ブラジルでの契約書作成時に問題となるの民法・契約法

ブラジル(正式名称、ブラジル連邦共和国)への事業展開を検討する日本企業にとって、同国の契約法を理解することは重要です。
ブラジルの契約法は、民法典(Código Civil)を中心とする大陸法系の法制度に基づき、契約自由の原則に加えて、信義誠実の原則や「契約の社会的機能の原則」が定められています。2019年の法改正では、私人間の契約関係について「最小介入の原則」や契約改訂の例外性が明文化され、当事者の合意やリスク配分を尊重する方向が強まりました。
損害賠償については、民法典第402条・第403条により、現実損害と逸失利益のうち、債務不履行の直接かつ即時の結果として生じたものが対象となります。また、不可抗力についても民法典第393条に明文規定があります。
さらに、ブラジルで外国語文書を裁判所や公的機関に提出する場合には、ポルトガル語への公的な翻訳が必要となることがあります。仲裁も広く利用されており、2015年の法改正では公共行政機関による仲裁利用が明文化されました。外国仲裁判断をブラジルで承認・執行する場合には所定の手続が必要となるため、契約締結時から将来の紛争解決手続を見据えて対応することが重要です。
本記事では、契約の成立から紛争解決に至るまでの主要な論点を、日本法との比較を交えながら詳細に解説します。
なお、ブラジルの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
この記事の目次
ブラジル契約法の基本構造
ブラジル法は大陸法系に属し、民法典(Código Civil)は、契約の成立、有効性、履行、債務不履行などに関する基本的なルールを定めています。ブラジル民法典第104条によれば、法律行為が有効であるためには、当事者に行為能力があること、目的が適法かつ可能で、特定されている又は特定可能であること、さらに法律が定める形式または法律で禁止されていない形式によることが必要です。
ブラジル契約法を理解する上では、日本法にも共通する信義誠実の原則(Princípio da Boa-fé)が重要です。ブラジル民法典第422条は、契約当事者に対し、契約の締結および履行において誠実性と信義誠実の原則を遵守することを求めています。さらにSTJの判例では、この客観的信義則から情報提供や忠実な行動などの付随義務が導かれ、契約締結前の交渉段階や、契約の性質によっては履行終了後にも適用されることが認められています。
これに加えて、ブラジル民法典第421条は、契約の社会的機能の原則(Função social do contrato)を定め、契約自由は契約の社会的機能の範囲内で行使されるものとしています。この原則は、契約自由を無制限なものとはせず、契約関係が当事者や第三者、社会に及ぼす影響を考慮する根拠となります。ただし、経済事情の変化による契約の修正については、過度の負担などを定める民法典上の他の規定も関係します。
2019年の法改正(法律第13,874号)では、第421条に「私人間の契約関係では、最小介入の原則と契約改訂の例外性が優先する」との規定が追加されました。さらに第421-A条では、民事・商事契約について当事者が定めたリスク配分を尊重し、契約の改訂は例外的かつ限定的に行われることが明文化されています。契約の社会的機能の原則自体は維持されていますが、2019年改正によって、契約への介入を限定し、当事者が合意した契約内容やリスク配分を尊重する方向性がより明確になったといえます。
ブラジルでの国際取引における契約言語と公証の重要性

ブラジルでの国際取引において、日本企業が注意すべき実務上の論点の一つが、契約言語と外国語文書の取扱いです。外国語で契約を締結したことのみを理由として契約が当然に無効となるわけではありませんが、ブラジル民法典第224条は、外国語で作成された文書がブラジル国内で法的効果を生じるためには、ポルトガル語に翻訳される必要があると定めています。また、ブラジルの裁判手続では、外国語文書を提出する際、原則として外交・中央当局を通じたポルトガル語訳、または宣誓翻訳者による翻訳を添付する必要があります。
宣誓翻訳(tradução juramentada)は、通常の翻訳とは異なり、法律上の要件を満たした公認翻訳者(Tradutor e Intérprete Público)によって行われます。現在の制度では、原則として全国的に実施される適性試験等の要件を満たし、Junta Comercialに登録した者が公認翻訳者として活動します。公認翻訳者による翻訳には、その正確性について法律上の推定が認められています。
日本の民事訴訟でも、外国語文書を証拠として提出する場合には訳文を添付する必要がありますが、ブラジルのように宣誓翻訳者による翻訳を原則として要求する制度とは異なります。宣誓翻訳は、外国語文書をブラジル国内の裁判その他の公的手続で利用する際に重要となる制度です。日本の民事訴訟規則138条も訳文の添付を要求していますが、翻訳者の資格までは定めていません。
したがって、日本企業が英語等で契約を締結する場合には、将来ブラジルの裁判所や公的機関でその契約書を使用する可能性を考慮し、ポルトガル語への宣誓翻訳等が必要となる場合に備えておくことが重要です。また、公証、署名認証、アポスティーユ等の手続が必要かどうかは、文書の種類や利用目的によって異なるため、具体的な手続に応じて確認する必要があります。
ブラジルでの債務不履行時の損害賠償
ブラジル法における債務不履行時の損害賠償の範囲も、日本企業が注意すべき重要な論点です。ブラジル民法典第402条は、損害賠償について、「現実に生じた損害」(danos emergentes)と「逸失利益」(lucros cessantes)を対象としています。さらに第403条は、これらの損害が債務不履行の「直接的かつ即時の結果」(por efeito dela direto e imediato)として生じた場合に賠償対象となることを定めています。
したがって、逸失利益がそれ自体「直接損害」に分類されるのではなく、現実損害と逸失利益のいずれについても、債務不履行との直接的かつ即時の因果関係が必要となります。また、STJの判例上、逸失利益は単なる期待や推測では足りず、利益を得られたことについて客観的な蓋然性と具体的な事情を立証することが求められます。日本法では、民法第416条が通常損害と特別の事情による損害を区別し、後者について予見可能性を基準としているため、ブラジル法とは損害賠償の範囲を画する法的枠組みが異なります。もっとも、この違いから直ちにブラジル法の方が賠償範囲が広いとはいえません。
また、ブラジル法でも企業間契約における責任制限条項が当然に無効となるわけではなく、民法典第421-A条は当事者が定めたリスク配分を尊重することを定めています。一方、ブラジル民法典は「間接損害」や「結果的損害」を独立した法定の損害類型として定義していないため、これらを除外する場合には、契約書上で対象となる損害を具体的に定義し、責任の範囲を明確にしておくことが重要です。STJも、企業間で合意された責任制限条項について、具体的事情の下でその有効性を認めています。
ブラジルでの不可抗力による責任免除と契約における特約
ブラジルでは、不可抗力(força maior)や偶然の出来事(caso fortuito)について、民法典に一般的な規定が置かれています。ブラジル民法典第393条は、債務者は、不可抗力または偶然の出来事によって生じた損害について、明示的にその責任を引き受けていない限り、原則として責任を負わないと定めています。また、これらを、その効果を回避または防止することができない必要的な事実として規定しています。
この規定は、契約に不可抗力条項がない場合にも適用される基本的なルールですが、ストライキ、公権力による措置、パンデミックなどが当然に不可抗力となるわけではなく、具体的事情に応じて判断されます。また、債務者が履行遅滞にある場合などには別の規律が適用されることもあります。そのため、契約書では、不可抗力に該当する事象や通知義務、履行義務への影響、責任分担などを具体的に定めておくことが望ましいといえます。
ブラジルにおける国際紛争解決手段としての仲裁の優位性

ブラジルは、国際紛争解決手段として仲裁が広く利用されている法域です。ブラジル仲裁法(Lei nº 9.307/96)は、UNCITRALモデル法の影響を受けており、仲裁合意の効力や仲裁判断の承認・執行などについて制度を整備しています。また、2015年の改正により、直接・間接の公共行政機関も、処分可能な財産上の権利に関する紛争について仲裁を利用できることが明文化されました。
さらに重要な点として、ブラジルは2002年に外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約に加入しており、外国仲裁判断の承認・執行について国際的な枠組みが適用されます。ブラジルの上級司法裁判所(Superior Tribunal de Justiça:STJ)は外国仲裁判断の承認を管轄し、仲裁判断の内容を改めて審理するのではなく、ブラジル仲裁法やニューヨーク条約等に定められた承認要件・拒絶事由を審査します。承認後の強制執行は、原則として管轄を有する連邦裁判所で行われます。
このことは、国際取引を行う日本企業にとって重要な制度的基盤となります。ただし、外国仲裁判断をブラジルで承認・執行するためには、所定の手続きを正確に履行する必要があります。ブラジル仲裁法第37条は、承認申立てについて、仲裁判断の原本または適切に認証された写しと、仲裁合意の原本または適切に認証された写しを中心的な提出書類として定め、公式翻訳も要求しています。また、事案に応じて、仲裁判断が当事者を拘束することなどを示す資料が問題となる場合もあります。
外国で作成された文書については、必要に応じて真正性を証明する手続きも必要ですが、現在では、ハーグ・アポスティーユ条約が適用される文書については、従来のブラジル領事館による認証に代えてアポスティーユを利用することができます。ブラジルで使用する外国語文書については、原則としてポルトガル語への宣誓翻訳も重要となります。したがって、日本企業が仲裁条項を設ける際には、仲裁地や仲裁機関だけでなく、将来ブラジルで外国仲裁判断を承認・執行する可能性も考慮し、必要となる文書の保存や認証・翻訳手続きをあらかじめ意識しておくことが重要です。
まとめ
ブラジル法は、日本法と多くの共通点を持つ一方で、「契約の社会的機能の原則」や損害賠償の範囲を画する基準、不可抗力に関する明文規定など、契約実務上注意すべき特徴があります。これらを理解し、契約書に適切に反映することは、ブラジルにおける事業リスクを低減する上で重要です。
特に、損害賠償の範囲や不可抗力については、当事者間のリスク分担を契約書上で具体的に定めておくことが重要です。また、ブラジル法には「間接損害」や「結果的損害」を独立した損害類型として定義する規定がないため、これらを除外する場合には、その対象を明確にしておくことが望まれます。外国語の契約書等をブラジルの裁判手続で使用する場合には、原則としてポルトガル語への宣誓翻訳等が必要となる点にも注意が必要です。
また、ブラジルでは仲裁も国際取引における重要な紛争解決手段です。外国仲裁判断をブラジルで承認・執行する際には、仲裁判断や仲裁合意など所定の書類と公式翻訳を提出する必要があります。外国文書の真正性を証明する手続についても、ハーグ・アポスティーユ条約が適用される場合にはアポスティーユを利用できるため、将来の承認・執行を見据えて必要な書類や手続を確認しておくことが重要です。
































