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懲戒解雇に伴う退職金の全額不支給は許されるのか?令和5年最高裁判決を解説

懲戒解雇に伴う退職金の全額不支給

従業員が会社に対して重大な背信行為を行い懲戒解雇処分となった場合、退職金を全額不支給とすることはできるのでしょうか。

令和5年(2023年)3月10日、最高裁判所は、懲戒解雇に伴う退職金の不支給について重要な判決を下しました。この判決は、企業にとって大きな影響を与えるものとなるでしょう。

本記事では、令和5年最高裁判決の内容を解説するとともに、懲戒解雇と退職金の関係について詳しく見ていきます。

退職金の性質

社員が犯罪行為などを犯した場合、会社としては、当該社員を懲戒解雇せざるを得ない場合があります。懲戒解雇をした上で、退職金を支給しないとすることもあるでしょう。ですが、そもそも退職金の不支給は認められるのでしょうか。退職金には勤続報償としての側面だけではなく、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性質もある点から、不支給は許されないようにも思えます。

問題となったのは公務員の事例です。県が、地方公務員であった公立高校教員に対し、酒気帯び運転をして物損事故を起こしたことを理由に、当該公務員を懲戒免職したうえで、退職金の全部を不支給とする処分を下しました。当該事案で、公務員が原告となり、退職金全部不支給の決定の取消を求めました。令和5年(2023年)の事案ですが、最高裁が公務員の退職金制限処分について判断するのは初めてということもあって、注目が集まっていました。

結論から言えば、最高裁は、退職金不支給の判断は地方公共団体の裁量に委ねられているところ、本件では、裁量の範囲内として適法であると判示しました。

この事案は、公務員の事案であることから、労働法が適用される民間企業に当然に影響が及ぶと考えることはできません。もっとも、県と公務員の関係であっても、労使関係という点では民間企業との共通点あります。この判決は、民間企業が労働者に対して退職金の不支給決定を行う場合にも影響を及ぼすものでしょうか。

公務員の飲酒運転による懲戒免職の事例

判決の内容

原告は、宮城県の公立高校の教員であった者です。昭和62年4月に宮城県から公立学校教員に採用され、以後、教諭として勤務していました。本件懲戒免職処分以外の懲戒処分歴はなく、その勤務状況にも特段の問題はありませんでした。

平成29年4月28日、当時勤務していた高校の同僚の歓迎会に参加するため、高校から自家用車を運転し、その会場付近の駐車場に駐車して4時間ほど歓迎会に参加し、飲酒しました。そのまま20㎞以上離れた自宅に帰るため、自家用車を運転し100m走行したところで、過失により物的損害を生じさせる事故を起こしました。

宮城県は、平成29年5月17日付けで、酒気帯び運転をし物損事故を起こしたことを理由に、懲戒免職処分及び退職手当の全部(1724万6467円)を支給しない処分(全部支給制限処分)としました。

高等裁判所の判断:退職金の全部支給制限は裁量権の範囲を逸脱

原告は、宮城県に対し、本件懲戒免職処分及び本件全部不支給制限処分の取消しを求める訴えを提起しました。

原審である仙台高等裁判所は、本件懲戒免職処分は適法であるとしました。ですが、「約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること」などの点から、本件全部支給制限処分については、宮城県教育委員会の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとして、退職手当の3割は支払うべきだとして、原告の請求を一部認めました。

これに対して宮城県が上告し、最高裁では、本件支給制限処分の適法性が争われました。

最高裁の判断:裁量の逸脱とはいえず適法

最高裁は、本件支給制限処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえず、適法であるとしました。全部不支給とした宮城県の裁量に逸脱はないとしたわけです。その理由付けは、次のようなものです。

まず、退職手当支給制限処分に係る判断は、平素から職員の職務等の実情に精通している退職手当管理機関の裁量に委ねられており、裁判所は、退職手当管理機関の裁量を前提に、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合にのみこれを違法とすべきである、とします。

その上で、原告の起こした事故の態様の悪質性、公立学校の公務に係る信頼やその遂行への影響を指摘し、そうすると、原告に30年間処分歴がなく、反省の情を示していることを踏まえても、県の判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない、と結論付けました。

まとめ:退職金不支給の適法性については弁護士に相談を

企業法務への影響

これは公務員の事例であり、この判決が民間企業に与える影響は軽微というべきでしょう。本判決は、県による退職手当の不支給決定の判断は県の裁量に委ねられていることを強調し、県の広範な裁量を前提にした審査を行い、退職金の全部を支給しない決定が適法であるという結論を導いています。

他方、退職金不支給の決定の判断にあたっての県の裁量という本判決の鍵は、民間企業には妥当しないといえるでしょう。民間企業の場合、懲戒解雇に対する退職金減額・不支給条項は、退職金に賃金の後払い的性格があること、功労報償的性格があることをふまえ、永年の功労を抹消するほどに重大な事由があったかどうかという観点から判断され、それほど重大でない場合には、減額・不支給措置は、公序違反として無効となり得ます。

もっとも、退職金不支給が適法かどうか判断することは、容易ではありません。懲戒処分をした社員に対して退職金を不支給としてよいかの判断に際しては、弁護士への相談もご検討ください。

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モノリス法律事務所の取扱分野:IT・ベンチャーの企業法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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