カザフスタンの不動産法および外国人取得規制を弁護士が解説

カザフスタン共和国(以下、カザフスタン)は、豊富な天然資源と中央アジアの経済的ハブとしての地政学的な優位性を背景に、新たな市場開拓やグローバルなサプライチェーンの再構築を目指す日本企業にとって、極めて有望な投資先として注目を集めています。しかし、現地で製造拠点、物流拠点、あるいは販売網を構築するにあたり、避けて通れない最大の法的課題が現地の不動産法制に対する深い理解です。
同国の不動産法制は日本のような絶対的な私有財産制とは異なり「土地の国家所有」を大原則としている点に留意する必要があります。外国人の個人がアパートなどの住宅を取得・所有することは可能ですが、それには厳格な「永住権(居住許可)」の取得が前提条件となります。また、外国法人についても、工場や商業ビルなどの「建物」自体を取得することは認められるケースがあるものの、土地の直接的な所有は原則として禁止されており、とりわけ農地に関しては外国人および外資系企業による所有やリースが一律で完全に禁止されています。
こうした制限の中で、事業展開を図るための最も現実的な選択肢となるのが、最長49年にわたる長期借地権(リース)の活用です。さらに、投資家を保護する枠組みとして「外国投資法」による内国民待遇の保障や適切な補償規定が存在することに加え、アスタナ国際金融センター(AIFC)という独自の法域を利用した紛争解決メカニズムが整備されています。AIFC裁判所はイングリッシュ・コモンローに準拠しており、不動産の担保権実行を巡る最新の判例においても、国内の一般裁判所ではなくAIFC裁判所の専属管轄が認められるなど、外国投資家に対する法的保護の実効性は着実に高まっています。
これらの法制度の全体像と実務上の留意点を正確に把握することは、カザフスタンでの安全なビジネス基盤を確立する上で不可欠な要件となります。本記事では、カザフスタンの不動産法および外国人の取得規制について、日本の法律との重要な違いを交えながら、網羅的かつ詳細に解説を行います。
この記事の目次
カザフスタンにおける土地の国家所有原則と私有権の例外的な創設
日本の民法第207条では「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」と規定されており、土地と建物はそれぞれ独立した不動産として扱われつつも、双方が完全な私的財産として広範に保護されています。日本においては、国籍を問わず個人の外国人や外国法人が自由に土地を購入し、永久的な所有権を取得することが可能です。
これに対し、カザフスタンの不動産法制の根底には「国土の全ては原則として国家に帰属する」という強固な原則が存在します。この基本構造は、カザフスタンの「土地法(Land Code)」によって厳格に規定されています。土地法第23条等によれば、土地は国民を代表する国家の所有物であり、私有地としての保有は、法律によって明確に許容された例外的なケースにおいてのみ、国からの権利付与として認められます。
具体的には、カザフスタン国民および非国家法人(純粋な国内民間企業)に対しては、一定の条件下で土地の私有権が認められています。例えば、個人の住宅建設用地、別荘地、さらには工業用・商業用の建築物がすでに建てられている土地やその開発用地については、私有の対象となり得ます。しかし、国家の安全保障や環境保全の根幹をなす水資源、森林資源、自然保護区、国境地帯の土地などは、いかなる場合であっても私有の対象から完全に除外されています。
このように、国家所有をデフォルトの原則とし、私有権を国からの限定的な払い下げや付与と捉える法体系は、日本企業の法務担当者が直感的に理解している不動産所有の概念とは大きく異なります。現地で不動産取引を行う際は、対象となる土地が法的に私有化可能な用途地域に属しているか、あるいは国から貸与されている状態(借地権)のままなのかを、国家の登記簿(カダストル)を通じて厳格に確認するデューデリジェンスが重要となります。
この土地法に関する具体的な条文や公式な規定は、カザフスタンの情報法務システムの公式ウェブサイトで確認することができます。
外国人個人によるカザフスタンの不動産取得制限と永住権要件

日本の法律では、外国人観光客や海外に居住している非居住者の外国人であっても、パスポートなどの本人確認書類と一定の宣誓供述書等を用意すれば、日本のマンションや戸建て住宅を自由に購入し、所有権の移転登記を行うことが可能です。しかし、カザフスタンにおいては、個人の外国人による不動産(特に住宅)の取得に高いハードルが設けられています。
カザフスタンの「外国人の法的地位に関する法(Law on the Legal Status of Foreigners)」第9条の規定によれば、カザフスタン国内に「一時的に滞在している」外国人は、自らの名義で住宅(アパートや戸建て)を所有することが明文で禁止されています。外国人が住宅を所有できるのは、同国政府から正式な「永住権(居住許可証:Residence Permit)」を取得し、恒久的な居住者として法的に認められた場合に厳格に限定されています。
永住権を取得するためには、単に現地法人に雇用されて就労ビザ(一時滞在許可)を得ているだけでは不十分であり、非常に厳格な審査プロセスを経る必要があります。具体的には、自国での無犯罪証明書の提出、現地銀行口座における十分な資金の証明(およそ8,500米ドル以上、または家族一人当たり15平方メートルの住宅を購入可能な金額を保有していること)、健康診断書の提出、そして自国からの出国許可またはそれに準ずる書面などの提出が求められます。
永住権取得プロセスには長期間を要するため、現地に赴任する日本人駐在員が個人名義でアパートを購入して資産形成を図るといった、日本的な感覚での不動産投資や福利厚生の整備は困難です。実務上は、会社名義で住居を賃借するか、後述する現地法人を設立して法人名義で不動産を取得・賃借するスキームを構築することが一般的です。外国人の法的地位に関する法の公式な条文は、カザフスタンの情報法務システムの公式ウェブサイトで確認することができます。
外国法人および外資系現地法人によるカザフスタンの取得規制
個人の外国人に対する規制だけでなく、外国の事業法人に対しても厳格な不動産取得規制が存在します。外国法人は、原則として更地としての土地を直接購入して完全な所有権を取得することは認められていません。ただし、土地法においては、外国法人であっても「生産用および非生産用(住宅を含む)の建物や複合施設が建設されている土地」、または「それらの建設のために提供される土地(開発用地)」に限り、例外的に私有権の取得が認められる場合があります。
すなわち、日本の製造業者がカザフスタン国内で自社工場を建設するための用地を取得することや、商業ビルを所有しその敷地を利用することは法的に可能とされています。事業用の建築物に付随する形での土地利用については、外資誘致の観点から一定の門戸が開かれています。
しかし、農地に関しては例外が一切認められていません。かつては外資による農地リースを拡大しようとする政府の動きがありましたが、2016年に発生した大規模な抗議デモなどを背景に政策が転換されました。2021年にトカエフ大統領が署名した改正法により、外国人、無国籍者、外国法人、さらには「外国資本が少しでも入っているカザフスタン内国法人」による農地の所有およびリースは一律で完全に禁止されました。
厳格な法規制の背景には、国家の根幹である農業資源や国境地帯の安全保障を外国資本から保護するという強力な政治的意志が存在しています。この歴史的経緯および法改正の動向から、外資系企業が農業分野や国境近辺のビジネスに参入する際には、極めて慎重な法務ストラクチャリングが求められるということが言えるでしょう。
外国企業が直接不動産を取得する際の煩雑な手続きや規制を回避するため、実務上最も選好される手法が、有限責任事業組合(TOO:Limited Liability Partnership)と呼ばれる現地法人の設立です。TOOは、最低資本金の要件が法令上設定されておらず(実務上は極めて少額から設立可能)、設立手続きも迅速であるため、日本企業が進出する際の一般的なビークル(事業体)となります。
外国企業が100%出資して設立したTOOであっても、法人格としてはカザフスタン内国法人として扱われるため、商業用不動産や工業用建物の取得は外国法人が直接取得するよりも円滑に行うことができます。しかし、農地や国境地帯の土地に関する禁止規定は「外資参画法人」にも適用されるため、TOOを設立すれば日本の法人のようにあらゆる不動産を無制限に取得できるわけではなく、事業の目的と用途地域に応じた法規制の網を常に意識しなければなりません。
| 取得主体 | 住宅・建物の所有 | 商業・工業用地の所有 | 農地の所有・リース | 国境地帯の所有 |
| 日本人(非永住) | 不可(永住権が必須) | 原則不可 | 完全禁止 | 完全禁止 |
| 日本人(永住権保有) | 可能 | 可能(建物の用途による) | 完全禁止 | 完全禁止 |
| 外国法人 | 可能(建物に付随する敷地) | 可能(建物敷地や開発用地) | 完全禁止 | 完全禁止 |
| 外資系カザフ法人(TOO) | 可能 | 可能 | 完全禁止 | 完全禁止 |
カザフスタンにおける長期借地権(リース)の活用と留意点

土地の完全な所有権の取得に制限が多い中、外国企業がカザフスタンでビジネス拠点を構築するための最も現実的かつ一般的な選択肢が、国家からの長期借地権(Arenda)の取得です。カザフスタンの土地法では、商業目的や工業目的のための土地について、最長49年の長期借地権が認められています。
この借地権は、単なる一時的な使用権ではなく、相続や法人の事業承継の対象となり得る強固な財産権として機能します。契約期間が満了した際にも、既存の借地権者は優先的に契約を更新する権利を有しています。そのため、日本の定期借地権のように期間満了時に必ず更地にして返還しなければならないといった不安定さは相対的に少なく、数十年にわたる工場運営、資源開発、またはインフラ投資の基盤として十分に機能します。
日本企業がカザフスタン市場に参入する際、現地で既に活動しているTOOの持分(株式に相当)を買収するM&Aの手法がよく用いられます。この際、対象となるTOOが長期借地権や建物を保有している場合、持分の移転に伴って間接的に不動産の支配権が移転することになります。カザフスタンの会社法や地下資源関連法によれば、不動産(特に鉱区や重要なインフラ施設、戦略的資産に紐づく土地)を保有する企業の持分を譲渡する場合、既存の出資者に対する先買権(Pre-emption right)の厳格な処理や、事案によっては独占禁止当局や国家機関からの事前承認が必要となるケースがあります。
不動産の直接譲渡を回避するためにM&Aを用いたとしても、間接的な権利移転に対する規制の網がかけられているため、クロージング前の綿密な法務デューデリジェンスが欠かせません。
カザフスタンの外国投資法に基づく投資家保護の枠組み
カザフスタンは外国からの直接投資(FDI)を経済成長の要と位置付けており、不動産取引に伴うリスクを軽減するための法的なセーフティネットを整備しています。その中核となるのが「投資に関する法(Law on Investments No.373-II)」です。
この法律は、外国人投資家に対して基本的にカザフスタン国民と同等の待遇(内国民待遇)および平等な取扱いを保障しています。日本企業がカザフスタンで不動産を取得し、あるいは長期借地権を設定して多額の設備投資を行った後に、現地政府の政策変更によって不当に資産を奪われるのではないかというカントリーリスクに対する強い懸念が存在します。しかし、投資法はこうした懸念に対し、公共の利益に基づく例外的な国家収用(エミネント・ドメイン)が行われる場合であっても、市場価格に基づく迅速かつ適切な補償が行われることを法的に確約しています。
また、投資によって得られた利益の無制限な国外送金(利潤の還流)も保障されており、不動産から生じる賃貸収益や売却益を日本本社に円滑に還流させるための法的基盤が提供されています。これにより、不動産という流動性の低い固定資産への投資であっても、一定の予見可能性を持って事業計画を策定することが可能となります。
カザフスタンのアスタナ国際金融センターを活用した紛争解決

新興国で多額の不動産投資や開発案件を実施する際、日本企業が直面する最大の実務的リスクは「現地の国内裁判所が公平かつ中立な判断を下すか」という司法リスクです。カザフスタン政府はこの懸念を抜本的に払拭し、外国投資を強力に呼び込むため、首都アスタナ(現ヌルスルタン)に「アスタナ国際金融センター(AIFC)」という経済特区を創設しました。
AIFCは、カザフスタンの従来の国内法制から完全に切り離された独自の法域であり、イングリッシュ・コモンロー(英国法)に準拠した法体系と、英国等の著名な裁判官で構成される独立した「AIFC裁判所(AIFC Court)」を有しています。AIFC憲法制定法(Constitutional Statute)第13条等により、当事者間の契約において「AIFC裁判所を専属管轄とする」旨の合意(オプトイン)があれば、AIFC内に登記された企業でなくとも、AIFC裁判所で民事・商事紛争を解決することが法的に認められています。
不動産法務の実務において、このAIFCの管轄権がカザフスタンの国内法規と衝突した場合にどちらが優先されるのかは、長らく議論の的となっていました。特にカザフスタンの民事訴訟法第31条および第467条では、「不動産に関する紛争は、その不動産が所在する場所の国内裁判所が専属的管轄権を有する」と規定されているため、外国投資家が契約でAIFC裁判所を指定したとしても、いざ不動産担保権を実行する段階で国内裁判所に管轄が奪われるのではないかという強い懸念が存在していました。
この重大な論点に対し、AIFC裁判所において極めて画期的な判断が下されました。当事者はFreschette Limited(原告)とENEGIX Limited Liability Partnership等(被告)であり、2025年2月7日にAIFC第一審裁判所のSir Rupert Jackson裁判官によって判決が言い渡されました(事件番号:AIFC Court Case No. 35 of)。
事案の概要は、英国法に基づく和解契約において、債務者が支払いに応じない場合の担保として、カザフスタン国内の不動産に対して質権(担保権)が設定されていたというものです。債務不履行が発生したため、債権者である原告がAIFC裁判所に担保権の実行(Foreclosure)を申し立てました。これに対し被告側は、「不動産に関する紛争であるため、カザフスタンの民事訴訟法に基づき国内の一般裁判所に専属管轄があり、AIFC裁判所には管轄権がない」と主張し、現地のアルマトイ地区経済裁判所に並行して訴訟を提起するという対抗措置に出ました。
しかし、AIFC裁判所は被告の主張を明確に退け、「当事者が契約において明示的にAIFC裁判所への管轄合意を行っている以上、AIFC憲法制定法第13条4項3に基づき、AIFC裁判所が専属的な管轄権を有する」と判示しました。また、民事訴訟法第31条はあくまでカザフスタン国内の一般裁判所システム内部における「裁判籍の指定(どの地域の裁判所が担当するか)」を定めたに過ぎず、AIFCという特例的な枠組みにおける当事者間の合意管轄を無効化するものではないと論理づけました。その上で、AIFC裁判所は史上初となる「訴訟差し止め命令(Anti-suit injunction)」を発令し、被告がアルマトイの国内裁判所で並行訴訟を追行することを厳格に禁じました。
この判決に関する詳細は、AIFC裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
このような強力な司法判断が下されたことから、契約書における紛争解決条項を適切に起案しAIFCの管轄を明記することで、不動産という極めてローカルな資産であっても、透明性の高いコモンローベースの裁判所で権利保全を図れるということが言えるでしょう。これは、現地の不動産開発や現地企業へのファイナンスを検討する日本企業にとって、法的安全性を飛躍的に高める決定的な要素となります。
まとめ
カザフスタンでのビジネス展開において、事業用不動産や駐在員用住宅の確保は、進出初期段階における最重要課題の一つです。本記事で詳細に解説したとおり、同国の不動産法制は「土地の国家所有」を大原則としており、完全な私有財産制を前提とする日本の不動産法制とは根本的な思想や規制構造が大きく異なります。外国人の個人が住宅を購入する際の厳格な永住権要件、外国法人に対する土地取得の原則禁止、そして国家安全保障の観点に基づく農地取得の完全排除など、日本企業の法務担当者が直感的に予測しにくい特有のハードルが多数存在しています。
しかしながら、現地の法規制の枠組みを正確に理解し、適切な手続きを踏むことで、安全かつ合法的にビジネス基盤を構築することは十分に可能です。建物自体の所有権取得、外資系現地法人(TOO)を通じた事業用地の確保、最長49年にわたる長期借地権の戦略的活用など、事業を推進するための実務的なアプローチはすでに確立されています。とりわけ、投資法による権利保護や、最新のAIFC裁判所の判例からも明らかなように、イングリッシュ・コモンローに準拠したAIFCの管轄合意を契約に組み込むことで、不動産担保権の実行を含む重大な紛争において自社の権利を強力に保全することが可能です。契約書において専属管轄条項を精緻に規定するなどの予防法務を徹底することが、新興国特有の予見不可能なリスクを最小限に抑える鍵となります。
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