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インドにおける事業撤退実務:任意清算のステップと期限

インドにおける事業撤退実務:任意清算のステップと期限

インド市場からの事業撤退は、進出時と同様かそれ以上に複雑な法務課題を伴います。特に、不採算事業を畳む際の清算手続きは、現地の会社法や破産法といった複数の法令が絡み合い、緻密なスケジュール管理が求められます。インドでの撤退において利用される主な手法には、会社法に基づくストライクオフと破産法に基づく任意清算が存在し、企業の財務状況や負債の有無によって適切な手法を選択する必要があります。

本記事では、インドでのビジネスを終了させる際に必須となる清算手続きの全体像を網羅的に解説し、債権者への支払いや残余財産の送金手続きについて詳述します。清算完了までに平均1年以上を要する実態を踏まえ、休眠状態の維持コストと比較した際の最適な撤退タイミングの判断基準を提供します。

インドにおける事業撤退と清算手続きを規律する法律の枠組み

インドにおいて企業が事業を撤退し法人を消滅させるための法律は主に二つの法体系によって規律されています。一つはインド会社法(Companies Act, 2013)であり、もう一つはインド破産法(Insolvency and Bankruptcy Code, 2016)です。日本における事業撤退の手続きでは、債務超過に陥っていない通常会社の解散および清算はすべて日本の会社法に基づいて行われます。日本の法律では、株主総会の決議によって解散し清算人が債務の弁済と残余財産の分配を行うことで手続きが完結し、法的な紛争がない限り裁判所の関与は原則として必要ありません。しかしインドの法律においては、日本の法制度と大きく異なる点として、支払能力のある企業の任意清算であってもインド破産法の適用を受けるという特徴があります。

インド政府は2016年に新たな破産法を制定した際、それまで会社法に規定されていた任意清算に関する条項を削除し、企業や有限責任事業組合の任意清算手続きをインド破産法第59条の管轄へと完全に移行させました。これにより、インドでビジネスを展開する企業がすべての債権者への弁済能力を有したまま撤退を行う場合であっても、政府機関であるインド破産・支払不能委員会(IBBI)に登録された破産専門家を清算人として選任し、最終的には国家会社法審判所(NCLT)という裁判所的機関からの解散命令を得る必要があります。日本の清算手続きが当事者主導で比較的円滑に進むのに対し、インドでは支払不能に陥った企業の再建手続きと同じ枠組みの中で、司法の介入を伴いながら清算を進めなければならないという点が、インドでビジネスを行うにあたり留意すべき最も重要な法的差異となります。

インド会社法に基づくストライクオフと破産法に基づく任意清算

インド会社法に基づくストライクオフと破産法に基づく任意清算

インドでの事業撤退において企業は、自社の資産状況や過去の取引履歴に応じて最適な手続きを選択しなければなりません。事業活動を完全に停止しており売却すべき資産も支払うべき負債も存在しない法人を閉鎖する場合、インド会社法第248条に基づくストライクオフ(Strike Off)と呼ばれる簡易的な撤退方法が利用されます。自発的なストライクオフ(Section 248(2))を利用するには、すべての負債を消滅させたうえで株主特別決議または発行済株式総額の75%以上の同意を得てROCへのSTK-2申請を行うことが要件です。ストライクオフは、複雑な手続きを省略できるためコストも比較的低く抑えられ、休眠状態にある企業にとっては魅力的な選択肢となります。

しかし、ストライクオフの手続きには、重大な法的留意点が存在します。法人の登録が抹消された後も、過去の取引における取締役の不正行為などに対する個人的な法的責任は免除されません。また、税務当局や不満を持つ債権者からの申し立てによって、インド会社法第252条の規定に基づき最長で20年間にわたり法人が国家会社法審判所の命令によって復活させられる法的リスクが残ります。実際、インド税務当局が未払い税金の徴収を目的として、一度ストライクオフされた企業を復活させるよう申し立てるケースは頻発しており、過去の取引に少しでも疑義がある場合には極めて危険な選択肢となり得ます。

一方で、負債を完全に支払う能力があり、事業用資産の売却や株主への残余財産の分配を伴う撤退には、インド破産法第59条に基づく任意清算(Voluntary Liquidation)手続きが必須となります。任意清算は、ストライクオフとは異なり選任された清算人がすべての債権者に対する支払いを行い、最終的に国家会社法審判所の命令によって法人を完全に解散させます。これにより、後から法人が復活させられるリスクを完全に遮断することができます。インドで資産を有する企業が合法的に事業撤退を完了させるためには、このインド破産法に基づく任意清算が最もクリーンで確実な手段となります。

比較項目インド会社法に基づくストライクオフ(第248条)インド破産法に基づく任意清算(第59条)
対象となる企業の状態すべての負債を消滅させ(または弁済の手当てが完了し)、資産の換価と分配を要しない法人支払能力があり資産の現金化と負債の清算が必要な法人
管轄当局企業登記局(ROC)国家会社法審判所(NCLT)およびインド破産・支払不能委員会(IBBI)
所要期間の目安約3か月から6か月約6か月から12か月以上(実態としてはさらに数年を要する事例も多数)
法的法人の消滅と復活債権者や税務当局の申し立てにより法人が最長20年間復活するリスクが残存する裁判所の解散命令により完全に消滅し、以降の法人復活リスクは完全に排除される
手続きにかかるコスト相対的に低額(STK-2申請の政府費用1万ルピー+専門家報酬として総額2万〜4万ルピー程度が一般的)高額(破産専門家の報酬や法的費用として数十万ルピー以上に及ぶことが一般的)※
完了後の取締役の法的責任不正行為や未払い税金等に関する取締役の個人的な法的責任は免除されない手続きが適法に完了し法的調査をクリアすれば、原則として法的責任は完全に解消される
※報酬額は当事者間の合意で決定され法定基準はなく、案件の複雑さにより大きく異なる

企業の担当者は、債務残高や資産状況を正確に把握し、将来の法的リスクを完全に排除すべきか否かという視点から、ストライクオフと任意清算の使い分けを判断することがインドでの撤退実務における最初の重要なステップとなります。

インド破産法に基づく任意清算の具体的な手続きとステップ

インドでビジネスを閉鎖し任意清算を進めるための手続きは、インド破産法第59条およびインド破産・支払不能委員会が定める任意清算手続きに関する規則に厳密に従って進行します。この手続きは、企業の内部的な意思決定プロセスから始まり、第三者である清算人による資産の処分を経て、裁判所の命令に至るまでの複数のフェーズに分かれています。

第一のステップとして、企業の取締役の過半数が宣誓供述書を伴う支払能力の宣言を行う必要があります。この宣言では、企業の業務状況を完全に調査した結果として企業には一切の負債がないか、あるいは資産の売却益によってすべての負債を全額支払う能力があること、そしてこの清算手続きが何者かを騙す目的で行われるものではないことを宣誓します。

この宣言には、直近2年間の監査済み財務諸表のほか、企業が知的財産権や不動産などの資産を有している場合はインドの登録鑑定人によって作成された企業の資産評価報告書を添付することが、インド破産法第59条3項において求められています。なお2022年改正により、取締役の宣言には各債務のリストと清算による資産売却代金での完済可能性の説明(IBBI任意清算規則Regulation 3(4))、および解散後の記録保存方法の提示(同Regulation 3(5))を含めることが追加的に義務付けられています。さらに2024年改正では、係争中の行政手続き・訴訟等に関するディスクロージャーと、それらについて十分な手当てがなされている旨の表明が宣言および添付書類に追加的に求められます(同Regulation 3(1)(a)(iii)および3(b)(iii))。

第二のステップとして、取締役による支払能力の宣言が行われたのち、4週間以内に株主の特別決議を可決しなければなりません。株主総会では企業を任意清算すること、およびインド破産・支払不能委員会に登録された破産専門家を清算人として選任することが、議決の要件である75パーセントの賛成をもって決定されます。もし企業に債務が存在する場合、この株主の特別決議から7日以内に、債務総額の3分の2以上を占める債権者からの承認を得る必要があります。この債権者の承認が得られた日、または債務が存在しない場合は、株主決議の日が正式な任意清算手続きの開始日とみなされます。開始後ただちに7日以内に、企業登記局とインド破産・支払不能委員会の双方に手続き開始の通知を行わなければなりません。

第三のステップは、清算人による業務の遂行です。清算人が選任されると、企業の経営権と資産の管理権は取締役から清算人へと完全に移行します。清算人は就任から5日以内に指定された様式(Form A)を用いて全国紙および地方紙の新聞に公告を出し、債権者に対して清算開始日から30日以内に債権の申し出を行うよう公式に通知します。同時に、清算のプロセス専用の新たな銀行口座を開設し、これまでの会社の資金をすべて移管します。清算人は提出された債権を厳密に検証し、企業の資産を適正な価格で売却して現金化します。その後、法律で定められた優先順位であるウォーターフォール原則(IBC第53条)に従って、まず清算手続きにかかる費用、次に清算開始前24か月分の労働者賃金および担保権放棄済み担保権者への支払い(同順位)、その後に一般従業員賃金・無担保金融債権者・税務当局を含む政府機関への未払い金の順で清算し、最後に残余財産を株主へ分配します。

法令改正による清算手続きの迅速化とタイムラインの厳格化

インド破産法は、もともと企業の退出を時間枠の定めのない古い法制度から脱却させ、厳格な期限を設けて迅速化することを目的として制定されました。しかし政府機関の調査により、任意清算であっても完了までに平均して499日という長期間を要している実態が浮き彫りになり、経済全体の効率性を阻害していることが問題視されました。この事態を重く見たインド破産・支払不能委員会は、2022年および2024年に任意清算手続きに関する規則の重要な改正を実施しました。

この一連の規則改正により、清算人が実施すべき各プロセスの法定タイムラインが従来よりも大幅に短縮され厳格化されています。たとえば、債権者からの請求申し出期間が終了したのち請求が一切なかった場合、清算人は請求受付の最終日からわずか15日以内にステークホルダーのリストを作成し確定させなければならないと規定されました(従来は45日)。また、企業の資産の売却によって得られた現金は受領から30日以内という非常に短い期間で債権者や株主に対して分配することが新たに義務付けられました(従来は6か月)。これにより、清算人が資産売却後の資金を不必要に長期間手元に滞留させるといった問題に対処しています。

さらに2024年の改正(2024年1月31日施行)では、清算人が法定の期間内に清算実務を完了できない場合に対する説明責任と監視体制が大幅に強化されました。90日または270日の法定期限を超過した場合に、清算人が期限終了から15日以内に出資者(contributories)の会議を招集し、手続き未完了の理由および追加所要期間を記載したステータスレポートをその会議から7日以内にIBBIへ提出しなければなりません。これらの法令改正は清算手続きにおける情報の透明性を高め、不必要に手続きを遅延させる清算人に対する強力な牽制として機能しています。国家会社法審判所の審理遅延という根本的な問題は依然として残されているものの、清算人主導で進む実務フェーズにおける遅滞は、これらの法改正によって確実に削減される方向に向かっています。

インド残余財産の送金手続きと外国為替管理法の規制

インド残余財産の送金手続きと外国為替管理法の規制

インドでの事業撤退において最も困難な実務の一つが、清算完了後に生じる残余財産の海外送金です。日本の法律とは異なり、インドから国外への資金移動は外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act, 1999)およびインド準備銀行(RBI)が定める資産送金に関するマスターディレクションによって極めて厳格に規制されています。インド破産法に基づく資産の売却と負債の清算が完了したのち、清算人は親会社たる日本の株主に対して残余財産を送金しようと試みますが、この送金を実行するためにはインド準備銀行の公認権限を持つ指定銀行(AD Bank)の厳しい審査を通過しなければなりません。

インド準備銀行の規定によれば、法人の清算に伴う残余財産の送金を行うためには、RBIマスターディレクション(Section 3.3.1)が定める監査証明書(全負債弁済済みの旨および会社法に従った清算の旨)と法的手続き不存在の申告書を指定銀行に提出する必要があります。なお、インド税法上の納税義務はFEMAとは独立して存在し、指定銀行は租税法コンプライアンスの確認も実務上行います(Master Direction Section 5)。過去の税務申告に疑義がある場合や移転価格税制に関する未解決の調査が存在する場合、税務当局は容易にクリアランスを発行しません。指定銀行は、インドの租税法に基づく適切な税金の支払いが完了していることが確認できない限り、外国為替管理法に基づく送金を承認しないため、税務調査が長引くことで送金手続きが数か月から数年単位で停滞するケースが散見されます。

また、インド準備銀行のマスターディレクション(FED Master Direction No.13)によれば、NRIや外国籍個人がNROアカウントからの遺産相続等を送金する場合には1会計年度につき100万米ドルという上限が設けられています。これに対し、法人の清算に伴う残余財産の送金については同上限は適用されず、指定銀行が提出された法的文書の内容を確認したうえで承認する仕組みとなっています。もっとも、指定銀行のコンプライアンス部門はマネーロンダリングや脱税リスクの管理に対して厳格な審査を行う傾向があり、書類に不備や齟齬があった場合には手続きが長期化・停滞するリスクがあります。

インドでビジネスを行っていた企業は、事業活動を停止した段階で速やかに税務調査に備えた帳簿の整理を行い、清算人と協力して税務当局への対応を前倒しで進めることが手続きを滞りなく進めるための不可欠な戦略となります。残余財産の分配が完全に完了し、清算の銀行口座の残高がゼロになって初めて、清算人は国家会社法審判所に対する解散の最終申し立てを行うことができるため、送金手続きの遅滞は撤退スケジュールの全体に致命的な影響を及ぼします。

インドの国家会社法審判所における審理遅延と長期化の実態

インド破産法に基づく手続きは、理論上は明確なステップで進行するものの、現実の運用においては国家会社法審判所における案件の滞留が慢性化しており、深刻な問題となっています。現在、インド全土の国家会社法審判所には2万件を超える未解決の破産関連の訴訟が滞留しており、一部の専門家の予測によれば新たな申し立てが一切なかったとしても、既存のバックログを完全に解消するだけで8年から10年を要するほどの事態に陥っています。通常の企業破産手続き(CIRP)は法律上最大330日以内に完了することが求められていますが、公式なデータによれば平均所要日数は700日を超え、大型案件では1000日を超えることもあります。この結果として支払能力のある健全な企業の任意清算であっても、他の切迫した破産案件の影に隠れて優先順位が下げられ、手続き完了までに想定以上の長期間を要する事態が頻発しています。

すべての資産の売却と債権者への支払いが完了し残余財産の分配が終わった段階で、清算人は国家会社法審判所に対して法人の解散命令を求める最終報告書を提出しますが、裁判所の審理スケジュールの遅延によりこの最終命令を獲得するフェーズで数年単位のボトルネックが生じることがあります。この実態を明確に示す具体的な判例として、ソライズ・インディア・プライベート・リミテッド(Solize India Private Limited)の任意清算に関する国家会社法審判所の裁判事案が存在します。(審判所名:国家会社法審判所チャンディーガル第二ベンチ、事案番号:CP(IB) No.2/Vol./Chd/Hry/2020、判決年月日:2024年8月12日、当事者:Solize India Private Limited(申請人/清算人)vs Principal Commissioner of Income Tax(被申請人))

この事案において、企業の取締役会が任意清算の意思決定と宣言を行ったのは2018年6月であり、翌月2018年7月4日の株主総会で清算人が選任されて正式に清算手続きが開始されました。清算人は法定の手続きに従って資産の現金化や債権者への支払いを済ませ、税務当局などから異議がない旨の確認を得たうえで2020年6月20日に最終報告書を作成し、インド破産・支払不能委員会への提出と国家会社法審判所への解散申請を行いました。その後、税務当局からの無借金証明の提出や企業登記局からのコンプライアンス報告の提出を経て、国家会社法審判所がこの事案の最終的な審理を終え法人の解散命令を下したのは2024年8月12日のことでした。手続きの開始から解散命令が下されるまでに実に6年以上もの歳月が費やされ、清算人としての実務を完了し最終報告書を提出した時点から起算しても、司法の判断を待つためだけに4年以上という途方もない期間を要したことになります。

この判決の中で裁判所は、清算人から提出された文書に基づき企業の業務が完全に清算され資産が完全に処分された事実を認定し、インド破産法第59条8項の規定に基づいて判決の日をもって当該企業を完全に解散するよう命じました。また、裁判所はIBBI任意清算手続き規則第41条に基づき、清算人に対して帳簿や関連記録を物理的または電子的な形式で解散後少なくとも8年間保存する義務を課しています。なお現行の同規則第41条3項では電子コピーは最低8年間、物理コピーは最低3年間と区別して規定されています。この判決に関する公式な裁定文書はインド国家会社法審判所の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:Solize India Private Limited 解散命令(NCLT Chandigarh Bench-II, CP(IB) No.2/Vol./Chd/Hry/2020, 2024年8月12日)

このような判例が示す通り、インド破産法に基づく任意清算は法律上の規定としては非常に整然とした手続きに見えますが、国家会社法審判所の深刻な機能不全とも言えるバックログの影響を直接的に受けるため、日本国内での会社清算のような計画通りのスケジュール進行を期待することは極めて困難です。国家会社法審判所もこの遅延を解消するために2026年4月に単独の裁判官による審理を一部の案件で認めるなどの改善策を打ち出していますが、根本的な解決には至っていません。

休眠状態の維持コストと最適な撤退タイミングの判断基準

前述の通り、インドにおける任意清算は司法制度の遅延に巻き込まれることで完了までに数年を要するリスクがあり、日本企業がインド市場から撤退する際には法人の休眠状態を維持すべきか、それとも早期に本格的な清算手続きに踏み切るべきかの非常に高度で慎重な経営判断が求められます。

インド会社法の下では事業活動を停止し、オフィスを引き払っただけで法人が自動的に消滅することは決してありません。法人が法的に存続している限り、インド会社法に基づく毎年の監査済み財務諸表の作成や、企業登記局への年次報告書(AOC-4やMGT-7など)の継続的な提出、そして税務当局への所得税申告や物品サービス税(GST)の定期的な申告といったコンプライアンス義務が容赦なく継続して発生します。

もし、経営陣が事業の失敗を理由に法人を放置しこれらの申告を怠った場合、企業に対して多額の遅延罰金が科されるだけではありません。インド会社法第164条2項の規定により、3会計年度継続して財務諸表または年次報告書の提出を怠った場合、法人の取締役が今後5年間にわたり他のすべてのインド企業の取締役に就任することが禁止されるという深刻な事態を招きます。さらに、5会計年度連続して財務諸表または年次報告書の提出を怠った場合、インド会社法第271条(d)の規定により企業登記局が国家会社法審判所へ強制清算(Winding Up by Tribunal)の申立てを行う根拠が生じます。取締役失格(第164条2項)よりもさらに深刻な事態であり、放置の代償として法人の強制的な解体を招くリスクがあります。

これはグループ企業内で複数のインド法人に役員を兼任させている日本企業にとって、インドにおける事業展開全体を揺るがしかねない重大なリスクとなります。したがって、最適な撤退タイミングの判断基準としては将来的にインド市場でのビジネスを再開させる可能性が少しでも残っているか否か、そして休眠状態を適法に維持するための毎年の監査費用や申告代行費用といったランニングコストと、任意清算にかかる清算人への専門家報酬や法的費用とを総合的に比較考量することが重要です。

もしインド市場への再参入の可能性が完全にゼロであり、現地法人を残しておくことによるコンプライアンス違反のリスクや税務調査の対象となるリスクを将来にわたって完全に排除したいのであれば、直ちにインド破産法に基づく任意清算の手続きを開始することが結果として最も安全な選択となります。一方で、親会社の財務状況が悪化しており、清算にかかる高額な一時費用を直ちに捻出することが難しい場合や、インドの税務当局との間で未解決の訴訟や複雑な税務上の係争を抱えている場合は、一時的に法人のコンプライアンス要件だけを満たして合法的な休眠状態を維持し、現地の司法判断や財務状況が好転した段階で本格的な清算手続きに移行するという二段構えの戦略も有効な選択肢となり得ます。

この場合、インド会社法第455条に基づく正式な「休眠会社(Dormant Company)」ステータスの取得を検討することが実務上有効です。同制度は過去2年間事業活動がなく重要な会計取引が存在しない法人が企業登記局に申請して取得できるもので、通常の年次報告書提出義務等が軽減されるため、清算手続きに踏み切る前の一時的な休眠期間中のコンプライアンスコストを抑制する手段となります。

なお、ストライクオフを選択できる要件を満たすまで休眠を維持し、その後簡易的な手続きで閉鎖するという道もありますが、その場合でも20年間の法人復活リスクを背負うことの是非を経営の視点から慎重に評価しなければなりません。

まとめ

本記事では、インドでのビジネスを終了させる際に必要となる事業撤退の実務について網羅的に解説しました。インド会社法に基づく簡易的なストライクオフ手続きと、インド破産法に基づく厳格な任意清算手続きにはそれぞれ明確なメリットとデメリットが存在します。将来的な法的リスクを完全に遮断しクリーンな形で法人を消滅させるためには、破産法の手続きに則り最終的に国家会社法審判所からの解散命令を得ることが最も確実な手法です。しかしながら、破産専門家である清算人の選任から始まり、資産の適切な評価と現金化、すべての債権者に対する正確な弁済、さらにはインド税務当局からの税務クリアランスの取得など、各ステップにおいて高度な専門知識と綿密な実務対応が求められます。

加えて、インド準備銀行の厳格な外国為替規制に基づく残余財産の海外送金手続きや、慢性的なバックログを抱える裁判所の審理遅延により、当初の想定をはるかに超える長期間にわたって手続きが停滞するリスクも十分に覚悟しなければなりません。事業活動を完全に停止したあとに発生する休眠会社の法務および税務上の維持コストと、本格的な清算手続きに必要となる清算人報酬などの一時的な法的費用とを冷静に比較検討し、自社を取り巻く状況に応じて最適なタイミングで撤退を決断することが企業価値の毀損を最小限に食い止めるための極めて重要な戦略となります。

モノリス法律事務所は、IT関連に特化した専門性を有する法律事務所として、数多くの企業の国際的な法務課題を支援してきた実績があります。当事務所は、インドの法律事務所と強固な提携関係を構築しており、頻繁に改正される最新の現地法令や現地特有の複雑な行政手続き、さらには現地の商習慣を踏まえた実務対応を行うことが可能です。インド市場でビジネスを展開している、あるいは今後のビジネス展開を検討している企業に対して、コンプライアンス体制の構築から万が一の事業撤退および清算手続きに至るまで、現地の専門家ネットワークを駆使した包括的かつ戦略的な法的サポートを提供することができます。

モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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