たった数十cmの“テープ”が招いた5万ユーロの罰金──F1にみる安全手順と規則運用の実際

スタート3分前——。
F1ではこの短い時間に、レースに携わる10名以上のスタッフが一斉に退去し、ゲートが閉じられます。それは安全にレースを執り行うために必要な手順です。
しかし、その境界をわずかに越えた一歩が、議論を呼ぶことになりました。
ライバルのレーシングチームのスタッフが、コース脇に設けられた壁(ピットウォール)に貼られた「目印テープ」を剥がそうとしたのです。その結果、重大なペナルティが課せられました。その額、5万ユーロ(日本円で約900万円)。この一件は、海外メディアで「テープゲート(Tape-gate)事件」と呼ばれ、F1における安全手順とルール運用のあり方を改めて問いかける出来事となりました。
たった数十cmのテープが、なぜ大きな罰金へとつながってしまったのでしょうか。知られざるF1ルールを解説しましょう。
この記事の目次
レッドブルのスタッフが「目印」を剥がそうと…

ことの発端は、2025年アメリカGPの決勝直前のことでした。
テキサス・オースティンのCircuit of the Americas(COTA)では、フォーメーションラップを目前にして緊張が高まっていました。すでに“3分前シグナル”が出され、各チームのスタッフはマシンの最終チェックを終え、退去を始めています。
そんななか、ライバルチームであるレッドブルのスタッフのひとりが、2番グリッド付近に戻ってきました。
彼の視線の先には、マクラーレンのランド・ノリス選手のマシンが。そのグリッド位置のピットウォール側には、小さな目印テープが貼られていました。F1レーサーの視界は非常に狭く、しばしばテープを目印として使うことがあります。ライバルのレッドブル側は、それを「不適切な印」と見なし、剥がそうとしたとされています。
しかし、その行為が行われたのは、すでにフォーメーションラップ(スタート前の準備走行)に向けて、ゲート閉鎖作業が始まっていた時間帯でした。これを「ゲートウェル(gate well)エリア」へ再侵入し、マーシャル(コース係員)の制止に従わなかったとして、FIAはこれを「安全を損なう行為」と判断し、罰金5万ユーロ(うち2.5万ユーロは執行猶予)を科すことになりました。
何が起きたのか:事実関係の整理
ここで何が起きたのかについて、事実関係を整理してみましょう。
行為の場所とタイミング
COTA(Circuit of the Americas)のGate 1付近(2番グリッドの近傍)。フォーメーションラップが開始され、ピット側ゲートの閉鎖作業が始まっている最中に、レッドブルのチームメンバーがゲートウェルへ再侵入。マーシャルは制止を試みたが、当該メンバーは反応しなかったと認定されています。
「テープ」の扱い
ノリスのグリッド位置合わせ用の小さなマーカー(テープ)がピットウォール側に貼られており、それを除去しようとしたとの報道が相次ぎました。ただし、罰金はテープそのものへの干渉を直接の理由とはしていません(そもそも明文で禁止されていない)。問題は安全手順に反した再侵入です。
FIAが下した処分
5万ユーロの罰金(半額は条件付停止)。違反条項は国際スポーティングコード(ISC)12.2.1(h)(安全を損なう行為)/ (i)(公式指示への不従)。
どの規則に違反したのか:条文でみる「退去義務」と「指示遵守」
F1スポーティング・レギュレーション(2025)
- 3分前シグナル:各チームのグリッド上の人員は最大16名に制限。
 - 1分前シグナル〜15秒:エンジン始動後、全スタッフは15秒シグナルまでにグリッド(および該当時のピットレーン・ファストレーン)から完全退去。
 
— これらは第43.6、43.7条(決勝のスタート手順)等に明記されています。
FIA国際スポーティングコード(ISC)
- 12.2.1(h)/(i):安全を損なう行為や関連オフィシャルの指示不履行を違反として列挙。ゲート閉鎖作業の妨げは「unsafe(危険)」と評価され得ます。今回の公式違反認定の根拠です。
 
「テープ」は違反なのか:グレーの線引き
今回、目印テープの設置自体は規則に明文禁止がないため、即座に違反とはされませんでした。同時に、ライバルがそれを剥がすことを明文で禁じる規定も存在しないというのが各メディアの共通した整理です。
もっとも、このケースでは剥がす「行為」の時と場所が禁じられる(=退去義務の後は不可)ため、安全手順に反する再侵入が処分対象となったわけです。
法務・運用の論点:今後、どこを明確化すべきか

安全優先の手順をより可視化
- ゲートウェルなど立入管理エリアの定義と閉鎖タイミングを、チーム向け資料やイベントノートで図示し、繰り返し周知する。
 
外部「基準物「の扱い
- ウォール上のマーカー(テープ等)を「使用可・不可」「除去可・不可」「除去可能な期限(退去時刻まで)」のいずれかで明文化。
 - 他社物への接触(干渉)に関する一般条項(例:「他チームの設置物への接触禁止「)を安全条項と紐づけて追記。
 
※報道ではハミルトンも車体側にテープを用いる例があるとされ、マーキング自体は広く行われる実務です。行為の「場所と時刻」で安全と公正を担保するのが現実的です。
3. 制裁の均衡
- 危険性の程度(閉鎖作業への妨害の有無、マーシャルの制止を無視した度合い)で罰金幅をガイドラインに落とし込む(今回の「半額執行猶予」は、再発防止を促す抑止設計として妥当)。
 
結論:グレーな事柄を明文化して規制する必要
「テープゲート」事件の本質は「手順」といえるかもしれません。グリッド退去の厳格運用とオフィシャル指示の優越はF1の安全文化の中核です。今後は、外部マーカーの扱いを含む運用の明確化と教育が、安全と公正の両立に資するはずです。
あの手この手の工夫はF1の魅力ですが、退去後に戻らない・指示に従うという最低限のラインは、どんな駆け引きよりも優先されます。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: Formula1































