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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

風評被害対策

Google Mapのストリートビューとプライバシーの侵害

風評被害対策

Google Mapのストリートビューとプライバシーの侵害

世界各国の道路沿いの風景を見ることができるGoogle Mapのストリートビューは、初めて行く場所の下見に利用したり、観光地を見て旅行気分を味わったり、通っていた学校の周辺の現況を見たり、いろいろな楽しみ方ができる人気がある機能です。

ストリートビューは、車上から見た道路沿いの映像を道路地図と組み合わせたもので、道路上の矢印に沿って風景は移動し、その角度は360°回転します。

同じ操作でパリやサンフランシスコの街並を見て、実際に歩いているかのような気分になって楽しむこともできるのですから、導入当初は、夢中になって時間を忘れて熱中した人も多かったことでしょう。

Google Mapのストリートビューは、何が問題か

ストリートビューは観光地や外国の街並などを見て遊んでいると楽しいのですが、自分の家やその近所を見てみると、急に「大丈夫かな」と不安になってきます。

この不安感はひとつには、視点の問題から生じているように思われます。ストリートビュー撮影車を実際に見た人も多いでしょうが、車の上にカメラが取り付けられています。

だから、人がカメラを持って撮影するよりもかなり高い視点になります。後で出てきますが、2m5㎝の高さです。頭の上にカメラを構えて近辺を撮影して歩いている人を見たら、塀越しに中を見ることになり、何をのぞき見しているのだと驚いて、110番しようと思うでしょう。

筆者の家を確認してみると、普通の視点より高いので、落ち着かない気分になります。幸い、表札は読めませんし、庭の中が見えますが、とりわけ何も写っていません。レースのカーテンがかかっていることもあり、室内は見えません。

これならいいのですが、隣の家を見ると、庭で奥さんが洗濯物を干している姿が写っています。また数軒先に造園業をしていて仕事用のバンを持っている家があるのですが、フロントガラスの上の部分の、〇〇造園の〇〇が読み取れます。

ストリートビューは、肖像権やプライバシー権を侵害していないのでしょうか。

各国の対応例

地図上で実際の街並みや景色を見ることが出来るのも魅力的な反面、様々な問題が生じています。

スイスの対応

スイスのデータ保護監視当局は2009年11月、ストリートビューがスイスのプライバシーに関する法律を尊重していないとして、Google社を提訴しました。 裁判は最高裁まで続きましたが、最高裁は判決で、全ての人間の顔や車のナンバーをぼかすことは行き過ぎた措置だが、個人は自分が不安を覚えるデータがあれば、それを見えなくするよう要求することができるとしました。また病院や学校、裁判所など特に配慮が必要な場所の周辺では、顔などを特定できない措置を講じるべきで、また庭など私有地の画像についても同意なしにネット上に公開すべきでないとの判断を示しました。

米国の対応

2010年12月、ストリートビュー撮影車が私道に入り込んで自宅の写真を撮ったとして、米国の夫婦がGoogle社相手に起こしていたプライバシーの侵害訴訟が、1ドルの損害賠償で終結しました。Google社は不法侵入を認め、和解に到りました。夫婦の家は、私道に300メートルほど入り込まなければ撮影できない場所にあり、私道には「進入禁止」の掲示が出ていたのです。夫婦は不法侵入や精神的苦痛などを訴えていましたが、不法侵入以外の訴えは退けられました。

カナダの対応

2014年10月、カナダのモントリオールで、家の前の階段に座っていた女性が、知らないうちにストリートビューに撮影されたことでショックを受けて訴えていた裁判で、Google社に約22万円の支払いを命じる判決が出ました。 報道によると、訴えを起こしていた女性は、自宅の前の外階段に腰かけて携帯電話のメールをチェックしていたところ、ストリートビューの撮影車が通りがかり、彼女の家の画像を撮影していったということです。ちょうど、彼女が携帯電話を覗き込んで、前かがみの姿勢になっていたため、胸の谷間がはっきりと写りこんでおり、5か月後、女性は自分が写っているストリートビューを見てショックを受けました。顔にはぼかしが入っていましたが、自宅の前なので、職場の同僚が気づいてからかい、結局、仕事を辞めることになってしまったということです。

日本の対応

日本ではストリートビューは2008年8月に国内12都市でサービスを開始しましたが、2009年6月までに、全国40の自治体から法規制を求める要望書が総務省に寄せられました。

これを受けて政府・総務省は研究会を開催し、2009年6月の「提言案」、同8月の「第一次提言」において、ストリートビューには個人情報保護法の適用はないとし、プライバシーや肖像権との関連については、公道から撮影されたものなので「重大な問題があるとまでは言い難い」としました。

この中でいくつかあげられていた懸念に対し、Google社は悪質な二次利用に対する申告を受け付ける窓口を設置することや、カメラ位置を40㎝引き下げて2m5㎝とし、車のナンバーや人の顔にぼかしを入れること等の対応を決定しました。

いろいろな国でいろいろな対応がなされているのですが、日本でも、ストリートビューによりプライバシーを侵害されたとして、Google社を提訴した裁判があります。

ストリートビューはプライバシーの侵害か

福岡市在住の女性が、ストリートビューによりアパート2階の自室ベランダに干していた洗濯物を撮影、公開されてプライバシーを侵害され、強迫神経症及び知的障害が悪化した上、転居を余儀なくされたとして、2010年10月にGoogle社を被告として、損害賠償請求訴訟を福岡地裁に提起しました。

1審の福岡地方裁判所は、ストリートビューにより原告のプライバシーは侵害されていないとして原告の訴えを退け、原告は福岡高等裁判所に控訴しましたが、福岡高等裁判所も同様の判断をして控訴を退けました。そこで、原告は最高裁判所に上告受理の申し立てをしたのですが、2014年3月4日、最高裁判所は上告を退け、原告敗訴が確定しました。

これらの裁判では、いわゆる「肖像権」の問題と通じる、プライバシー権侵害の有無が問題とされました。「肖像権」を巡る裁判では、撮影されることが予め予測できたか否か、一般人の感受性を基準として、社会生活上受忍すべき限度を超えるような不安等を感じるか否かが、違法性判断の分かれ目とされてきました。

福岡高等裁判所はどのような判断をしたのか

福岡高等裁判所は、「社会に生起するプライバシーの侵害の態様は多様であって、出版物等の公表行為のみならず、私生活の平穏に対する侵入行為として、のぞき見、盗聴、写真撮影、私生活への干渉行為なども問題となり得る」としつつ、「アパート建物は公道から通路部分(通路と駐車場と兼用している土地部分。)を経た奥の土地部分に建てられており、アパート建物は公道に直接面してはいない」とし、

本件画像は、本件居室やベランダの様子を特段に撮影対象としたものではなく、公道から周囲全体を撮影した際に画像に写り込んだものであるところ、本件居室のベランダは公道から奥にあり、画像全体に占めるベランダの画像の割合は小さく、そこに掛けられている物については判然としないのであるから、一般人を基準とした場合には、この画像を撮影されたことにより私生活の平穏が侵害されたとは認められないといわざるを得ない。

福岡高等裁判所2012年7月13日判決

として、撮影行為について不法行為は成立しないとし、したがって公表行為についても不法行為は成立しないとしました。また、個人情報保護法違反は採用せず、原告が主張したプライバシー配慮義務違反も否定しました。

福岡高等裁判所判決への疑問

この裁判は、いつか誰かが起こすだろうと言われていた裁判だったのですが、最高裁まで争い、プライバシーの侵害ではないとする判断が確定してしまった以上、今後はストリートビューに関して法的に争い、勝訴することは難しくなる可能性があります。

ただ、本件では、裁判所は最終的に、ストリートビューに写っているのは、何が掛けられているのか判然としないベランダのみである、という判断を行っています。報道や公開されている判決文等からは、本件で具体的にどのような写真が問題とされたのか、何とも言えません。

プライバシーの侵害の有無の判断においては、「一般人」を基準とした判断が行われます。特に神経質で、「一般人」を基準とした場合にはプライバシーの侵害とまでは言えない程度の写真しか公開されていなくても苦痛を感じる、という人の訴えは、残念ながら裁判上では認められにくいのです。

本判決は、「一般人」を基準として具体的な写真との関係でプライバシーの侵害の成立を否定しているのみですから、何が写っているか判然とし、それが下着であるという場合には、異なる結論になる可能性もあります。

ストリートビューに対する不愉快と不安

住宅街のストリートビューに関して不安とする声も。

ストリートビューへの感想を周囲の人に質問すると、「楽しい」「便利」という意見に交じって、「不愉快」「不安」と答える人が少なからずいます。

「不愉快」について

「不愉快」は、プライバシーが侵害されているのではないかという懸念から来ていると思われます。人には、私生活の平穏を享受する権利・利益について、プライバシー権として法的保護が与えられています。

住宅地に入り込み、360°のパノラマ写真を撮りまくるという行為に問題はないのでしょうか。 Google社は「公道から撮影しているのだからいいではないか」と言い、裁判所は、少なくとも上記判決を読む限りは、「直ちには受忍限度の範囲外とは言えない」と判断している訳ですが、これはケースバイケースであるようにも思えます。

「不安」について

「不安」については、「お金を持っていそうな家がひと目で分かり、空き巣に狙われる」「ストーカーに利用される」といったような不安を漏らす人もいます。

しかし、高級住宅地はみんな知っていますし、少し歩けばどこにお金を持っていそうで、侵入しやすい家があるか、空き巣のプロなら簡単にわかるでしょう。また、ストーカーはストリートビューがあろうがなかろうが、ストーカー行為を続けようとするでしょう。

まとめ

日本の裁判所が、Googleストリートビューの写真公開についてプライバシーの侵害を認めた例は、現在まで存在しないと思われます。しかし上記の最高裁判決も、具体的に公開されている写真を検証した上で、「一般人を基準とした場合には、この画像を撮影されたことにより私生活の平穏が侵害されたとは認められない」という判断を行っているのであり、例えば明確に下着と分かる写真、個人の私生活が具体的に見えてしまう写真など、公開されている写真次第ではプライバシーの侵害の成立を認める余地を残しているようには思えます。

各国の対応例の中でも特に問題視されていない観光地や繁華街などと異なり、住宅地の写真は、個人のプライバシーとの関係で微妙な問題を孕むものです。特に悪質な写真をストリートビューで公開されてしまった場合は、Googleに対して裁判外交渉や裁判手続で削除を求める余地は残されているように思えます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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