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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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シンガポールの薬機法・医療機器規制を解説

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シンガポールの薬機法・医療機器規制を解説

東南アジアの経済ハブとして機能するシンガポール共和国(以下、シンガポール)は、高度な医療インフラと透明性の高い法制度を有しており、日本の医療関連企業にとって極めて魅力的な進出先となっています。しかしながら、他国でビジネスを展開する際と同様に、現地での事業継続と競争力の強化を図るためには、現地特有の法的リスクを正確に把握し、適切な防衛策を講じることが不可欠です。

シンガポールの医療機器規制は、保健科学庁(HSA)が「健康製品法(Health Products Act)」に基づき厳格に管理しており、人体に及ぼすリスクに応じたクラス分類(クラスAからクラスD)によって、製品の登録および事業者のライセンス取得が法律で義務付けられています。高リスク機器であるクラスBからクラスDについては事前の製品登録が必須となりますが、日本の薬機法に基づく厳格な審査を経て承認された製品については、簡略化された審査ルートが利用可能という特例が設けられています。これは、すでに日本市場で高い品質と安全性を証明している日本企業にとって、シンガポール市場への迅速な参入を可能にする圧倒的なアドバンテージとなります。

一方で、日本法とは異なる概念や規制も多数存在します。例えば、日本では製造販売業者が独自の品質保証体制を構築して直接的な責任を負いますが、シンガポールでは現地法人が「登録担当者(Registrant)」として製品登録を行い、海外製造元の品質管理システムに依拠しつつ、当局に対する報告義務や法的な窓口としての重い責任を負う仕組みが採用されています。また、近年急速に発展しているソフトウェア医療機器(SaMD)や人工知能(AI)を搭載した医療機器に対するサイバーセキュリティ要件は、独自のガイドラインによって非常に厳しく管理されています。さらに、無許可での製品供給や当局への虚偽申告に対しては、健康製品法に基づき高額な罰金や禁錮刑といった厳しい刑事罰が科されるだけでなく、実際の裁判においても意図の有無にかかわらず当局への情報開示義務違反が厳格に問われる判例が出ています。

したがって、日本企業がシンガポールで安全かつ戦略的にビジネスを展開するためには、自社製品のリスク分類を正確に評価し、最新のデジタルプラットフォームを用いたライセンス手続きを遵守するとともに、現地の登録担当者を通じた強固なコンプライアンス体制を構築することが求められます。本記事では、日本人の経営者や法務部員に向けて、シンガポールにおける医療機器規制の全体像と実務上の重要ポイントについて、日本の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、薬機法)との比較を交えながら徹底的に解説します。

シンガポールにおける医療機器規制の基本構造と日本法との異同

管轄当局と根拠法となる健康製品法

シンガポールにおいて医療機器の規制を管轄しているのは、保健省(Ministry of Health)の傘下に置かれている保健科学庁(Health Sciences Authority:HSA)です。HSAは、日本の厚生労働省や独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相当する国家機関であり、医療機器のみならず医薬品や化粧品などの健康製品全般の安全性と有効性を一元的に監督しています。このHSAによる規制の法的根拠となっているのが、2007年に制定された「健康製品法(Health Products Act)」です。この法律は、従来の複数の法律に分散していた規制を単一の枠組みに統合したものであり、製品の設計開発から市場投入、そして市販後監視に至るまでの製品ライフサイクル全体を包括的に規定しています。具体的に医療機器に特化した詳細な手続きや義務については、同法の下位規則である「健康製品(医療機器)規則2010(Health Products(Medical Devices)Regulations)」において定められています。

健康製品法第15条では、HSAに未登録の健康製品を市場に供給することが明確に禁止されており、第16条では粗悪品や偽造品の供給が禁止されています。これらの規定に違反した場合には多額の罰金や自由刑が科される可能性があり、企業にとっては事業継続を脅かす重大な法的リスクとなります。この法令構造に関する公式な情報は、シンガポール法務省の法令データベースで確認することができます。

参考:シンガポール法務省法令データベース(Health Products Act)

規制の根本概念と日本の製造販売業者制度との決定的な違い

日本の薬機法とシンガポールの健康製品法は、いずれも患者の安全を確保し有効な医療機器を市場に供給するという目的を共有しており、国際的なガイドラインに基づいたリスクベースのアプローチを採用している点ではほぼ同じです。しかしながら、その運用方針や事業主体に関する概念には、ビジネススキームの構築を左右する重要な違いが存在します。

日本の薬機法では、医療機器を市場に流通させる責任主体として「製造販売業者(MAH)」という独自の制度が設けられています。日本の製造販売業者は、国内に総括製造販売責任者、品質保証責任者、安全管理責任者の三役を設置し、GVP(製造販売後安全管理基準)やGQP(製造販売品質保証基準)に基づく極めて重い独自の品質保証義務と安全管理義務を負います。外国の製造業者が日本市場に参入する場合は、自ら日本法人の製造販売業者を設立するか、選任製造販売業者(DMAH)を指定しなければなりません。

一方、シンガポールにおいてこれに対応する役割を担うのが「登録担当者(Registrant)」です。シンガポールの登録担当者は、HSAに対して製品登録の申請を行い、承認後も当局との公式な窓口となるシンガポール国内に登記された事業体です。健康製品(医療機器)規則2010の第VIII部において、登録担当者には、当局の執行命令に従う義務(規則第31条)、製品が安全性と性能の要件を満たしていることを確保する義務(規則第36条)、製品の欠陥や有害事象を発見した際の報告義務(規則第42条および第43条)、そしてフィールドセーフティ是正措置(FSCA)や製品回収に関する報告義務(規則第46条および第47条)といった厳格な法定義務が課されています。

しかし日本法との決定的な違いは、シンガポールの登録担当者は日本のように国内で独自の高度な品質保証体制を一から構築する必要はなく、基本的には海外の製造元が取得している品質マネジメントシステム(ISO 13485など)の認証証明に依拠することが認められている点です。これにより、シンガポールの制度は、グローバルに流通している医療機器をいかに効率的かつ安全に国内に導入するかに特化した制度設計になっているということが言えるでしょう。したがって、日本企業がシンガポールに進出する際には、自社の機密情報を保護しつつ、これら現地の法的義務を適切に遂行できる信頼性の高い現地法人または規制コンサルティング会社を登録担当者として選定することが、最初に取り組むべき重要な防衛策となります。

この登録担当者の要件に関する公式なガイダンスは、保健科学庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:保健科学庁の公式ウェブサイト(Medical Devices Regulatory Overview)

リスクに基づくシンガポールの医療機器クラス分類と製品登録制度

リスクに基づくシンガポールの医療機器クラス分類と製品登録制度

4段階のリスク分類と対応する要件

シンガポールの医療機器規制における最大の特徴は、製品が人体に及ぼす潜在的なリスクに応じた4段階のクラス分類制度です。HSAの公式ガイドライン(一般医療機器向けのGN-13および体外診断用医薬品向けのGN-14)に従い、医療機器は以下の通り分類されます。

クラス分類リスクレベル具体的な製品例事前製品登録の要否
クラスA低リスク聴診器、検査用手袋、一般的な車椅子原則不要(通知のみ)
クラスB低〜中リスクコンタクトレンズ、歯科用充填材、一部の医療ソフトウェア必須
クラスC中〜高リスク人工呼吸器、整形外科用インプラント、血糖測定器必須
クラスD高リスク心臓ペースメーカー、HIV診断キット、心臓弁必須

日本の薬機法における一般医療機器(クラスⅠ)、管理医療機器(クラスⅡ)、高度管理医療機器(クラスⅢおよびⅣ)という分類と概ね対応していますが、ソフトウェアの扱いなど個別の製品によっては分類基準の解釈に微妙な差異が生じるため、シンガポールの基準に基づいた厳密な評価が求められます。

クラスAに分類される製品は、HSAへの事前の製品登録(Product Registration)が免除されています。しかし、製品登録が免除されているとはいえ、法規制の対象外となるわけではありません。クラスA製品であっても、市場に供給する前にはオンラインプラットフォームを通じて製品概要の通知(Notification)を行う必要があり、輸入や卸売を行うための事業者ライセンスの取得は必須です。一方、クラスB、クラスC、およびクラスDに分類される製品については、市場に供給する前にHSAによる事前審査を受け、製品登録を完了させることが法律で厳格に義務付けられています。

現地登録担当者を通じた厳格な製品管理

クラスB以上の製品登録を行う際、登録担当者はASEAN共通提出用ドシエテンプレート(CSDT)に基づき、製品の技術詳細、設計検証と妥当性確認の要約、臨床評価報告書、リスク分析、製造工程などの膨大な資料をHSAのオンラインシステムに提出する必要があります。さらに、製品が承認された後も、製造工程の変更、ラベルの変更、新しい適応症の追加など、登録された医療機器に関するあらゆる変更を実施する前に、HSAに事前通知(Change Notification)を行い、必要に応じて承認を得る義務があります。これらを怠った場合はコンプライアンス違反となり、登録の取り消しや製品の回収命令に直結する法的リスクを伴います。

日本での承認実績を活かしたシンガポール簡略化審査ルートの活用

規制の依存(Regulatory Reliance)とMOCの意義

日本企業の皆様がシンガポール市場に参入する上で最も戦略的に活用すべき制度が、他国の規制当局での承認実績を利用した「簡略化審査ルート」です。HSAは自国の審査リソースを最適化するため、国際的な主要規制当局に対する「規制の依存(Regulatory Reliance)」を制度の核として強く打ち出しています。

特に日本との関係においては、2024年にHSAと日本の厚生労働省(MHLW)およびPMDAとの間で、規制の依存と情報の共有を深めるための協力覚書(MOC)が署名されました。この枠組みにより、日本の薬機法に基づく厳格な審査を経て製造販売承認または製造販売認証を取得している医療機器は、シンガポールにおいて極めて優遇された審査プロセスを享受することが可能となっています。日本の審査基準とその結果に対するHSAの極めて高い信頼から、圧倒的な時間的・コスト的優位性を得ることができるということが言えるでしょう。

具体的な審査ルートと提出資料の軽減措置

HSAのガイダンス(GN-15)によれば、他国での承認実績の有無やその期間に応じて、以下の審査ルートが選択可能です。

審査ルート適用条件メリットと効果
フル評価(Full Evaluation)参照規制当局での承認実績がない場合。全ての技術文書と臨床データの提出が必要。審査期間(TAT)は最長で300営業日以上。
要約評価(Abridged Evaluation)日本のPMDAなど、少なくとも1つの参照規制当局で承認されている場合。一部の技術データ提出が免除され、審査期間の短縮が図られる。
迅速評価(Expedited Evaluation)2つ以上の当局で承認、または1つの承認+3年以上の安全な販売実績がある場合(クラスC/D対象)。TATが大幅に短縮され、市場投入までの時間が劇的に早まる。
即時登録(Immediate Registration)クラスB製品で、特定の承認条件や安全な販売実績を満たす場合。申請後直ちに登録が完了し、待ち時間なく市場へ導入可能。

例えば、日本のPMDAですでに承認されているクラスCの医療機器をシンガポールに導入する場合、フル評価ルートを回避して要約評価ルートを選択することができます。これにより、提出が求められる臨床評価のボリュームなどが大幅に削減され、審査にかかる期間(TAT)も最大で35パーセント以上短縮されます。クラスBの製品であれば、即時登録ルートの適用により事実上待ち時間なしで市場への導入が可能となるケースもあります。この簡略化審査ルートの戦略的活用は、日本企業がシンガポール進出を成功させるための最強の防衛策かつ推進力となります。

この簡略化審査ルートに関する詳細なガイダンス文書は、保健科学庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:保健科学庁の公式ウェブサイト(Guidance on Medical Device Product Registration)

シンガポールにおける事業者ライセンスの取得とSHAREへの移行

シンガポールにおける事業者ライセンスの取得とSHAREへの移行

製造、輸入、卸売ライセンスの要件

医療機器の製品登録とは別に、シンガポール国内で医療機器を物理的に取り扱う事業体は、健康製品法に基づいて事業形態に応じたディーラーズライセンス(Dealer’s Licence)を取得しなければなりません。日本の薬機法における医療機器製造業登録や販売業・貸与業の許可に相当する制度です。シンガポールでは、製造業者ライセンス(Manufacturer’s Licence)輸入業者ライセンス(Importer’s Licence)卸売業者ライセンス(Wholesaler’s Licence)の3種類が規定されています。

日本企業が自社で製造した医療機器をシンガポールに輸出する場合、現地の受け手となる輸入代理店は必ず「輸入業者ライセンス」を保持している必要があります。また、シンガポール国内の病院やクリニックに対して製品を供給する事業者は「卸売業者ライセンス」が必要です。これらのライセンスをHSAから取得し維持するためには、事業者の品質管理体制が国際基準を満たしていることを証明しなければなりません。具体的には、ISO 13485の認証証明書、あるいはシンガポール独自の流通基準であるGDPMDS(Good Distribution Practice for Medical Devices)の認証証明書と監査報告書をHSAに提出することが求められます。

MEDICSからSHAREへの移行と実務への影響

実務上の極めて重要な変更点として、HSAは医療機器の登録やライセンス申請を行うためのオンラインプラットフォームの大規模なシステム移行を実施しました。長らく使用されてきた旧システム「MEDICS」に代わり、新たなデジタルポータルである「SHARE(Singapore Health Product Access and Regulatory E-System)」が2025年7月に本格稼働しました。

このSHAREシステムは、手続きの効率化とコンプライアンス管理の向上を目的として導入されました。例えば、以前のMEDICSでは製品登録の取り消しが承認と同時に即時発効していましたが、SHAREシステムでは申請者が将来の取り消し発効日を事前に指定できるようになったほか、オンライン支払い方法の選択肢が柔軟化されるなど、事業者の利便性を考慮した機能拡張が行われています。日本企業としては、現地の登録担当者や代理店がこの新しいSHAREシステムでの手続き手順に習熟しており、システム移行に伴うトラブルで製品の輸入や販売が滞ることのないよう、事前の確認と準備を行うことが事業継続上の必須事項となります。

SHAREシステムへの移行に関する公式アナウンスは、保健科学庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:保健科学庁の公式ウェブサイト(Introducing SHARE)

シンガポールにおけるSaMDおよび最新技術に対する規制動向

AI・機械学習搭載機器(MLMD)の変更管理

近年、日本の薬機法においてもプログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD)の規制対応が大きな課題となっていますが、シンガポールにおいてもデジタルヘルス技術に対する規制のアップデートが極めてスピーディに行われています。HSAは、医療機器としてのソフトウェアに関する規制ガイドライン(GL-04)を頻繁に改訂しており、最新のリビジョン4(2025年12月発行)では、ソフトウェア製品の全ライフサイクルにわたる厳格な管理と、機械学習(Machine Learning)を搭載した医療機器(MLMD)に対する独自の規制要件が明確化されました。

人工知能(AI)や深層学習(Deep Learning)を含む機械学習搭載医療機器については、学習データに基づくモデルの変化が臨床的な安全性や有効性に影響を与える可能性があるため、アルゴリズムが固定された従来のソフトウェアとは異なる管理が求められます。HSAのガイドラインでは、変更管理プログラム(Change Management Program:CMP)と呼ばれる仕組みを通じて、ソフトウェアのアップデートや機能拡張のたびにリスク評価を実施し、その変更が重大なもの(製品の適応症の変更や著しい性能の変化)である場合には、HSAに対して適切な通知や再審査の申請を行う手順が詳細に規定されています。

サイバーセキュリティ要件と日本との違い

特に日本の開発企業が注意すべき点は、シンガポールのサイバーセキュリティ要件の厳格さです。GL-04-R4のガイドラインによれば、メーカーは製品がサポート対象のオペレーティングシステム(OS)上で稼働することを保証しなければなりません。公式サポートが終了し、セキュリティパッチが提供されずに脆弱性が放置されるリスクのあるOS上で稼働するデバイスは、ネットワークの隔離など適切なセキュリティ軽減措置を講じない限り、シンガポール国内での供給が認められません。

日本市場向けに開発されたSaMDをシンガポールに展開する際には、日本のPMDA向けに作成した技術文書の単なる翻訳で済ますことはできません。HSAのガイドラインが要求するライフサイクル管理とサイバーセキュリティの要求事項を完全に網羅したアーキテクチャの設計およびリスク管理文書の構築が求められます。これを怠れば、審査の遅延はおろか、市場投入後に深刻なサイバーインシデントが発生した場合の賠償責任など、多大な法的リスクを背負うことになります。

ソフトウェア医療機器に関する規制ガイドライン(GL-04-R4)は、保健科学庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:保健科学庁の公式ウェブサイト(Regulatory Guidelines for Software Medical Devices)

違反時の罰則およびシンガポール裁判所における判例

違反時の罰則およびシンガポール裁判所における判例

健康製品法に基づく罰則規定と執行事例

シンガポールの健康製品法は、国民の生命と健康に直結する規制であるため、違法行為に対する罰則規定は極めて厳格に設定されています。前述の通り、同法第15条および第16条により、未登録の健康製品や粗悪品の供給は固く禁じられています。これらの規定に違反して未登録の医療機器を無許可で輸入、卸売、あるいは販売した場合、最大で10万シンガポールドル(日本円で約1000万円以上)の罰金、または最長3年の禁錮刑、あるいはその両方が科される可能性があります。この重罰規定から、シンガポール当局が医療機器の安全性確保と法秩序の維持に対して極めて強い姿勢で臨んでいるということが言えるでしょう。

実際にシンガポール当局は、オンラインプラットフォーム等の監視(サイバーパトロール)を通じて積極的な摘発を行っています。一例として、国際的な取り締まり作戦である「オペレーション・パンゲア(Operation Pangea)」に関連し、シンガポール国内の22歳の女性が、コンドームや妊娠検査薬などの未登録の医療機器および医薬品を無許可でオンライン販売していた事件があります。この事件において押収された製品の総額は約5,600シンガポールドル程度でしたが、裁判所は健康製品法や医薬品法などの違反を重く見て、個人に対して19,000シンガポールドルという非常に高額な罰金を科しました。これは、被害の規模にかかわらず、規制を無視した供給行為そのものが厳しく罰せられることを示す重要な執行事例です。

この摘発事件に関する公式なプレスリリースは、保健科学庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:保健科学庁の公式ウェブサイト

登録時の申告義務違反に関する高等法院・控訴院判例

さらに、健康製品法の枠組みの中で、規制当局に対する登録申請時の申告義務違反がいかに深刻な法的結果を招くかを示す判例が存在します。高等法院の民事判例である『Millennium Pharmaceuticals, Inc. v Zyfas Medical Co SGHC』(判決年月日:2020年2月21日)です。

この事件は、治療用製品(医薬品)の承認申請において、被告であるZyfas Medical Co社が、原告の保有する有効な製法特許の存在をHSAに対して申告せず、虚偽の宣言を行ったかどうかが争われたものです。シンガポール高等法院は、健康製品関連規則において求められる当局への申告事項(この場合は既存特許の有無)について、意図的であるか否かにかかわらず、重要な事実の開示を怠ることは法令違反を構成すると認定し、原告の主張を認める宣言的判決を下しました。この事件はその後、シンガポールの最高司法機関である控訴院(Court of Appeal)においても『Zyfas Medical Co v Millennium Pharmaceuticals, Inc. SGCA』(判決年月日:2020年10月27日)として維持され、被告側の控訴は棄却されました。

この判決は、医療機器分野の「登録担当者(Registrant)」にとっても事業継続に関わる極めて重要な教訓を含んでいます。なぜなら、医療機器の製品登録をSHAREシステム等で行う際にも、製品の安全性履歴、他国での拒絶歴、仕様の変更等について、当局に対して正確かつ網羅的な事実の申告が法律によって義務付けられているからです。手続きを急ぐあまり、日本国内でのマイナーな不具合の履歴や仕様変更の事実を過少申告したり隠蔽したりすれば、後に行政罰のみならず、競合他社や消費者からの民事訴訟において、裁判所から「法的に要求される重要な情報開示を怠った違法な登録である」という致命的な認定を受けるリスクが内在しています。したがって、現地の法務コンプライアンスの厳格な遵守は、単なる行政手続きを超えた企業防衛の要となります。

シンガポール高等法院の判決文(Millennium Pharmaceuticals, Inc. v Zyfas Medical Co SGHC)は、シンガポール司法当局のデータベースで確認することができます。

参考:シンガポール司法当局のデータベース

まとめ

シンガポールにおける医療機器ビジネスの展開は、ASEAN市場全体へのゲートウェイとしての巨大な可能性を秘めている一方で、保健科学庁(HSA)による健康製品法に基づく厳格な規制要件を正確に理解し遵守することが絶対条件となります。本記事で解説した通り、日本の薬機法の下で承認を得ている製品は、HSAの「規制の依存(Regulatory Reliance)」制度を活用した簡略化審査ルートを適用することで、圧倒的なスピードと低コストで市場参入を果たすことが可能です。しかしながら、進出にあたっては、日本法における製造販売業者(MAH)制度とは異なる、現地の「登録担当者(Registrant)」を通じた特有の責任体制を構築しなければなりません。

また、自社製品のリスククラスの的確な評価、最新のデジタルプラットフォーム(SHARE)を用いた事業者ライセンスの適正な取得と維持、そしてソフトウェア医療機器(SaMD)に対する厳しいサイバーセキュリティや変更管理プログラム(CMP)への対応など、乗り越えるべきハードルは多岐にわたります。判例が示す通り、ひとたび当局への情報開示義務違反や無許可での製品供給が発覚すれば、企業ブランドへの致命的なダメージと甚大な法的制裁、民事訴訟のリスクを免れることはできません。

モノリス法律事務所では、海外進出に伴う複雑な法令調査や、現地の規制当局に対するコンプライアンス要件の適合性確認、法的な落とし穴を事前に回避するためのリスクマネジメント体制の構築など、貴社のシンガポールビジネスを強力にサポートいたします。事業継続とグローバルな競争力強化に向けた確実な防衛策として、ぜひ法的な知見の積極的な活用をご検討ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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