BeReal.による情報漏えいと「社員テロ」への対策―組織ガバナンス構築のための5つのステップ

現代の高度情報化社会において、情報の価値は企業の競争力の源泉であると同時に、ひとたび管理を誤れば組織の存立を脅かす巨大なリスクへと変貌します。特に、令和4年4月に全面施行された改正個人情報保護法以降、情報漏えい発生時の報告義務化や罰則の強化が行われ、組織にはより高度なガバナンス体制の構築が義務付けられるようになりました。
しかし、近年の「BeReal.」に代表される新たなSNSの普及は、従来のセキュリティ対策や倫理教育では捉えきれない、新しい形態のリスクを顕在化させています。
本記事では、2026年4月に相次いで発生した事案を紐解き、かつて社会問題となった「バイトテロ」の延長線上にある「社員テロ」ともいえる実態と、組織が講じるべき法的な防衛策の5つのステップについて解説します。
この記事の目次
BeReal.の普及と組織に潜在する新たな情報漏えいリスク
デジタル・ネイティブ世代を中心に爆発的な普及を見せているSNS「BeReal.」は、その設計思想において、従来のプラットフォームとは一線を画する特徴を有しています。このアプリは、1日に1回、不特定のタイミングで通知が届き、ユーザーは通知から2分以内に、その瞬間の自身の状況をスマートフォンの前面カメラと背面カメラで同時に撮影し、加工なしで投稿することが求められます。この「飾らない日常」を共有するというコンセプトは、組織の内部情報を守る立場から見れば、極めて脆弱なセキュリティホールとなっていると言えるでしょう。
従来のSNSであれば、投稿前に内容を精査し、機密情報の写り込みを確認する「理性の介入」が可能でした。しかし、BeReal.の「2分以内」という時間制限は、ユーザーに対して反射的な行動を促し、熟慮の時間を奪う構造を持っています。この仕様から、執務中の従業員が通知に反応し、反射的に撮影を行うことで、意図せずに背後のホワイトボードやPC画面、デスク上の書類といった機密情報を全世界に公開してしまうという事案が多発しています。
これまでの「不適切な投稿を控える」という社内教育だけでは、もはやガバナンスを維持することができないと言えるでしょう。
2026年4月に相次いだBeReal.起点の情報漏えい事案の分析

2026年4月、報道によれば、BeReal.を起点とする重大な情報漏えい事案が連続して発生しました。これらの事案は、単なる若年層の不注意として片付けることのできない、組織の信頼を根底から揺るがす深刻な事態を招いています。
地方銀行における顧客名簿の流出と社会的信用の毀損
2026年4月30日、西日本シティ銀行は、同行の職員が執務室内の画像をSNSに投稿したことにより、顧客の個人情報が漏えいしたとして公式に謝罪しました。報道によれば、下関支店に勤務する職員が、私物スマートフォンを用いてBeReal.の通知に応答し、執務室内を撮影・投稿したとされています。
この際、背面カメラが捉えた画像には、顧客の氏名が記載されたホワイトボードや、業務上の目標数字、PC画面などが鮮明に映り込んでいました。画像はアプリ内のクローズドなコミュニティを越えて、第三者によってスクリーンショット等で保存され、他のSNSプラットフォームへ転載・拡散される事態となりました。金融機関という、極めて高い秘匿性と信頼性が求められる組織において、業務時間中の私物スマートフォンによる撮影が、結果として「顧客情報の公開」という致命的な結果を招きました。
参考:朝日新聞|銀行員が支店内をSNSで拡散 、個人情報も 西日本シティ銀が謝罪
教育現場における同僚情報の開示と職務遂行上の過失
同時期、仙台市の市立小学校においても、20代の女性教諭が自宅での業務中にBeReal.の通知を受けてパソコン画面を撮影・投稿する事案が発生しました。画面には、職員同士で資料共有を行うシステムの画面が表示されており、学校名や同僚教諭の氏名が写り込んでいました。当該教諭は、市教育委員会の聞き取りに対し、「通知が来たので深く考えずに撮影した」と供述しており、アプリの仕様が個人の判断力を鈍らせ、組織の安全管理体制を無効化した典型的な事例と言えます。
参考:讀賣新聞オンライン|教諭がSNS「ビーリアル」に不適切投稿、「通知が来て深く考えず」職務用のノートPC画面を撮影
これらの事例から、BeReal.によるリスクは、オフィス内に留まらず、リモートワークや出張先といった「業務が行われるあらゆる場所」において、組織のガバナンスを無効化する力を持っていることがうかがえます。
「バイトテロ」から「社員テロ」へ―深刻化する内部リスク

かつて、従業員による不適切な動画投稿や不衛生な行為の拡散は、主に非正規雇用者による「バイトテロ」として社会問題化しました。しかし、現在のSNS環境下では、雇用形態を問わず、正規社員であっても組織に壊滅的な打撃を与える「社員テロ」とも言える行為の主体となり得ます。
「バイトテロ」という言葉が内包していた「悪ふざけ」や「承認欲求」という動機に加えて、現在の「社員テロ」には、アプリの仕様に起因する「無自覚な過失」という新たな側面が加わっています。かつての事案は、撮影から投稿までに「これをアップすればどうなるか」を考える余地がわずかながら存在しました。しかし、BeReal.における「2分間の投稿制限」は、この熟慮のプロセスを強制的に排除します。その結果、本人が組織に損害を与える意図を持たないまま、あるいは「友達にだけ見せる」という軽い気持ちで、組織の根幹を揺るがす情報を漏えいさせてしまう結果となっています。
ひとたび情報が拡散されれば、ブランド価値の毀損、売上の減少、株価の下落といった直接的な損失だけでなく、取引先からの契約解除や、銀行融資の停止といった、事業継続そのものを危うくする事態を招きかねません。
法的観点から見た企業の責任と安全管理措置義務
従業員がSNSを通じて情報を漏えいさせた場合、組織が負う法的責任は極めて重く、回避不可能なものとなります。ここでは、個人情報保護法と不正競争防止法の二つの側面から、組織に課せられた法的義務を整理します。
個人情報保護法に基づく監督義務と行政処分のリスク
個人情報保護法は、個人情報取扱事業者に対し、個人データの漏えい、滅失または毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを義務付けています。さらに、個人情報取扱事業者には、従業員に対する監督義務があることが明記されています。
個人情報取扱事業者は、その従業員に個人データを取り扱わせるに当たっては、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該従業員に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。
個人情報保護法第24条
従業員がBeReal.を利用して顧客情報を映し出した画像を投稿した場合、それは組織による「必要かつ適切な監督」が欠如していたとされる可能性があります。特に、銀行の執務室内といった高度な秘匿性が求められる場所において、私物スマートフォンの利用を無制限に許可していたり、SNS利用に関する実効的なガイドラインを設けていなかったりした場合には、安全管理措置義務違反としての責任は免れません。
このような違反が認められた場合、個人情報保護委員会による「指導・勧告・命令」といった行政処分の対象となるだけでなく、命令に違反した場合には高額の罰金刑が科されるリスクがあります。また、令和4年の改正により、漏えい事案が発生した際には、委員会への報告義務(法第26条第1項)および本人への通知義務(同条第2項)が課されており、これらへの対応遅延は更なる法的リスクを招くことになります。
不正競争防止法における「営業秘密」管理の要件と実務
顧客リストや未公開のプロジェクト資料、独自のノウハウなどが漏えいした場合、不正競争防止法に基づく法的保護を受けられるかが焦点となります。同法上の「営業秘密」として認められ、侵害行為に対して差止請求や損害賠償請求を行うためには、以下の3要件を全て満たさなければなりません。
- 秘密管理性:情報が客観的に秘密として管理されていること。
- 有用性:事業活動において有用な情報であること。
- 非公知性:一般に知られていない、又は容易には知ることができないこと。
ここで特に重要となるのが「秘密管理性」です。経済産業省の「営業秘密管理指針」によれば、秘密管理性が認められるためには、情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)に加え、当該情報が営業秘密であると認識できること(認識可能性)が必要とされています。
もし、従業員がスマートフォンのカメラで容易に撮影・投稿できる環境に機密情報が放置されていたならば、裁判において「秘密管理性」が欠如していると判断される恐れがあります。その場合、流出した情報は法的保護の対象から外れ、競合他社による利用を法的に差し止めることができなくなるという、回復不可能な損失を招くことになります。組織は、BeReal.のようなSNSのリスクを予見し、撮影禁止の貼り紙や入室管理、物理的な情報の隠蔽といった「客観的に見て秘密管理されていると言える状態」を維持しなければなりません。
組織を防御するためのガバナンス再構築と具体的対策
このような情報漏えいを未然に防ぎ、万が一の際に組織を守るためには、強固なガバナンス体制の構築が不可欠です。これには、法的根拠に基づいたルールの整備と、物理的・技術的な安全管理措置の双方が求められます。
就業規則へのSNS規定の導入と懲戒処分の法的有効性
不適切な投稿を行った従業員に対して懲戒処分を有効に下すためには、就業規則にその根拠が明確に規定されており、かつ、その規則が全従業員に周知されていることが大前提となります。日本の裁判例では、懲戒事由の明示がない処分や、周知されていない規則に基づく処分は、権利濫用として無効とされるリスクが高いためです。
就業規則の「服務規律」および「懲戒規定」には、以下のような内容を盛り込むべきでしょう。
- 機密保持義務の具体化:業務上知り得た機密情報、顧客情報、未公開情報、社内システム画面等を、SNSや掲示板等のインターネット上のプラットフォームに投稿、拡散することを一切禁止する。
- 不適切行為の撮影・投稿禁止:職場において、不衛生、ハラスメント、あるいは社会的相当性を欠く不適切な行為を行い、又はこれを撮影・投稿することを禁止する。
- 勤務時間中の私的利用制限:業務時間中における私的なSNS利用、および業務に不要なスマートフォンの持ち込みや利用を原則として禁止、あるいは制限する。
- 組織の信用毀損の禁止:所属組織、役員、同僚、顧客、又は取引先の名誉や信用を害する内容を投稿することを禁止する。
また、違反があった場合に「戒告、減給、出勤停止、懲戒解雇」などの処分を下す可能性があることを明記することで、強い抑止力を働かせることが言えるでしょう。
物理的・技術的な安全管理措置と従業員教育のアップデート
規程の整備を進める一方で、BeReal.の特性に即した実効的な対策を講じる必要があります。
具体的には、まず物理的な制限と環境設計の見直しが求められます。執務室や重要情報の保管場所へのスマートフォン持ち込み制限を再定義し、ロッカールームの設置や機密エリアにおける「撮影禁止」の掲示を徹底することで、物理的に撮影が困難な環境を整えるべきです。
あわせて、情報の可視性を制御する対策も重要となります。PC画面への覗き見防止フィルターの装着や、ホワイトボード使用後の速やかな消去、あるいはカバーの設置といったアナログな手法が物理的な防護壁として機能します。
従業員への教育内容もアップデートしなければなりません。従来の「誹謗中傷はやめましょう」といった抽象的な教育にとどまらず、BeReal.の具体的な操作画面や前後カメラによる同時撮影の仕組みを提示し、いかに「無自覚な漏えい」が起きやすいかを体験的に理解させることが、組織全体の危機管理能力を高める鍵となります。
以下の表は、組織が今すぐ取り組むべき5つのステップを整理したものです。
| ステップ | 実施内容 | 目的 |
| ルールの明文化 | 就業規則へのSNS規定追加、ソーシャルメディア・ポリシーの策定 | 処分の法的根拠の確立と行動指針の提示 |
| 誓約書の取得 | 入社時やポリシー改定時にSNS利用に関する誓約書を取り交わす | 従業員の心理的抑制と違反時の証拠確保 |
| 物理的環境の整備 | 撮影禁止エリアの設定、スマホ持ち込み制限の再徹底 | 衝動的な撮影を物理的に遮断 |
| 最新事例教育 | BeReal.等の具体例を用いたリスク研修の定期実施 | 「無自覚な漏えい」に対する危機意識の醸成 |
| モニタリング | SNS監視サービスの導入や内部通報制度の活用 | 炎上の早期検知と被害の最小化 |
平時からこれらの対策をとっておくことで、初めて情報の安全性が担保されます。
万が一の事態における損害賠償請求と法的対応

対策を講じていたにもかかわらず情報漏えいが発生してしまった場合、組織は速やかに損害の拡大を食い止めると同時に、責任追及のための法的アクションを検討しなければなりません。
民事上の損害賠償請求の範囲と立証
民法第709条(不法行為)に基づき、従業員の故意または過失によって被った損害の賠償を請求することが可能です。請求できる損害の範囲には、以下のようなものが含まれます。
- 直接的損害:流出した顧客への対応費用、謝罪広告費、システム改修費用、原因調査のためのコンサルティング費用。
- 間接的損害:売上の減少分や、ブランド価値毀損に伴う無形資産の損失。
ただし、売上の減少や株価の下落と、特定の投稿との因果関係を立証することは、実務上容易ではありません。そのため、事案発生直後から、投稿内容の保存(スクリーンショットやログ)、拡散のプロセスの記録、被害状況の詳細なデータ化を、専門の弁護士の助言のもとで行うことが不可欠です。
また、損害が認められたとしても、個人の支払能力を超える額となることが多いため、現実には全額回収は困難ですが、法的措置を講じるという姿勢そのものが、組織のガバナンスの健全性をステークホルダーに示す重要な要素となります。
刑事責任の検討と警察への相談
行為の悪質性が高い場合、刑事責任の追及も視野に入ります。
- 威力業務妨害罪(刑法第234条):不適切な投稿により、組織の業務を妨害した場合。過去の不衛生行為等の投稿事案では、この罪が適用されるケースが多く見られます。
- 名誉毀損罪(刑法第230条):虚偽、あるいは真実であっても公然と他人の社会的評価を低下させる内容を投稿した場合。
- 不正競争防止法違反:転職先での利用を目的とするなど、不正な利益を得る目的で営業秘密を持ち出し、あるいは公開した場合。
警察への被害届の提出や告訴は、組織が本件を深刻に受け止めていることの証左となり、再発防止に向けた強いメッセージとなります。
まとめ:組織ガバナンスの構築は弁護士に相談を
BeReal.という新しいコミュニケーションツールの登場は、利便性や親密性の裏側に、組織を壊滅させかねない「衝動的な情報漏えい」のリスクを潜ませています。かつての「バイトテロ」は、一部の非正規社員による逸脱行為として捉えられてきましたが、現在のSNS環境においては、あらゆる従業員が「無自覚なテロ」の主体となり得ることを改めて認識しなければなりません。
2026年4月に発生した地方銀行や教育現場での事案は、従来型の安全管理措置がいかに容易に無効化されるかを物語っています。今一度、個人情報保護法や不正競争防止法の要請に立ち返り、就業規則の整備から、BeReal.の特性に即した従業員教育、そしてスマートフォン持ち込み制限といった物理的対策に至るまで、多層的なガバナンスを再構築することが重要です。
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