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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

【令和7年12月施行】スマホソフトウェア競争促進法とは?企業のとるべき対応策を解説

スマートフォンは現代の日本経済および国民生活において、単なる通信機器を超えた社会基盤としての役割を担っています。しかし、その利便性の裏側では、モバイルOSやアプリストアといった基幹的なソフトウェア市場が、特定少数の有力な事業者による寡占状態にあるという構造的な課題が存在してきました。こうした状況は、新規事業者の参入を困難にし、公正な競争を阻害する一因と指摘されてきました。

この課題に対応すべく、令和6年6月12日に「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(通称:スマホソフトウェア競争促進法)が成立し、同月19日に公布されました。この新しい法律は、一部の規定を除き、令和7年(2025年)12月18日から全面的に施行される予定です。本法は、スマートフォンのエコシステムにおける公正かつ自由な競争環境を整備し、多様な事業者によるイノベーションを活性化させることを目的としています。それにより、最終的には消費者がより多様で質の高いサービスを選択できる利益を享受できる社会の実現を目指すものです。

この記事では、この新しいスマホソフトウェア競争促進法の内容と、企業のとるべき対応策について解説します。

スマホソフトウェア競争促進法の概要

「スマホソフトウェア競争促進法」とは、AppleやGoogleといった巨大IT企業が提供するスマートフォンのOSやアプリストアなど、デジタル市場の基盤(プラットフォーム)における公正な競争を促すために制定された新しい法律です。ここでは、この法律の概要について解説します。

立法の背景と目的

スマホソフトウェア競争促進法が制定された背景には、従来の競争法である独占禁止法だけでは、急速に変化するデジタル市場の課題に迅速かつ効果的に対応することが困難であったという点があります。独占禁止法は、競争を制限する行為が行われた後に、その違法性を個別に立証し是正を求める「事後規制」のアプローチを取ります。しかし、デジタルプラットフォーム市場では、ネットワーク効果やデータの集積によって一度確立された寡占状態を覆すことは極めて難しく、立証活動に長時間を要する事後規制では、市場が固定化してしまい手遅れになるケースが少なくありませんでした。

そこで、スマホソフトウェア競争促進法では、特定の市場において強い影響力を持つ事業者をあらかじめ指定し、競争を阻害する可能性が高い特定の行為類型を事前に禁止する「事前規制」という新たな手法が導入されました。これにより、違反行為に対して迅速かつ効果的に介入し、公正な競争環境を維持することが可能になると期待されています。

この法律の究極的な目的は、巨大プラットフォーム事業者と、アプリ開発事業者やサービス提供事業者との間の公正な競争条件を確保することにあります。これにより、多様な主体によるイノベーションが促進され、結果として消費者が享受するサービスの質や選択肢が向上する、健全なエコシステムの構築を目指しています。

規制の対象となる「特定ソフトウェア」と「指定事業者」

本法が規制の対象とするのは、スマートフォンの利用に不可欠な基盤となる4種類の「特定ソフトウェア」です。具体的には、①基本動作ソフトウェア(モバイルOS)、②アプリストア、③ブラウザ、④検索エンジンがこれに該当します。SNSやオンラインショッピングモールといった個別のアプリケーションやサービスは、これら4つのいずれかの機能を提供しない限り、直接の規制対象とはなりません。

そして、これらの特定ソフトウェアを提供する事業者のうち、特に市場への影響力が大きい事業者を公正取引委員会が「指定事業者」として指定し、規制を適用します。指定の基準となる事業規模は政令で定められており、現時点では、特定ソフトウェアの種類ごとに、国内における月間の利用者数が4000万人以上であることが一つの目安とされています。

この明確な基準により、規制の対象となる事業者の範囲が予測可能となり、法的な安定性が確保されています。公正取引委員会は、この基準に基づき事業者を個別に指定し、指定された事業者は本法が定める各種の義務を負うことになります。

指定事業者として指定された企業

本法の規定に基づき、公正取引委員会は令和7年3月31日に、規制の対象となる「指定事業者」を正式に指定しました。指定されたのは以下の3社です。

  • Apple Inc.:基本動作ソフトウェア(モバイルOS)、アプリストア、ブラウザ
  • iTunes株式会社:アプリストア(AppleInc.と共同で提供)
  • Google LLC.:基本動作ソフトウェア(モバイルOS)、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン

これにより、Apple社のiOSとAppStore、Google社のAndroidOS、GooglePlayストア、Chromeブラウザ、Google検索といった、日本のスマートフォン市場で圧倒的なシェアを持つサービスが、本法の直接的な規制下に入ることが確定しました。これらの企業は、本法が定める禁止事項および遵守事項に対応するための体制構築が求められます。

指定事業者に課される「禁止事項」

指定事業者に課される「禁止事項」

本法の中核をなすのが、指定事業者が行ってはならない行為を具体的に定めた「禁止事項」です。これらの規定は、これまでプラットフォーム事業者が利用規約などを通じて行ってきた、競争を制限する可能性のある行為に直接的な制約を課すものです。以下に、法第5条から第9条に定められた主要な禁止事項を解説します。

データの不当な使用の禁止(法第5条)

法第5条は、指定事業者がそのプラットフォーム(基本動作ソフトウェア、アプリストア、ブラウザ)の運営を通じて、他の事業者(アプリ開発事業者など)から取得した非公開のデータを、自らの競争優位性のために不当に利用することを禁止しています。例えば、アプリストアの運営者が、あるサードパーティ製アプリの売上や利用状況に関する詳細なデータを分析し、それと競合する自社製アプリを開発・販売するためにそのデータを利用する行為がこれに該当します。

この規定は、プラットフォーム事業者が「審判」と「プレイヤー」という二重の役割を持つことで生じる利益相反問題に対処するものです。プラットフォームは、他の事業者がビジネスを行うための「場」を提供する一方で、自らもその場で競合するサービスを提供することがあります。その際、プラットフォーム運営者という立場を利用して得た内部情報を自社の利益のために使うことは、公正な競争を著しく歪めることになります。本条は、こうした行為を明確に禁じることで、アプリ開発事業者などが安心してプラットフォーム上で事業を展開できる環境を保護することを目的としています。

アプリストア・OS提供者の禁止行為(法第7条・第8条)

法第7条および第8条は、特にモバイルエコシステムの中核をなすOSおよびアプリストアの運営に関して、多くの事業者にとって極めて重要な禁止行為を定めています。

まず、OS提供者は、自社が提供するアプリストア以外のサードパーティ製アプリストアの提供や利用を妨げてはならないとされています(法第7条第1号)。これは、これまで特定のOSにおいて事実上不可能であった、公式ストア以外からのアプリの導入(サイドローディング)を、安全性を確保した形で可能にすることを求めるものです。これにより、アプリの流通経路が多様化し、ストア間の競争が生まれることが期待されます。

次に、アプリストア運営者は、アプリ内でのデジタルコンテンツやサービスの販売にあたり、自社が提供する特定の決済システム(課金システム)の利用を強制してはなりません(法第8条第1号)。これにより、アプリ開発事業者は、より手数料の低い外部の決済サービスを導入するなど、決済手段を自由に選択できるようになります。これは、多くの開発者が負担に感じていた高額な手数料の問題に直接対処するものであり、事業の収益性改善に大きく寄与する可能性があります。

さらに、アプリ内から外部のウェブサイトへユーザーを誘導し、そこでの商品購入を案内すること(いわゆるアンチ・ステアリング行為)を制限することも禁止されます(法第8条第2号)。例えば、アプリ内で「公式サイトからの購入で10%割引」といった情報を提供し、自社サイトへリンクを設置することをプラットフォームの規約で禁じることは、今後は認められなくなります。

このほかにも、OSの特定の機能(カメラやNFCなど)について、自社アプリと同等の性能でサードパーティ製アプリが利用することを妨げる行為(法第7条第2号)や、ブラウザアプリに対して自社製のブラウザエンジンの利用を強制する行為(法第8条第3号)も禁止されています。

検索エンジン提供者の禁止行為(法第9条)

法第9条は、検索エンジンにおける自己優遇(セルフ・プリファレンシング)を規制するものです。指定事業者である検索エンジン提供者は、検索結果の表示において、正当な理由なく、自社またはその子会社などが提供するサービスを、競合する他の事業者のサービスよりも優先的に取り扱ってはならないと定められています。

例えば、ユーザーが一般的な商品やサービスを検索した際に、検索結果の最上部に自社のショッピングサービスや旅行予約サービスを特別なフォーマットで表示し、競合他社のオーガニックな検索結果を不当に下位に追いやるような行為がこれに該当します。検索エンジンは情報へのアクセスにおける重要なゲートウェイであるため、その表示順位が中立性を欠き、運営者の都合で歪められることは、公正な競争を阻害し、消費者の選択を誤誘導する恐れがあります。本条は、こうした行為に歯止めをかけることを目的としています。

正当化事由について

ただし、これらの禁止事項は絶対的なものではありません。本法は、指定事業者が特定の目的のために「必要な措置」を講じることを例外的に認めています。これを「正当化事由」と呼びます。具体的には、①セキュリティの確保、②プライバシーの保護、③青少年の保護といった目的が挙げられます。

例えば、サードパーティ製アプリストアの導入を認めるにあたり、マルウェアなどの脅威からユーザーを保護するために、一定のセキュリティ審査基準を設けることは、正当化事由として認められる可能性があります。しかし、この「必要性」の判断が、競争促進と安全確保のバランスを取る上で極めて重要になります。今後、この正当化事由の解釈を巡って、指定事業者と公正取引委員会、あるいは他の事業者との間で見解の相違が生じ、法的な論点となる場面が想定されます。

スマホソフトウェア競争促進法における指定事業者が講ずべき「遵守事項」

本法は、禁止事項に加えて、指定事業者が積極的に講じなければならない措置、すなわち「遵守事項」も定めています。

その一つが、データの円滑な移転(データポータビリティ)を確保するための措置です(法第11条)。指定事業者は、利用者が自らのデータを他の事業者のサービスへ容易に移行できるよう、必要なツールやインターフェースを提供することが求められます。これにより、利用者が特定のサービスに縛られる「ロックイン効果」が緩和され、サービス間の乗り換えが容易になり、競争が促進されます。

また、標準設定(デフォルト設定)の変更に関する措置も重要な遵守事項です(法第12条)。指定事業者は、ブラウザや検索エンジンなどのデフォルト設定を、利用者が簡易に変更できるようにしなければなりません。具体的には、スマートフォンの初期設定時などに、複数の選択肢を提示する画面(チョイススクリーン)を表示するなどの措置が求められます。

さらに、指定事業者は、自らが取得するデータの種類や利用条件などを他の事業者や利用者に開示する透明性の確保(法第10条)や、本法の遵守状況に関する報告書を毎年度、公正取引委員会に提出する義務(法第14条)も負います。

スマホソフトウェア競争促進法がビジネスに与える影響

まとめ:スマホソフトウェア競争促進法でイノベーション創出か

この新しい法律は、スマートフォンのエコシステムに関わる多くの企業にとって、事業環境を根底から変える可能性を秘めています。これは単なる規制強化ではなく、新たなビジネスチャンスの創出を意味します。

アプリ開発・提供事業者への影響

アプリ開発事業者にとって、本法は大きな追い風となるでしょう。最も直接的な影響は、収益モデルの多様化です。これまで多くの事業者が支払ってきたアプリストアの手数料(売上の15%~30%)について、代替決済システムの導入や自社ウェブサイトへの誘導が可能になることで、手数料負担を軽減し、収益性を大幅に改善できる可能性があります。

また、サードパーティ製アプリストアという新たな流通チャネルが生まれることで、これまで公式ストアの厳格な審査基準では公開が難しかった種類のアプリや、特定のユーザー層に特化したニッチなアプリストアが登場するかもしれません。これにより、新たな市場が開拓され、ユーザー獲得の選択肢が広がります。さらに、OS機能への平等なアクセスが保証されることで、プラットフォーマーの純正アプリと機能面で対等に競争できる、より高度で革新的なアプリの開発も期待できます。

指定事業者以外の企業に生まれる新たなビジネスチャンス

本法の施行は、アプリ開発事業者だけでなく、その周辺産業にも新たな市場を生み出します。これは、既存の独占的な領域が解放されることで生まれる「代替ビジネス」と、解放された機能を活用して生まれる「新サービス」という二つの側面から捉えることができます。

特に決済サービス事業者にとっては、これまで巨大プラットフォーマーが独占してきたアプリ内決済という巨大な市場への参入機会が生まれます。アプリ開発事業者に対して、より低い手数料、後払いや暗号資産決済といった多様な決済手段、AIを活用した高度な不正検知機能などを提供することで、新たな顧客を獲得できるでしょう。決済システムを単なるコストではなく「収益を最大化するための投資」と捉え、戦略的なパートナーを選ぶことが重要になります。

また、OSの機能へのアクセスが平等化されることで、IoT連携サービスにも新たな可能性が広がります。例えば、これまでプラットフォームのウォレットアプリ経由に限定されがちだったNFC機能が解放されれば、自動車のデジタルキー、オフィスの入退室管理、交通機関のチケットレス乗車、ヘルスケア機器との直接連携といったサービスを、多様な事業者が提供できるようになります。

さらに、広告分野でも変化が予想されます。プラットフォームが提供する広告ID(IDFA/GAID)に依存しない、プライバシーに配慮した新たな広告配信ネットワークや、ゼロパーティデータを活用したID認証サービスの事業者などにもビジネスチャンスが広がると考えられます。

スマホソフトウェア競争促進法に対して企業が準備すべきこと

この新法によるイノベーション創出に対して、企業には先見性を持って能動的に課題解決に取り組む姿勢が求められます。

第一に、既存の契約の見直しです。アプリストアのデベロッパー規約など、プラットフォーム事業者と締結している契約内容を精査し、本法の施行によって無効となる、あるいは変更が必要となる条項を特定する必要があります。

第二に、新たなビジネスモデルの戦略的検討です。代替アプリストアでの配信、外部決済システムの導入、ウェブサイトでの直接販売など、解放される選択肢を自社の事業戦略にどう組み込むか、法務、事業、技術の各部門が連携して検討を開始すべきです。

第三に、デューディリジェンスの徹底です。新たに登場するサードパーティ製のアプリストアや決済サービスを利用する際には、その事業者の信頼性、セキュリティ対策、プライバシーポリシーなどを慎重に評価し、自社およびユーザーをリスクから守るための法務・技術両面からの検証が不可欠です。

また、アプリ開発事業者としては、本法によって得られる新たな権利を正確に理解し、違反が疑われる行為を発見した場合には、公正取引委員会へ申告する制度(法第15条)の活用も視野に入れるべきでしょう。

スマホソフトウェア競争促進法違反に対する措置と執行

本法の実効性を担保するため、公正取引委員会には強力な執行権限が与えられています。公正取引委員会は、法律に違反する行為が認められた場合、その行為の差止めや是正を命じる「排除措置命令」を発することができます。

さらに、特に重大な違反行為に対しては、金銭的な制裁として「課徴金納付命令」が出されます。課徴金の算定率は、原則として違反行為に係る対象商品・サービスの売上額の20%と、非常に高く設定されています。さらに、過去10年以内に同様の違反行為を繰り返した場合には、その率は30%にまで引き上げられます。この極めて高い課徴金率は、指定事業者に対して、法律を遵守する強い動機付けを与えることを意図しています。公正取引委員会は、これらの命令を出すために、事業者への立入検査や関係者への聴取といった調査権限も有しており(法第16条)、厳格な法執行が期待されます。

まとめ:スマホソフトウェア競争促進法を新たなビジネスチャンスに

「スマホソフトウェア競争促進法」は、日本のデジタル市場における競争政策の大きな転換点となる法律です。この法律は、単に巨大IT企業を規制することだけが目的ではありません。その本質は、硬直化した市場構造に風穴を開け、規模の大小にかかわらず、すべての事業者が公正なルールのもとで自由に競争し、イノベーションを創出できる環境を整備することにあります。アプリ開発事業者や決済事業者、そして新たなサービスで市場に参入しようとするスタートアップにとって、本法はこれまでにない大きなビジネスチャンスをもたらすでしょう。しかし、その機会を最大限に活かすためには、法律の趣旨と具体的な規律を深く理解し、自社のビジネスモデルや契約関係、コンプライアンス体制を新たなルールに合わせて最適化していく必要があります。

この新しい競争環境は、自由度が高まる一方で、セキュリティやプライバシー保護といった新たなリスク管理も求められる、より複雑なものとなります。こうした変化の激しい時代において、法的な安全性を確保しながらビジネスの競争力を高めていくためには、IT法務と最新のビジネス動向のすべてに精通した法的サポートが不可欠です。

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モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証上場企業からベンチャー企業まで、IT・ベンチャー企業ならではの高度な経営の課題に対して法律面からのサポートを行っております。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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