インドにおける合弁解消(JV Exit):デッドロック発生時の株式買取と紛争戦略

インドにおけるビジネス展開において現地パートナーとの合弁会社設立は有効な手段ですが、意見対立によるデッドロック(意思決定の膠着状態)が発生した際の合弁解消(JV Exit)は難易度の高い経営課題となります。合弁解消の手続きにおいては、日本の法律とは大きく異なる現地特有の規制や司法制度を深く理解しておくことが不可欠です。
とりわけ、外国為替管理法(FEMA)に基づきインド中央政府(財務省経済局)が定める厳格な株式評価額(フェアバリュー)規制により、当事者間で自由に株式買取価格を設定することが制限されます。さらに合弁解消のプロセスにおいて、現地のパートナー側がインド会社法に基づく抑圧・経営不当(Oppression and Mismanagement)を主張し、全国会社法審判所(NCLT)を舞台とする複雑な紛争へと発展するリスクも存在します。
本記事では、事業停止を防ぐためのデッドロック解消条項の設計方法から、フェアバリュー規制下での実効性のあるExitストラテジーの構築、そして法的に安全な合弁解消を実現するための紛争戦略までを網羅的に解説します。
この記事の目次
インドの株主間契約と定款の法的関係および日本の法律との違い
日本企業がインドにおいて合弁解消を見据えたExitストラテジーを策定する際、まず理解すべきは日本の法律とインドの法律における株主間契約の効力の違いです。日本の会社法実務においては、株主間契約で定めた株式の譲渡制限や合弁解消時の株式買取義務に関する条項は、当事者間において原則として有効な法的拘束力を持ちます。しかしインドでは、株式の譲渡に関する制限事項は当該会社の定款(Articles of Association)に明記されていなければ、会社に対しても他の株主に対しても効力を持たないという原則が最高裁判所により示されています。
この原則は、インドの最高裁判所が下したV.B. Rangaraj対V.B. Gopalakrishnan事件(インド最高裁判所、1991年11月28日判決)において明確に示されました。同判決において最高裁判所は、株主間で合意された私的な株式譲渡制限であっても、それが定款に記載されていない限り法的強制力を持たないと判示しました。したがって、インドで合弁会社を設立する際には、株主間契約においてデッドロック発生時の株式譲渡手続きや買取条項を合意するだけでなく、その内容を必ず合弁会社の定款に反映させる手続きをとることが、円満かつ確実な合弁解消に向けた絶対条件となります。
日本の感覚で契約書さえ締結していれば安心であると判断することは、インドにおけるExitストラテジーにおいて致命的なリスクを招きます。
インドにおけるデッドロック解消とExitストラテジーの設計方法

パートナーとの意見対立による事業停止を防ぐためには、株主間契約に実効性のあるデッドロック解消条項を組み込むことが不可欠です。デッドロックとは、取締役会や株主総会において重要事項に関する意思決定が膠着し、事業運営が停止してしまう状態を指します。インド合弁におけるExitストラテジーとして、まずは一定の冷却期間を設けて経営トップ間で協議を行うエスカレーション手続きを規定し、それでも解決しない場合の最終手段として株式の強制的な売買を伴うオプション条項を発動させる仕組みを構築します。
具体的には、自社の保有株式をパートナーに買い取るよう要求するプットオプションや、パートナーの保有株式を自社に売り渡すよう要求するコールオプションが活用されます。しかし当事者双方が合弁会社の支配権確保や離脱を望む場合、価格交渉が難航し合弁解消が進まない事態も想定されます。そこで、膠着状態を打破するためのより強力な紛争戦略として、ロシアンルーレット条項やテキサスシュートアウト条項などの採用が検討されます。
| デッドロック解消手法 | 仕組みの概要 | メリットとインド実務における特徴 |
| プット/コールオプション | あらかじめ定めた条件に従い株式の売却または買取を相手方に強制する権利。 | 権利行使の条件が明確であり計画的なExitストラテジーとして機能する。 |
| ロシアンルーレット条項 | 一方が株式の希望価格を提示し、相手方はその価格で買い取るか売り渡すかを選択する。 | 提示側は不当な価格を設定すると自らが不利になるため公正な価格が形成されやすい。 |
| テキサスシュートアウト条項 | 双方が非公開で買取希望価格を提示し合い、高値を提示した側が相手方の株式を買い取る。 | 資金力のある当事者が有利になりやすいが、手戻りなく迅速に合弁解消を実現できる。 |
もっとも、これらの条項をインドで機能させるには、株主間契約に規定するだけでは足りません。株式の譲渡に関する制限は定款(Articles of Association)に明記されていなければ会社にも他の株主にも効力を持たないため(前掲V.B. Rangaraj最高裁判決)、デッドロック解消条項についても定款に反映させたうえで、発動要件と価格算定の方法を明確に定めておくことが、合弁解消の切り札として機能させる前提となります。
インド準備銀行のフェアバリュー規制と実効性のある株式買取価格
Exitストラテジーを設計するうえで、日本企業が最も留意すべきインド特有の法規制が、外国為替管理法(FEMA)に基づきインド中央政府(財務省経済局)が定める厳格な株式買取価格の規制です(実際の送金可否を通じた運用はインド準備銀行(RBI)と授権ディーラー銀行が担います)。日本では、合弁解消時の株式買取価格について、当事者間で合意した固定価格やペナルティとして割り引いた価格を設定することが契約自由の原則のもとで広く認められています。しかしインドでは、非居住者(日本企業)と居住者(インド現地パートナー)の間で株式を譲渡する際、外資の流出入を管理する目的からFEMAに基づくフェアバリュー(公正価値)規制が適用されます。
この規制の根拠となるのが2019年非債務証券規則(Foreign Exchange Management (Non-debt Instruments) Rules, 2019)の第21規則です。
この法令に基づき、非上場会社における居住者と非居住者間の株式譲渡では、勅許会計士、インド証券取引委員会(SEBI)に登録されたマーチャントバンカー、または実務に従事するコストアカウンタントのいずれかが、国際的に認められた評価手法により独立当事者間取引(arm’s length)の基準で算定したフェアバリューをもとに、価格制限が課されます(実務ではDCF法などが用いられますが、法令上特定の手法が指定されているわけではありません。なお、非居住者が海外送金不可(non-repatriable)ベースで保有する株式の譲渡には、この価格制限は適用されません)。
| 株式譲渡の方向 | 適用される価格規制(フェアバリュー規制) | Exitストラテジーへの影響 |
| 非居住者(日本企業)から居住者(インド企業)への売却 | 算定されたフェアバリューが「上限価格」となる。 | 日本企業は合弁解消時にフェアバリューを超える高値で株式を売り抜けることが法令上禁止される。 |
| 居住者(インド企業)から非居住者(日本企業)への売却 | 算定されたフェアバリューが「下限価格」となる。 | 日本企業は相手の株式をフェアバリューを下回る安値で買い叩くことができず、十分な資金確保が必要となる。 |
このように、デッドロック発生時に株主間契約で事前に定めた固定価格での買取を実行しようとしても、その価格が実行時のフェアバリュー規制に適合しない場合は、RBIの個別承認を得ない限り売却代金を海外へ送金することができず、決済手続きが停止して合弁解消が頓挫する重大なリスクが存在します。実効性のある買取価格を設定するためには、契約書上に固定金額を記載するのではなく、FEMA規制に準拠した評価手法で価格を決定する旨を明記し、適法なプロセスを担保することが不可欠です。
インドにおける利回り保証禁止と裁判所における紛争戦略シナリオ

FEMAのフェアバリュー規制に関連して、インドにおける合弁解消をさらに複雑にしているのが、外国人投資家に対する利回り保証(Assured Returns)の禁止という原則です。もっとも、インドの規制はプットオプションなどのオプション条項自体を禁止しているわけではありません。オプション条項は、最低1年(分野別により長いロックイン期間が定められている場合はその期間)の保有を条件として認められており、禁じられているのは、利回りの上乗せの有無を問わず、あらかじめ確定した価格でのExitを保証すること(assured exit price)です。外国投資家は、行使時点で成立している価格またはフェアバリューに従って撤退しなければなりません。
しかし近年、プットオプションの行使に基づく外国仲裁判断について、仮にFEMA上の問題があるとしても、そのことだけを理由に判断の執行を拒むことはできないとする重要な司法判断が示されています。その代表例がCruz City 1 Mauritius Holdings対Unitech Limited事件(デリー高等裁判所、2017年4月11日判決)です。
この事案では、外国投資家が契約上の期限内にプロジェクトが開始されなかったことを理由にプットオプションを行使しましたが、インド企業側はこれがFEMAの利回り保証禁止に違反しており公序良俗に反すると主張して支払いを拒否しました。しかしデリー高裁は、法令の個別規定への抵触が直ちにインド法の根本的な政策(fundamental policy of Indian law)への違反を意味するわけではなく、仮にUnitech側にFEMA違反の責任が生じうるとしても、そのことを理由に外国仲裁判断の執行を拒むことはできないと判示して、Unitech側の異議をすべて排斥し、外国投資家側の主張を認めました。
さらに、NTT Docomo Inc.対Tata Sons Limited事件(デリー高等裁判所、2017年4月28日判決)においても同様の争点が議論されました。株主間契約は、定められた要件を満たせなかった場合に、Tata側がDocomo側の保有株式について、出資額の50%とフェアバリューのいずれか高い方の価格で買主を探す義務を負うと定めていました。Tata側があらかじめ定められた価格で自ら買い取るための特別の許可をRBIに申請したのに対し、RBIは、当時適用されていた価格ガイドライン(2000年外国為替管理(インド国外居住者による証券の譲渡または発行)規則の第9規則)に適合しないとして、これを認めませんでした。しかしデリー高裁は当事者間で合意された仲裁判断の執行を認め、RBIによる執行手続きへの介入を退けました。
これらの判例は、日本企業がインドにおいてExitストラテジーを設計する際、プットオプションを単なる投資回収手段としてではなく、相手方の義務不履行やデッドロック解決不能時の救済として株主間契約に精緻に組み込むことで、フェアバリュー規制や利回り保証の禁止を理由とする支払拒否に対抗しうることを示しています。ただし、いずれの判決も仲裁判断の執行を認めたものであり、FEMA上の義務そのものが免除されるわけではない点には注意が必要です。
インド会社法に基づく抑圧・経営不当への介入回避と円満な離脱
インドにおいてデッドロックが発生し、日本企業が合弁解消に向けて動き出した際、インドの現地パートナー側がExitを阻止するために頻繁に用いる法的手法が、インド会社法第241条および第242条に基づく抑圧・経営不当(Oppression and Mismanagement)の申立てです。もっとも申立適格は同法第244条により、株式資本を有する会社の場合、100名以上の社員または総社員数の10分の1以上の社員のいずれか少ない方、もしくは発行済株式資本の10分の1以上を保有する社員に限られます(審判所が要件を免除する場合を除く)。
参考:India Code(インド政府法令データベース)|The Companies Act, 2013 (Act No. 18 of 2013) 第241条・第242条
日本の会社法にも少数株主権として取締役の違法行為差止請求や責任追及の訴えが存在しますが、インドでは全国会社法審判所(NCLT)という専門の司法機関が強大な権限を持っています。NCLTは、会社の業務運営が一部の株主に対して抑圧的もしくは不利益な態様で、または公衆の利益もしくは会社自身の利益を害する態様で行われていると認定し、かつ会社を解散することが申立株主に不当な不利益を与えるものの事実関係としては公正衡平による解散を正当化すると認めた場合(第242条(1)の二要件)、会社が当事者である契約の解除・変更、取締役の解任、株式の強制買取、定款の変更などを命じる広範な裁量権を有しています。ただし、取締役や支配人以外の相手方との契約を解除・変更するには、あらかじめ適正な通知を行い、当該相手方の同意を得ることが必要です(同条(2)(f)但書)。インド現地のパートナーは合弁解消の交渉が不利に進むと、日本企業側から不当に経営から排除された、あるいは不当に増資を強行されて持分を希釈化されたなどとしてNCLTに申し立てを行い、合弁解消の手続きそのものを差し止める戦術をとることがあります。
このようなNCLTへの介入申し立てに対する防衛戦略として、インド最高裁判所による重要な判例が参考になります。Tata Consultancy Services Limited対Cyrus Investments Private Limited and Ors.事件(インド最高裁判所、2021年3月26日判決)において、タタ・グループの持株会社の執行会長(Executive Chairman)職を解かれた人物が属する少数株主グループの2社が、当該解任等は抑圧・経営不当に該当するとしてNCLTに救済を求めました。しかし最高裁判所は、事業判断の失敗や取締役の地位からの解任それ自体は少数株主に対する抑圧・不利益行為とはなり得ないと判示し、執行会長職の解任を理由に救済を認めたNCLAT(全国会社法上訴審判所)の2019年12月18日決定を取り消したうえで、NCLTに係属していた少数株主側の申立てを棄却しました。
この判例が示す通り、インドの司法は抑圧・経営不当(Oppression and Mismanagement)の認定に対して一定の厳格なハードルを設けています。日本企業が合弁解消において現地のパートナーから抑圧・経営不当(Oppression and Mismanagement)を理由とした申立てを起こされるリスクを回避するためには、日頃から取締役会の議事録を適法かつ詳細に作成し、合弁会社の定款や株主間契約に則った透明性の高い手続きで意思決定を行っている客観的な証拠を蓄積しておくことが最大の防衛戦略となります。デッドロックに至る過程でも不合理な経営判断を行わず、法令に則った協議の記録を残すことで、裁判所による不測の介入を防ぎ、円満かつ法的に安全なインド合弁解消を実現するシナリオを描くことが可能になります。
まとめ
インドにおけるビジネスの合弁解消(JV Exit)は、日本国内での企業間取引とは全く異なる次元の法的リスクを伴います。本記事で解説した通り、デッドロック発生時に備えたプットオプションやコールオプションを中心とするExitストラテジーを株主間契約に定めるだけでは不十分であり、インドの法令に則りその合意内容を必ず定款に反映させる手続きが必要です。同時に、FEMAに基づく厳格なフェアバリュー規制や利回り保証の禁止規定に抵触しないよう、買取価格の設定を損害賠償や契約不履行の文脈で緻密に論理構築し、実効性のある紛争戦略として機能させる必要があります。さらに、合弁解消のプロセスにおいて現地パートナーから会社法に基づく抑圧・経営不当(Oppression and Mismanagement)を理由とした申立てをNCLTに提起されるリスクを未然に防ぐため、日常的なコーポレートガバナンスの徹底と、取締役会等における透明性の高い意思決定の証拠保全が、円満な離脱に向けた不可欠なシナリオとなります。
モノリス法律事務所は、IT関連ビジネスをはじめとする高度な専門性を有する分野において、日本企業の国際的な事業展開を法務面から包括的にサポートしております。当事務所はインド現地の有力な法律事務所と強固な提携関係を構築しており、現地の最新の法令や判例動向、RBIの複雑な承認手続き、さらにはNCLTにおける紛争解決の対応に至るまで、インドビジネスに特有の実務課題に迅速かつ的確に対応することが可能です。現地の法規制を厳格に遵守しつつ、合弁解消という重大な局面において日本企業が不当な不利益を被ることなく、法的に安全なExitを実現するための最適なソリューションを、現地の提携弁護士と連携しながら一気通貫で提供いたします。インド進出後のパートナーシップの見直しや合弁事業の再編をご検討の際は、専門的な知見を有する当事務所へご相談ください。
モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。
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