015年に法務省の解釈が変更され、株式会社や合同会社の代表取締役等の全員が日本に住所を有しない非居住者であっても、法人の設立登記が適法に認められるようになりました。これにより、日本に居住する役員を置かずとも日本法人の設立・維持が可能となっています。しかしながら、ブルネイの会社法第138条第2項では、企業は最低2名の取締役を選任しなければならず、「取締役が2名の場合は少なくとも1名が、取締役が3名以上の場合は少なくとも2名が、ブルネイ・ダルサラーム国に通常居住(ordinarily resident)していなければならない」と明確に規定されています。
「通常居住者」という要件は、単にブルネイの国籍を有していることや、就労ビザを保有していることだけを意味するものではなく、生活の本拠をブルネイ国内に有し、継続的に居住している実態が求められます。日本企業がブルネイに子会社を設立する際、直ちに現地へ駐在員を派遣することが困難な場合には、現地の企業向けサービスプロバイダー等を通じてノミニーディレクター(名義貸し取締役)を選任する実務が広く行われています。
しかし、ブルネイの会社法上、ノミニーディレクターであっても、名義を貸しているだけの「スリーピング・ディレクター(休眠取締役)」として責任を免れることは一切認められていません。すべての取締役は、会社に対する善管注意義務や忠実義務などの厳格なフィデューシャリー・デューティー(信認義務)を負っており、会社が法令違反(年次報告書の提出懈怠や税務申告の漏れなど)を犯した場合には、ノミニーディレクター自身が刑事訴追や罰金の対象となります。会社法は、完全な非居住者による取締役会の構成を例外的に承認する権限を当局に与えていますが、その承認を得るためには、事業の特殊性やブルネイ経済への多大な貢献などについて極めて高度な正当性の立証が必要となるため、実務上は居住者取締役の確保が不可欠な前提となります。
ローカルコンテンツ規制(LBD)の法的拘束力
ブルネイの国家経済を根底から支える石油・天然ガス産業およびその関連サービス分野においては、エネルギー省が主導する「ローカル・ビジネス・ディベロップメント(LBD)」と呼ばれる極めて厳格な枠組みの遵守が義務付けられています。LBD指令1および2は、外資企業に対し、事業活動におけるブルネイ国内企業の優先的な起用、ブルネイ国民の積極的な雇用と人材育成、そして技術移転を強力に要請しています。
日本の法律において、下請代金支払遅延等防止法(下請法)や独占禁止法など、取引の公正性を担保し中小企業を保護する法的な枠組みは存在しますが、特定の国籍を有する企業や労働者の起用を契約条件として直接的に義務付ける法規制は、一部の公共調達を除いて存在しません。これに対し、ブルネイのLBD規制は単なる努力目標ではなく、政府関連プロジェクトにおける入札参加資格や、既存の事業契約の更新に直結する強力な法的拘束力を有しています。エネルギー省は、LBDの基準を満たさない企業や、情報の透明性を欠く対応をした企業に対しては、契約の延長を認めないなどの厳しいペナルティを課す方針を明言しています。
したがって、ブルネイの基幹産業に参入する日本企業は、調達網の構築や人事戦略において、このLBD枠組みに基づくコンプライアンス体制を事業計画の初期段階から設計しなければなりません。
ブルネイの合弁事業(JV)における法的リスクと最新判例

LBD規制の遵守や政府用地の利用条件を満たすために、ブルネイの地場企業と合弁事業(JV)を立ち上げるケースは多数存在します。しかし、経営方針の不一致からJV内でデッドロック(膠着状態)に陥った場合の出口戦略については、現地の会社法および倒産法制と仲裁法制の交錯を深く理解しておく必要があります。この点に関して、ブルネイの高等裁判所が下した極めて重要な判決が存在します。
Sutera Energy Sdn Bhd v Appsmiths Sutera Sdn Bhdほか(ブルネイ高等裁判所、2025年9月30日判決、Companies Winding Up No. 4 of)の事案は、JVにおける株主間の深刻な紛争が、最終的に倒産法(Insolvency Act, Cap.)に基づく会社の解散(Winding-up)請求に発展したケースです。
この事件では、合弁事業の当事者間で事業計画や決算の承認を巡り対立が生じ、取締役会および株主総会が完全に機能不全に陥りました。一方の当事者(申立人)は、裁判所に対して倒産法第99条第1項(g)に基づく「正当かつ公平な事由(just and equitable ground)」による会社の強制解散を申し立てました。これに対し、他方の当事者(被申立人)は、両者間の合弁契約にマレーシアでの仲裁による紛争解決条項が存在することを理由に、国際仲裁法(International Arbitration Act, Cap.)第6条に基づき、裁判所での解散手続きの停止(Stay of proceedings)を求めました。
裁判所は、仲裁条項自体の有効性は認めたものの、当事者が仲裁機関に対する予納金を支払わず、仲裁人が辞任するなど、仲裁手続きが長期間にわたり放置されていた事実を重視しました。その結果、仲裁合意は実質的に機能していない(inoperative or incapable of being performed)と判断し、手続きの停止要求を退け、解散手続きを進行させる決定を下しました(その後、2025年12月6日の決定にて、上訴審における法的論点の重要性に鑑み、一時的な手続きの執行停止が認められています)。
この判決に関する詳細な決定理由は、ブルネイ高等裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
日本の会社法第833条においても、やむを得ない事由がある場合に株主が訴えをもって会社の解散を請求できる制度(会社の解散の訴え)が存在します。しかし、この判決から合弁契約書に精緻な仲裁条項を定めていたとしても実質的な紛争解決に向けた行動を怠れば裁判所による強制的な会社清算の手続きが進行し取り返しのつかない不利益を被るリスクがあるということが言えるでしょう。国際的な合弁契約においては、単に仲裁条項を設けるだけでなく、紛争発生時の迅速な手続きの実行と、解散請求に対する防御策を複合的に検討しておくことが法務上不可欠です。
ブルネイの金融および税務に関する規制と優遇措置
ブルネイの税制および金融制度は、海外からの投資を強力に惹きつけるために、非常に競争力のある魅力的な設計となっています。日本企業が享受できる経済的メリットと、マネーロンダリング防止等の観点から遵守すべき厳格な規制義務について解説します。
パイオニア産業優遇税制と基本税制の優位性
ブルネイにおける標準的な法人税率は18.5%に設定されています。これは、2015年に従来の20%から引き下げられたものであり、日本の法人実効税率(おおむね30%前後)と比較して大幅に低く設定されています。さらに、個人所得税、キャピタルゲイン税、輸出税、そして日本における消費税に相当する付加価値税(VAT)がブルネイには一切存在しない点は、日本企業にとって極めて大きな利点となります。
加えて、外資誘致の目玉として「Investment Incentives Order 2001(投資優遇令)」に基づく強力な免税制度が用意されています。政府から「パイオニア産業」または「パイオニア・サービス企業」として認定された場合、初期の投資額や対象となる技術分野に応じて、当初5年から最長11年の法人税免除が付与されます。さらに、事業の拡張やハイテクパークへの投資などの要件を満たし、延長申請が認められた場合には、この免除期間は最長で20年間にわたり適用されることになります。
| 税目・制度 | 日本の制度 | ブルネイの制度 |
| 法人税率(標準) | 約30%前後(実効税率) | 5% |
| 個人所得税 | あり(累進課税) | なし |
| 消費税 / VAT | あり(標準10%) | なし |
| キャピタルゲイン税 | あり | なし |
| 最大の税制優遇措置 | 租税特別措置法に基づく各種控除制度 | パイオニア産業認定による最長20年の法人税免除 |
日本における税制優遇は、研究開発税制などの特定の費用に対する税額控除が中心であり、法人税そのものが長期にわたり全額免除されることはありません。したがって、ブルネイにおけるこの免税措置は、事業の初期段階における資金繰りや中長期的な投資回収において、決定的な競争優位性をもたらす制度であると評価できます。
通貨統合協定と自由な資本移動による為替の安定性
新興国においてビジネスを行う際の最大の懸念事項の一つが、現地通貨の急激な下落や為替変動リスクですが、ブルネイはこの問題をシンガポールとの通貨統合協定によって見事に解決しています。ブルネイの自国通貨であるブルネイ・ドル(BND)は、金融センターとして世界有数の信用を誇るシンガポール・ドル(SGD)と1対1で等価交換されることが法的に担保されています。
この協定により、ブルネイ国内ではシンガポール・ドルが日常的に法定通貨と同等に流通しており、日本企業は安定したシンガポール・ドルを基準とした事業計画や為替予約をそのまま適用することが可能です。また、資本の流出入や利益、配当の海外送金に対しても、厳しい外貨管理規制や制限は原則として存在しません。日本の外為法に基づく報告義務等を遵守する限り、ブルネイからの資金還流は極めて自由かつスムーズに行うことができます。この強固なペッグ制と自由な資本移動から、新興国特有の予測困難な為替変動リスクを排除し、極めて安定した中長期的な投資回収計画を策定することが可能であるということが言えるでしょう。
犯罪収益回収令に基づくマネーロンダリング防止と現金の移動規制
資本移動が自由である一方で、マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)に関しては、国際基準に則った非常に厳格な法規制が敷かれています。その中核をなすのが、2012年に制定された「犯罪収益回収令(Criminal Asset Recovery Order、以下「CARO」)」です。
CARO第35条から第47条の規定に基づき、ブルネイを出入国する際、1万5,000ブルネイ・ドル(または等価の外貨)を超える現金または無記名譲渡可能証券(トラベラーズチェックなど)を携帯している場合、税関当局への申告が法的に義務付けられています。日本では外為法に基づき100万円相当額を超える現金の輸出入に税関への申告義務が課されていますが、ブルネイの申告閾値(1万5,000ブルネイ・ドル、日本円で約150万〜170万円程度)もほぼ同等の水準に設定されている点に注意が必要です。
ブルネイにおいてこの申告を怠った場合や虚偽の申告を行った場合には、CAROに基づく多額の罰金や身柄の拘束、さらには携帯していた現金の全額没収という極めて重い刑事罰が科される可能性があります。また、金融機関や指定非金融業者に対しては、同令に基づく厳格な顧客の本人確認(KYC)や、不審取引報告(STR)および現金取引報告(CTR)の提出義務が課されており、ブルネイ通貨金融庁(AMBD:現在はブルネイ・ダルサラーム中央銀行として改組)内に設置された金融情報ユニット(FIU)が、統合システムを通じてこれらの情報を常時監視しています。
したがって、日本企業がブルネイで事業を行う際には、資金の出所や送金経路に関して透明性を確保し、現地の金融機関のコンプライアンス要求に迅速に対応できる社内体制を構築することが不可欠です。
まとめ
これまで見てきたように、ブルネイ・ダルサラーム国は、消費税の不存在や最長20年に及ぶ法人税の免除措置、シンガポール・ドルと完全に連動した安定した通貨制度、そして原則として自由な外資100%出資と資本の海外送金を認めるなど、日本企業にとって極めて魅力的な事業環境を提供しています。しかしながら、その恩恵を最大限に享受し、持続可能なビジネスを展開するためには、現地法に潜む特有の要請を正確に把握しなければなりません。
とりわけ、ブルネイの会社法が定める厳格な居住者取締役の選任義務は、日本企業が直面する最初にして最大の法的ハードルです。名義貸し取締役(ノミニーディレクター)を利用する場合の法的責任やリスクを適切にコントロールするガバナンス体制の構築が急務となります。また、石油・天然ガス産業や政府管轄の工業団地を利用するビジネスにおいては、政府が強力に推進するローカルビジネス育成規制(LBD)への適応や、地場企業との合弁事業(JV)の組成が避けられないケースが多く存在します。万が一、合弁事業が機能不全に陥った場合には、単なる契約上の紛争にとどまらず、倒産法に基づく強制的な会社清算の手続きへと発展するリスクがあることは、最新の判例からも明らかです。
モノリス法律事務所では、ブルネイ・ダルサラーム国でのビジネス展開や現地への進出を検討されている日本の経営者や法務担当者の皆様に対し、現地法規制の綿密なリスク分析から、適法な法人設立手続きの代行、合弁契約(JV契約)の策定、そして将来の紛争予防に至るまで、実務に即した法務アドバイスを通じて幅広くサポートいたします。複雑に絡み合う現地の行政規制や会社法制に的確に対応するため、ぜひ当事務所のリーガルサービスをご活用ください。
カテゴリー: クロスボーダー
タグ: ブルネイ・ダルサラーム国海外事業
































