【令和8年最高裁判決】バンドスコアの無断模倣・無料公開は違法?著作権がない楽譜と不法行為を解説

「楽譜は著作権の対象ではないから、模倣して無料公開しても問題ないのか」。
この疑問に重要な判断を示したのが、最高裁の令和8年(2026年)10月9日判決です。
本件では、音源を基に採譜されたバンドスコア(楽譜に相当するもの)は、著作権法上の著作物に当たらないことが前提とされました。それでも最高裁は、競業者がそのスコアを細部まで模倣し、ウェブサイトで無料公開して広告収入を得た行為について、不法行為の成立を認めました。
この記事では、バンドスコア模倣事件の事実関係と、東京高裁・最高裁の判断を順に解説します。
この記事の目次
作曲家・作詞家・採譜者・出版社の権利関係と著作権
本件を理解するためには前提の把握が必要です。「楽譜」という言葉の中に、原曲の権利、音源を聴いて楽譜にする作業(採譜)、楽譜を販売する事業が混在しています。まず、それぞれを分けて整理します。
原曲には作詞家・作曲家の著作権がある
楽曲の歌詞やメロディーなどの原曲は、作詞家・作曲家が創作した著作物です。著作権法は、思想または感情を創作的に表現したものを著作物として保護しています。
そのため、原曲を楽譜として利用・販売するには、原則として原曲の権利者との関係で必要な権利処理を行う必要があります。本件でも、楽譜出版社は著作権等管理事業者から許諾を得た上で採譜をしていたと認定されています。
採譜者は、音源を聴いて楽譜に書き起こす人
採譜者とは、録音された楽曲を聴き、ボーカル、ギター、ベース、ドラムなどの各パートの演奏情報を楽譜へ書き起こす人です。楽譜出版社の社員が行う場合もあれば、出版社から依頼を受けた外部の専門家が行う場合もあります。
バンド音楽では、最初から各パートを網羅した完成楽譜が存在しないことがしばしばあります。そのため、音源を聴き分けて採譜する作業には、専門的な技能、時間、労力が必要になります。
採譜者に新たな著作権は原則として生じない
もっとも、本件の採譜は、原曲をできる限り正確に再現するための作業でした。採譜者や出版社が新しい音楽表現を創作したわけではないため、最高裁は、本件スコアを著作権法上の著作物に当たらないものとして扱っています。
これは、全ての楽譜に著作権がないという意味ではありません。独自の編曲など、原曲に新たな創作的表現を加えた部分があれば、その部分には別途著作権が生じ得ます。本件では、原曲を忠実に採譜したスコアについて、出版社、採譜者に独自の著作権は認められないことが前提でした。
そこで生じるのが、「出版社に著作権がないなら、そのスコアをほぼそのまま利用して無料公開してもよいのではないか」という疑問です。本件は、まさにこの点が争われた事件です。
「バンドスコア模倣事件」の概要

本件は、楽譜出版社が制作・販売していたバンドスコアを、競業するサイト運営会社側が模倣し、無料公開したことを巡る損害賠償請求事件です。
バンド音楽は、録音現場で演奏・録音しながら作曲されることが多く、作曲者自身が各パートを網羅した完成楽譜を作成していない場合があります。最高裁も、次のように指摘しています。
バンドミュージックは、通常、録音現場で演奏、録音を行いながら作曲されており、作曲者自らが制作した完全な楽譜が存在しないことが多い。
最高裁令和8年10月9日判決
そのため、楽譜出版社は、原曲について必要な権利処理を行った上で、音源を聴き取り、ボーカル、ギター、キーボード、ドラムなどの各パートの演奏情報を書き起こす「採譜」を行います。最高裁は、採譜についても次のように認定しています。
採譜は、専門的な音楽教育を受けた上で相当な修練を積んだ者が、相応の時間をかけて行う作業である。
最高裁令和8年10月9日判決
本件では、サイト運営会社側が、楽譜出版社のスコアを購入した上で、自ら採譜することなく、そのスコアに依拠して楽譜を作成していました。最高裁は、その制作方法を次のように認定しています。
上告人(注:楽譜を転載したサイト運営者)スコアの制作は、〔中略〕自ら採譜をすることなく被上告人(注:採譜した出版社)スコアに依拠してこれと実質的に同一の表記をするという方法で行われたものである。
最高裁令和8年10月9日判決
さらに最高裁は、無料公開された楽譜について、完全な複製とまではいえないものの、次のとおり評価しました。
上告人スコアの内容は、いずれも、被上告人スコアを完全に複製したとまでいうことはできないものの、被上告人スコアの全体を細部まで模倣したということができる。
最高裁令和8年10月9日判決
サイト運営会社側は、少なくとも2011年12月から2018年6月まで、579曲分のスコアをウェブサイトで無料公開し、広告料収入を得ていました。
先に説明したとおり、本件で問題となったのは、原曲の著作権侵害そのものではありません。出版社独自の著作権が認められない採譜スコアを無断で模倣して無料公開する行為が、採譜・販売事業を営む出版社の営業を不当に害する民法上の不法行為に当たるかが争点でした。
高裁判決:著作権は認められないが不法行為は成立
東京高裁は、バンドスコア自体に著作権が認められないという前提に立ちながらも、本件の具体的な行為態様は自由競争の範囲を逸脱すると判断し、不法行為の成立を認めました。
バンドスコア(楽譜)自体は著作物ではない
東京高裁は、原曲を基に採譜されたバンドスコアについて、著作権法による保護を受ける著作物には該当しないと整理しました。
ここだけを見ると、被告側が「著作権の対象でない以上、利用しても違法ではない」と主張したくなるのは自然です。しかし、高裁は、著作権が認められないことだけで直ちに結論を出したわけではありません。採譜・販売事業にどのような投資が行われていたのか、被告側がどのような方法で競争していたのかを具体的に検討しました。
採譜には大きな時間・費用・労力がかかる
高裁は、バンドスコアの制作には、音源を聴いて楽譜へ書き起こす採譜作業が必要であり、その作業と採譜技術の習得には「多大な時間、労力及び費用」を要すると指摘しました。
原告は、579曲分について、このような採譜を自ら行い、制作したスコアを販売して、投下したコストを回収する事業を営んでいました。つまり、問題となったのは楽譜のデータだけではなく、専門技能と継続的な投資を前提に成り立つ採譜・販売事業でした。
被告側はその成果にフリーライドしていた
高裁は、他人が販売目的で採譜したバンドスコアを無断で模倣して利用する行為を、採譜にかけた時間・労力・費用への「フリーライドにほかならず」と評価しました。
本件では、被告側が自ら採譜せず、原告スコアの全体を細部まで模倣していたことが認定されています。しかも、無料公開によって利用者を集めて広告料収入を得ており、原告スコアが無料公開されていた期間には、原告の売上げが大幅に減少した期間もありました。
原告の営業上の利益を侵害する不法行為に当たる
高裁は、このような行為を、営利目的で「公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様」を用いた競合行為であり、「害意をもって顧客を奪取するという営業妨害」に当たると判断しました。
重要なのは、原告スコアを独占的に利用する権利そのものを保護したのではない点です。高裁は、他社がコストを負担して積み上げた成果に依拠し、そのコストを負担せずに無料公開して顧客を奪う行為が、原告の採譜・販売事業という営業上の利益を害すると評価しました。
この判断に基づき、東京高裁は被告側に対し、1億6925万5305円及び遅延損害金の支払いを命じました。
最高裁判決:バンドスコア模倣が不法行為となる基準を明示

最高裁第二小法廷は2026年10月9日、被告側の上告を棄却しました。これにより、東京高裁の賠償命令が確定しています。最高裁はその判決文中で、著作物ではないバンドスコアの模倣が不法行為となる基準を明確に示しました。
単なる模倣ではなく、自由競争の範囲を逸脱した営業妨害だと判断した
最高裁は、著作物ではないスコアの利用に相当する行為が、直ちに不法行為になるわけではないと述べました。その上で、次の基準を示しています。
社会通念上自由競争の範囲を逸脱して被上告人の営業を妨害し、その営業上の利益を侵害するものということができるときは、〔中略〕不法行為を構成するものというべきである。
最高裁令和8年10月9日判決
最高裁はこの基準を本件に当てはめ、原告が多大な費用等をかけて採譜していたこと、被告側が約6年半にわたり579曲について自ら採譜せず原告スコアの全体を細部まで模倣したこと、無料公開して広告料収入を得ていたことを重視しました。
さらに、最高裁は、被告側の行為が原告から「容易に顧客を奪取し」、営業の継続に「直接的かつ重大な悪影響」を及ぼしたと指摘しています。そして、同様の行為を許せば、楽譜出版社が市場で著しく不利になり、公正な競争秩序が害されかねないと判断しました。
その結果、最高裁は本件を「著しく不公正な手段を用いて被上告人の営業の継続を困難にさせる競業行為」と評価し、不法行為の成立を認めました。
本件の最高裁判決文は、裁判所のウェブサイトで公開されています。判決文では、上告人側の主張を退け、東京高裁の不法行為の認定を是認しています。
補足意見:新しいビジネスモデルでも、他者の成果への便乗は許されない
本判決には、無料公開と広告収入というビジネスモデル自体を否定するものではない、という点を補う意見も付されています。
補足意見は、情報化社会の特性を利用した新しい営業形態には積極的な意義があることを認めています。他方で本件は、自らの創意だけで事業を展開したのではなく、従来の事業者が費用をかけて作った成果に便乗しながら、新しい収益モデルの果実を得た事案だったと整理しました。
そのため、この判決は、無料公開や広告収入型のサービスを一律に違法としたものではありません。他社の成果への依拠の程度、制作コストへのフリーライド、競業者の営業への影響といった事情が重なった場合に、不法行為となり得ることを示した判断といえます。
まとめ:知的財産権についての相談は専門家へ
本件では、採譜されたバンドスコアは著作権法上の著作物に当たらないことが前提でした。しかし、競業者が他社の制作コストにフリーライドし、長期間・多数曲にわたりスコアを細部まで模倣して無料公開し、顧客を奪う行為は、自由競争の範囲を逸脱する営業妨害として不法行為に当たり得ます。
著作権が認められない成果物であっても、「自由に使える」と直ちに判断することはできません。既存の成果物を利用したサービスやコンテンツの公開を検討する際には、利用の方法、競合事業者への影響、収益化の仕組みを含めて、慎重に適法性を検討する必要があります。
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