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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

【デジタルアセットM&A #2】SNSアカウントM&Aにおける権利帰属リスクと契約実務

近年、グローバルにおけるクリエイター経済の市場規模は、2022年時点の約2500億米ドルから2027年には約4800億米ドルに倍増すると予測されており、事業活動においてソーシャルメディア(SNS)アカウントやYouTubeチャンネルが果たす経済的役割は極めて大きくなっています。しかし、これらデジタルアセットは物理的な実体を持たないため、既存の物権法の枠組みには収まらず、その法的性質や権利帰属をめぐる法整備は途上にあります。特に司法判断が先行する米国においては、アカウントの「所有権」(財産的帰属)をめぐる重要な判例が次々と示され、取引の安全を確保するための法理が劇的に進化しています。

本記事では、デジタルアセットの取引において極めて重大な論点となる「SNSアカウントの初期の権利帰属と移転の効力」について、国内外の最新の法理と判例をもとに、実務上の防衛策を含めて詳細に解説します。

SNSアカウントの法的性質と取引における盲点

企業買収や事業譲渡の際、特許権や商標権、あるいは不動産といった資産と同様に、SNSアカウントや動画配信チャンネルを価値ある資産として譲渡対象に含めます。しかし、これらのデジタルアセットには、不動産登記や特許登録のような、公的に権利の所在を公示・証明する制度が存在しません。この「公示制度の欠如」こそが、取引における最大の盲点となります。

日本法において、民法第85条は「物」を「有体物」と定義しています。そのため、物理的な実体を持たないデジタルアカウントやそのフォロワー基盤は、民法上の「所有権」の対象にはなりません。法的実務においては、アカウントの保有とは「プラットフォーム提供事業者と開設者との間の契約上の地位」および「投稿されたコンテンツに関する著作権等の知的財産権の集合体」として扱われます。

M&Aの現場で多発するトラブルは、買収対象の事業で使われていたSNSアカウントが、実は「会社の所有物」ではなく「個人の所有物」であったと後から主張されるケースです。多くのアカウントは、初期の立ち上げ段階において、創業メンバーや特定の従業員、あるいは外部のフリーランスクリエイターが個人のメールアドレスや携帯電話番号を用いて登録しています。会社側が日常的にそのアカウントを事業活動に利用し、会社のロゴや名称を掲げていたとしても、法的な権利関係の整理を怠っていれば、退職やM&Aを機に元運用者がパスワードを変更してアカウントを実質的に「持ち逃げ」するリスクが常に付きまといます。

SNSアカウントの権利帰属を判断する基準の変遷

所有権帰属を判断する基準の変遷:CTLI基準からVital 3要素テストへ

SNSアカウントが企業の資産であるか、それとも運用の主体となった個人の財産であるかという難題に対し、米国の裁判所は時代の変遷とともにその判断枠組みを進化させてきました。

なお、以下では「ownership」を便宜上「所有権」と訳しますが、これはコモン・ロー上の財産的利益(当事者間の相対的な優劣関係)を指すにとどまります。各プラットフォームの利用規約は一般にアカウントの譲渡・移転を禁止しており、裁判所が「ownership」を認定した場合であっても、その効力はあくまで紛争当事者間の権利帰属を決するものであって、プラットフォームとの法律関係を変更するものではない点に注意が必要です。

CTLI判例における企業所有の推定とその限界

2015年にテキサス州南部地区連邦破産裁判所で示された「In re CTLI, LLC」事件は、この領域における初期の重要判例です。この事件では、銃器店を運営する法人の破産手続において、元経営者個人が運営していたFacebookページとTwitter(当時)アカウントの帰属が争われました。

裁判所は、アカウントが企業の名称を用いて開設され、公式ウェブサイトにリンクされていたこと、さらに自社商品の宣伝広告に一貫して利用されていた事実を重視しました。その結果、企業名義で作成され事業に利用されていたSNSアカウントは「初めから企業の資産であると推定される」という基準を打ち立てたのです。

しかし、このCTLI判例のアプローチは、アカウントを「完全に個人のもの」か「完全に企業のもの」かの二者択一で捉える静的なものであり、個人のキャラクター(ペルソナ)とビジネスの宣伝が高度に融合した現代のインフルエンサーマーケティングの実態にはそぐわないという限界がありました。

現代のインフルエンサー経済とVital Pharmaceuticals判例

このCTLI基準の限界を乗り越えるべく、2023年にフロリダ州連邦破産裁判所が示したのが「In re Vital Pharmaceuticals, Inc.」事件の判決です。エナジードリンク「Bang」の製造元である同社は、民事訴訟での巨額賠償判決等を受けて破産手続に入り、事業価値を最大化するために公式SNSアカウントを含む事業譲渡を計画しました。しかし、取締役会決議により解任された創業者兼前CEOのジャック・オウォック氏が、会社名と役職を組み合わせた複数のアカウント(Instagram・TikTok: @bangenergy.ceo、Twitter: @BangEnergyCEO)の個人所有権を主張し、アクセス情報の引き渡しを拒否したのです。

オウォック氏は、これらのアカウントが自身の個性をアピールし、家族の写真やプライベートな投稿を行うための個人的なものであると主張しました。裁判所は、現代のSNSにおいて「個人としてのペルソナ」と「ビジネスのプロモーション」の境界線が極めて曖昧になっていることを認め、従来のCTLI基準はもはや時代遅れであると指摘しました。

総合的な「Vital 3要素テスト」の確立

そこで同裁判所は、アカウントの所有権を多角的に評価するための新たな枠組みとして「Vital 3要素テスト」を構築しました。その内容は以下の通りです。

  1. 文書化された財産的関心(Documented Property Interest):雇用契約書、社内ポリシー、従業員ハンドブック等の文書において、アカウントの所有権がどちらに帰属すると合意されているかを確認する。これが存在する当事者には、所有権の「反証可能な推定」が与えられます。
  2. アクセスに対する支配・制御(Control Over Access):誰が排他的なアクセス権を持ち、他者のアクセスを制限できるか、パスワードの管理実態はどうなっているかを検証する。
  3. アカウントの使用実態(Use):上記の2要素で決着がつかない場合、アカウントがどのように利用されてきたかを総合的に分析する。

この事件において、裁判所はまず、同社の従業員ハンドブックに「すべての発明は職務著作として会社に帰属する」との記載があったものの、SNSアカウントそのものの帰属については明記されておらず、明確な文書化された財産的関心は認められないとしました。また、オウォック氏がパスワードを管理していたものの、実際には会社の複数の従業員と共有され、チーム体制でコンテンツ制作が行われていたため、オウォック氏による排他的なアクセス支配も否定されました。

最終的に決定打となったのは「使用実態」の要素です。裁判所が直近の投稿データを詳細に分析したところ、投稿全体の約75%が同社製品の直接的・間接的なマーケティング活動であり、さらに15%がブランドイメージに合致したペルソナの構築に寄与するもので、純粋に個人的な投稿はわずか10%に過ぎないことが判明しました。この結果に基づき、裁判所はアカウントの所有権が企業側に帰属すると判示しました。

契約書の文言を厳密に解釈する「OCTテスト」とは

さらに一歩進んで、雇用主とクリエイターとの間の契約書の「文言」そのものを厳密に検証し、黙示の権利移転を一切認めない強力な原則を打ち立てたのが、2024年に和解に至った「JLM Couture Inc. v. Gutman」事件です。

JLM Couture v. Gutman事件の概要

この事件は、高級ドレスメーカーであるJLM社と、同社の看板ドレスデザイナーであり絶大なインフルエンサーでもあったヘイリー・ペイジ・ガットマン氏との間で、InstagramアカウントおよびPinterestアカウントを含む関連アカウント(合計約110万フォロワー)の所有権をめぐって争われました。

ガットマン氏は雇用契約の締結直後、自身の個人用メールアドレスと携帯電話番号を使用してアカウントを開設し、ドレスの紹介とプライベートな日常を織り交ぜて運用していました。雇用関係が終了した際、同社は「ビジネスに全面的に利用されていたアカウントであり、会社の資産である」と主張し、地裁も当初は同社の主張を認めてアカウントの引き渡しを命じる仮処分を下しました。

「職務著作」条項の限界

しかし、米国第2巡回区控訴裁判所(Second Circuit)はこの仮処分決定を破棄・差し戻しました。裁判所は、職務著作条項が対象とするのはガットマン氏のデザイナーとしての創作活動(衣服のデザイン・スケッチ・試作品等)に限られるものと解釈し、SNSアカウント所有権への拡張適用を否定しました。差し戻し後の地裁は、アカウントの原初所有者をガットマン氏と認定してJLMへの移転を否定し、その直後に両者は和解に至りました。

OCTテストの法理

この判断において、裁判所はいわゆる「原初所有・移転分析(Original Creation and Transfer Analysis)」とも整理できる二段階の検証アプローチを提示しました。

  1. 第一段階(Original Creation):そのアカウントが「最初に作成・登録された時点」での真の所有者は誰かを特定する。
  2. 第二段階(Transfer):その初期所有権が、事後に有効な「明示的契約(Express Contract)」によって他方に適法に譲渡されたかを検証する。

このテストは、「Original Creation and Transfer(OCT)」テストと呼ばれています。

このOCTテストは、それまでの一部裁判例で見られた「ビジネスでの利用実態」などを理由とする「黙示の所有権移転」を完全に否定するものです。契約書に明確かつ具体的に「対象アカウントの所有権を会社に移転する」という文言が記載されていない限り、どれほど長期間ビジネスに貢献したアカウントであっても、その所有権は開設した個人に留まり続けるという結論を意味します。

判例名対象プラットフォーム判断基準の要諦M&Aにおける実務的示唆
In re CTLI, LLC (2015年)Facebook、Twitter企業名での登録と事業への利用実績から企業資産と推定初期の静的なSNS時代の基準。ペルソナが混在する現代のアセットには限界
In re Vital Pharmaceuticals, Inc. (2023年)Instagram、TikTok、Twitter文書化された関心、アクセス支配、使用実態の「Vital 3要素テスト」事前に社内規定やパスワード共同管理体制等で客観的証拠を構築すべき
JLM Couture Inc. v. Gutman (2024年和解)Instagram、Pinterest、YouTube初期作成者特定と明示的移転合意を求める「OCTテスト」抽象的な「職務著作条項」は通用しない。アカウント特定型譲渡合意が必須

日本における職務著作とSNSアカウントの権利帰属の取扱い

国内法における職務著作とSNSアカウントの取扱い

この米国におけるJLM Couture事件の法理は、日本における取引実務においても極めて重要な示唆を与えています。

日本の著作権法第15条第1項は、いわゆる「職務著作(法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物)」について、契約に別段の定めがない限り、その著作者は法人等となると定めています。

しかし、職務著作の対象となるのは、あくまで「作成された動画、テキスト、画像などの著作物」それ自体です。SNSアカウントの「ログインIDとパスワード」や「フォロワーとの契約上の地位」、あるいは「チャンネル自体の運営権」は、著作権法上の著作物には該当しません。

さらに、著作権法第17条が定める「著作者人格権」(公表権、氏名表示権、同一性保持権)は、著作者である個人に専属し、契約によっても一切譲渡することができません。そのため、たとえコンテンツの著作権が会社に帰属していたとしても、運用の過程で画像や動画をトリミングしたり改変したりする行為が、著作者人格権(同一性保持権)の侵害として元従業員や出演者から訴えられるリスクが排除できません。実例として、原告が撮影した写真をトリミングして氏名を表示せずSNSに投稿した行為につき、著作権侵害(複製権・公衆送信権)を否定しつつ著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)侵害を認めた判例(東京地方裁判所令和4年4月15日判決・令和3年(ワ)23928号)が存在します。

したがって、就業規則や雇用契約書に「職務上作成した著作物の権利は会社に帰属する」という一般的な一文があるからといって、SNSアカウントそのものの支配権が法的にクリアされていると考えるのは危険です。JLM Couture事件が示したOCTテストと同様に、日本法下での実務においても、特定の個人から会社への「明示的なアカウント運営権の譲渡・合意」が個別に存在しない限り、権利帰属の立証は不安定になります。

紛争を防ぐためのM&Aデューデリジェンスと契約ドラフティング実務

デジタルアセットを伴う事業譲渡や会社買収を安全に実行し、投下資本を確実に回収するためには、事前および契約締結時において、以下の法務実務を徹底することが求められます。

アカウントの「創設履歴」の技術的・法的トラッキング

デューデリジェンスにおいては、対象アカウントの「創設の起源」にまで遡った綿密な調査(クリアランス)が必要です。具体的には、以下の手順を踏む必要があります。

  1. 開設時の登録情報の照合:アカウントの管理画面から、最初に登録された連絡用メールアドレス、電話番号、およびリカバリー用情報を確認し、それが売り手法人の管轄下にあるドメインのものか、あるいは特定の個人の私用のものであったかを検証する。
  2. 初期メールアドレス等の譲渡:もし初期登録情報が従業員やインフルエンサー個人の私用連絡先に紐付いている場合、それが「Original Creation」におけるガットマン氏のような個人所有と認定される最大のリスク要因となります。この場合、クロージングの前提条件として、初期登録アドレス自体の管轄を会社の公式ドメインへ完全に変更・移行させ、その変更ログのスクリーンショットなどの客観的な証拠を売り手側に要求しなければなりません。

実効的な契約条項の設計とエスクロー、表明保証の活用

次に、取引契約書(事業譲渡契約書や株式譲渡契約書など)における契約条項の精密なドラフティングが必須となります。

  • 明確な個別譲渡対象としての特定:契約書の譲渡財産目録において、単に「公式SNSアカウント」と抽象的に記載するのではなく、アカウントの具体的なハンドル名(例:@bangenergy.ceo)、URL、およびそれに紐付くすべての管理権限を明確に個別特定して記載します。
  • 強力な表明保証条項の設定:売り手に対し、対象アカウントが第三者の知的財産権を侵害していないこと、過去にプラットフォームから警告やペナルティを受けていないこと、および開設者や過去の運用スタッフを含むいかなる第三者からも所有権の異議申し立てを受けていないことを厳格に表明保証させます。
  • エスクロー(第三者寄託)スキームの導入:SNSアカウントの取引において最も恐ろしいのは、代金の支払いが完了した後に、元の所有者がプラットフォームのサポート窓口に対して「アカウントがハッキングされた」と虚偽の申告を行うことで、初期登録情報をもとにパスワードを強制リセットしてアカウントを奪い返す「取り返し詐欺」です。これを防ぐため、買収代金の一部を第三者機関(エスクロー)に一定期間留保し、アカウントの完全な権限移転、ログイン環境の変更、およびプラットフォーム側での安定的な運用が確認された後に、初めて残代金を売り手にリリースする支払スキームを設計することが、リスクヘッジのための極めて実効的な手段となります。

まとめ:SNSアカウントのM&Aは弁護士に相談を

SNSアカウントや動画チャンネルの取引は、物理的実体のないデジタルアセットゆえに、従来の資産譲渡とは全く異なる法理と実務が求められます。米国のJLM Couture事件やVital Pharmaceuticals事件が示したように、裁判所は利用実態やアカウント名といった表面的な要素よりも、初期登録の事実(OCTテスト)や明示的な契約文書の有無(Vitalテスト)を極めて厳格に検証する傾向を強めています。買収後にアカウントの奪還や権利侵害訴訟といった致命的なトラブルに見舞われないためには、一般的な雇用契約の職務著作条項に頼ることなく、開設起源にまで遡る徹底的な法務デューデリジェンスを行い、アカウント個別の譲渡合意、厳格な表明保証、およびエスクロー決済などの安全対策を契約ストラクチャーに確実に組み込むことが重要です。デジタルアセットの価値を真に守り抜くため、これらの法務プロトコルを精緻に遂行することが不可欠となります。

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モノリス法律事務所は、IT、インターネット、ビジネス法務に豊富な知見を有する法律事務所です。企業の成長戦略としてM&Aの活用が広がる一方で、法務デューデリジェンスや契約交渉、PMI(統合プロセス)など、専門的な法的対応が求められる場面も増えています。当事務所では、M&Aに関する法的リスクの分析から契約書作成・レビュー、交渉支援まで、一連のプロセスをサポートしております。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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