パワハラ懲戒はどこまで許されるのか──最高裁が重視した「組織秩序への悪影響」とは?

昨今の企業経営において、ハラスメント対策は避けて通れない最重要課題の一つとなっています。コンプライアンス意識の高まりとともに、パワー・ハラスメント(以下「パワハラ」)に対する司法の判断も、年々厳格化する傾向にあります。
そのような中、令和7年(2025年)9月2日、最高裁判所で2件の事案について、注目の判決が言い渡されました。2つの事案はいずれも地方自治体の消防職員によるパワハラを対象としたものですが、その判断指針は、労働契約法第15条に基づく懲戒権の行使が求められる民間企業にとっても極めて示唆に富むものです。
本記事では、「個別の行為が重大ではない」「過去に処分歴がない」といった理由で懲戒処分の有効性を否定した控訴審判決を、最高裁が「組織秩序への悪影響」という観点から破棄した点に注目し、企業が実務上留意すべきポイントを詳説します。この判決を正しく理解することは、適切な懲戒処分の量定や、健全な職場環境の維持に向けた規律のあり方を再検討する上で、不可欠なプロセスとなるでしょう。
この記事の目次
事案の概要:消防署内での2つのパワハラと懲戒処分
2つの事案はは、いずれも福岡県糸島市の消防署内で行われた執拗なパワハラを背景としています。共通して争点となったのは、任命権者(消防長)による懲戒処分が、裁量権の範囲を逸脱・濫用したものであるか否かという点です。まずは2つの事案について詳細に見ていきましょう。
停職6月の懲戒処分が争われた事案(令和6年(行ヒ)第214号)
この事案の被上告人は、消防隊の分隊長という立場にありました。彼は採用間もない部下に対し、次の各行為におよびました。
- 鉄棒に掛けたロープで身体を縛った状態で懸垂をさせ、力尽きた後も数分間宙吊りにしてさらに懸垂を指示
- はしご車の訓練道具である敷板を粗雑に扱ったとして、「消防署辞めて帰れ」と暴言を吐き、頭部を叩くなどの暴行を加えた上、道具である敷板に対して「敷板さん、ごめんなさい」と複数回謝罪を強要
- 指差し呼称が不十分であるとして、ヘルメットの上から頭部を複数回殴打
こうした行為に対し、停職6カ月の懲戒処分が下されました。
懲戒免職処分が争われた事案(令和6年(行ヒ)第241号)
こちらの事案の被上告人は、小隊長等の役職にあり、平成15年頃から十数年にわたり、少なくとも10人の部下に対して反復して極めて悪質な言動や行動を繰り返していました。
- 前述のロープを用いた宙吊り懸垂のほか、熱中症で失禁し意識を失うまで訓練を繰り返させたり、体力の限界で倒れ込んだペナルティとしてさらに過酷なトレーニングを課したりしました。
- 部下に対し「ぶっ殺すぞ」「死ね」「向いていないから辞めろ」といった人格否定の言葉を投げかけただけでなく、「お前の娘もデリヘルになる」といった家族を侮辱する発言や、「宇宙は太陽が中心だが、ここでは俺が太陽だ」といった複数回にわたる独善的な発言
こうした行為に対し、懲戒免職の処分が下されました。
控訴審は懲戒処分を「違法」と判断
控訴審は両事案ともに、懲戒処分を違法(裁量権の逸脱・濫用)と判断しました。その主な理由は以下の通りです。
- 各行為は不適切だが、訓練の範囲を特段大きく逸脱したとまではいえない。
- 発言についても口の悪さの現れという側面があり、被害者に重大な負傷は生じていない。
- 当該職員に過去の懲戒処分歴がなく、個別の注意・指導を受けた形跡も見当たらない。
- 反省の態度を一応示していることから、最も重い免職や、停職期間の上限を選択するのは重きに失する。
最高裁判所はパワハラが職場環境に与える悪影響を重視

最高裁は、控訴審の判断を「懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤ったもの」として破棄し、懲戒処分の有効性を認めました。
職務の性質と指導の範疇の逸脱
最高裁は、消防職員という職務の性質上、厳しい訓練が必要な場合があるという前提に立ちました。
ですが、「身体的苦痛のみならず強い恐怖感や屈辱感を与える行為」は、指導の範疇を大きく逸脱しており、許容される余地はないと断じました。傷害の有無にかかわらず、その非違の程度は極めて重いと評価されています。
組織秩序への悪影響の重視
最高裁は、個別の行為の重大性だけでなく、非違行為全体による職場環境等の周囲への悪影響を重く見ています。本件では、パワハラが蔓延し若手職員の退職が相次いでいた実態があり、他の職員66名が連名で被上告人の復職に反対する書面を提出していた事実も考慮されました。
処分歴がないことの評価
実務上最も重要な点として、最高裁が、過去に懲戒処分歴がないとしても、行為が長期間・多数回にわたり、職場環境を甚だしく害している場合には、免職処分(民間での懲戒解雇に相当)を選択することも妥当を欠くとはいえないと判断したことが挙げられます。
林道晴裁判官の補足意見
林裁判官は、「原審(控訴審)は個々の行為を単体で評価したが、本件各行為が全体としてどのような悪影響をもたらすものであるかを十分に評価すべきであった」と指摘しました。あくまで補足意見にとどまるものの、職場内の優位性を背景とした執拗な不適切言動については、諸事情を総合して「非違行為による影響」を適切に評価すべきであるとの指針を示している点に意味があります。
企業として求められるパワハラへの対応

この判決は公務員の事案ですが、民間企業においても労働契約法第15条(懲戒)および第16条(解雇)の適用において極めて重要な指針となります。企業としては、以下の対応を検討すべきでしょう。
懲戒処分の量定判断における全体評価の導入
従来、懲戒処分歴のない従業員に対していきなり懲戒解雇を行うことはリスクが高いとされてきました。しかし、この2つの判決は、個別の行為が直ちに免職に値しなくても、それが長期間、多数の部下に対して行われ、職場の規律を著しく乱している場合には、一気に重い処分を課すことが正当化され得ることを示しました。
これらを踏まえると、対象者の過去の全言動を精査し、職場環境の悪化(人材流出やモチベーション低下)を具体的に証拠化して評価に組み込むべきといえます。
ハラスメント実態調査の徹底と「被害者の声」の可視化
この判決で、最高裁が厳しい判断を下した背景には、アンケート調査によるパワハラ蔓延の指摘や、同僚らによる職場復帰への反対署名といった具体的な組織の反応がありました。
企業としても、ハラスメントの通報があった際には、加害者個人の弁明を聴くことにとどまらず、周囲の従業員へのヒアリングを通じて、組織全体に与えている負の影響を客観的に記録に残すことが、後の裁判において処分の相当性を基礎づける鍵となります。
業務上の指導との境界線の再定義
パワハラ加害者はしばしば「厳しい指導は業務上必要だった」と主張します。しかし、最高裁は恐怖感や屈辱感を与える行為に指導としての許容性はないと判断しました。
社内の研修等において、家族への侮辱や身体を拘束するような行為は、その動機や目的のいかんを問わず、一発で重大な規律違反になり得るというメッセージを明確に発信し、加害者に「指導の範疇」という逃げ道を与えない体制構築が求められます。
まとめ:労務環境の整備は弁護士に相談を
この判決は、ハラスメントが単なる個人間の問題ではなく、組織の存立基盤である組織秩序を破壊する行為であるという認識を、司法が改めて強く打ち出したものといえます。これまで「処分歴がないから」「教育としての側面があるから」と、処分するのに躊躇していた企業の担当者にとって、この判決は心強い後押しとなるでしょう。
もっとも、安易に重い処分を課すことが許容されたわけではありません。最高裁が示した「非違行為全体による職場への悪影響」という視点は、逆に言えば、企業側に対して、加害行為の頻度、期間、被害者の数、そして組織に与えた損害を緻密に立証することを求めています。
企業はパワハラの予兆を早期に察知し、段階的な注意指導を積み重ねるという基本を徹底しつつも、万が一深刻な実態が判明した場合には、この判決を指針として、組織の秩序回復のために毅然とした措置を講じることが重要となります。このような対応を適切に行うには、企業の担当者レベルで問題を抱え込まず、弁護士を利用することが有益です。
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