ブルネイにおける会社設立の手続きと主要条件を弁護士が解説

東南アジアのボルネオ島北部に位置するブルネイ・ダルサラーム国(以下、ブルネイ)は、豊富な原油および天然ガス資源を背景に高い経済水準と安定した政治体制を維持している国家です。近年、同国政府は「ワワサン・ブルネイ2035(Wawasan Brunei)」と呼ばれる長期国家ビジョンを掲げ、エネルギー産業への過度な依存から脱却し、経済の多角化と海外直接投資(FDI)の積極的な誘致を推進しています。こうした国策を背景に、法人所得税の優遇措置や個人所得税の非課税制度など、外資系企業にとって極めて魅力的なビジネス環境が整備されつつあります。このような環境下において、ブルネイでのビジネス展開を検討する日本の経営者や法務部員にとって、現地の会社法制や設立手続きの実務を正確に把握することは、海外進出を成功させるための重要な第一歩となります。
本記事では、ブルネイにおける会社設立の手続きや主要な条件について、会社登記を管轄するブルネイ経済・財務省(Ministry of Finance and Economy)の企業・ビジネスネーム登録局(ROCBN)の運用規則や、現地の会社法(Companies Act Cap.39)などの具体的な法令に基づき詳しく解説します。ブルネイでの会社設立は、デジタル化された一元的なプラットフォームを利用することにより、必要書類の提出後おおよそ10から14日で完了するという非常に迅速な手続きが特徴です。日本企業が進出する際に最も一般的に利用される有限責任株式会社(プライベート・カンパニー)の場合、設立にかかる基本費用は300ブルネイ・ドルと定められており、初期の行政コストを低く抑えることが可能です。
主な設立条件として、役員・株主は国籍を問わず最低1名(上限7名)が必要とされています。また、地元の登録住所が必要となるほか、現地のエージェントや秘書役(カンパニー・セクレタリー)の選任が法律によって厳格に義務付けられています。設立の具体的な流れとしては、社名や事業目的の決定および定款の作成といった事前準備から始まり、必要書類を揃えてJETROブルネイ投資情報等でも案内されている登記機関へ提出します。そして審査を経て約10から14日で登記が完了し、法的な事業活動を開始することができます。
本記事全体の要点として、ブルネイの会社法制はイギリスのコモンロー(英米法)体系を強く引き継いでおり、日本の会社法とは根底にある法理や機関設計の柔軟性において重要な違いが存在します。とりわけ、現地居住者である秘書役の設置義務は日本の法律には存在しない制度であり、設立後の法務コンプライアンスを維持する上で中核的な役割を果たします。また、新設企業に対する法人所得税の大幅な免税措置は、事業立ち上げ期の財務戦略に直結する重要なインセンティブです。さらに、実際の企業間取引における契約条項の解釈について、現地の裁判例は非常に厳格な判断を下す傾向にあります。したがって、日本国内の商慣習に依存するのではなく、現地の法制度に最適化された緻密な契約実務と法令遵守の体制構築が不可欠となります。
本記事を通じて、日本法との異同を比較しながら、ブルネイ特有の法的要件とその実践的な対応策を包括的に把握していただけます。
この記事の目次
ブルネイ会社法に基づく事業形態と日本の法律との異同
ブルネイにおける企業の設立および運営は、主に会社法(Companies Act Cap.39)によって規律されています。同国に進出する外国企業の多くは、現地法人としてプライベート・カンパニー(Private Company)を設立する手法を選択します。マレー語では「Sendirian Berhad」と表記され、会社名の末尾には必ず「Sdn Bhd」という略称を付すことが法的に義務付けられています。
ブルネイ会社法第29条によれば、プライベート・カンパニーは定款によって株式の譲渡権を制限し、一般公衆に対する株式や社債の引受の勧誘を禁止する会社として定義されています。この基本的な枠組みは、日本の会社法における「公開会社でない株式会社(非公開会社)」や「合同会社」の概念と類似しており、所有と経営が比較的一致しやすい閉鎖的な企業運営に適しています。
しかしながら、設立における人数要件には日本法と重要な違いがあります。ブルネイにおける本件テーマの設立条件として、役員・株主は国籍を問わず最低1名(上限7名)が必要とされています。日本の会社法では、非公開の株式会社や合同会社を設立する際、発起人や株主(社員)の人数に法律上の上限は設けられていません。これに対し、本件テーマの枠組みでは出資者や役員の構成人数が最大7名までに制限されているため、多数の投資家から小口の資金を集めるようなスキームや、大規模な合弁事業のために多数の役員を派遣するような機関設計を行う場合には、この上限規定に抵触しないよう事前の資本政策を綿密に練る必要があります。
一方で、外資規制に関しては極めて開放的であり、特定の保護産業を除いては外国人が株式の100パーセントを保有することが認められているため、日本企業の完全子会社として設立することに法的な障害はありません。
ブルネイでの会社設立にかかる主な条件と法的要件

地元の登録住所の確保
ブルネイで会社を設立するための必須条件として、同国内に地元の登録住所(Registered Office)を確保することが会社法によって義務付けられています。日本の会社法においても「本店の所在地」を定める必要がありますが、日本の実務では自宅の住所や、物理的な実体のないバーチャルオフィスを本店として登記することが比較的柔軟に認められています。
これに対し、ブルネイの要件はより厳格です。単なる私書箱(PO Box)を登録住所として使用することは法律で禁止されており、実体のある物理的な住所を用意しなければなりません。この住所は、企業・ビジネスネーム登録局(ROCBN)の公開データベースに登録され、政府機関からの公式な通知や法的文書(訴状など)の送達先としての役割を果たします。また、法定帳簿や役員名簿を保管する場所としても機能するため、オフィスを賃貸するか、現地の法律事務所やコーポレートサービスプロバイダーが提供する要件を満たした住所提供サービスを利用することが一般的な対応となります。
代理人および秘書役(カンパニー・セクレタリー)の選任
日本の法律とブルネイの法律とを比較した際、経営者や法務部員が最も注意を払うべき重要な違いが、現地のエージェントや秘書役(カンパニー・セクレタリー)の選任要件です。ブルネイ会社法は、すべての会社に対して設立から6ヶ月以内に秘書役を選任することを義務付けており、この職位を6ヶ月以上空席にすることは法律違反となります。
日本の会社法には「秘書役」という法定の役職は存在しません。日本の企業法務は、代表取締役や取締役会、あるいは監査役や内部の法務担当者が分担して行い、必要に応じて外部の司法書士や弁護士に業務を委託します。しかしブルネイにおいて、秘書役は単なる事務職ではなく、会社の法定コンプライアンスを担保する重要な「機関」の一部として機能します。秘書役は、ブルネイに通常居住している自然人(個人)でなければならず、法人が就任することはできません。また、会社に取締役が1名しかいない場合、その唯一の取締役が秘書役を兼任することは利益相反の観点から禁止されています。
秘書役の主な職務は、役員名簿や株主名簿などの法定帳簿の管理、年次総会(AGM)の招集と議事録の作成、そして所管官庁への年次報告書(Annual Return)の確実な提出です。これらの法定申告を怠った場合、会社および取締役個人に対して会社法に基づく罰金が科されるリスクがあり、最悪の場合は登記官によって会社が強制的に解散させられる可能性もあります。したがって、日本企業が進出する際には、現地の法制度に精通した有資格のプロフェッショナルを秘書役として選任し、強力なコンプライアンス体制を構築することが必須となります。
ブルネイにおける会社設立の具体的な流れとオンライン手続き
ブルネイでの会社設立手続きは、デジタル化の恩恵を受けて非常に効率的に設計されています。手続きは、事前準備、申請手続き、審査・完了の3つのフェーズで進行します。
事前準備(社名、事業目的、定款の作成)
最初のステップである事前準備では、社名の選定と事業目的の確定、そして会社の基本憲章となる定款(Memorandum and Articles of Association)の作成を行います。社名については、既存の登録企業と同一または類似する名称や、特定の制限用語を含む名称は使用できないため、事前にデータベースで利用可能性を確認する必要があります。日本の定款認証手続きでは公証役場での手続きが求められますが、ブルネイでは所定のフォーマットに基づき、発起人(株主)および初期の役員が署名を行うことで定款を作成します。同時に、全役員および株主の身分証明書(パスポート等)や現住所を証明する書類を揃えます。
登記機関への申請手続き
必要書類の準備が整った後、会社登記を管轄する登記機関へ提出します。この手続きは、ブルネイ経済・財務省(Ministry of Finance and Economy)の企業・ビジネスネーム登録局(ROCBN)に対して行われます。JETRO(日本貿易振興機構)のブルネイ投資情報等でも案内されている通り、現在これらの手続きは「One Common Portal(OCP)」と呼ばれる統合オンラインプラットフォームを通じて実行されます。日本の登記・供託オンライン申請システムと同様に電子化されていますが、ブルネイのOCPは会社の設立登記だけでなく、設立後の年次申告や法人所得税の申告までを一つのアカウントで完結できる点が特徴です。有限責任株式会社(プライベート・カンパニー)の設立費用として定められている300ブルネイ・ドルも、このポータルを通じてオンラインで納付します。
オンライン手続きに関する公式な要件やポータルへのアクセスは、ブルネイ経済・財務省の公式ウェブサイトで確認することができます。
参考:ブルネイ経済・財務省「One Common Portal」
審査と登記の完了
申請データと必要書類がOCPを通じて送信されると、企業・ビジネスネーム登録局による審査が開始されます。提出された定款の内容や、役員・株主の適格性、登録住所の有効性などがチェックされます。書類に不備がない場合、申請から約10から14日で審査が完了し、会社登記が正式に完了します。審査を通過すると電子版の設立証明書(Certificate of Incorporation)が発行されます。この証明書は会社が法的な人格を取得したことを証明するものであり、その後の法人口座の開設や各種事業ライセンスの申請において不可欠な書類となります。
ブルネイ会社設立後の税務コンプライアンスとインセンティブ

ブルネイへの進出が日本企業にとって魅力的な理由の一つに、非常に有利な税制環境が挙げられます。同国の法人税は所得税法(Income Tax Act Cap.35)によって規定されています。現在の標準的な法人税率は18.5パーセントであり、日本の法人実効税率と比較して大幅に低い水準に設定されています。さらに特筆すべきは、同国には個人所得税、キャピタルゲイン税、消費税(VAT等)が存在しないことです。
また、新たに設立された会社に対しては、所得税法第35条5項に基づく手厚い免税措置が用意されています。新設会社は、設立後の最初の3回の連続する賦課年度において、課税所得の最初の10万ブルネイ・ドルまでが全額免税(非課税)となります。さらに、続く15万ブルネイ・ドルの所得についても、適用税率の50パーセント(実質9.25パーセント)に減免されます。
| 課税所得の範囲(ブルネイ・ドル) | 適用される実質的な税率(新設会社の場合) |
| 最初の100,000まで | 0パーセント(全額免税) |
| 次の150,000まで | 25パーセント(標準税率18.5パーセントの半額) |
| 250,000を超える部分 | 5パーセント(標準税率) |
このような税務上のインセンティブは、事業立ち上げ初期のキャッシュフローを劇的に改善させる効果があります。ただし、これらの優遇措置を享受するためには、選任した秘書役を通じて、毎年期限内(通常は6月30日まで)に正確な税務申告をOne Common Portal経由で行う必要があります。申告を怠った場合には多額の罰金が科される規定があるため、経理および法務の連携体制を早期に構築することが求められます。
ブルネイの裁判例に見る契約解釈の厳格さ
ブルネイで会社を設立し、実際に現地企業と取引を開始するにあたっては、現地の司法制度が契約や紛争をどのように扱うかを理解しておく必要があります。同国の司法制度はイギリスのコモンローに強く影響を受けており、書面化された契約条項の厳格な解釈が重視されます。日本のビジネス環境でしばしば見られる「当事者間の協議による解決」や「信義誠実の原則」に過度に依存することは、極めて高い法的リスクを伴います。
具体的な事例として、ブルネイ・ダルサラーム国高等裁判所(High Court of Brunei Darussalam)において2026年7月27日に判決が下された「Chuon Tzu Construction Company Sdn Bhd v Tang Soon Won (trading under the name and style of TSW FIDEL CONSTRUCTION), Lee Shiu Wei」の事件(民事訴訟番号:HCCS/12/2022)が挙げられます。この裁判は、建設プロジェクトを巡る開発業者と請負業者間の複雑な損害賠償請求事件です。原告である開発業者は、工期の遅延に対する損害賠償(リキッド・ダメージ)および施工の瑕疵(欠陥)に対する損害賠償を求めました。対する被告の請負業者は、留保金の返還と、開発業者側の要因によって生じた遅延に対する損害賠償を求める反訴を提起しました。
裁判所は、プロジェクトの遅延や瑕疵の責任がどちらにあるかを判断するにあたり、当事者間で合意された契約条項(Terms of the contract)の文言と、工期の遅延に関する客観的な証拠(Evidence of delay)を極めて詳細かつ厳格に審査しました。この判決から、ブルネイの裁判所においては、企業間取引における契約条件の明確な文書化と、紛争発生時における客観的な証拠の保全が重要であるということが言えるでしょう。日本企業が進出する際にも、業務範囲、遅延時のペナルティ、責任の所在などを網羅した精緻な英文契約書を現地の法律専門家を交えて作成し、日常的なコミュニケーション記録も書面で残す実務体制を整えることが不可欠です。
この判決に関する公式な記録は、ブルネイ司法府の公式ウェブサイトで確認することができます。
まとめ
本記事では、ブルネイにおける会社設立の手続きと法的要件について、日本の法律との違いに焦点を当てて解説しました。同国での会社設立は、必要書類の提出から約10から14日という短期間で完了し、有限責任株式会社(プライベート・カンパニー)の設立費用も300ブルネイ・ドルに抑えられているなど、非常に効率的で低コストな進出が可能です。国籍を問わず最低1名から上限7名までの役員・株主で設立できる柔軟性や、新設企業に対する法人所得税の強力な免税措置は、日本企業にとって大きな魅力となります。
一方で、進出を成功させるためには、地元の登録住所の確保や、設立後6ヶ月以内の現地秘書役(カンパニー・セクレタリー)の選任といった、日本法にはない厳格なコンプライアンス義務を確実に履行しなければなりません。また、現地の判例が示す通り、企業間取引においてはコモンローの原則に基づいた契約条項の厳密な解釈が行われるため、曖昧さを排除した法務戦略が求められます。
このように、ブルネイへの進出には多大なビジネス上のメリットがある反面、現地の特有の法制度に対する深い理解と適切な実務対応が不可欠です。我々の法律事務所では、事前の法人設立手続きから、現地の法務コンプライアンス要件の充足、各種契約書の作成・レビューに至るまで、日本企業が直面するあらゆる法的課題に対して総合的にサポートいたします。新たなビジネスフロンティアとしてのブルネイ展開をご検討の際は、ぜひ当事務所へご相談ください。
カテゴリー: クロスボーダー
タグ: ブルネイ・ダルサラーム国海外事業
































