ルーマニアの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ルーマニアは、日本と同様に大陸法系の法制度を持つEU加盟国です。特にIT分野では、優秀な人材と競争力のあるコスト構造に加え、再投資利益や研究開発活動に対する手厚い税制優遇措置が大きな魅力です。企業設立手続も比較的容易であり、取締役の居住地要件に柔軟性があるため、迅速な事業立ち上げが期待できます。
一方で、欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)に準拠した厳格なデータ保護規制や、日本には存在しない外国直接投資の包括的な審査制度など、日本の法制度とは異なる重要な側面も存在します。これらの法的差異を深く理解し、適切な法務戦略を構築することが、ルーマニア市場への進出には不可欠となるでしょう。
本記事では、ルーマニアの法律の全体像とその概要について、弁護士が詳しく解説します。
この記事の目次
ルーマニアの法制度の基礎
ルーマニアの法制度は、世界で主流な法体系の一つである大陸法系(Civil Law System)に属しています。法源としては、憲法が最高法規であり、その下に主要な法典や制定法が体系的に存在します。
ルーマニアの法制度は大陸法系を採用しており、その法源は憲法とその他の制定法に限定されます。この点は、判例法を主要な法源とする英米法系とは異なり、日本法と共通する基盤を持っています。国の基本的な法規範は、1991年12月に採択され、2003年10月に改訂されたルーマニア憲法です。この憲法は、政府の構造、市民の基本的権利、自由、義務、そして立法プロセスといった国の根幹をなす事柄を規定しています。
ルーマニアの司法は、階層的な裁判所システムとして組織されています。その構造と組織に関する規定は、憲法および司法組織法(Law no. 304/2022)に詳細に定められています。民事裁判所は、最高破棄院(Înalta Curte de Casaţie şi Justiţie)を頂点とし、その下に15の控訴裁判所(curţi de apel)、41の郡裁判所およびブカレスト市裁判所(tribunale)、そして188の地方裁判所(judecătorii)が配置される階層構造を採っています。各裁判所は裁判所長によって運営され、民事事件、刑事事件、その他の法分野に特化した部門や部会が設けられています。例えば、アルジェシュ商事裁判所やブラショフ家庭裁判所のような専門裁判所も存在します。ルーマニア憲法裁判所は、通常の裁判所システムとは独立した憲法司法機関として機能しており、憲法適合性の判断を担います。
ルーマニアの司法制度は、2010年代初頭に大規模な改革を経験し、2011年に民法典、2013年に民事訴訟法典、2014年に刑法典および刑事訴訟法典という4つの新しい主要法典が導入されました。特に、現在の民法典は2011年10月1日に施行され、それまでの1864年民法典、1887年商法典、1953年家族法典を統合・置き換える形で、私法規定を一元化する「一元主義」の原則に沿って策定されました。この民法典は、スイス民法典やケベック民法典から大きな影響を受けています。
ルーマニアにおける企業設立とガバナンス

企業形態の選択
ルーマニア会社法(Law no. 31/1990)は、様々な会社形態を規定しており、中でも有限責任会社(SRL)と株式会社(SA)が最も一般的に利用されています。
ルーマニアの会社登録と運営を規定する主要な法律は、会社法(Law no. 31/1990)です 。この法律は、一般的なパートナーシップ(General Partnership)、リミテッドパートナーシップ(Limited Partnership)、株式会社(Joint-Stock Company)、株式合資会社(Partnership Limited by Shares)、および有限責任会社(Limited Liability Company)の5つの法人形態を定めています。
これらの会社形態の中で、一般的なのは、有限責任会社(SRL)と株式会社(SA)です。有限責任会社(SRL)はルーマニアで最も普及している会社形態であり、最低1名から最大50名の株主で設立が可能です。株主の責任は出資額に限定されます。最低資本金は200RON(約6,000円)と非常に低く設定されており、取締役は1名以上必要ですが、ルーマニア居住者である必要はありません。これにより、日本など海外からの役員派遣や現地での人材確保の負担が軽減され、迅速な事業立ち上げが容易になります。単独株主によるSRLの設立も可能ですが、一人の人物が単独株主として複数のSRLを設立することはできません。ただし、銀行、投資ファンド、保険会社などの特定の事業はSRLでは行えない点には留意が必要です。
一方、株式会社(SA)は大規模企業向けに設計されており、最低2名の創業者(株主)が必要です。最低資本金は90,000RON(約25,000ユーロ相当)とSRLに比べて高額です。株主総会が最も重要な機関であり、取締役会または監督委員会による単一または二元的な管理システムを選択できます。株式会社の株主の責任も出資額に限定され、株式は他の株主の同意なしに譲渡可能です。
会社設立の手続
会社設立手続においては、いくつかの重要なステップがあります。まず、会社名の選定と貿易登記所(National Trade Register Office: ONRC)での承認・予約が必要です。次に、ルーマニア国内に物理的な登録住所を確保する必要があります。定款の作成と提出も必須であり、資本金の預け入れも求められます。従業員を雇用する予定がある場合は、社会保障当局および労働当局への登録も必要です。さらに、展開する業種によっては、特定の事業許可の取得が求められる場合があります。これらの設立手続は、通常2週間程度で完了するとされています。
日本からの投資家に対しては、ルーマニアはビジネスビザや居住許可の取得プロセスを簡素化しており、一時滞在の延長に財政的手段の証明を不要とするなど、特に歓迎する姿勢を見せています。これは、日本企業がルーマニアに拠点を設ける際の行政手続の負担を軽減し、よりスムーズな進出を促進する直接的なメリットとなります。
コーポレートガバナンス
ルーマニアのコーポレートガバナンス政策は、市場主導のトレンドに対応し、企業価値の創造に焦点を当てる形で進化しています。特に、取締役会の機能が重視されており、その役割、構成、選任、報酬、行動に関する規定が強化されています。企業には、リスク管理と内部統制システムの有効性を確保することが求められ、最高リスク責任者(CRO)の設置や、内部監査機能、内部告発メカニズムの確立が推奨されています。また、「遵守または説明(comply or explain)」アプローチが採用されており、企業は画一的な基準に従うのではなく、自社に最適なガバナンス慣行を選択し、その理由を説明する柔軟性が与えられています。
ルーマニアの契約法
ルーマニアの契約法は、2011年10月1日に施行された新民法典(Civil Code)によって包括的に規定されています。同法典は、以前の民法典、商法典、家族法典を統合し、私法の規定を一元化したものです。
契約は、当事者間の交渉または提示された契約への無条件の承諾によって成立します(ルーマニア民法典第1182条)。契約の拘束力については、「有効な契約は、契約当事者間において法の効力を有する」とルーマニア民法典第1270条に明記されています。これは、当事者が合意した内容が法的に強制力を持つという原則を示しています。契約の解除に関しては、当事者間の合意による変更または終了が認められるほか、法が定める特定の状況においても可能です。契約の履行が困難になった場合の例外として、「不可抗力(Force Majeure)」と「事情変更の原則(Hardship)」が民法典に規定されています。不可抗力は、「外部的、予測不能、絶対的に克服不能かつ回避不能な事象」と定義され(ルーマニア民法典第1351条第2項)、原則として債務不履行責任を免除します。ただし、法または契約に別段の定めがある場合を除きます。不可抗力事象が発生した場合、債務者は債権者に対し、合理的な期間内に通知する義務があります。この通知を怠ると、債務者は損害賠償責任を負う可能性があります(ルーマニア民法典第1634条第5項)。
一方、事情変更の原則(Hardship)は、契約締結後に予見し得なかった状況の著しい変化により、契約の履行が一方の当事者にとって著しく過重となった場合に適用されます(ルーマニア民法典第1271条)。不可抗力と異なり、履行が不可能になるわけではなく、履行が極めて困難になる点が特徴です。この場合、裁判所は契約を公平に調整するか、または特定の条件下で契約を終了させる裁量を有します。日本法においても不可抗力や事情変更の原則に類する概念は存在しますが、ルーマニア民法典では具体的な条文で要件が明記されており、特に事情変更の原則の適用には裁判所の判断が必須である点が実務上の重要な相違点となります。
ルーマニアの労働法
ルーマニアの労働法は、主に労働法典(Labor Code)によって規定されています。労働法典は、個別の雇用関係、集団的雇用関係、労働関連規制の執行、および労働管轄権を定めています。雇用契約は、原則として無期雇用契約であり、書面でルーマニア語により締結され、従業員が働き始める前日までに雇用主が写しを交付し、従業員一般登録簿に登録する義務があります。雇用に際しては、職務遂行能力を証明する医師の診断書が必須であり、これが欠けている場合、契約は無効となります。これは日本法にはない厳格な要件です。労働時間については、標準で1日8時間、週40時間(5日間勤務)と定められており、残業を含めても週48時間が上限です。残業は原則として従業員の同意が必要であり、90日以内に有給休暇で補償されるか、基本給の最低75%の割増賃金が支払われます。年次有給休暇は全従業員に最低20労働日が保証されており、未取得分は翌年18ヶ月以内に付与する義務があります。
雇用契約の解除に関しては、ルーマニアでは雇用主による一方的な解雇は厳しく制限されています。解雇には「実質的かつ重大な理由」が必要であり、従業員に関連する理由(懲戒解雇、職務遂行能力不足、健康上の問題など)または従業員に起因しない理由(人員削減、経済的理由など)のいずれかに基づく必要があります。懲戒解雇の場合、懲戒委員会の設置や聴聞会の実施など、厳格な手続きが求められます。日本法と同様に、解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められますが、ルーマニアでは、解雇理由が客観的かつ詳細に文書化される必要があります。解雇通知期間は、通常20営業日(管理職の場合は45営業日)ですが、日本法では原則30日以上の解雇予告または30日分の平均賃金の支払いが義務付けられています。ルーマニアでは、従業員が不当解雇であると主張した場合、裁判所は解雇を無効とし、従業員の復職を命じ、解雇期間中の賃金やその他の権利の支払いを命じることができます。
ルーマニアにおけるIT分野における法規制
ルーマニアはIT分野の成長に注力しており、これに伴い、データ保護、サイバーセキュリティ、Eコマース、知的財産権といったIT関連の法規制も整備されています。これらの規制は、EU指令との整合性を保ちつつ、国内の特性を反映しています。
データ保護(GDPR)
データ保護に関しては、ルーマニアは欧州連合(EU)加盟国として、2018年に施行された一般データ保護規則(GDPR: Regulation (EU) 2016/679)を直接適用しており、それに加えて国内法であるLaw No. 190/2018を制定し、GDPRの適用措置を定めています。このLaw No. 190/2018は、特にジャーナリズム目的のデータ処理、認証機関、公的機関および民間機関に対する是正措置と制裁に関する詳細な規定を含んでいます。個人データ処理に関する管轄当局は、国家個人データ処理監督庁(ANSPDCP)であり、活発な規制機関としてGDPRリソースセンターの提供、罰金の賦課、ガイドラインの発行を行っています。
GDPRの原則に基づき、個人データは適法性、公正性、透明性の原則に従って処理されなければなりません。特に、遺伝子データ、生体認証データ、健康データの処理は、明示的な同意または法的要件に基づく場合にのみ許可され、自動意思決定やプロファイリング目的での利用には厳格な条件が課されます。また、国民識別番号の処理には、データ最小化、セキュリティ、機密保持のための適切な技術的・組織的措置、DPOの任命、データ保持期間の設定、定期的な従業員研修といった追加の保証措置が求められます。職場での電子監視やビデオ監視も、雇用主の正当な利益が従業員の権利を上回る場合、従業員への完全な情報提供、労働組合との協議、より侵害の少ない代替手段の無効性の証明、およびデータ保持期間の制限(原則30日以内)といった厳格な条件の下で許可されます。
サイバーセキュリティ(NIS2指令)
サイバーセキュリティに関しては、ルーマニアはEUのNIS2指令(Directive (EU) 2022/2555)を政府緊急条例No. 155/2024(GEO 155)を通じて国内法化し、2024年12月31日に施行しました。この法律は、2025年7月10日にLaw No. 124/2025として議会で承認され、いくつかの修正が加えられています。NIS2指令は、エネルギー、交通、医療、銀行、デジタルインフラなど、NIS1指令で既にカバーされていた分野に加え、ソーシャルメディアプラットフォームやデータセンタープロバイダーなど、より広範なデジタルサービスプロバイダーを含む多くの公的・私的エンティティに適用範囲を拡大しています。
主要な義務として、必須および重要エンティティは、すべてのスタッフに対し、適切なサイバーセキュリティ知識と能力を維持するための定期的な専門研修を義務付けられています。また、これらのエンティティの経営陣は、国家サイバーセキュリティ局(DNSC)からの通知後30日以内に、ネットワークおよび情報システムセキュリティの責任者を任命する必要があります。違反に対する罰金は、全世界年間売上高の一定割合で計算されることが明確化され、繰り返しの違反の場合には罰金額が50%増しとなることが義務付けられました。これは、サイバーセキュリティ対策の不備が企業の財務に重大な影響を及ぼす可能性を示唆しています。
Eコマース関連法令
Eコマースに関しては、ルーマニアは電子商取引法(Law no. 365/2002)や緊急条例No. 141/2021(GEO 141/2021)など、消費者保護、決済セキュリティ、透明性の高いデータ慣行を優先する法的枠組みを整備しています。特に、Law no. 365/2002は、インターネット仲介業者の責任スキームを規定しており、EUのEコマース指令の「セーフハーバー」モデルに概ね従っています。これには、検索エンジンも含まれ、違法コンテンツの認識後、迅速な削除またはブロックが義務付けられています。緊急条例No. 141/2021は、デジタルコンテンツおよびデジタルサービスの供給契約に関する具体的な規則を導入し、消費者保護を強化しています。この条例では、デジタルコンテンツやサービスの不適合に対する販売者(およびサプライチェーン内のあらゆる当事者)の責任が、配信日から5年間とされています。また、消費者が個人データを提供して無料でデジタルコンテンツやサービスを受け取る場合にも、これらのコンプライアンス規則が適用される点が特徴です。
違反に対しては、5,000~50,000レイの罰金が科され、当局はデジタルコンテンツの修正を命じることも可能です。Eコマース事業者は、会社名、登録番号、VAT番号、物理的住所などの企業識別情報をウェブサイトに明確に表示し、国家消費者保護庁(ANPC)への登録が義務付けられています。
日本の特定商取引法では、自宅で事業を行う個人事業主の場合、ウェブサイト上で要求があれば速やかに情報を提供することを明記することで、住所と電話番号の表示を省略できる例外規定が存在しますが、ルーマニアではこのような明確な例外は示されていません。
知的財産法
知的財産権に関しては、ルーマニアはソフトウェアの著作権保護に強固な法的枠組みを確立しています。ルーマニアはベルヌ条約およびTRIPS協定の加盟国であり、EUのコンピュータプログラムの法的保護に関する指令(Directive 2009/24/EC)やデータベースの法的保護に関する指令(Directive 96/9/EC)を国内法に転置しています。これにより、コンピュータプログラムやデータベースは著作権法によって保護されます。
著作権は、著作者の死後70年間保護されます。著作権侵害に対しては、民事訴訟(損害賠償請求、差止請求など)および刑事責任(罰金、禁固刑)の両方が課される可能性があります。ソフトウェア特許については、ソフトウェア自体は特許保護の対象外ですが、新規性、進歩性、産業上の利用可能性の基準を満たし、技術的特性を有するか、技術的な問題を解決するソフトウェア発明は特許保護の対象となり得ます。特許の保護期間は出願日から20年間で、更新はできません。
ルーマニアにおける外国投資規制

ルーマニアは、外国からの直接投資を積極的に誘致しており、そのための規制枠組みと税制優遇措置を整備しています。日本企業がルーマニアへの投資を検討する上で、これらの制度は重要な考慮事項となります。
外国直接投資(FDI)に関しては、ルーマニアはEUのFDI規則(Regulation (EU) 2019/452)を国内法化し、2022年4月にFDI審査制度を導入しました。この制度は、当初非EU投資家のみを対象としていましたが、2023年6月および12月の改正により、EU域内の投資家(ルーマニア企業を含む)も対象となりました。
審査の対象となるのは、投資額が200万ユーロを超える「敏感なセクター」への投資です。「敏感なセクター」には、市民とコミュニティの安全、国境安全保障、エネルギー、交通、重要インフラ、情報通信システム、金融・税務・銀行・保険活動、武器・弾薬・爆発物・有毒物質の生産・流通、産業安全保障、災害保護、農業・環境保護、国有企業の民営化などが含まれます。メディア企業への投資には、オーディオビジュアルライセンスを持つ企業、日平均5,000部以上の印刷物発行企業、月間10,000回以上のウェブポータル閲覧がある企業など、特定の透明性規則が適用され、現地法人がなくても審査対象となり、最低30日間の公開協議プロセスが必要です。5G技術の製造業者や供給業者には、国家安全保障上の理由から承認手続きが義務付けられています。投資審査は、FDI審査委員会(CEISD)によって行われ、ルーマニア競争委員会(RCC)が非問題案件の承認決定を行います。非EU投資家の場合、審査完了から承認決定まで最大135日かかる場合がありますが、EU投資家にはより迅速な手続きが適用され、最大70日で承認される可能性があります。申請時には10,000ユーロの審査手数料が必要で、承認前に投資を実行すると、全世界年間売上高の最大10%の罰金が科される可能性があります。
日本にはこのような包括的なFDIスクリーニング制度は存在しないため、この点はルーマニア進出における大きな相違点となります。
ルーマニアにおける税制優遇措置
税制面では、ルーマニアは外国投資家にとって魅力的な環境を提供しています。法人所得税の標準税率は16%と、多くの欧州諸国と比較して低い水準にあります。年間売上高が一定額(2025年以降は25万ユーロ相当のRON、2026年以降は10万ユーロ相当のRON)を超えないマイクロエンタープライズ(Micro-company)の場合、売上高に対して1%または3%の税率が適用されます。これは、特にスタートアップ企業にとって大きなメリットとなります。再投資利益に対する税制優遇措置も存在し、生産、加工、改修活動に使用される技術設備、電子機器、ソフトウェアへの投資利益は免税となります。研究開発(R&D)活動に対しても手厚いインセンティブがあり、適格費用の50%を追加で控除できるほか、R&D活動に使用される機器には加速償却が適用されます。さらに、イノベーションおよびR&D活動のみを行う企業は、事業開始から最初の10年間は法人所得税が免除されます。これらの税制優遇措置は、特にIT分野での事業展開を検討する日本企業にとって、大きな財務的メリットをもたらす可能性があります。
ルーマニアは、自由経済区(Free Zones)を設けており、ここでの事業活動にはさらなる税制・関税上の優遇措置が適用されます。自由経済区内の企業は、当初10年間は法人税および所得税がゼロとなり、その後は3%の軽減税率が適用されます。これは、ルーマニアの標準法人税率16%を大きく下回ります。また、自由経済区内での商品やサービスの購入はVATが免除され、輸入・輸出税も課されません。非居住者株主への配当金や非居住者個人・法人への預金利息・債券利息には源泉徴収税が免除され、居住者も特定の事業資産売却益に対するキャピタルゲイン税が10年間免除される場合があります。これらの優遇措置は、ルーマニアが外国投資を積極的に誘致し、特に輸出志向型や研究開発集約型のビジネスにとって非常に有利な環境を提供していることによるものです。外貨規制に関しては、ルーマニアは外貨規制を設けておらず、ルーマニア・レウ(RON)は事業目的で完全に交換可能であり、外国投資家は利益や配当を自由に本国送金できるため、資金の流動性に関する懸念も低いと言えます。
項目 | ルーマニア | 日本 |
法人所得税率(標準) | 16% | 23.2% (国税) + 地方税等で約29.7% |
マイクロエンタープライズ税率 | 売上高1%または3% (年間売上高25万ユーロ相当以下) | 特定のマイクロエンタープライズ税制はなし(中小企業向け軽減税率あり) |
VAT(付加価値税)率 | 標準19%、軽減9%・5% | 標準10%、軽減8% (飲食料品等) |
再投資利益の免税 | 特定の技術設備・ソフトウェアへの再投資利益は免税 | 制度なし(ただし、研究開発税制などによる優遇措置あり) |
研究開発(R&D)インセンティブ | 適格費用の50%追加控除、加速償却、R&D専業企業は10年間法人税免除 | 税額控除(法人税額の一定割合) |
自由経済区の税制優遇 | 10年間法人税・所得税ゼロ、その後3%軽減、VAT免除、輸入・輸出税免除など | 沖縄自由貿易地域など一部地域で優遇措置あり(ただし、ルーマニアほど包括的ではない) |
ルーマニアにおける紛争解決メカニズム

ルーマニアの裁判所制度は、前述の通り階層的な構造を採っており、民事事件は地方裁判所、郡裁判所、控訴裁判所、最高破棄院の順で審理されます。商事紛争に関しては、一部の裁判所に商事裁判所のような専門部門が存在し、専門的な知見に基づいた効率的な審理が期待されます。
仲裁は、裁判外の紛争解決手段として、特に国際的な商事紛争において活用されています。ルーマニアの仲裁に関する法的規定は、民事訴訟法典の特別章に盛り込まれており、国際商事仲裁に関するUNCITRALモデル法や主要なEU仲裁機関の規則と調和しています。ルーマニアには、ルーマニア商工会議所付属国際商事仲裁裁判所など、複数の仲裁機関が存在し、それぞれ独自の仲裁規則を有しています。外国仲裁判断の承認と執行は、民事訴訟法典および1958年のニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)によって包括的に規制されています。ルーマニアの裁判所は、仲裁判断の承認と執行に対して一般的に積極的な姿勢を示しており、拒否の正当な理由がない限り、比較的迅速に承認・執行が得られる傾向にあります。承認・執行手続きは「エクスエクアチュール(exequatur)」と呼ばれ、管轄裁判所への請求によって開始されます。
調停は、商業紛争を解決するための主要な代替的紛争解決(ADR)手続きの一つです。これは、第三者の専門家である調停人の関与を通じて、紛争を友好的に解決する自主的な方法です。調停プロセスは、中立性、公平性、機密性の原則に基づいており、関係当事者の自発的な同意に依拠します。調停への参加は、訴訟または仲裁に影響を与える可能性があります。ルーマニアでは、調停手続を開始すると、時効の進行が停止します。また、訴訟が開始された後に調停を行う場合、両当事者が要求すれば、裁判所は訴訟手続を停止することが一般的です。調停を通じて合意が成立した場合、裁判所はその合意を正式な決定として承認し、その決定は執行可能となります。調停は強制ではありませんが、ルーマニア民事訴訟法典により、裁判所が当事者に友好的な解決のために調停を勧めることができ、合意が成立した場合には、既に支払った訴訟費用の一部が返還されるインセンティブがあります。調停における情報共有は原則として機密扱いであり、訴訟や仲裁手続きでの証拠として認められません(当事者の同意がある場合や法が特別に認める場合を除く)。
まとめ
ルーマニアは、日本と同じ大陸法系の法制度を持つため、日本の経営者や法務部員にとって、法的枠組みの理解という点で比較的参入しやすい市場です。特に、主要法典の刷新は、国際的なビジネス慣行との調和を促進し、法的安定性を高めています。有限責任会社(SRL)の設立の容易さや取締役の居住地要件の柔軟性は、初期投資を抑え、迅速な事業展開を可能にする大きな魅力です。
一方で、GDPRに準拠した厳格なデータ保護規制やNIS2指令に基づくサイバーセキュリティ対策は、日本法と比較して高額な罰金が科される可能性があり、IT分野での事業展開においては特に注意が必要です。また、外国直接投資のスクリーニング制度は、日本にはない独自の規制であり、敏感なセクターへの投資を検討する際には、その手続と期間、潜在的なリスクを十分に理解することが不可欠です。紛争解決においては、仲裁や調停といった代替的手段が整備されており、特に調停における機密性の確保は、日本とは異なる特徴として認識すべきでしょう。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
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