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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ブルネイにおける労働法制の実務対応と日本法との比較

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ブルネイにおける労働法制の実務対応と日本法との比較

東南アジアのボルネオ島北部に位置するブルネイ・ダルサラーム国(以下、ブルネイ)は、豊富な石油および天然ガス資源を背景に高い経済水準を誇る国家です。近年はエネルギー資源への依存から脱却し、経済の多角化を目指す国家ビジョン「ワワサン2035」を推進しており、外資系企業の誘致にも極めて積極的な姿勢を見せています。ブルネイでのビジネス展開を検討する日本企業の経営者や法務部員にとって、個人所得税や消費税が存在しないという独自の税制は大きな魅力です。しかし、現地で事業を営む上で不可避となるのが、現地の労働法(以下「本件テーマ」)に対する正確かつ深い理解です。

ブルネイの労働法制は、主に「労働雇用令2009年(Employment Order)」を基本法規としており、労働者の労働時間、休日、賃金などの基準が厳格に定められています。法定労働時間は原則として週44時間とされ、1日あたり最大8時間を超える場合は残業として割増賃金の支払い義務が生じます。また、週に1回の有給の休息日や公休、年次有給休暇の規定が整備されています。外国人を雇用する場合には労働許可証(ワークパーミット)の取得が必須であり、労働契約については書面による締結が基本とされています。

以下に続く本記事全体を通して解説する要点として、ブルネイの労働法制は日本法と比較して契約書面化の義務が極めて厳格であり、解雇予告期間が勤続年数に応じて細かく変動する点が挙げられます。また、長らく法定最低賃金が存在しなかったブルネイにおいて新たに産業別の段階的な最低賃金制度が導入された点や、国籍によって付与される期間が異なる独自の産休制度が存在する点、有給の病気休暇が法定されている点は、日本の法制とは大きく異なります。さらに、未払い賃金に対する経営者への直接的な刑事罰の適用や、労働災害における巨額の損害賠償リスクも実際の最新の判例から確認されており、事業者の安全配慮義務違反や法令違反に対しては司法が極めて厳しい態度で臨んでいるということが言えるでしょう。

日本企業は日本国内の労働慣行をそのまま持ち込むのではなく、ブルネイ特有の厳格な法規制に完全に適応した労務管理体制を構築する必要があります。本記事では、これらの重要な違いについて、日本の法律との異同を交えながら詳細な解説を行います。

ブルネイにおける雇用契約の締結義務と解雇予告期間の規定

ブルネイにおける雇用関係の基礎となるのが、労働雇用令2009年に基づく雇用契約です。同令第10条の規定により、1ヶ月を超える期間を対象とする雇用契約、または完了までに1ヶ月以上を要する特定の業務に関する雇用契約は、必ず書面によって締結され、労使双方の署名(または母印)が必要となります。日本の法律(民法)においては、口頭での合意であっても雇用契約自体は有効に成立し、労働基準法によって労働条件の書面明示義務が課されているという構造をとっています。しかし、ブルネイにおいては書面による契約締結そのものが法令上強く求められており、書面での契約を提供しなかった雇用主は、最大3,000ブルネイドルの罰金または1年以下の禁錮、あるいはその両方を科されるおそれがあります。この規定は、後々の労働紛争を防ぐための厳格な措置であり、現地の労働局もコンプライアンスの観点から遵守を強く指導しています。

参考:ブルネイの雇用関連法規に関する資料(Warnath Group提供)

また、契約の終了に関する解雇予告期間(Notice Period)についても日本法との明確な違いが存在します。日本の労働基準法第20条では、勤続年数にかかわらず原則として少なくとも30日前の解雇予告、または30日分以上の解雇予告手当の支払いが一律に義務付けられています。一方、ブルネイの労働雇用令2009年第21条では、勤続年数に応じた段階的な予告期間が法定されています。具体的には以下の表の通りです。

勤続年数法定解雇予告期間
26週未満1日
26週以上2年未満1週間
2年以上5年未満2週間
5年以上4週間

このように、ブルネイでは短期雇用の労働者に対する契約解除が日本と比較して非常に柔軟に行える構造になっています。ただし、労使間でこれより長い予告期間を雇用契約書で合意することは可能であり、実務上は経営幹部や重要ポストの従業員に対して数ヶ月の予告期間を設定するケースも珍しくありません。解雇予告手当を支払うことで即時解雇が可能となる点は日本と同様ですが、不当解雇とみなされた場合は産業裁判所(Industrial Court)での争訟に発展するため、解雇の正当な理由(重大な就業規則違反や業績不振など)を客観的な証拠とともに文書化しておくことが不可欠です。試用期間については、法令上の絶対的な上限は明記されていませんが、一般的には90日間と設定され、必要に応じてさらに90日間延長される実務が定着しています。

ブルネイの労働時間および休憩と休日の法規制

ブルネイの労働時間および休憩と休日の法規制

ブルネイにおける法定労働時間は、労働雇用令2009年第65条によって規定されています。通常の労働者(非シフト制)の場合、1日あたりの労働時間は最大8時間、1週間あたりの労働時間は最大44時間と定められています。日本の法定労働時間が原則として1日8時間、週40時間であることと比較すると、ブルネイのほうが週あたりの労働時間枠がやや長く設定されています。シフト制労働者の場合は柔軟な運用が認められており、継続する3週間の平均労働時間が週44時間を超えなければ、特定の週において44時間を超過して労働させることが可能です。ただし、いかなる場合であっても、時間外労働を含めた1日の総労働時間が12時間を超えることは厳格に禁止されています

休日に関する規定も重要です。同令第63条により、労働者は週に1回、深夜0時から翌深夜0時までの丸1日におよぶ休息日を与えられる権利を有します。通常は日曜日が休息日とされますが、シフト勤務などの場合は雇用主が月のはじめに事前にスケジュールを通知することで、他の曜日に設定することも可能です。さらに、同令第70条に基づき、ブルネイでは年間11日の公休が有給の休日として保障されています。これには、元日、中国の旧正月、建国記念日(2月23日)、国王誕生日(7月15日)、ハリラヤ・アイディルフィトリ(断食月明けの大祭)などの国家行事や宗教行事が含まれます。イスラム教国であるブルネイ特有の事情として、月の満ち欠けによって直前に公休の日程が変動するイスラム暦の祝日があるため、経営陣は現地のカレンダーと宗教的慣習に柔軟に対応する運用体制を構築しなければなりません。

参考:労働雇用令2009年に基づく労働者の権利に関するガイドライン

賃金制度と最低賃金および時間外労働の割増賃金

法定労働時間(1日8時間または週44時間)を超過して労働させた場合、労働雇用令2009年に基づき、基本時給の1.5倍の割増賃金を支払う義務が発生します。時間外労働は月に最大72時間までと法定されており、これを超える場合は労働局長の事前承認が必要です。日本の「36協定」のような労使協定の枠組みによる実質的に青天井の延長は認められておらず、この上限規制は極めて厳格に適用されます。

ブルネイの賃金制度は長らく労使間の自由な交渉に委ねられており、法定の最低賃金が存在しない期間が続いていました。しかし、労働者の生活水準向上と経済成長の促進を目的として、「最低賃金令2023年」が施行されました。この政策は段階的に導入されており、2023年7月の第1フェーズでは銀行、金融、情報通信技術(ICT)セクターに適用されました。さらに2025年4月1日からは第2フェーズが開始され、医療、教育、専門的・技術的サービス、宿泊・飲食サービスなどを含む6つの主要セクター内の9つのサブ産業へと適用範囲が拡大されています。対象となるフルタイム労働者の最低賃金は月額500ブルネイドル、パートタイム労働者の場合は時給2.62ブルネイドルと規定されています。

最低賃金には、各種手当(住宅手当や交通費など)は含まれず、基本給のみで基準を満たす必要があります。対象産業に進出する日本企業は、既存の雇用契約を見直し、要件を満たさない場合は新しい賃金水準を反映した契約書を再締結する義務を負います。違反した場合は最大3,000ブルネイドルの罰金や禁錮刑が科される可能性があります。

ブルネイにおける賃金未払いに対する法的制裁は非常に厳格です。ブルネイの治安判事裁判所(Magistrate’s Court)において2025年8月23日に下された判決(Public Prosecutor v Awang Mohammad Khairul Anam Sulaiman and Mohd Asyraf Sisa/Isa)では、現地企業Qharrof Sdn Bhdの経営者2名が、外国人労働者2名に対する数ヶ月分の賃金支払いを怠ったとして、労働雇用令2009年第39条第1項違反で有罪となりました。裁判所は同令第148条に基づき、両名に対してそれぞれ1,200ブルネイドルの罰金、または支払い不能の場合は1ヶ月の禁錮刑を言い渡しました。この判決から、ブルネイの司法当局が外国人労働者の賃金未払いに対して刑事罰を辞さない強硬な姿勢で臨んでいるということが言えるでしょう。

参考:ブルネイの雇用主2名、外国人労働者への賃金未払いで罰金刑(The Star紙による報道)

なお、ブルネイには個人所得税が存在しないため、給与からの源泉徴収(所得税)は不要です。ただし、自国民および永住権保持者に対しては、2023年7月に従来のTAPおよびSCPに代わって導入された国家退職金制度「SPK」への拠出が義務付けられています。労働者負担は基本給の8.5パーセントであり、雇用主負担は労働者の給与水準に応じて最低57.50ブルネイドルから最大10.5パーセントの間で変動します。外国人労働者はこのSPKの対象外となります。

ブルネイの年次有給休暇と病気休暇および特有の産休制度

ブルネイの年次有給休暇と病気休暇および特有の産休制度

休暇制度については、日本法とブルネイ法で付与日数や取得条件に大きな差異が見られます。労働雇用令2009年第71条に基づく年次有給休暇は、同一の雇用主の下で3ヶ月以上の継続勤務を完了した労働者に対して付与されます。初年度の付与日数は7日間であり、その後1年勤務するごとに1日ずつ増加し、最大で14日間となります。日本の労働基準法では初年度(半年経過後)に10日間が付与され、最大20日間まで増加するため、ブルネイの法定有給休暇日数は日本よりも少ない水準にあります。

一方で、病気休暇についてはブルネイの法制が手厚い保護を提供しています。同令第72条により、6ヶ月以上勤務した労働者は、医師の診断書を提出し48時間以内に雇用主に通知することを条件として、年間14日間の通院治療を目的とした有給の病気休暇を取得する権利を有します。入院が必要な場合には、この14日間を含めて年間最大60日間の病気休暇が認められます。日本の労働法制では、業務外の疾病に対する有給の病気休暇付与は法定されておらず、労働者は年次有給休暇を消化して対応するか企業の独自制度に頼ることが多いため、この点はブルネイの労働者保護が強い部分です。

さらに、産前産後休暇に関する制度は、日本法と根本的に異なる特徴を持っています。ブルネイでは労働者の国籍や在留資格によって産休の待遇が変動します。自国民および永住権を持つ女性労働者に対しては、合計15週間(産前2週間、産後13週間)の産休が付与されます。このうち最初の8週間は雇用主が基本給を全額支払い、続く5週間はブルネイ政府が給付金を負担し、最後の2週間は無給となります。一方、外国人女性労働者の場合は、合計9週間(産前4週間、産後5週間)の産休が付与され、過去に180日以上勤務していることを条件に、このうちの8週間分の給与を雇用主が負担する義務を負います。日本の制度では、産休中の所得保障は健康保険からの出産手当金として支給されるため雇用主の直接的な給与支払い義務は生じませんが、ブルネイでは雇用主自身が賃金を直接支払わなければならない期間が法定されている点に細心の注意が必要です。

参考:ブルネイにおける雇用の条件と規程(Expat Focus)

ブルネイの労働災害における安全配慮義務と損害賠償リスク

ブルネイにおける労働安全衛生および労働災害に関する法的責任は、日本と同様あるいはそれ以上に厳格に問われます。労働災害が発生した場合、労働者は「労働者補償法(Workmen’s Compensation Act)」に基づき、雇用主に対して過失の有無を問わず無過失責任での補償を請求することができます。さらに、雇用主の安全配慮義務違反(過失)が認められた場合には、民法上の不法行為に基づく巨額の損害賠償請求訴訟に発展するリスクがあります。

ブルネイの中間裁判所(Intermediate Court of Brunei Darussalam)において2026年8月8日に下された民事判決(Ruhul Amin v Lau Choon Yung and Aidas Contractor and Daelim Industrial Co. Ltd、事件番号:ICCS/49/2019)は、このリスクを如実に示しています。本件は、橋梁建設プロジェクトの現場で休憩中だったバングラデシュ国籍の建設作業員(原告)の左脚に、約200キログラムの金属製ワイヤーが落下し、脛骨および腓骨の粉砕骨折など回復不能な後遺障害を負った事件です。原告は雇用主および元請業者らに対して、重度の身体的機能喪失、将来の稼得能力の喪失、および心的外傷後ストレス障害(PTSD)や深刻な不眠などの精神的苦痛に対する損害賠償を求めました。裁判所は医学的専門家の証言を全面的に採用し、原告の労働能力が完全に失われたこと、ならびに事故が事業者の安全管理の怠慢に起因するものであると認定しました。

この裁判例から、ブルネイの司法が外国人労働者の人権と労働環境の安全に対して極めて高い基準を雇用主に要求しており、安全管理義務を怠った企業には致命的な賠償責任が課されるということが言えるでしょう。

参考:ブルネイ中間裁判所判決文(事件番号:ICCS/49/2019)

まとめ

ブルネイの労働法制は、雇用契約の厳格な書面化義務、明確に区切られた解雇予告期間、未払い賃金に対する容赦のない刑事罰の適用など、労働者保護の観点が強く打ち出された設計となっています。また、近年適用範囲の拡大が進む産業別の最低賃金制度や、自国民と外国人で付与期間が異なる産休制度、さらには雇用主に直接的な賃金負担を求める給付制度(有給の病気休暇や産休中の賃金負担など)は、日本の労働基準法や社会保険制度の仕組みとは根本的に異なるため、日本国内の常識や管理手法をそのまま適用することは重大なコンプライアンス違反を招く危険性があります。さらに、労働災害が発生した際の司法の判断は外国人労働者に対しても非常に厳格な保護を与えており、現地の安全衛生基準を遵守した強固な労務管理体制の構築が不可欠です。

このように、現地の法改正(最低賃金対象セクターの拡大やSPK制度の運用など)を常に最新の状態で把握し、雇用契約書や就業規則を現地の法律に完全に適合させる作業は、企業単独で行うには極めて高い法的リスクが伴います。モノリス法律事務所では、海外進出に伴う複雑な現地法務の調査、現地法令に準拠した雇用契約書や社内規定の法的なレビューおよび作成、ならびに現地での予期せぬ労務トラブルの予防から解決に至るまで、日本企業の皆様がブルネイにおいて安全かつ円滑にビジネスを展開できるよう全面的にサポートいたします。各国の労働法制の差異を的確に把握し、法的な盲点を排除することで、貴社の持続的なグローバル成長に貢献いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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