声は著作権法では守られない?生成AI時代の「声の権利問題」をわかりやすく解説

2026年5月、人気声優・津田健次郎氏が、自身の声を生成AIで無断模倣した動画を投稿されたとして、TikTokの運営会社を提訴しました。生成AIによる声の無断利用を巡る訴訟は国内初とみられ、大きな注目を集めています。
AI技術の進化により、有名人の声を簡単に再現できるようになった今、「声の権利」を巡るトラブルが急増しています。しかし、実は著作権法では、「声そのもの」に著作権を認めていません。では、津田氏の主張はまったく認められないのでしょうか?
本記事では、著作権の基本から、著作隣接権、パブリシティ権といった声を守るための法的武器、そして現在進行形で進む行政・業界のルール整備の動向まで、「声の権利問題」をわかりやすく解説します。
この記事の目次
国内初、声優・津田健次郎氏がAI音声模倣でTikTokを提訴
2026年5月、人気声優の津田健次郎氏が、生成AIで自身の低音ボイスを無断模倣した動画が公開されたとして、TikTokの運営会社を相手取り動画削除を求める訴えを東京地裁に起こしました。
問題となったのは、オカルトや雑学をテーマにした計188本の動画です。これらは平均147万回も再生され、投稿者は月50万〜75万円の広告収益を得ていたとされます。津田氏側は当初、投稿者の特定を試みたものの、プロバイダのログ保存期間が過ぎていたため断念。プラットフォームであるTikTok側へ削除を直接求める異例の提訴に至りました。「声の無断利用」を巡る国内初の本格的な裁判として、大きな注目を集めています。
参考:埼玉新聞|「AIで声模倣」と提訴 人気声優、動画削除を請求
「声の権利」は著作権法で守られるか
それでは、「声の権利」は著作権法により保護されるのでしょうか?
著作権の問題を考えるうえでは、「著作権法では何が保護され、何が保護されないのか」を整理することが重要です。まずは著作権の基本をおさらいしておきましょう。
著作権法が守るのは「声」ではなく「表現」
結論から言えば、現行法の解釈では、声そのものに著作権は認められません 。
著作権とは、思想や感情を創作的に表現したもの(著作物)を保護するための権利です。小説、音楽、絵画、映画、プログラムなどがこれに該当します。著作権は、作品を創作した時点で自動的に発生し(無方式主義)、原則として著作者の死後70年間にわたって保護されます。
ここで重要なのは、著作権が守るのはあくまで「創作的な表現」であり、アイデアそのものや、単なるデータ、事実などは保護の対象にならないという点です。この「表現」というキーワードが、声の権利を考える上で大きな壁となります。
例えば、歌手が歌う楽曲や、声優が吹き込むセリフの表現には著作権が発生します。これらは「音楽の著作物」や「言語の著作物」に該当するからです。しかし、普通の会話や日常の話し声には創作性がないため、著作権の対象にはなりません。
声が保護されるのは、それが創作性を伴う表現行為に結びついている場合に限られます。言い換えれば、著作権が守るのは「声という素材」ではなく、「その声を通じて表現された内容」なのです。そのため、AIに特定の声優の声を学習させ、全く別の新しい文章を読み上げる声を生成した場合、元の著作物(台本やアニメ作品)の表現を直接引用していない限り、著作権侵害を問うのは非常に難しいのが現状です。
著作隣接権も「声そのもの」は守らない
では、「著作隣接権」はどうでしょうか。著作隣接権とは、歌手や俳優などの実演家が、著作物を伝達する行為に対して与えられる権利です。
しかし、これも声そのものを保護するための権利ではありません。著作隣接権はあくまで「伝達行為(実演)」を前提としています。例えば、藤田咲さんの声を元に作られた「初音ミク」の音声データは、声の質を素材として利用していますが、これ自体は著作隣接権の保護範囲外と考えられています。
文化庁の資料でも、特定の声優に似せた声をAIで生成した場合について、「実演の録音そのものではないものの、特定の声優に似せた声をAIで生成し、既存の楽曲を歌わせる等した音源や動画を作成するが、特定の声優の氏名・肖像や当該声優が演じるキャラクター名及びそのイラストのいずれも用いない場合」には、著作権法上の権利が及ばない可能性を示しています。
参考:文化庁|生成AIによる声優を模した声の生成・利用と著作権との関係について
パブリシティ権と不正競争防止法は声の権利を守れるか

著作権も著作隣接権も使えないとなると、無断で声を生成された声優やアーティストは泣き寝入りするしかないのでしょうか。ここで登場するのが「パブリシティ権」という考え方です。
パブリシティ権とは
パブリシティ権とは、有名人の氏名や肖像が持つ「顧客吸引力(人を惹きつける経済的価値)」を保護する権利です。
「ピンク・レディー事件」の最高裁判決(平成24年)がこの分野のリーディングケースとなっており、同事件の調査官解説では、パブリシティ権侵害の対象となる「肖像等」には、サイン、署名、声、ペンネーム、芸名等が含まれるとされています。つまり、声優や歌手のように、その声自体に顧客吸引力が認められる場合、パブリシティ権を使って、無断利用に対して、差し止めや損害賠償が認められる可能性があります。
しかし、パブリシティ権は法律の条文に明記された権利ではなく、裁判例の積み重ねによって形成されてきた権利です。そのため、どのような場合に侵害が成立するのか、明確な基準が確立されていないという弱点があります。
ビジネスとしてのフリーライドを防ぐ不正競争防止法
著作権法やパブリシティ権とは別に、今回の訴訟で津田氏側が主張の柱としているのが「不正競争防止法(不競法)」違反です。
不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争を守るための法律です。他人が苦労して築き上げたブランドや知名度、商品としての価値にタダ乗り(フリーライド)して利益を得るような行為を「不正競争行為」として禁止しています。
文化庁や経済産業省の議論でも、生成AIによる声の無断利用がこの不競法に抵触する可能性が指摘されてきました。例えば、著名な声優の声には、それ自体に高い「商品の識別力」や「ブランド価値」があります。そのため、本人の許可なくその声を模倣した動画を公開し、多額の広告収入を得る行為は、「他人の著名な商標や商品表示を不正に利用してビジネスを行っている(著名表示冒用行為)」とみなされる可能性があるのです。
パブリシティ権が「有名人個人の権利」を守るものであるのに対し、不正競争防止法は「市場における経済活動のルール」という側面からアプローチします。今回のケースのように、無断生成されたAI音声によって投稿者が実際に巨額の利益(月50万〜75万円の広告収益)を得ていた場合、この不競法による差し止めや損害賠償の請求が非常に強力な武器となります。
津田健次郎氏 vs TikTok訴訟が示すもの
こうした曖昧な状況に一石を投じたのが、冒頭の津田健次郎氏の訴訟です。
津田氏側は、無断生成された動画が津田氏の声と誤認させ、視聴者を引きつけているとして、不正競争防止法違反およびパブリシティ権侵害を主張しています。一方のTikTok側は「普遍的な男性の声」であり混同は生じない、視聴者は声に引きつけられていないとして真っ向から反論しています。
この裁判は、生成AIによる声の模倣がどこまで許されるのか、パブリシティ権や不正競争防止法がAI音声にどう適用されるのかを示す、極めて重要な試金石となります。
「声の権利」保護への業界・行政の動き
生成AIによる声の無断利用が社会問題化する中で、業界団体や行政も、法整備やルール作りに向けた動きを本格化させています。
「NOMORE無断生成AI」13団体の連携
司法の判断を待つだけでなく、音声業界も自衛に動いています。
日本俳優連合(日俳連)、日本芸能マネージメント事業者協会(マネ協)、日本声優事業社協議会(声事協)など13団体は、「ノーモア無断生成AI」という啓発活動を展開しています。勝手に声優の声で歌わせたり、ポルノ動画に悪用されたりする被害が後を絶たないためです。
彼らが求めているのは以下の3項目です。
- AI生成物であることの明記
- 本人の許諾
- 吹き替えへの生成AI不使用
日俳連の池水通洋代表理事は「話は聞いてもらえる。だが事態はまったく改善しない」とコメントしており、現在の無秩序なAI利用を防ぐには法律による規制が必要だと訴えています。
行政の現在地:法務省・文化庁・経産省が動き出した
業界の意見を受け、国もようやく本格的なルール整備に乗り出しました。現在、以下の3省庁が連携して議論を進めています。
| 担当省庁 | 主な動きと方針 | 時期 |
|---|---|---|
| 文化庁 | 著作者人格権や著作隣接権とAIの関係(俳優・声優等の声を含んだ実演の利用等)について検討を継続。 | 令和6年3月〜 |
| 経済産業省等 | 「知的財産推進計画2024」において、生成AIにおける俳優や声優等の声の利用に関し、不正競争防止法等との関係整理を方針化。 | 令和6年6月〜 |
| 法務省 | 「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を設置。民法709条(不法行為)の適用要件を整理し、民事責任の予測可能性を高めることを目指す。 | 令和8年4月〜 |
特に法務省の検討会は、これまでの判例法理(パブリシティ権など)の曖昧さを整理し、生成AIによる声の無断利用に対してどのような場合に損害賠償や差し止めが認められるのか、明確なガイドラインを作るための重要な一歩となります。
声の権利保護に関する今後の課題

現在の法的枠組みでは一定の保護が可能になりつつある一方で、なお多くの課題や限界も指摘されています。
「有名人の声」だけが守られる問題
パブリシティ権を軸にした保護には限界もあります。パブリシティ権は「顧客吸引力」を前提とするため、著名な声優や歌手の声は守られても、無名のナレーターや一般人の声は保護の対象外となる可能性が高いのです。
声は単なる音ではなく、その人の個性やアイデンティティそのものを表す重要な要素です。人格権の観点から、一般人の声も含めた包括的な保護の枠組みが求められています。
海外との比較:米国はすでに「デジタルレプリカ権」を制定
法整備の面で日本は海外から遅れを取りつつあります。
米国では、カリフォルニア州が2024年に、ニューヨーク州が2020年に「デジタルレプリカ権」という新たな法律を制定しています。これは、本人の声や容姿であることが容易に識別できるデジタルレプリカを無許諾で作成・頒布する行為を明確に禁じるもので、死後も数十年にわたって権利が保護されます。
日本が判例の解釈で手探りを続けている間に、海外ではAI時代に特化した新しい権利が次々と誕生しているのです。
国際的なルール整備が急務
日本の声優の技術はファンに支えられ、世界一とも評されています。しかし、写真やイラストと同様に、音声もAIによるストックビジネス化が進めば、激しいコスト抑制圧力にさらされます。
声優の権利を守ることは、日本の誇るコンテンツ産業を守ることと同義です。国際的なルールと調和させながら、日本発の「声の保護ルール」を確立し、コンテンツの価値を高める戦略が急務となっています。
まとめ:生成AIによる権利侵害については専門家に相談を
声は誰のものか。技術が急速に進化する今、私たちはこの根源的な問いに向き合っています。今回の津田健次郎氏による訴訟は、現行法の「隙間」とも言える声の権利問題に対し、司法がどのような判断を下すのかという重要な試金石となるでしょう。
声を守るための法整備は国を挙げて進められていますが、現状は著作権、パブリシティ権、不正競争防止法などが複雑に絡み合い、ケースバイケースの法解釈が求められます。声を活用するクリエイターも、企業のマーケティング担当者も、今後の裁判の動向を注視し、リーガルリスクを正しく把握することが不可欠です。少しでも不安がある場合は、ITと知的財産権の双方に強い専門家へ早期に相談することをおすすめします。
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