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カザフスタンの契約法を弁護士が解説

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カザフスタンの契約法を弁護士が解説

中央アジア最大の経済規模を誇りユーラシア大陸の経済的な要衝として急成長を遂げているカザフスタン共和国(以下、カザフスタン)は、豊富な天然資源と地政学的な優位性を背景に、インフラ開発やエネルギー分野をはじめとして多くの日本企業がビジネスの展開を検討する極めて魅力的な市場となっています。同国は旧ソ連の計画経済から脱却し、市場経済へと移行する過程で法制度の近代化を強力に推進してきました。その中核となるカザフスタン共和国民法典においては、「私有財産権の絶対的保護」と「契約の自由」が基本原則として明確に規定されており、外資系企業が安心して投資を行える法的な基盤が整えられています。

しかしながら、企業の法務リスク管理の観点から現地のビジネス環境に目を向けると、法律上は契約の尊厳が厳格に認められているものの、実際の効力や運用は当事者間の力関係に影響される場合があるという現実に直面します。特に強大な権限を持つ国有企業や政府系機関を相手方とする取引においては、日本法のもとでの常識がそのまま通用するとは限らず、事前の承認手続きの欠如などが原因で契約交渉や紛争解決の局面において予期せぬ不利益を被るリスクが潜んでいます。したがってトラブル防止のため、契約書には仲裁条項を盛り込むことが強く推奨されています。

本記事全体の要点として、第一にカザフスタンの民法典が定める基本原則は日本の民法と共通する部分が多いものの、国有企業との仲裁合意に関する特有の事前承認制度など日本法には見られない重大な法的制約が存在することを詳細に解説します。第二に現地の国内裁判所における不確実性を回避するため、独立した司法機関であるアスタナ国際金融センター(AIFC)裁判所を利用した紛争解決手段が極めて有効であることを最新の判例を交えて明らかにします。カザフスタンにおいては単に標準的な契約書を締結するだけでは法的に不十分であり、準拠法の戦略的な選択やAIFC裁判所あるいは国際仲裁を利用した紛争解決条項の精緻な設計こそが日本企業の利益を保護するための不可欠な要素であるということが言えるでしょう。

本記事を読むことで、現地での法的トラブルを未然に防ぎ安全かつ円滑なグローバルビジネスを展開するための実践的な知見が身につきます。

カザフスタンの民法典に基づく契約法の基本原則

計画経済からの脱却と私有財産権の絶対的保護

カザフスタンの契約法制は大陸法系に属するカザフスタン共和国民法典(以下「民法典」)を根本的な法的根拠としています。民法典第1条および第2条では、民事法制が参加者の平等、財産権の不可侵性、契約の自由、および私的な事柄に対する恣意的な干渉の禁止を基本原則とすることが明記されています。さらに同法典第380条においては、市民および法人は自らの意思と利益に基づいて契約を締結する自由を有することが保障されており、強行法規に反しない限りにおいていかなる条件も合意することが可能とされています。

これらの原則は日本の民法第521条などに規定されている契約自由の原則や所有権絶対の原則と極めて類似しています。計画経済体制からの完全な脱却を目指した同国において、市場における自由な取引と外国資本の導入を促進するため、国家権力の不当な介入を排除し当事者間の合意を最優先する法体系が構築された歴史的背景が存在します。また民法典第8条に基づき、市民および法人はその裁量において自らの民事上の権利を行使し保護する権利を有するとされています。

カザフスタン共和国民法典の基本原則に関する公式な条文は、カザフスタン共和国法務省の法令データベースで確認することができます。

参考:カザフスタン共和国法務省の法令データベース

日本法との比較および契約方式の要件

法制度の骨格や基本原則については日本法と共通点が多いものの、実務における要件の厳格さには違いが見られます。民法典第151条によれば取引は口頭または書面(単純な書面または公証人による認証)で行うことができますが、企業間で行われる対外経済取引において書面による合意の要式性を満たさない場合は、取引そのものが無効となるリスクが明記されています。日本法においては諾成契約の原則により口頭でも契約が成立する範囲が広く認められていますが、カザフスタン実務においては書面性の確保がより厳格に要求されます。

比較項目日本の契約法制カザフスタンの契約法制
基本原則契約の自由、所有権絶対の原則契約の自由、財産権の不可侵性(民法典第2条・第380条)
契約の方式原則として口頭でも成立(諾成契約)対外経済取引等は厳格な書面要件あり(民法典第151条)
国有企業と仲裁国有企業も原則として自由に仲裁合意可能所管官庁の事前の同意が法的に必須(仲裁法)
使用言語の制限契約言語に関する法的な制限は特になし国家言語(カザフ語)の原則があるが他言語も許容

カザフスタンの契約実務における法制度と現実の乖離

カザフスタンの契約実務における法制度と現実の乖離

法律上の尊厳と当事者間の力関係

カザフスタンにおけるビジネスにおいて日本企業が最も警戒すべき点は、法典上に記された理念と現実の商慣行との間に存在する乖離です。法律上は契約の尊厳が平等に認められているものの、現実の取引社会における効力や運用は当事者間の力関係に強く影響される傾向があります。とりわけ現地の巨大な財閥系企業や行政機関と密接な関係を持つ企業との取引においては、紛争が生じた際に現地の国内裁判所が形式的な法解釈を超えて現地の当事者に有利な判断を下す保護主義的なリスクが長年指摘されてきました。

日本国内のビジネス環境においては、契約書に記載された文言が裁判所によって厳格かつ予測可能な形で解釈され、信義誠実の原則に基づく運用が定着しています。しかしカザフスタンにおいては、契約書の文言のみに依存することは脆弱なリスク管理と言わざるを得ません。

契約における言語規定の運用

日本企業が進出する際に見落としがちなのが使用言語に関する規定です。「カザフスタン共和国における言語に関する法律」によればカザフ語が国家言語として指定されており、広告等についてはカザフ語での表示が義務付けられています。しかし契約書等のビジネス文書においてロシア語や英語など他の言語を使用することが直ちに法的に禁じられているわけではありません。実際に労働協約や企業間契約においてロシア語を用いて締結された契約の有効性が裁判で争われた事案において、カザフスタン最高裁判所は非政府組織間がカザフ語以外の言語(ロシア語)で契約を締結することに法的制限はないとの判断を下しています。

この最高裁判所の見解に関する情報は、現地の法律情報ポータルサイトで確認することができます。

参考:法律事務所「Закон и Право(法と権利)」のウェブサイト

カザフスタンにおける契約の無効化リスクと特有の規制枠組み

強行法規違反と公序良俗の観点

民法典第157条および第158条は、無効および取り消し得る取引について詳細に規定しています。例えば要許可事業においてライセンスを取得せずに締結された契約や、事業倫理の要件に違反する取引、あるいは単なる外観を装うための仮装取引などは、法的効力を有しない無効なものとして扱われます。この点は日本の民法における公序良俗違反(第90条)や虚偽表示(第94条)に関するルールと類似しており、現地のコンプライアンス要件や許認可要件を欠く取引は法的保護を失うことを意味します。

国有企業との取引における仲裁合意の事前承認制度

日本法との最も顕著かつ実務上重大な違いとして挙げられるのが、国有企業が関与する仲裁合意の有効性に関する政府規制です。カザフスタンでは2016年に制定され2019年に改正された「仲裁法」において、国家機関、国有企業、または国が直接的もしくは間接的に50パーセント以上の議決権株式(持分)を保有する法人を当事者とする紛争を仲裁に付す場合、当該企業を所管する上部行政機関からの事前の同意を取得しなければならないと厳格に規定されています。

日本では特殊法人などの国有企業であっても通常の私法人と同様に独自の判断で仲裁条項を含む契約を自由に締結することが一般的です。しかしカザフスタンにおいては、所管官庁の事前承認を得ずに締結された仲裁合意は法的に無効と判断されるリスクが極めて高くなります。したがってジョイントベンチャーのパートナーや主要な取引先が国有企業に該当するかどうかを契約締結前に厳密にデューデリジェンスし、必要な行政の承認手続きを確実に履践することが企業防衛上の絶対条件となります。

この仲裁法改正と国有企業に対する規制に関する専門的な論考は、以下の国際仲裁レビューサイトで確認することができます。

参考:国際仲裁に関する情報ポータル

カザフスタンにおける紛争解決手段と準拠法の選択

カザフスタンにおける紛争解決手段と準拠法の選択

当事者自治の原則と外国法の適用

国際的なビジネス展開において極めて重要なのが準拠法の選択です。民法典第1112条は、渉外的な要素を含む取引において当事者が契約に適用される法律を自由に選択できる「当事者自治の原則」を明確に認めています。これは日本の「法の適用に関する通則法」と同様のアプローチであり、外国当事者が含まれる契約においてはカザフスタン法を強制されることなく、イングランド法や日本法を準拠法として指定することが可能です。

実務上、大規模なインフラ投資やクロスボーダーのM&A案件においては、法的安定性と予測可能性に優れたイングランド法(英国法)を準拠法として選択するケースが急増しています。現地の国内法特有の曖昧さに縛られず、国際標準の法体系を契約のベースに据えることができる点は、日本企業にとって大きなリスクヘッジとなります。

トラブル防止に向けた仲裁条項の推奨

前述の通りカザフスタンの国内裁判所は、外国企業が関与する紛争において現地の保護主義的な判断を下す潜在的なリスクが存在します。そのためトラブル防止と公正な審理の確保を目的として、契約書には国際的な仲裁条項を盛り込むことが実務上のスタンダードとされています。カザフスタンは外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)に加盟しており、外国で行われた仲裁判断の承認および執行が法的に保証されているため、仲裁を利用することは極めて合理的です。

カザフスタンにおけるAIFC裁判所の活用と最新判例

AIFC裁判所の特徴と国際基準の導入

近年、カザフスタンにおける紛争解決のゲームチェンジャーとして国際的な注目を集めているのが、2018年に稼働を開始した「アスタナ国際金融センター(AIFC)裁判所」です。AIFC裁判所はカザフスタンの従来の国内司法制度から完全に独立し、イングランドおよびウェールズのコモンロー(英米法)を適用して審理を行う特区内の裁判所です。裁判官には英国の著名な元最高裁裁判官などが起用されており、国際水準の透明性と予測可能性を完全に確保しています。当事者が合意さえすれば、いかなる国の法律を準拠法としてもAIFC裁判所で審理を行うことが可能です。

専属管轄権を巡る重要判例の動向

AIFC裁判所の強固な実効性を示す重要な最新判例として、2025年2月7日に判決が下された「Freschette Limited v. Enegix Limited Liability Partnership他事件」(AIFC Court Case No. 35 of)が挙げられます。この事案は外国投資家である原告(Freschette Limited)が、債務不履行に陥った被告の関連会社が担保として提供したカザフスタン国内の不動産に対して担保権の実行を求めたものです。これに対し被告側は、カザフスタン民事訴訟法第31条を根拠に「不動産に関する紛争は現地の国内裁判所の専属管轄である」と主張し、現地のアルマトイ経済裁判所に別訴を提起してAIFC裁判所の管轄権を正面から争いました。

しかしAIFC裁判所のジャクソン裁判官は、当事者間の合意によってAIFC裁判所を専属的管轄権として明示的に指定している以上、国内民事訴訟法の規定は契約上の管轄合意を覆すものではないと明確に判示しました。その上でAIFC裁判所は被告に対して、国内裁判所での訴訟追行を直ちに禁じる訴訟差し止め命令(アンチ・スーツ・インジャンクション)を発令しました。こうした強硬な現地の訴訟戦術を完全に退けた本判決から、AIFC裁判所は外国投資家の契約上の権利を厳格に保護し、現地側の手続き的な妨害を一切許さないということが言えるでしょう。この判決に関する詳細な文書は、AIFC裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:AIFC裁判所の公式ウェブサイト

さらに2026年7月24日には「Michael Wilson & Partners, Limited v. CJSC Kazsubton他事件」(AIFC Court Case No. 21 of)において、敗訴した原告に対して勝訴側の訴訟費用の支払いを命じるコストオーダーが下されています。このようにAIFC裁判所ではコモンロー特有の厳格な敗訴者負担ルールが適用されており、現地企業による濫用的な訴訟提起に対する強力な抑止機能も十分に働いています。

まとめ

本記事では想定される主要な読者である日本企業の経営者や法務部員の皆様に向け、カザフスタンの契約法の実務的な全体像とリスク管理手法について詳細に解説を行いました。同国は民法典において財産権の保護と契約の自由を確立しており、外国法を準拠法として選択できるなど制度的な枠組みは国際水準に達しています。しかし現実のビジネス環境においては当事者間の力関係が法的効力に影響を及ぼしやすく、また国有企業を相手方とする仲裁合意には特有の上部機関による事前承認手続きが要求されるなど、日本国内の取引ルールには存在しない重大な法的トラップが仕掛けられています。

これらの複雑なカントリーリスクを極小化するためには、安易に現地の標準契約書を受け入れて国内法を適用させるのではなく、イングランド法などを準拠法に指定し、かつ最新の判例で強力な管轄権と執行力が裏付けられたAIFC裁判所や、実績のある国際仲裁機関を紛争解決手段として契約書に明記することが極めて重要です。

モノリス法律事務所では、こうした現地の法制度の特殊性や実務上の深刻なリスクを正確に踏まえ、カザフスタン共和国へのビジネス展開を検討される日本企業に対し、現地のビジネス環境に即した堅牢な契約書の作成やレビューから最適な紛争解決条項の策定に至るまで、あらゆる局面において皆様を法務面からサポートいたします。事業の安全性と利益を最大化し不測のトラブルを回避するため、本格的な進出や契約交渉に先立って適切な法的助言を確保されることを強くお勧めいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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