役員等賠償責任保険契約とは?会社法改正後の手続きや会社補償との違いを解説
令和元年(2019年)の会社法改正で「役員等賠償責任保険契約」に関する規定が新たに創設されました。少し耳慣れない名前の規定ですが、分かりやすく言えば、「株式会社の役員が業務の際に発生させてしまった損害賠償請求を、保険で支払うことを認めよう」という制度です。
ただし、手続き面では複雑ですし、そもそもその内容について詳しく理解できていない方も多いでしょう。さらに、役員等の経済的負担を填補するという点では同様の会社補償という制度もあり、両条項の違いがわからないという方もいるかもしれません。
改正によって、行わなければならない手続きも定められたため、役員等賠償責任保険契約への理解は深めておく必要があります。
この記事では、役員等賠償責任保険契約の概要や会社補償との相違点について解説します。
この記事の目次
役員等賠償責任保険契約とは?
役員等賠償責任保険契約の意義
「役員等賠償責任保険契約」とは、役員等が業務の遂行に際して損害賠償請求を受けたことによる損害について、保険金が支払われる保険契約のことを指します。
これは令和元年(2019年)の改正会社法430条の3に規定された内容です。
(役員等のために締結される保険契約)
第430条の3 株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が補填することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第三項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
会社法|e-Gov法令検索
この規定には、主として会社役員賠償責任保険(D&O保険)が該当します。
役員等賠償責任保険契約には以下のような意義が認められています。
- 会社にとって役員等として優秀な人材を確保すること
- 役員等が職務を執行するに際して損害を賠償する責任を負うことを過度に恐れることによってその職務の執行が萎縮してしまわないように、役員等に対して適切なインセンティブを与えること
このようなメリットに鑑み、役員等賠償責任保険契約は上場会社を中心に実務において広く普及しているのです。
改正会社法で役員等賠償責任保険契約が規律された背景
役員等賠償責任保険契約に関する規定は、契約内容の適正性を確保するための手続などを整備する目的で定められました。
これは、役員等賠償責任保険契約に以下のような問題点があることが背景にあります。
- D&O保険の内容によっては、役員等が職務を執行する際の適正性が損なわれるおそれがあること
- 取締役または執行役を被保険者とするものについては株式会社と取締役等との利益が相反するおそれがあり、会社法356条1項3号の利益相反取引に該当し得ること
このような状況を踏まえ、D&O保険等の契約締結にあたり会社側が行わなければならない手続きを明確化する必要性が指摘されており、令和元年の改正会社法によって新たに整備されました。役員等賠償責任保険契約に関する規定は、保険が適切に運用されるように新たに設定されたルールといえます。
対象となる保険
役員等賠償責任保険契約には該当する保険と該当しない保険があります。これは上述の会社法430条の3第1項に基づき分類されます。
役員等賠償責任保険契約に該当する保険は、D&O保険とこれに準ずる保険です。会社法430条の3第1項に定められる以下の定義に当てはまる契約といえます。
一方で役員等賠償責任保険契約に該当しない保険は、上記の会社法430条の3第1項括弧書に定められています。ここでいう法務省令で定める保険とは会社法施行規則第115条の2に挙げられており、例えば、以下に当てはまる保険は役員等賠償責任保険契約の対象となりません。
- 会社の損害を補填することが主たる目的であるもの(例:PL保険、CGL保険)
- 役員等の職務上の義務違反と関連しないもの(例:自動車損害賠償責任保険、海外旅行保険)
役員等を被保険者とする保険が全て役員等賠償責任保険契約に当てはまるわけではない点に注意しましょう。
役員等賠償責任保険契約の内容の決定に関する手続き
会社法430条の3第1項によって、新しく役員等賠償責任保険契約の内容を決定する際の手続きが定められました。
会社法430条の3第1項によると、株式会社が役員等賠償責任保険契約の内容を決定するには、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議を得る必要があります。これは会社法356条の利益相反取引に準じる規律です。
(競業及び利益相反取引の制限)
356条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
(中略)
3号 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
会社法|e-Gov法令検索
役員等賠償責任保険契約は、内容によっては利益相反性が高くなってしまうものがあります。また、その内容が役員等の職務執行の適正性に影響を与えるおそれがあることから、このような規律が設けられました。
役員等賠償責任保険契約の内容を決定・変更する際には、株主総会もしくは取締役会の決議が必要になることを把握しておきましょう。
なお、取締役または執行役を被保険者とする保険契約の締結については、会社法356条等の利益相反取引に関する規定は適用されません。(会社法430条の3第2項)
これは、会社法430条の3第1項で利益相反取引に準ずる規律が新たに設けられたことによるルールの重複を避けるためです。
役員等賠償責任保険契約に関する情報開示
会社法の改正により、役員等賠償責任保険契約に関して行わなければならない情報開示が2つ新設されました。
- 公開会社の事業報告における情報開示
- 役員選任議案に関する株主総会参考書類における情報開示
それぞれ詳しく見ていきましょう。
公開会社の事業報告において
役員等賠償責任保険契約に関して、事業年度の末日において公開会社である株式会社等については、次の事項を事業報告の内容に定める必要があります。(会社法施行規則121条の2)
- 被保険者の範囲(氏名の記載は必要ない)
- 保険契約の内容の概要
2つ目の保険契約の内容の概要について、具体的には次の次項が含まれます。
- 被保険者の実質的な保険料負担割合
- 填補対象となる保険事故の概要
- 当該保険契約によって役員等の職務の執行の適正が損なわれないようにするための措置を講じている場合にはその内容
自社が公開会社である場合には、情報開示の項目に抜けがないか確認しておきましょう。
役員選任議案に関する株主総会参考書類において
役員選任議案に関する株主総会において、候補者を対象とする保険契約を締結しているときまたは締結する予定があるときは、情報開示をしなければなりません。
役員選任議案に関する株主総会参考書類の開示事項として、役員等賠償責任保険契約の内容の概要を記載しましょう。
役員等賠償責任保険契約と会社補償の違い
改正会社法430条の2にて、会社補償に関する規律も新たに設けられました。
役員等賠償責任保険契約と会社補償は以下のような共通点があり、似た制度といえます。
- 役員等の経済的負担を填補する制度である
- 会社と役員等が構造的に利益相反する関係になる制度である
一見するとあまり違いがわからない両制度ですが、いくつかの相違点があります。両制度の違いを整理し、使い分けられるようにしましょう。
契約の当事者
役員等賠償責任保険契約と会社補償は、契約の当事者が異なります。
役員等賠償責任保険契約の当事者は、「保険契約」である以上、当該株式会社と保険会社です。保険会社に対して保険料を負担するのは、当該株式会社となります。
一方で、会社補償の当事者は当該株式会社と役員等です。
会社側から見たときの契約相手が異なる点を整理しておきましょう。
填補の主体
費用の負担や損害の補償など実際に補償が行われるときの填補の主体が、両制度では異なります。
役員等賠償責任保険契約では、填補の主体は保険会社となります。会社が保険会社に保険料を支払っており、役員に経済的負担が生じた場合は保険会社から役員に保険金が支払われるという形です。
一方で会社補償では、填補の主体は当該会社となります。役員に生じた損害賠償金等を当該会社が補償するという形であり、役員・会社間の利益相反関係がより直接的な構造といえるでしょう。
填補の対象
両制度がそれぞれ填補の対象とできる内容についても相違点があります。
役員等賠償責任保険契約の填補の対象は、保険契約にて定められる内容です。
一方で会社補償の填補の対象は、会社法430条の2第2項に定められる範囲内でのみ決定できます。
それぞれのルールを確認しておきましょう。
填補の範囲
両制度はそれぞれ填補できる範囲も異なります。
役員等賠償責任保険契約では、損害や費用の全額を填補できるとは限りません。免責事由や免責金額、支払限度額等に関する保険法上又は契約上の制約などがあるためです。
一方で会社補償では、会社法430条の2に反しない限りは損害や費用の全額を填補することが理論上は可能となります。
填補できる範囲は契約前に確実に整理しておきましょう。
費用の前払い
費用の前払いが可能かどうかは制度により異なります。役員等賠償責任保険契約では、費用の前払いは通常できません。一方で、会社補償では費用の前払いを行えます。
役員等賠償責任保険契約と会社補償のどちらを利用する?
役員等賠償責任保険契約と会社補償は、適用場面を検討した上で使い分けるようにしましょう。
両制度は基本的に同じ目的で使われる制度であり、上述した相違点は相互に補完し合うためにあるといえます。
例えば、役員等賠償責任保険契約を締結している場合でも、会社補償を利用することによってカバーしきれない損失について填補対象とすることができるでしょう。
また、D&O保険の支払限度額を引き上げるために、会社はより多額の保険料を支払うことになります。しかし、会社補償を利用することでこのような保険料の負担をなくしながら損失の填補に対応できるようになるでしょう。
このように、役員等賠償責任保険契約と会社補償はどちらか一方を選ぶものではありません。状況に応じてそれぞれの利点を活かした導入を検討してください。
まとめ:役員等賠償責任保険契約に関する規定の確認と理解が必須
令和元年の会社法改正により役員等賠償責任保険契約に関する規定が新設され、役員等賠償責任保険契約に関わる手続等が明確化されました。これにより役員等の職務執行の適正性をより確保しやすくなったといえます。
また、同じく新たに規律された会社補償の制度は、役員等賠償責任保険契約といくつか相違点があるものの、適用場面を検討した上で使い分けるべきものです。
会社法に定められたルールを整理し、それぞれの制度が持つ利点を活かした契約の締結ができるように検討を進めてみてください。
保険契約の締結では複雑なルールの理解や手続きの確認が避けられません。着実に契約締結を進めるためには、専門家からアドバイスをもらうことをおすすめいたします。
当事務所による業務のご案内
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証上場企業からベンチャー企業まで、さまざまな案件に対する契約書の作成・レビューを行っております。契約書の作成・レビュー等については、下記記事をご参照ください。
モノリス法律事務所の取扱分野:契約書作成・レビュー等
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務