チュニジアにおける会社設立を弁護士が解説

チュニジア共和国(以下、チュニジア)は、欧州、アフリカ、中東を結ぶ地理的優位性を有し、積極的な外資誘致政策を展開している国です。本記事では、チュニジアでビジネスの展開を検討している日本人の経営者や法務部員に向けて、同国における会社設立の法制度と実務手続きについて詳細に解説します。チュニジアでは、2016年に制定された新しい投資法(Loi de l’investissement 2016-71)によって外国投資の自由化が大幅に進められました。外資系企業の進出窓口として産業・技術革新促進庁(APII)が機能しており、2018年に設立された国立企業登録簿(RNE)のオンラインシステムを活用することで、約9日から10日前後という短期間で設立手続きを完了させることが可能です。
進出時の主な法人形態としては、非公開有限責任会社(SARL)や株式会社(SA)が挙げられますが、日本企業の進出においては設立要件が柔軟なSARLが一般的に選択されます。日本の会社法と比較すると、SARLにおける社員数の上限規制(50名)や、SAにおける発起人数の要件(最低7名)など、チュニジア特有の会社法(Code des Sociétés Commerciales)の規定が存在します。特に、一人有限責任会社(SUARL)において法人が単独株主になることが禁止されている点は、完全子会社を設立しようとする日本の親会社にとって極めて重要な法的制約となります。
さらに、チュニジアで会社を設立し運営していく過程では、現地の判例動向にも注意を払う必要があります。本記事では、持分譲渡と過去の利益配当の帰属に関するチュニス控訴院の重要な判例(2020年10月21日判決)を取り上げ、持分譲渡契約(SPA)における権利関係の明記が不十分であった場合に生じる予期せぬ法的リスクについても検討を加えます。チュニジア特有の法制度を正確に理解し、日本の会社法との違いを認識することは、現地での円滑なビジネス展開を図り、将来的な法的紛争を未然に防ぐための第一歩となります。
この記事の目次
チュニジアにおける投資環境と外資規制の法的基盤
2016年投資法による外資参入の原則的自由と優遇措置
チュニジアにおける外国からの直接投資は、主に2016年に制定された投資法(Loi n°2016-71 du 30 septembre 2016 portant loi de l’investissement)によって規律されています。この法律は、従来の投資奨励法を抜本的に見直し、国内外の投資家に対する公正で平等な待遇を保障するとともに、投資の自由と利益等の海外送金の自由を明記した極めて重要な法的基盤です。
日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)においても、対内直接投資等は原則として自由とされていますが、国の安全保障や公衆の安全に影響を与える可能性のある特定の業種(武器製造、原子力、航空宇宙など)については事前の届出と審査が義務付けられています。チュニジアの投資法においても同様のアプローチが採られており、原則として外国投資は自由であるものの、武器、弾薬、爆発物の製造などの特定分野については、管轄行政機関の事前の許可が必要とされています(投資法第35条)。さらに、農業用地の取得については外国人に認められておらず、賃貸借のみが許可されるという独自の規制も存在します。
チュニジア特有の制度として、全製品を輸出に向けて製造する完全輸出型企業に対しては、法人税率を標準の25%から10%に軽減し、設立から最初の4年間は所得税を免除するなどの強力な税制優遇措置が設けられています。外国資本に対するこのような積極的なインセンティブの付与から、同国が外資導入による経済成長と雇用創出を強く企図しているということが言えるでしょう。
産業・技術革新促進庁(APII)を通じた手続きの効率化
チュニジアにおける会社設立や投資プロジェクトの推進において、中核的な役割を担うのが産業・技術革新促進庁(APII:Agence de Promotion de l’Industrie et de l’Innovation)です。APIIは、工業およびサービス分野における投資申告の受付けから会社設立支援までをワンストップで提供する窓口として機能しています。
外国投資家は、まずAPIIに対して投資プロジェクトの申告を行い、その後、関連する税務や商業登記の手続きをAPIIのワンストップサービスを通じて一括して進めることができます。これにより、複数の行政機関を個別に回る必要がなくなり、手続きの煩雑さが大幅に軽減されています。
この手続きに関するより詳細な情報や最新のガイドラインは、APIIの公式ウェブサイトで確認することができます。
チュニジア会社法(CSC)に基づく主要な会社形態と日本法との比較

チュニジアにおける企業の形態は、チュニジア会社法(Code des Sociétés Commerciales、以下「CSC」)によって詳細に定められています。日本企業が現地法人を設立する際に検討対象となるのは、主に非公開有限責任会社(SARL)と株式会社(SA)です。これらは日本の合同会社(GK)や株式会社(KK)に類似する点もありますが、設立要件において重要な差異が存在します。以下の表は、各法人形態の主要な要件と日本法との違いをまとめたものです。
| 法人形態 | 最低資本金 | 株主数(社員数) | 日本の会社法との主な違い |
| SARL(非公開有限責任会社) | 1000TND | 2名以上50名以下 | 社員数の上限(50名)が法律で厳格に定められている点 |
| SUARL(一人有限責任会社) | 1000TND | 1名 | 法人が単独株主(社員)になることが明文で禁止されている点 |
| SA(株式会社) | 5000TNDまたは50000TND等 | 最低7名 | 設立発起人として最低7名が必要とされる点 |
非公開有限責任会社(SARL)の特徴と社員数の上限規制
外国企業がチュニジアに進出する際、最も一般的に選択されるのが非公開有限責任会社(SARL:Société à Responsabilité Limitée)です。SARLは、出資者がその出資額の限度でしか会社の債務に対して責任を負わない有限責任形態でありながら、SAと比較して機関設計や設立要件が簡素であることが特徴です。
CSCによれば、SARLの最低資本金は1000チュニジア・ディナール(TND)と定められており、少額の資本で迅速にビジネスを開始することが可能です。特筆すべきは、社員(株主)の数に関する規制です。SARLの社員数は2名以上50名以下に制限されています(CSC第93条)。もし事業の拡大や持分の譲渡等によって社員数が50名を超えた場合、会社は1年以内に株式会社(SA)などの他の会社形態に組織変更しなければならないという厳格な義務が課されています。
日本の会社法と比較すると、日本の合同会社や非公開の株式会社には社員や株主の数に関する上限規制は存在しません。したがって、将来的に現地の従業員に対する広範な持株制度の導入や、多数の外部投資家からの出資受け入れを予定している場合には、SARLにおける50名上限の規制が足かせとなる可能性があるため、設立時の会社形態の選択には慎重な判断が求められます。
一人有限責任会社(SUARL)における法人株主の禁止
単独の出資者で会社を設立したい場合、一人有限責任会社(SUARL:Société Unipersonnelle à Responsabilité Limitée)という形態が用意されています。しかし、ここには日本企業の法務担当者が陥りやすい重大な落とし穴が存在します。
チュニジアのCSC第150条は、「一人有限責任会社は、法人を唯一の社員とすることはできない(Une société unipersonnelle à responsabilité limitée ne peut avoir pour associé unique une personne morale)」と明記しています。日本の会社法では、日本の親会社が100%の株式または持分を保有する完全子会社としての株式会社や合同会社を設立することが当然に認められています。しかし、チュニジアにおいて日本の親会社(法人)が単独でSUARLを設立することは法律上不可能です。
この規制から、日本の法人がチュニジアで100%コントロール可能な子会社を設立するためには、親会社単独ではなく、例えば日本の親会社が99%の持分を保有し、親会社の代表取締役などの個人が残り1%の持分を保有するといった形で、最低2名以上の社員を確保した上で通常のSARLを設立しなければならないということが言えるでしょう。
株式会社(SA)の厳格な設立要件
大規模な事業展開や、将来的な株式公開、多数の投資家からの資金調達を想定している場合には、株式会社(SA:Société Anonyme)の設立が適しています。しかし、チュニジアのSAは、設立要件が非常に厳格です。
まず、発起人(株主)として最低7名が必要とされます(CSC第160条)。資本金については、実務上5000TNDから設立可能とする案内も見受けられますが、CSC第161条の規定によれば、公募を行わない場合は最低50000TND、公募を行う場合は最低150000TNDが必要であるとされています。加えて、取締役会の設置や、外部の監査役(Commissaire aux comptes)の選任が規模にかかわらず義務付けられています。
日本の会社法では、2006年の法改正によって最低資本金制度が撤廃され、発起人1名、資本金1円から株式会社を設立できるようになりました。この日本の柔軟な制度に慣れた感覚でチュニジアでのSA設立を企図すると、発起人の確保(7名)や資本金の要件において想定外の遅延が生じるリスクがあります。そのため、日本企業の多くは、まず要件の緩いSARLとして現地法人を立ち上げ、事業の成長に合わせて必要に応じてSAへ組織変更するという段階的なアプローチを採用しています。
チュニジアにおける会社設立の実務手続きとオンラインシステム
チュニジアでの会社設立は、デジタル化の推進により近年大幅に効率化されています。オンラインシステムへの入力などの手続き自体は、全ての書類が整っていれば24時間から72時間で完了しますが、実務的には日本側での書類準備を含めると、約9日から10日前後を見込む必要があります。
事前準備および定款の作成と資本金の払込み
設立手続きの第一歩は、希望する商号(会社名)が使用可能かどうかを国立企業登録簿(RNE)のポータルサイトで確認し、商号予約を行うことです。
次に、会社の根本規則となる定款を作成します。定款には、会社の目的、本店所在地、資本金額、各社員の出資比率、経営者(Gérant)の氏名と権限などを記載する必要があります。作成された定款は、アラビア語またはフランス語で作成されるのが一般的です。日本の公証役場での定款認証に相当する手続きとして、チュニジアの公証人による文書の認証が必要です。
資本金の払込みについては、チュニジアの銀行に開設した仮設口座に対して行います。日本の発起人から送金を行い、銀行から資本金預入証明書の発行を受けます。この証明書は、その後の設立登記手続きにおいて必須の添付書類となります。
国立企業登録簿(RNE)を通じたワンストップ登録
書類が整った後、APIIの窓口、またはRNEのオンラインシステムを通じて設立申請を行います。チュニジアでは、2018年に制定された法律(Loi n° 2018-52)により、これまでの紙ベースの商業登記簿を統合し、国立企業登録簿(RNE:Registre National des Entreprises)が創設されました。RNEは、会社の法的情報、財務情報、および実質的支配者(Bénéficiaire effectif)の情報を一元管理するデータベースであり、税務署への登録(税務識別番号の取得)や社会保障基金(CNSS)への加入手続きも、このシステムを介して連携して行われます。
日本の法務局への登記申請と比較すると、チュニジアのRNEシステムは税務や社会保障の登録機能まで統合している点でより包括的であると言えます。日本では、法務局での登記完了後に、別途税務署への法人設立届出や年金事務所への社会保険の新規適用届を提出する必要がありますが、チュニジアではこれらの手続きの重複が避けられています。RNEに関する公式な手続きプラットフォームは、以下のウェブサイトで確認することができます。
最後に、設立の事実を第三者に対抗するため、チュニジア共和国官報(JORT)および指定された新聞に設立公告を掲載し、正式な営業活動を開始することができます。
持分譲渡と利益配当に関するチュニジアの判例の検討

チュニジアで会社を運営し、将来的に現地のパートナーや第三者との間で持分の譲渡(M&Aや合弁の解消など)を行う際には、チュニジア会社法に基づく利益配当の帰属関係について正確に理解しておく必要があります。この点に関して、チュニジアの司法判断が実務に大きな波紋を呼んだ重要な判例が存在します。
チュニス控訴院2020年10月21日判決の概要
2020年10月21日、チュニス控訴院(Tunis Court of Appeal)において、SARLの持分譲渡に伴う過去の未分配利益の帰属が争われた事件(事件番号:n°21857/21640)の控訴審判決が下されました。
事案の概要は以下の通りです。SARLの元社員(持分の売主)が、自身の保有する全ての持分を他の社員に譲渡した約3年後に、自身が持分を保有していた期間(2010年度および2011年度)に生じた会社の繰越利益(bénéfices reportés)の分配を求めて会社を提訴しました。会社側は、これらの利益は株主総会の決議によって適法に次期に繰り越されており、元社員は既に持分を喪失しているため請求権はないと反論しました。
しかし、第一審裁判所およびチュニス控訴院は、会社に対して元社員へ約10万7000TNDを支払うよう命じました。控訴院の論理は、繰越利益は株主総会によって資本金に組み入れられない限り会社の純資産(自己資本)に完全に帰属するものではなく、各社員がその分配を求める権利を保持しているというものでした。さらに、チュニジア債務・契約法(Code des Obligations et des Contrats)第609条を引用し、売買契約の締結前に生じた果実(利益)は、契約書に別段の定めがない限り売主に帰属すると解釈しました。この論理の補強として、最高裁にあたる破棄院の過去の判例(2015年5月28日判決・事件番号n°78192)も引用されています。
この判決は、現地の法学者や実務家から強い批判を浴びています。なぜなら、会社法上、利益を配当するか内部留保とするかを決定する排他的な権限は株主総会にあり、個別の社員や裁判所が自由に配当を命じることは会社の財務管理への不当な介入にあたるからです。
日本企業が実務上留意すべき教訓と持分譲渡契約の実務
日本の会社法の実務感覚では、未配当の利益剰余金は会社の純資産の一部であり、株式や持分を譲渡した対価である譲渡代金の中に、その蓄積された内部留保の価値も当然に含まれていると考えます。譲渡後に元株主が過去の未配当利益を会社に直接請求することは通常想定されません。
しかし、このチュニス控訴院の判決から、チュニジアの司法においては、持分譲渡契約書における権利関係の明記が不十分であった場合、過去の内部留保に関する権利が元社員に留保されているという予期せぬ解釈を下される法的リスクが存在することが言えるでしょう。
したがって、日本企業がチュニジアのSARLの持分を譲渡、あるいは現地の株主から買い受ける場合には、持分譲渡契約書(Share Purchase Agreement)の中に、「譲渡対象となる持分には、過去に生じた未分配の利益、準備金、および配当請求権を含む一切の権利が完全に付随して買主に移転する」旨の明確な条項を設けることが不可欠です。現地の判例法理の揺らぎを契約上の明確な規定によって防衛することが、進出後の無用な訴訟トラブルを回避するための鍵となります。
まとめ
チュニジアは、2016年の投資法や2018年の国立企業登録簿(RNE)の創設を通じて、外資誘致のための透明性が高く迅速な会社設立プロセスを構築しています。特に、産業・技術革新促進庁(APII)とRNEのオンラインシステムを利用することで、非公開有限責任会社(SARL)等の設立を極めて短期間で完了させることが可能です。一方で、SARLにおける50名という社員数の上限規制、一人有限責任会社(SUARL)における法人株主の禁止、そして株式会社(SA)における発起人数7名という要件など、日本の会社法とは大きく異なる厳格な規制が存在します。さらに、持分譲渡時の繰越利益の扱いに関するチュニス控訴院の判例が示すように、現地の司法解釈には特有の法理が適用されるリスクがあり、定款や契約書面の緻密な作成が強く求められます。
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