懲戒解雇に伴う退職金の全額不支給は許されるのか?令和5年最高裁判決を解説

従業員が会社に対して重大な背信行為を行い懲戒解雇処分となった場合、退職金を全額不支給とすることはできるのでしょうか。
令和5年(2023年)6月27日、最高裁判所は、懲戒解雇に伴う退職金の不支給について重要な判決を下しました。この判決は、企業にとって大きな影響を与えるものとなるでしょう。
本記事では、令和5年最高裁判決の内容を解説するとともに、懲戒解雇と退職金の関係について詳しく解説します。
この記事の目次
退職金の性質

社員が犯罪行為などを犯した場合、会社としては、当該社員を懲戒解雇せざるを得ない場合があります。懲戒解雇をしたうえで、退職金を支給しないとすることもあるでしょう。ですが、そもそも退職金の不支給は認められるのでしょうか。退職金には勤続報償としての側面だけではなく、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性質もある点から、不支給は許されないようにも思えます。
問題となったのは公務員の事例です。県が、地方公務員であった公立高校教員に対し、酒気帯び運転をして物損事故を起こしたことを理由に、この公務員を懲戒免職したうえで、退職金の全部を不支給とする処分を下しました。この事案で、公務員が原告となり、退職金全部不支給の決定の取消を求めました。令和5年(2023年)の事案ですが、最高裁が公務員の退職金制限処分について判断するのは初めてということもあって、注目が集まっていました。
結論から言えば、最高裁は、退職金不支給の判断は地方公共団体の裁量に委ねられているところ、本件では、裁量の範囲内として適法であると判示しました。
この事案は、公務員の事案であることから、労働法が適用される民間企業に当然に影響が及ぶと考えることはできません。もっとも、県と公務員の関係であっても、労使関係という点では民間企業との共通点があります。この判決は、民間企業が労働者に対して退職金の不支給決定を行う場合にも影響を及ぼすものでしょうか。
公務員の飲酒運転による懲戒免職の事例

原告は、宮城県の公立高校の教員であった者です。昭和62年4月に宮城県から公立学校教員に採用され、以後、教諭として勤務していました。本件懲戒免職処分以外の懲戒処分歴はなく、その勤務状況にも特段の問題はありませんでした。
平成29年4月28日、当時勤務していた高校の同僚の歓迎会に参加するため、高校から自家用車を運転し、その会場付近の駐車場に駐車して4時間ほど歓迎会に参加し、飲酒しました。そのまま20㎞以上離れた自宅に帰るため、自家用車を運転し100m走行したところで、過失により物的損害を生じさせる事故を起こしました。
宮城県は、平成29年5月17日付けで、酒気帯び運転をし物損事故を起こしたことを理由に、懲戒免職処分及び退職手当の全部(1724万6467円)を支給しない処分(全部支給制限処分)としました。
高等裁判所の判断:退職金の全部支給制限は裁量権の範囲を逸脱
原告は、宮城県に対し、本件懲戒免職処分及び本件全部不支給制限処分の取消しを求める訴えを提起しました。
原審である仙台高等裁判所は、本件懲戒免職処分は適法であるとしました。ですが、「約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること」などの点から、本件全部支給制限処分については、宮城県教育委員会の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとして、退職手当の3割は支払うべきだとして、原告の請求を一部認めました。
これに対して宮城県が上告し、最高裁では、本件支給制限処分の適法性が争われました。
最高裁の判断:裁量の逸脱とはいえず適法
最高裁は、本件支給制限処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものとはいえず、適法であるとしました。全部不支給とした宮城県の裁量に逸脱はないとしたわけです。その理由は、次のとおりです。
まず、退職手当支給制限処分に係る判断は、平素から職員の職務等の実情に精通している退職手当管理機関の裁量に委ねられており、裁判所は、退職手当管理機関の裁量を前提に、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合にのみこれを違法とすべきである、とします。
その上で、原告の起こした事故の態様の悪質性、公立学校の公務に係る信頼やその遂行への影響を指摘し、そうすると、原告に30年間処分歴がなく、反省の情を示していることを踏まえても、県の判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものとはいえない、と結論付けました。
民間企業の退職金取り扱いの現状
多くの企業では退職金規程において、以下の基本的な規定にとどまっています。
- 懲戒解雇の場合は退職金を支給しない
- 論旨解雇(論旨退職)の場合は退職金の全部または一部を支給しないことがある
しかしこの規定では、退職後に従業員の不祥事が発覚しても、既に支給した退職金の返還を求めらることはできません。退職後は雇用関係が終了しており、法理上、懲戒解雇の措置を取ることはできず、退職金返還を強制するのが困難であるためです。
このような問題に直面した企業では、就業規則や退職金規程を変更し、退職後に不祥事が発覚した場合でも退職金の返還を求められるよう規定を是正する動きが見られます。
最近では、企業のコンプライアンス重視や社会的責任の観点から、私生活を含む従業員の非行行為と懲戒処分の関係を再検討し、退職金の不支給および返還規定を設ける企業が増加してきました。
具体的な規定例として、以下の条項が見られます。
- 「懲戒解雇された者または懲戒解雇に相当する事由のある者」については退職金を支給しない
- 論旨解雇の場合には事情により一定の基準率以下で会社が定めて支給することがある
ただし、減額の程度については企業の自由裁量に委ねられており、明確な基準が存在しない点が課題です。
就業規則に明記する重要性
懲戒解雇の場合に退職金を支給しない旨を就業規則に明記することは、不支給の法的根拠を確保する上で重要不支給の法的根拠を確保する上で重要です。不支給事由がなければ、懲戒解雇であっても退職金支給義務が生じる可能性があります。
特に問題となるのは、退職後に不正行為が発覚した場合です。すでに退職しているため懲戒解雇できず、退職金の返還を求めることはできません。そのため、退職後に不正行為が発覚した場合の退職金返還規定を設けることが必要です。
また、退職金は「賃金の後払い的性質」と「功労報償的性質」の二面性を持っています。この二面性ゆえに裁判では全額不支給が認められず、一部(多くは3割)の支給が命じられることが多いため、就業規則ではこの二面性を考慮した規定が必要です。実務上、懲戒解雇で退職金が出ないことを相手が知れば、退職金を交渉材料として有利な展開が可能となります。
例えば「従業員が退職した後に、在職中の懲戒解雇相当行為が判明した場合、退職金の全部または一部の返還を求めることができる」といった規定が有効です。以下に規定事例を紹介します。
第○条(退職金の不支給等)
次の場合には退職金を支給しない。
1. 勤続満5年未満の者が退職する場合
2.懲戒解雇された場合または在職中の行為で明らかに懲戒処分の事由があり、懲戒解雇に相当すると判断される行為があった場合。なお、退職後、本項に該当する行為が発覚した場合には、すでに受給した退職金がある場合には直ちにこれを返還しなければならない。
3. 会社の承認を得ずして、自己の都合により退職するときであって会社の命令に反し就業規則第○○条の期間を勤務を怠った場合、または会社業務に著しく支障を生ずる場合(競業関係を含む。)。
4. 就業規則第○○条の論旨解雇の場合には退職金を支給することがある。この場合の支給額はその都度事情に応じて会社で決定する。
引用:総務省 民間企業における従業員の不祥事と退職金の取扱い
なお、就業規則の変更には、労働者代表または労働組合への意見聴取、労働基準監督署への届出、動労者への周知が必要になります。上記の退職金不支給等の定めは不利益変更に該当する可能性があるため、就業規則を変更する際には、労働者の理解を得ながら慎重に進める必要があります。
就業規則の変更については、弁護士等の専門家にご相談ください。
まとめ:退職金不支給の適法性については弁護士に相談を

令和5年の最高裁判決は公務員に関する事例であり、民間企業に対して直接的に適用されることはありません。民間企業における退職金の全額不支給は裁判所により厳格に審査される傾向にあり、多くの裁判例では懲戒解雇が認められても退職金の一部(通常は3割程度)の支給が命じられています。これは、退職金が単なる功労報償ではなく、賃金の後払い的性格も併せ持つためです。
企業として退職金不支給のリスクを最小化するためには、就業規則への明確な規定の整備が欠かせません。非違行為の程度に応じた段階的な対応も考慮し、重大な背信行為と軽微な非違行為を区別した内部基準の策定が重要です。
退職金不支給の適法性判断は、非違行為の重大性、退職金規程の内容、勤続年数などを総合的に考慮して行われます。訴訟リスクを最小化する上で、特に高額の退職金が発生する可能性がある事案については、事前に労働法に精通した弁護士への相談が推奨されます。
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