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エンタメ業界の契約慣行はどこまで許されるのか?――実演家等取引適正化指針と独占禁止法リスク

エンタメ業界の契約慣行はどこまで許されるのか?――実演家等取引適正化指針と独占禁止法リスク

SNSや動画投稿サイトの普及により、コンテンツは企業主導で流通させるものから、個人が発信し広げるものへと変化しています。

もっとも、コンテンツがビジネスとして展開される過程では、芸能事務所、放送事業者、レコード会社といった事業者が関与する構造は依然として存在します。この中で、取引上の力関係の差を背景に、クリエイターが不利な条件で契約を締結させられるケースが生じています。こうした取引は、単なる業界慣行にとどまらず、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」等に該当する可能性があり、企業にとって無視できない法的リスクとなりつつあります。

これを受けて、内閣官房および公正取引委員会は、取引の適正化を目的として、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」を令和7年(2025年)9月30日付で策定・公表しました。

本記事では、本指針の概要と、エンタメ企業に求められる実務対応について解説します。

取引慣行に潜む法的リスクと取引適正化指針策定の背景

本指針は、政府の経済政策である「新しい資本主義」の一環として位置づけられた「コンテンツ産業活性化戦略」を背景に策定されたものです。同戦略では、「クリエイターが安心して持続的に働ける環境の整備」が重要課題とされ、その具体策として、公正取引委員会による音楽・放送番組分野の取引慣行に関する実態調査が実施されました。

この調査で明らかになったのは、コンテンツ産業における構造的な力関係の偏りです。日本では、芸能事務所が実演家の発掘・育成やプロモーションを担い、その価値を高めるというプロダクションシステムが確立されてきました。この仕組みはコンテンツの質を支えてきた一方で、取引において事業者側が優位に立ちやすい構造を生み出しています。

実際に、調査では、芸能事務所が実演家に対して、また放送事業者やレコード会社が芸能事務所・実演家に対して、優越的な地位にあるケースが広く確認されました。その結果、不利な条件の受入れを余儀なくされるなど、独占禁止法上問題となり得る取引が生じている実態が明らかになっています。

特に、「優越的地位の濫用」や「不公正な取引方法」に該当する可能性のある行為の是正は、喫緊の課題とされています。

この指針が対象とする取引は、この実態調査で問題が確認された以下の3類型です。

  1. 芸能事務所と実演家の取引(専属マネジメント契約など)
  2. 放送事業者等(放送事業者または番組制作会社)と芸能事務所・実演家の取引(番組出演契約など)
  3. レコード会社と芸能事務所・実演家の取引(専属実演家契約など)

実演家の創造性や能力を最大限に引き出し、コンテンツ産業の持続的な成長を実現するためには、これらの取引における公正な競争を確保し、実演家側に適切な収益が還元される環境を整備することが不可欠であり、そのための具体的な行動規範として本指針が策定されました。

取引適正化指針のポイントと実務上の重要論点

指針のポイントと実務上の重要論点

本指針は、上記の3つの取引主体(芸能事務所、放送事業者等、レコード会社)が独占禁止法上の問題を生じさせないために「採るべき行動」として合計17の行動指針を提示しています。

芸能事務所が採るべき行動

芸能事務所は実演家に対し、育成やマネジメントを提供し、多くの場合、取引上優越的な地位に立つことから、特に慎重な行動が求められています。

契約期間・競業避止について

まず、専属義務の期間を定める場合は、契約期間を明確に規定することが求められます。その期間は、実演家の要望も踏まえ双方合意の上で定める必要があり、実演家がより短い期間を希望する場合、芸能事務所は、育成等費用(レッスン費用、プロモーション費などパブリシティ価値向上への投資)を合理的な範囲で回収し、かつ合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間について、実演家に十分説明し、協議する必要があります。

育成等費用は、実演家個人の努力や才覚による成果ではない部分のみを合理的な範囲で考慮すべきであることに留意が必要です。また、契約期間を定めない場合は、実演家が希望するタイミングでの退所を認めることになります。

また、芸能事務所が一方的に契約を更新できる期間延長請求権は、実演家が被る不利益が大きいため、例外的にしか許容されません。規定する場合は、育成等費用の回収や収益確保の必要性が認められる場合に限り、1回に限るなど合理的な範囲で行使できるものとし、契約締結時等にその必要性や範囲も含め十分説明し、協議する必要があります。また、行使する際は、金銭的補償による代替を検討した上で、必要な期間に限定すべきです。

契約終了後の一定期間または無期限で芸能活動を制限する競業避止義務等は、実演家の自由な活動を阻害するものであり、原則として契約上規定すべきではありません。例外的に保護すべき営業秘密がある場合でも、実演家の活動を制限しない秘密保持契約の締結をまず検討すべきといえます。

移籍・独立に係る妨害行為について

実演家が退所する際に金銭的給付(移籍金等)を要求する場合、それは育成等費用の回収や合理的な収益確保のため、必要かつ相当と認められる範囲に限定すべきです。移籍・独立の妨害を目的とした不相当に高額な要求は、実演家の自由な取引を阻害し、優越的地位の濫用となる可能性があります。

要求を行う場合には、金額の算定根拠を実演家に示した上で、その必要性および相当性について十分に説明し、協議する必要があります。

また、実演家に過度な負担が生じないよう配慮も求められます。具体的には、退所後も一定期間は収入の一部を支払うものの、その割合が年々減少していく仕組み(いわゆるサンセット条項)の導入や、移籍先の事務所を含めた協議を行うことが考えられます。

芸能事務所は、実演家が円滑に移籍・独立できるよう適切に対応し、妨害するような言動をしないことが求められます。特に、移籍・独立した実演家について、放送事業者等に対し、円満退所でなかったことやトラブルがあったことを伝えて、起用しないよう忖度させたり、トラブルの可能性を思わせたりする言動は避ける必要があります。これは独占禁止法上の取引妨害に該当する可能性があります。

実演家の権利・待遇・透明性について

実演家の成果物に係る各種権利等(著作権、パブリシティ権など)の利用許諾について、芸能事務所が権利を保有し続ける場合であっても、合理的な理由がなければ利用を許諾すべきです。許諾しない場合は理由を十分に説明しなければなりません。

また、芸名等(芸名またはグループ名)の権利を芸能事務所に帰属させる場合は、契約に明確に規定し、説明・協議が必要です。退所後の芸名等の使用についても、合理的な理由が無い限り制限せず、制限する場合も合理的な使用料の支払等の代替手段も含め、合理的な方法とし、理由を説明・協議すべきです。

報酬(二次使用料、SNSやファンクラブ運営、グッズ販売収益等の配分を含む)、歩合の率、実演家が負担する経費等の条件は、契約締結時または更新時等に、実演家と十分な協議を行った上で、できる限り契約上明記する必要があります。また、契約に規定していない経費を実演家に請求する場合は、十分説明し、協議の上、合意された場合にのみ行うべきです。

業務の依頼については、実演家が独立した事業者として業務を選択できる立場にあることから、芸能事務所は業務を強制してはなりません。実演家が希望しない業務であっても、育成等の観点から依頼する場合は、その必要性を十分に説明し、協議した上で、実演家本人が納得した場合に限り引き受けるべきです。特定の業務を拒否した実演家に対し、合理的な理由なくその他の業務も含めて営業活動を行わないといった報復等を行ってはならないことも明記されています。

契約の透明性を確保するため、契約内容を明確化した上で契約を書面で行うことが求められます(特に若年の実演家との契約)。重要な契約内容(専属期間、報酬、権利帰属など)については、その目的を含め積極的に十分に説明し、実演家が弁護士等に相談できるよう、契約案提示から締結まで一定の期間を設ける(その場での強要はしない)といった配慮が必要です。

さらに、報酬を歩合制で支払う場合は、実演家の業務ごとの契約金額の総額、芸能事務所と実演家への分配額/比率、報酬から差し引く費用等の項目及び金額を明示し、実演家が報酬の妥当性を確認できるようにすべきです。

放送事業者等が採るべき行動

放送事業者等も、芸能事務所・実演家に対して優越的地位に立つことがあるため、取引条件の交渉機会確保と透明性確保が求められます。

業務依頼時に、報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など、可能な限り具体的な契約条件を書面等(メールや電子ファイル等を含む)で示す必要があります。また、契約条件を一方的に提示・変更するのではなく、交渉の機会を設け、十分に説明し、協議することが求められています。文化庁が公表している「実演家の出演に関する契約書のひな型例」なども参考に、契約の書面化を推進すべきといえます。

レコード会社が採るべき行動

レコード会社は、専属実演家契約における契約終了後の活動制限について、その合理性が問われています。

契約終了後の一定期間、他のレコード会社での「新たな録音(収録)」を禁止する実演収録禁止条項を設ける場合には、その必要性および相当性を十分に検証し、実演家に対して説明・協議することが求められます。なお、これはあくまで新たな収録を対象とするものであり、ライブでの歌唱や既存音源の利用まで制限するものではありません。

フリーライドの防止とは、過去にレコード会社が投資して制作・プロモーションを行った楽曲について、実演家が移籍後に他社で新たに収録・販売することで、元のレコード会社がその成果を回収できなくなる状況を指します。

もっとも、こうした理由のみをもって契約終了後の実演収録を一律に禁止することは、合理的な理由を欠くものとして許容されません。

また、既にリリースした楽曲等の再収録を禁止する再録禁止条項については、合理的な範囲での投資回収や収益確保のために必要な楽曲についてのみ対象とする必要があります。起算点についても、個別の楽曲のリリース時点とすることを含め、必要性・相当性が認められる方法で設定すべきです。長期間経過し、回収・確保ができている楽曲については、再録を認めるなど柔軟に対応すべきです。

取引適正化指針に対してエンタメ企業が求められる対応

エンタメ企業として求められる対応

本指針は、エンタメ企業に対し、従来の業界慣行や契約実務を抜本的に見直し、法令遵守を徹底することを強く求めています。

法令遵守の徹底とリスク管理体制の確立

本指針が示した「採るべき行動」に沿わない行為は、公正な競争を阻害し、独占禁止法に違反するおそれがあります。特に、優越的地位の濫用に該当する場合、公正取引委員会による厳正な対処の対象となります。

さらに、実演家が特定の業務を請け負うフリーランスに該当する場合、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)や、場合によっては「中小受託取引適正化法」(取適法)も適用されます。

特に留意すべきは、フリーランス・事業者間取引適正化等法が定める、業務委託時の取引条件の明示義務です。業務を委託した事業者は、直ちに報酬の額、支払期日等の取引条件を書面等で明示しなければなりません。

報酬に関する一方的な決定(買いたたき)、業務の強制、契約の書面化・明細の不履行といった行為は、これらの法令に違反する可能性があります。企業は、独占禁止法上のリスクだけでなく、フリーランス・事業者間取引適正化等法の適用を受ける可能性も念頭に置き、コンプライアンス体制を構築する必要があります。

契約実務の透明化と協議の定着

企業として求められる最も基本的な対応は、契約実務の透明化と、実演家との対等な協議の機会の定着です。

契約書面化と重要事項の説明の徹底

契約書面が存在しない慣行や、重要事項について十分な説明を欠く慣行は、優越的地位の濫用を誘発する最大の原因となります。契約の書面化を徹底し、特に専属期間、期間延長請求権、権利帰属、報酬・経費負担といった重要な条項について、その目的を含め、実演家が納得できるまで説明し、協議を尽くすプロセスを標準化すべきです。

また、実演家が若年層である場合は、法定代理人に必ず同席してもらい、契約締結までに一定の検討期間を設けるといった、特段の配慮が求められます。

報酬・経費の明確化と明細の開示

歩合制を採用する場合、報酬決定の根拠(契約金額の総額、分配比率、控除費用)を実演家に明確に開示し、報酬の妥当性を実演家自身が確認できるようにすることが必要です。報酬や経費の決定を一方的に行ったり、事後的に不明瞭な費用を差し引いたりする行為は、優越的地位の濫用または買いたたきとなり得ます。

業界団体との連携と規範の共有

企業は、業界団体とも連携し、実演家の移籍を制限したり、特定の活動を共同で妨害したりする行為(不当な取引制限や共同の取引拒絶)が断じて許されないという規範を共有し、各社の自主的な判断による公正な競争を確保しなければなりません。

まとめ:取引適正化指針については専門家に相談を

本指針は、実演家と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との間の取引において、公正かつ健全な取引慣行を確立するための、羅針盤となるものです。コンテンツ産業の競争力の源泉が「個人」の創造性に移りつつある現代において、実演家への適切な収益還元と、彼らが能力を最大限に発揮できる環境の整備は、業界全体の持続的な成長に直結します。

この指針を単なる規制対応としてではなく、コンテンツ産業の未来を築くための業界標準として捉え、社内体制および取引慣行の抜本的な見直しに、継続的に取り組んでいく必要があるといえます。

上記のような対応にあたっては、法律とコンテンツ産業の双方に精通した弁護士への相談が有用です。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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