チュニジアのM&Aを弁護士が解説

チュニジア共和国(以下、チュニジア)は、欧州と中東・アフリカ(MENA)地域を結ぶ地政学的な要衝に位置しており、加工貿易の拠点や周辺市場へのゲートウェイとして、多国籍企業によるM&A(企業の合併・買収)が活発に行われています。地理的な優位性に加え、EUやアフリカ諸国との間に自由貿易協定を含む多様な貿易枠組みを有していることから、グローバルサプライチェーンの再構築を目指す日本企業にとっても、チュニジアは極めて魅力的な投資対象国となっています。
しかしながら、チュニジアにおけるM&Aを成功させるためには、フランス法体系の影響を強く受けた現地の法制度、複雑な外資規制、そして独特のビジネス環境を正確に把握することが不可欠です。本稿は、チュニジアでのビジネス展開を検討している日本企業の経営者や法務担当者を対象に、同国におけるM&Aに関する法律構成、外資規制、および実務上の留意点を網羅的に解説するものです。
本稿の要点として、第一に、チュニジア会社法に基づく有限責任会社(SARL)の持分譲渡において、資本金の4分の3以上の賛成を要求する厳格な要件が存在することが挙げられます。第二に、チュニジア投資法に基づく外資規制として、ネガティブリスト方式による事前認可制度が採用されている点を理解する必要があります。第三に、チュニジア中央銀行による厳格な外国為替規制の遵守が、クロスボーダーM&Aを成立させるための絶対条件となります。さらに、過去の利益配当権の帰属や吸収合併時の法人格消滅に関する最高裁判決など、実務に直結する法的リスクを把握し、現地の主要な専門アドバイザーを適切に起用することがM&A成功の鍵となります。
この記事の目次
チュニジアにおけるM&Aの基本構造と会社法の枠組み
チュニジアにおけるM&Aの法的な基盤は、主にチュニジア会社法(Code des Sociétés Commerciales)によって規律されています。想定される買収対象企業の多くは、株式会社(Société Anonyme、以下「SA」)または有限責任会社(Société à Responsabilité Limitée、以下「SARL」)の形態をとっています。
| 会社形態 | チュニジア法における特徴 | 日本法における類似の会社形態 | 設立やM&Aにおける留意点 |
| 株式会社(SA) | 最低資本金5,000チュニジア・ディナール(公募の場合は50,000)。取締役会と監査役の設置が義務付けられる。 | 株式会社 | 比較的大規模な企業や上場企業が採用。株式の譲渡は原則として自由。 |
| 有限責任会社(SARL) | 最低資本金1,000チュニジア・ディナール。より閉鎖的で人的結びつきが強い。 | 合同会社または特例有限会社 | チュニジアの中小企業で最も一般的。持分譲渡に極めて厳格な法定要件がある。 |
| 一人親会社(SUARL) | 最低資本金1,000チュニジア・ディナール。単一の株主によって構成される。 | 一人会社(株式会社・合同会社) | 個人起業家や、100パーセント子会社を設立する外資系企業に利用される。 |
日本法との比較から見る持分譲渡の手続的差異
日本企業がチュニジアのSARLを買収する際、最も注意すべきなのは持分譲渡に関する厳格な法定要件です。日本の株式会社において譲渡制限株式を譲渡する場合、取締役会や株主総会の承認が必要となりますが、承認機関や要件は定款によって柔軟に設計することが可能です。また、日本の合同会社においては、業務執行社員以外の第三者への持分譲渡には原則として他の全社員の同意が必要ですが、定款で別段の定めを置くことができます。
これに対し、チュニジア会社法第110条は、SARLの持分を第三者に譲渡する場合、資本金の4分の3(75パーセント)以上を代表する株主の過半数による同意を要求しています。この法定基準は極めて強行的な性質を持っており、譲渡人が事前にこの要件を満たす同意を取り付けられない限り、M&Aの実行は法的に不可能です。したがって、チュニジアでSARLを対象とする買収を検討する際には、対象企業における少数株主の構成を初期段階で正確に把握し、少数株主が拒否権(25パーセント超の持分)を握っていないかを法務デューデリジェンスにおいて調査する必要があります。
チュニジア投資法と外資規制のメカニズム

チュニジアは長年、厳格な事前認可制を採用していましたが、2016年に制定されたチュニジア投資法(Law No.2016-71)により、投資環境の自由化へと大きく舵を切りました。同法は、外資による企業買収や資本参加を原則自由とし、事前認可から事後報告や透明性の高い管理体制への移行を目指すものです。
ネガティブリストと事前認可の枠組み
投資法制の自由化が進む一方で、2018年に施行された政令第417号(Decree No.2018-417)により、政府の事前認可を必要とする100の経済活動分野が「ネガティブリスト」として明文化されました。このリストには、天然資源の採掘、陸海空の運輸、銀行・金融・保険、有害・汚染産業、医療、教育、電気通信などが含まれています。
日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)においても、国の安全や公の秩序に関する特定の業種に対して事前届出制が設けられていますが、チュニジアのネガティブリストはより広範な日常的商業活動をも対象としています。そのため、対象企業が営む事業がネガティブリストのどの項目に該当するかを事前に精査し、必要な認可を特定することが不可欠です。
認可手続における沈黙の原則と救済措置
チュニジアの制度では、認可申請に対する行政庁の沈黙(一定期間内に回答がないこと)に対する画期的な救済措置が設けられています。行政機関が法定期間(多くの場合60日)内に応答しない場合、チュニジア投資当局(TIA)が介入し、条件を満たしていれば代わって認可を付与する仕組みが構築されています。外国企業による投資や進出全般については、チュニジア外国投資促進機関(FIPA)およびTIAが重要な窓口となっており、申請手続きの電子化も進められています。
この投資認可に関するオンラインプラットフォームの詳細は、チュニジア投資当局の公式ウェブサイトで確認することができます。
チュニジアのクロスボーダーM&Aにおける外国為替規制
日本の外為法に基づく資本取引が原則自由(事後報告制)であるのに対し、チュニジアにおけるクロスボーダーのM&Aは、チュニジア中央銀行(BCT)の厳格な管理下に置かれます。外国為替法典および関連政令に基づき、外貨建ての取引や、チュニジア国内の資産を外国へ移転する行為には、BCTの事前承認が不可欠です。
M&Aの文脈において、これは極めて重要な意味を持ちます。株式譲渡契約(SPA)を締結する際、買収資金の送金や、将来的な配当金および資本回収資金の母国への送金(リパトリエーション)を確実にするため、BCTの承認を取得することが契約上の前提条件(Condition Precedent)として必ず組み込まれなければなりません。
| 投資体制 | 資本要件と輸出要件 | 外国為替規制における優遇措置 |
| オフショア企業(完全輸出企業) | 外国資本が66パーセント以上を占め、かつ生産の70パーセント以上を輸出に向ける企業。 | 資金の送金やリパトリエーションが原則として自由に認められる。 |
| オンショア企業 | 国内市場を対象とする一般的な企業。 | 資金の国外送金にはチュニジア中央銀行(BCT)の事前の承認が必要となる。 |
外資系企業がチュニジアをハブとして利用する場合、オフショア企業制度の要件を満たすようストラクチャリングを行うことで、為替規制のハードルを大幅に下げることが可能です。
チュニジアの企業結合規制(独占禁止法)と労働法制の留意点

競争評議会への事前届出義務
チュニジアにおけるM&Aは、2015年に制定された競争と価格の再編成に関する法(Law No.2015-36)に基づく独占禁止法の規制を受けます。市場における支配的地位の形成や競争の実質的な制限をもたらすおそれのある企業結合を実施する場合、当事会社は一定の市場シェアまたは売上高の閾値を超える際に、競争評議会(Competition Council)に対する事前の届出とクリアランスの取得が義務付けられています。日本の公正取引委員会に対する届出制度とその理念は共通していますが、チュニジア独自の市場定義や審査期間が適用されるため、クロージングまでのスケジュール管理において十分な余裕を持たせることが求められます。
労働者保護と雇用承継の法的枠組み
労働法制の観点からも、チュニジアのM&Aは特有の配慮を必要とします。チュニジア労働法典および労働協約(Collective Bargaining Agreements)は労働者の権利を強力に保護しており、合併や事業譲渡に伴う労働条件の不利益変更は厳格に制限されています。チュニジア労働法典第15条の規定により、企業の組織再編に伴う労働契約は、原則として新たな雇用主に自動的に承継されます。これは日本法における労働契約承継法の考え方と類似していますが、労働組合代表との事前の協議が法的に義務付けられている点や、不当解雇に対するペナルティが厳格である点には細心の注意が必要です。
M&A実務に影響を与えるチュニジアの重要判例
チュニジアは成文法主義をとる大陸法系の国ですが、最高裁判所(Cour de cassation)の判例は法律の解釈において極めて重要な役割を果たします。以下に、M&A実務に直接的な影響を与える重要判例を解説します。
株式譲渡と過去の未分配利益に関する最高裁判所合同部判決
M&Aにおいて、買収実行(クロージング)前に蓄積された未分配の利益が、株式や持分の譲渡に伴って買主に移転するのか、それとも売主(旧株主)に留保されるのかという問題は、譲渡対価の算定において非常に重要です。この点について、チュニジア最高裁判所合同部(Chambres réunies)は、2012年5月28日に画期的な判決(Cass. Civ., n° 78192)を下しました。
この事案は、2000年にSARLの持分を他の共同経営者(会社代表者)に譲渡した元株主が、1990年から2000年までの間に蓄積された未分配利益の支払いを求めて会社を提訴したものです。通常、利益配当は株主総会の決議を経てはじめて具体的な請求権として確定しますが、本件では代表者が長年にわたり株主総会を招集せず、決算承認が行われていないという特異な状況がありました。
最高裁判所は、会社法第140条の規定を詳細に分析し、持分譲渡の合意自体には過去に遡及する効力はなく、譲渡契約の中に明示的な別段の定め(未分配利益に対する権利の放棄や買主への移転に関する条項)が存在しない限り、過去に生じた利益はその利益が生じた当時に所有権を有していた者(売主)に帰属する余地があるとの解釈を示しました。しかし同時に、配当金に対する具体的な法的請求権は、あくまで株主総会における利益処分の正式な決議が行われた時点で初めて発生するものであると判示しました。
日本法においては、配当基準日における株主名簿の記載に基づいて配当受領権者が確定するという明確な実務が定着しています。チュニジアのこの判決から、株式譲渡契約において過去の未分配利益や発生済みの債権の取り扱いについて、契約文言として一義的かつ極めて詳細に規定しておかなければ、クロージング後に予期せぬ法廷闘争を招くリスクが高いということが言えるでしょう。この判決に関する法的な解説は、現地の専門家による法務解説ブログで詳細に分析されています。
吸収合併による消滅会社の法人格に関する最高裁判決
合併手続きの法的効果に関する重要な解釈として、2025年1月15日に下された最高裁判決があります。この判決においてチュニジア最高裁判所は、吸収合併(fusion-absorption)が実行された場合、被合併会社(吸収される側の企業)の法人格は完全かつ確定的に消滅することを確認しました。これは日本の会社法における吸収合併の効力と全く同じ法理ですが、チュニジアの司法体系において、合併後の訴訟当事者適格や潜在的債務の承継に関する法的安定性を最高裁が改めて担保した点で、M&A実務における重要な拠り所となっています。
チュニジア進出を支える主要な専門アドバイザーと投資環境

チュニジアにおけるM&Aを成功に導くためには、現地の法制度、税制、およびビジネス慣行に精通した専門アドバイザーの起用が不可欠です。以下のような国際的なネットワークと現地の専門知識を併せ持つファームが、外国企業の進出を支援しています。
財務および戦略アドバイザリーの役割
財務・戦略アドバイザリーの領域では、「Emergence Partners」が挙げられます。同社は2011年にチュニスで設立され、プライベート・エクイティや企業価値評価において豊富な実績を持ちます。また、世界的なM&Aネットワークである「M&A Worldwide」のチュニジアおよびアルジェリアにおける独占的代表機関であり、クロスボーダー取引において高度な専門性を提供しています。
監査および税務コンプライアンスの支援
監査、税務、および会計コンサルティングの分野では、「ECOVIS KDH Partners」が有力な支援機関となります。同ファームは国際的なECOVISネットワークのメンバーであり、チュニジアのみならず北アフリカ全域に進出する外資系企業に対し、現地の複雑な税制や会計基準へのコンプライアンス対応を支援しています。財務デューデリジェンスにおいて、過去の税務申告の妥当性や潜在的債務を洗い出す上で重要な役割を担います。
法務デューデリジェンスと契約交渉の実務
法務デューデリジェンスや契約交渉を担う法律事務所として、「Kemicha Law Firm」などの現地ファームが活躍しています。同事務所は、企業法務、M&A、および国際仲裁に特化しており、株式譲渡契約や株主間協定の起草、チュニジア中央銀行や競争評議会に対する規制対応において、実務的かつ戦略的な法務助言を提供しています。チュニジア法はフランス法体系に属しているため、契約書の文言一つが及ぼす法的効果が日本の実務感覚とは異なる場合があり、こうした現地に根ざした法務専門家のレビューは欠かすことができません。
まとめ
チュニジアにおけるM&Aは、欧州およびMENA地域への戦略的な拠点構築という大きなメリットを提供する一方で、特有の法的・規制的ハードルが存在します。チュニジア会社法に基づく有限責任会社の持分譲渡における4分の3以上の賛成要件や、投資法に規定されるネガティブリストに基づく事前認可手続き、さらにはチュニジア中央銀行による厳格な外国為替規制など、日本法や日本のビジネス慣行とは異なる点が多く見受けられます。また、利益配当の帰属に関する最高裁判決が示すように、当事者間の合意事項は契約書において極めて精緻に言語化されなければなりません。したがって、クロスボーダーでの買収を成功させるためには、初期段階からの徹底したデューデリジェンスと、現地アドバイザーを活用した適切なストラクチャリングが求められます。
モノリス法律事務所では、日本企業がチュニジアをはじめとする海外市場へ進出する際のM&Aや各種事業展開において、現地規制の調査、契約書のリーガルチェック、法的リスクの分析など、法務面から総合的にサポートいたします。新たな市場への挑戦を見据える経営者および法務ご担当者様は、事業の安全かつ円滑な推進に向けて、法的な地盤固めを慎重に行うことをお勧めいたします。
































