チュニジアの契約法を弁護士が解説

アフリカ大陸の北端に位置し、地中海を挟んで欧州と隣接するチュニジア共和国(以下、チュニジア)は、中東およびアフリカ市場へのゲートウェイとして、また欧州市場向けの生産拠点として、多くの多国籍企業から注目を集めています。日本企業の皆様がチュニジアでのビジネス展開、とりわけ現地法人の設立や販売代理店網の構築を検討される際、事業の土台となる現地の法制度、特に契約法の正確な理解は、予期せぬ法的紛争を回避し、安全かつ円滑な取引を実現するための最重要課題となります。
チュニジアの契約法は、かつてのフランス植民地時代の影響を強く受けて制定された債務・契約法典(Code des obligations et des contrats:以下「COC」)を基礎としており、大陸法(民法系)の体系に属しています。そのため、日本法と共通する基本概念も多数存在しますが、チュニジア独自の法制や判例実務、さらには近年の大規模な法改正によって、日本国内の取引感覚とは大きく異なるリスクが潜んでいる領域も少なくありません。
本記事全体の要点として、以下の四つの重要テーマが挙げられます。第一に、チュニジアの契約法は「契約自由の原則」を基本としつつも、フランス法の伝統を引き継ぎ「原因(cause)」という独自の契約成立要件や、「著しい不均衡(lésion)」による契約取消しの制度を有している点です。第二に、債務不履行時における損害賠償請求においては、日本法よりも厳格な形式要件(書面等による明確な催告手続)が求められ、これを怠ると権利を行使できないリスクがある点です。
第三に、国際商取引における準拠法の選択は一定の範囲で認められているものの、チュニジアに所在する代理店の保護や競争制限行為に関しては、現地の強行法規(公序)が優先適用され、多額の賠償金(のれん代)が命じられる実務が確立している点です。第四に、雇用契約に関して、2025年に施行された労働法の大規模な改正により、有期雇用契約(CDD)の利用が極めて厳格に禁止され、無期雇用契約(CDI)が絶対的な原則とされた点です。
労働法制の激変は、有期雇用契約を柔軟に利用できる日本の法制とは根本的に異なり、現地での人事労務管理において最も注意すべき領域となっています。本記事では、これらの要点を踏まえ、チュニジア特有の法的リスクを適切に管理し、現地でのビジネスを成功に導くための具体的なアプローチについて詳細に解説を進めてまいります。
この記事の目次
チュニジア契約法の基本構造と成立要件
チュニジアにおける民事および商事契約の基礎を成しているのは、1906年に公布され、その後現代社会の要請や人権保障の観点から数々の改正(電子証拠の統合や差別的規定の撤廃など)が加えられてきた「債務・契約法典」(COC)です。本法典はフランス法制を色濃く継承しており、個人の意思を尊重する意思自治の原則と、契約の強固な拘束力を重んじる大陸法系の特徴を備えています。
契約の有効要件としての「原因」と「同意の瑕疵」
チュニジアのCOC第2条によれば、契約(意思表示から生じる債務)が有効に成立するためには、当事者の能力、自由かつ明確な同意、確定的で適法な目的、そして適法かつ道徳的な原因(cause)という4つの要件を満たす必要があります。当事者の能力について、チュニジアではCOC第7条により満18歳をもって成年と定められています。日本の成年年齢も現在では18歳に引き下げられているため、この点において両国間に大きな実務上の差異はありません。
しかし、同意の瑕疵(無効要因)に関する規定には、日本法との構造的な違いが見られます。COC第43条は、錯誤(erreur)、詐欺(dol)、強迫(violence)によって与えられた同意は取り消すことができると定めています。特筆すべきは、チュニジアにおける強迫の要件です。COC第51条によれば、強迫が契約を取り消す原因となるのは、それが同意の決定的な原因であり、かつ、年齢や性別、社会的地位を考慮した上で、対象者に肉体的苦痛、深い精神的動揺、あるいは身体や名誉、財産に対する著しい不利益をもたらす恐れがある事実によって構成されている場合に限られます。日本法における強迫による取消し(民法第96条)と基本的な方向性は同じですが、チュニジアでは被害者の属性を具体的に考慮して強迫の程度を評価する点が条文上明記されていることに留意が必要です。
また、日本法における「暴利行為」の法理に相当するものとして、チュニジアには「著しい不均衡(lésion)」による取消し制度が存在します。COC第61条では、契約に定められた価格と目的物の実効的な価値との間に3分の1を超える差がある場合、これを著しい不均衡とみなすという極めて定量的な基準が設けられています。ただし、単なる価格の不均衡だけでは取り消しは認められず、原則として相手方の詐欺的行為が介在していることが求められます(COC第60条)。日本法では金額の差を数学的に規定するのではなく、公序良俗違反(民法第90条)の枠組みの中で個別具体的に判断されるため、チュニジアのように「3分の1」という明文の数値基準が存在する点は、価格交渉における一つの重要な指標となります。
消滅時効に関する規定
契約から生じる権利の消滅時効(prescription)についても、日本法との違いを認識しておく必要があります。COC第402条によれば、義務から生じるすべての訴権は、法律に特別の定めがない限り、原則として15年で時効にかかると規定されています。これは、日本の民法が改正により債権の消滅時効を「権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年」と統一したことと比較すると、チュニジアの一般消滅時効は非常に長期に設定されています。
一方で、COC第404条は、医師や歯科医師の診療報酬、あるいは倉庫業者に対する責任など特定の債権については、365日(1年)という極めて短期の消滅時効を定めています。このように、チュニジアでは債権の性質によって時効期間が極端に二極化しているため、債権管理においては現地法の専門的な確認が不可欠です。
チュニジアにおける契約の効力と債務不履行における厳格な手続き

有効に成立した契約は、当事者間において法律と同じ効力を持ちます。COC第242条は「有効に成立した契約上の債務は、それを作成した者に対して法律に代わるものであり、当事者の相互の同意または法律に定める場合を除き、取り消すことはできない」と規定しており、強固な契約拘束力を宣言しています。また、すべての約束は誠実に履行されなければならないとする信義誠実の原則(COC第243条)も明記されており、この点は日本の民法第1条第2項と軌を一にするものです。
催告(Mise en demeure)の必須性
債務不履行が発生した場合の処理手続には、日本法とは異なる厳格な形式要件が存在します。チュニジアにおいて債務不履行に基づく遅延損害金や損害賠償を請求するためには、原則として債務者を「履行遅滞(mise en demeure)」の状態に置く必要があります(COC第268条)。日本の民法では、確定期限のある債務はその期限が到来した時に自動的に履行遅滞となり、期限の定めのない債務は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うとされています。チュニジアのCOC第269条でも、契約に明確な期限が定められている場合はその期限の到来のみで足りるとされていますが、期限の定めがない場合には、債権者から債務者に対する正式な「催告(interpellation)」を行わなければなりません。
この催告は、単なる口頭の請求では不足であり、書面、書留郵便、電報、あるいは裁判所への呼出状など、証拠に残る明確な形式で行うことが義務付けられています。さらに、その書面には「合理的な期間内に義務を履行することの要求」と「その期間が経過した場合には債権者が自らの義務を免れるとみなす旨の宣言」が含まれていなければならないと規定されています。この手続を踏まない限り、原則として遅延損害金の起算が始まらないため、チュニジアにおいて契約違反を追及する際には、初期対応としての書面による厳格な催告が極めて重要となります。
損害賠償の範囲と不可抗力
損害賠償の範囲については、COC第278条において、債権者が被った「現実の損失」と「得べかりし利益」のうち、債務不履行の直接的な結果であるものが対象となると規定されています。この構造は、日本の民法第416条が定める通常損害および特別損害の考え方と類似しており、予見可能な範囲内で完全な賠償を目指すという大陸法系の共通点からこのような結論が導き出されると言えるでしょう。また、不可抗力(force majeure)や偶発的事故(cas fortuit)によって履行が不可能となった場合、債務者は損害賠償責任を免れます(COC第282条、第345条)。ただし、債務者の事前の過失によって引き起こされた事象は不可抗力とはみなされない点も明記されています。
チュニジアの国際商取引における準拠法の選択と強行法規のリスク
日本企業がチュニジアの企業と国際的な商取引を行う際、契約書においていずれの国の法律を準拠法(loi applicable)とするかは重要な交渉事項となります。チュニジアでは、1998年に制定された「国際私法典(Code de droit international privé: CDIP)」によって、準拠法の決定ルールが明確化されています。
CDIP第62条は「契約は、当事者によって指定された法律に準拠する」と定めており、当事者自治の原則を明確に認めています。したがって、日本企業がチュニジアの企業と取引を行う際、契約書において日本法を準拠法として合意することは原則として可能です。この点は、日本の「法の適用に関する通則法」第7条が当事者の合意による準拠法選択を認めていることと同じ枠組みです。契約の成立、効力、解釈、履行、および不履行による結果などは、選択された準拠法(この場合は日本法)に従って解釈されることになります(CDIP第64条)。
しかしながら、CDIP第28条は「抵触規則は、当事者が自由に処分できない権利を対象とする場合には公序(ordre public)となる」と規定しており、チュニジアの強行法規への適用を強制するセーフガードを設けています。具体的には、現地で活動する代理店の保護に関する規定、労働法に基づく雇用者の権利、競争法等の市場規制については、契約で日本法を準拠法として選んでいたとしても、チュニジアの裁判所においてはチュニジアの法律(強行法規)が優先して適用される可能性が高くなります。国際契約においては、形式上の準拠法選択条項に安心することなく、現地法に基づく強行法規リスクを事前に査定することが不可欠です。
この国際私法典に関する公式な規定は、チュニジア共和国の法務・立法データベースで確認することができます。
チュニジアの代理店契約および商業契約の保護法理と留意点

チュニジアへの製品輸出やサービス展開を行う際、現地の代理店(商業代理人や販売店)を起用するケースが一般的です。こうした商業契約は、COCの委任に関する一般規定および商法典の適用を受けます。ここで留意すべき重要なポイントは、競争法による規制と、判例実務によって形成された代理店保護の法理です。
競争法による排他的取引と価格拘束の規制
チュニジアの市場競争は、2015年に制定された「競争および価格の再編成に関する法(法律第2015-36号)」によって規制されています。同法第5条は、価格カルテル、市場の分割、および市場における支配的地位の濫用を厳しく禁じています。日本企業が現地代理店に対して排他的な販売権を付与する独占的販売店契約を締結すること自体は、市場への新規参入を不当に阻害したり、事実上の独占状態を作り出したりしない限り、ただちに違法となるわけではありません(同法第6条による技術的・経済的進歩を理由とする適用除外の余地もあります)。
しかし、販売価格の拘束(再販売価格維持行為)は違法とみなされるリスクが高く、チュニジアの競争委員会(Conseil de la Concurrence)による高額な制裁金(違反が発生した期間の年間売上高の一定割合)の対象となる可能性があります。また、同法では企業結合(合併や買収)に関しても、当事者の国内売上高が1億チュニジアディナールを超える場合、または国内市場シェアが30パーセントを超える場合には、商務省への事前通知が義務付けられており、経済力集中に対する厳しい監視が行われています。
代理店契約の解除に伴う「のれん代」のリスク
チュニジアには、欧州諸国で見られるような単独の「商業代理店法」は存在しませんが、判例実務やCOCの規定を通じて、代理店を厚く保護する法理が形成されています。期間の定めのない代理店契約を終了させる場合、日本の判例法理における「継続的契約関係の不当破棄」と同様に、合理的な予告期間(一般的には30日から90日程度、契約期間や投資規模により変動)を設ける義務があります。
| 比較項目 | 日本法における継続的契約の解除 | チュニジアにおける代理店契約の解除 |
| 解除の要件 | やむを得ない事由、または相当の予告期間が必要(判例法理)。 | 重大な過失(faute grave)、または合理的な予告期間が必要。 |
| 不当破棄時の賠償 | 逸失利益(通常数ヶ月〜1年分程度)や残存投資の補償が中心。 | 「権利の濫用」として、過去に得ていたコミッションの約2年分に相当する額が補償される傾向が強い。 |
| のれん代の評価 | 独立した「のれん代」としての請求権は明文上存在しない。 | 明文の規定はないが、裁判所が損害賠償の枠組みの中で事実上の「のれん代(goodwill indemnity)」を認める実務が定着。 |
上記のように、正当な理由(代理店の重大な契約違反など)なく、あるいは不十分な予告期間でチュニジアの代理店契約を一方的に打ち切った場合、チュニジアの裁判所は契約解除を権利の濫用とみなし、高額な損害賠償を命じる傾向があります。実務上、この賠償額は代理店が過去に得ていたコミッションの約2年分に相当する額として算定されるケースが多く見受けられます。日本法においても継続的契約の解除は制限されますが、チュニジアにおいては事実上の「のれん代」としての賠償相場が形成されている点で、事業撤退時の財務的インパクトが非常に大きくなるリスクがあります。
チュニジアにおける労働契約の厳格化と2025年改正労働法

チュニジアでのビジネスにおいて、最も日本企業を悩ませる可能性が高いのが雇用契約の分野です。チュニジアの雇用契約は労働法(Code du Travail)によって厳格に管理されており、とりわけ2025年5月に公布された労働法改正(法律第2025-9号)により、雇用市場のルールが劇的に変化しました。この法改正は、チュニジアにおける雇用の不安定性を解消し、国際労働機関(ILO)の基準に準拠することを目的として実施されたものです。
有期雇用契約(CDD)の原則禁止と無期転換
2025年改正労働法の第6-2条により、すべての労働契約は原則として「期間の定めのない契約(CDI)」として締結されなければならないことが明記されました。そして第6-4条により、「期間の定めのある契約(CDD)」の締結は原則として禁止され、以下のような極めて例外的な事由がある場合にのみ許容されることとなりました。
- 業務の異常な増加に伴う一時的な作業の遂行
- 休職中または欠勤中(産休や病気休職など)の正規従業員の一時的な代替
- 季節的業務(農業や観光業など)など、その性質上CDIを締結することが不可能な活動
日本法においては、有期雇用契約(契約社員やパートタイムなど)は特段の要件なく締結することが可能であり、通算5年を超えた場合に初めて無期転換権が発生するという仕組み(労働契約法第18条)を採用しています。しかし、チュニジアではそもそも入口の段階で有期雇用契約の利用が封じられており、例外規定に該当しない違法なCDDを締結した場合、雇用主に対して違法な契約1件につき100から300チュニジアディナールの罰金(最大10,000ディナール)が科されるほか、実質的な無期契約として直ちにみなされることになります。
さらに、企業の中核業務における人材派遣や下請け(sous-traitance)の利用も厳しく制限され、違反した企業やその代表者には多額の罰金や、再犯の場合には3ヶ月から6ヶ月の禁錮刑が科されるリスクまで規定されています。
解雇規制と法定された高額な損害賠償
解雇規制についても、厳格な手続きが求められます。CDIを解雇する場合には、重大な過失がある場合を除き、事前の予告期間(労働法第14条の3によれば通常1ヶ月)を設ける必要があります。正当な理由のない不当解雇(licenciement abusif)が行われた場合、労働法第23-2条の規定に基づき、企業は従業員に対して勤続1年につき月給の1ヶ月分から2ヶ月分に相当する損害賠償を支払う義務を負います。
ただし、この賠償額は最大でも3年分の給与額を超えることはないと法定されています。日本の労働審判や裁判所が不当解雇を無効と判断し、解決金として数ヶ月から数年分の給与相当額での和解を勧告する実務と結果的には似た金銭的解決になりますが、チュニジアでは法律上明確に賠償額の算定基準と上限が定められている点から、紛争時の賠償額の予測可能性は比較的高いと言えるでしょう。
チュニジアの判例法理が実務に与える影響と競業避止義務
チュニジアの最高裁判所に相当するチュニジア破毀院(Cour de cassation)は、労働者や現地代理店といった経済的弱者を保護する判決を数多く下しています。その代表的な例が、労働契約や代理店契約における競業避止義務条項(clause de non-concurrence)の有効性に関する厳格な審査基準です。
チュニジア破毀院の2006年1月9日判決(判決番号6560、当事者名非公開(チュニジアの判例公開の実務においてはプライバシー保護のため当事者名が伏せられることが一般的です))をはじめとする一連の法理において、退職後や契約終了後の競業避止義務は、企業の正当な利益を保護するために不可欠な範囲に限定されており、かつ、対象地域と期間が合理的に制限されていなければ無効と判断されます。
さらに重要な点として、競業避止義務を課す以上は、それに対する相応の金銭的代償(contrepartie pécuniaire / indemnité)が契約上定められていなければならないとする傾向が強く、これはフランス本国の判例法理を深く反映したものです。したがって、日本企業が現地で採用した従業員や契約を解除した代理店に対して、単に「契約終了後2年間は同業他社への就職や競業行為を禁ずる」といった一方的な条項を契約書に記載したとしても、代償措置が伴っていなければ裁判で無効とされ、企業の機密情報や顧客リストが保護されないリスクが生じます。これらの判例の蓄積から、当事者間の力関係を利用した一方的な契約条項は司法の場で是正される可能性が高いということが言えるでしょう。
まとめ
本記事では、チュニジアにおける契約法制について、基礎となる債務・契約法典(COC)の考え方から、代理店契約における保護法理、そして最新の労働法改正に伴う極めて厳格な雇用規制に至るまでを詳細に解説いたしました。チュニジアの契約法は、契約自由の原則をベースとしつつも、競争法や労働法といった強行法規による介入が極めて強く、日本法の常識や実務感覚をそのまま持ち込むことは重大なコンプライアンス違反や高額な賠償リスクに直結します。特に、2025年の労働法改正による有期雇用契約の原則禁止や、代理店契約終了時における事実上の高額補償(のれん代)の存在は、進出戦略の根幹に関わる重要な要素です。また、国際私法典による準拠法選択が認められているとはいえ、現地の公序に基づく介入を完全に排除することは不可能です。
モノリス法律事務所では、海外進出を検討される日本企業の皆様が抱えるこうした現地の法的リスクの洗い出しから、適法かつ安全な契約書の作成、現地法規や最新の判例動向を踏まえた事業スキームの構築まで、皆様のグローバルなビジネス展開を総合的にサポートいたします。
































