ネットにおける誹謗中傷と脅迫罪
脅迫というと、体格のいい屈強そうな男が怖い顔ですごんでいるイメージがあるのではないでしょうか。法務省「平成30年版犯罪白書」によれば、平成29年の刑法犯検挙人員のうち、脅迫での逮捕者は2800人ほどですが、実際にイメージそのままである犯人が多いかもしれません。
一方、警察庁「平成30年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によれば、平成29年のサイバー空間における脅迫の摘発件数は310件ですが、この中には中学生や高齢者も含まれています。被害者と直接向かい合う必要がないからです。
ネットを利用していると、つい興奮しすぎてきつい表現をしてしまい、誹謗中傷が脅迫となってしまったりします。面と向かっての発言ではないので、誰でも脅迫となるような投稿ができますし、脅迫罪で逮捕される可能性があります。 この記事では、ネットへの投稿で脅迫罪が成立するパターンや脅迫罪の刑罰、脅迫してしまった場合と脅迫された場合の対応方法などを解説します。
この記事の目次
脅迫罪が成立するための条件とは
ネット上で他人を脅すような言葉で誹謗中傷すると、脅迫罪が成立する可能性があります。
1 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
刑法第222条 (脅迫)
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
上に該当するような投稿をすると、脅迫罪は非親告罪なので、被害者が刑事告訴をしなくても、処罰されてしまう可能性があります。
害悪の告知
「害を加える旨を告知」、つまり「害悪の告知」をしなければ、脅迫罪は成立しません。
「害悪」に該当するかどうかは、客観的に判断されるので、被害者が「脅迫」と感じても、「脅迫」にならないことがあり、その判断は、状況によって異なるとされています。その例として、若くてたくましい体格の男性が「ケガをさせるぞ」と言った場合と、小さな子どもが「ケガをさせるぞ」と言った場合とでは、客観的に見ても、被害者が感じる恐怖感が異なるという場合が、以前からあげられてきました。
前者の場合には「害悪の告知」になり、後者の場合には「害悪の告知」にならないとされてきたのですが、ネット上では、この例は通用しません。凶暴な男の投稿なのか、子どもの投稿なのか、区別がつきません。
だから、サイバー空間における脅迫の摘発者の中には中学生や高齢者も含まれるのです。
脅迫の方法
脅迫罪が成立するためには「害悪の告知」が必要ですが、「告知」という場合、どのような方法が含まれるのでしょうか。
法律上、脅迫罪の害悪の告知方法について、特に制限はもうけられていません。まず、直接言葉で告げた場合には、「告知」です。次に、手紙(脅迫状)を送付した場合にも、「告知」となります。
だから、相手に直接LINEやメールで「秘密をばらすぞ」「ただで済むと思うなよ」などの脅迫のメッセージを送った場合には、「告知」であり、脅迫罪となります。
ネット上の投稿でも、相手を畏怖させるに足りるものなら当然「害悪の告知」です。たとえば、相手のSNSや自分のブログに投稿した場合、「2ちゃんねる」などのネット掲示板に投稿した場合でも、それが「害悪の告知」であれば、脅迫罪が成立する可能性があります。 ネットでは、簡単に脅迫罪が成立してしまうので、投稿にはくれぐれも注意を払わなければなりません。
脅迫の対象について
脅迫罪では、刑法第222条により、脅迫の対象が限定されています。
生命
刑法第222条
生命に対する害悪の告知とは、いわゆる殺害予告であり、「殺す」ということです。だから、「殺すぞ」と言ったり「命はないものと思え」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
身体
身体に対する害悪とは、暴行をする旨の内容であり、相手を傷つけることです。たとえば、「殴るぞ」と言ったり「ただで済むと思うなよ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
自由
自由に対する害悪とは、相手の身体を束縛することです。たとえば、「監禁するぞ」と告げたり「誘拐するぞ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
名誉
名誉に対する害悪とは、相手の不名誉な事実を公開する旨の書き込みで、たとえば、「不倫の事実をばらすぞ」「不正していることを公にするぞ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。この場合、公にしようとしている事実が真実であっても脅迫になる可能性があるので、注意が必要です。
財産
相手の財産に対する侵害をほのめかすことです。たとえば、「お前の金を全部奪ってやる」「家を燃やしてやる」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
上記の5つ以外のものに対する脅しをしても、基本的には脅迫罪になりません。
侵害を受ける者(侵害対象)
脅迫罪では、刑法第222条により、脅迫の侵害対象も限定されています。
脅迫罪が成立するのは、1より「人」つまり「本人」、2より「親族」に害を加える旨を告知した場合のみです。
たとえば、「お前の妻を殺すぞ」 「子どもを誘拐するぞ」などと書き込むと、脅迫罪が成立する可能性があります。しかし、友人や知人などに対する害悪の告知では、脅迫罪は成立しないので、「お前の恋人を殺すぞ」と書き込んでも、脅迫罪には該当しないことになります。
ただし、ペットは「財産」となりますから、「お前のネコをひどい目に合わせるぞ」などと書き込むと、「本人の財産」に対する害悪の告知となり、脅迫罪が成立する可能性があります。
法人に対する脅迫
脅迫罪は、基本的に本人または親族に対する害悪告知がないと成立しないので、法人は対象外となるのが原則です。
ただ、判例より、法人への害悪の告知であっても、それがその害悪の告知を受けた個人(法人の代表者や代理人など)の生命や身体、自由、名誉、財産に対する害悪の告知になるなら、その個人に対する脅迫罪が成立するとされています。
例えば、会社の代表者などに対し、「お前の会社をつぶすぞ」などの書き込みをすると、代表者は、自分個人に対して脅迫を受けたのと同じように畏怖してしまうことが十分に考えられます。
そこで、そういったケースでは、会社に対する害悪の告知を、その告知を受けた個人の生命や身体、自由、名誉、財産に対する害悪の告知ととらえて、脅迫罪が成立する可能性があります。
脅迫罪は相手が「畏怖」する必要はない
脅迫罪は「相手を畏怖させるような害悪の告知」によって成立する犯罪ですが、実際に相手が「畏怖」する必要はありません。
脅迫罪には未遂罪がありません。「脅迫した」時点で「既遂」となってしまうからです。だから、相手が実際におびえたかどうかは関係ないことになります。
脅迫罪のように、問題の行為を行うと当然に成立してしまうタイプの犯罪を、「抽象的危険犯」と言います。その行為自体が危険なので、行為が行われた時点で危険が発生し、罪が成立するという考え方であり、刑法第108条の現住建造物等放火罪がその代表例とされています。 そこで、相手に対して脅迫メールを送ったり、相手のSNSに害悪の告知を書き込んだとき、相手が仮に「怖い」と思わなくても、それが客観的に人を畏怖させるような内容であれば、脅迫罪が成立してしまいます。
脅迫罪とその他の犯罪の関係
脅迫罪と強要罪
脅迫罪と強要罪は、混同されることが多いので、その違いを確認しておきましょう。
1 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
刑法第223条 (強要)
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3 前2項の罪の未遂は、罰する。
強要罪とは、相手に対して脅迫行為をしたり暴行を加えたりすることにより、「義務のないことを行わせ」たり、「権利の行使を妨害した」ときに成立する犯罪です。
脅迫罪との大きな違いは「義務のないことをさせる」「権利を行使させない」という結果をともなう点で、脅迫罪の場合には、こうした結果が発生することはなく、単に脅すだけで、何かをさせようとすることもありません。
これに対し、強要罪の場合、上記のような目的を持ち、相手に義務のないことをさせたり権利行使を妨害したりすることが必要です。したがって、強要罪には未遂罪があります。
脅迫罪と強要未遂罪
そこで、ややこしくなるのが、脅迫罪と強要未遂罪です。「脅迫したが、相手が義務のないことをしなかった」という点では、脅迫罪も強要未遂罪も同じだからです。
強要未遂罪の場合、脅迫行為は、相手に義務のないことをさせることに向けられています。たとえば「土下座しないと殺すぞ」などと言った場合で、「土下座をしろ」というメッセージが込められています。そこで、相手が土下座をしなかったら、強要未遂罪になります。
これに対し、脅迫罪は、単純に「殺すぞ」と言っただけのケースであり、何かをさせたり権利行使を妨害しようとしたりする意図はありません。ここが、強要未遂罪と脅迫罪の違いです。
ネット上の投稿により、相手に対し「〇〇をしないと殺す」「〇〇をしたら放火する」などと、何かを強要したり権利行使を妨害しようとしたりすると、脅迫罪ではなく強要罪や強要未遂罪が成立します。 強要罪の刑罰は、未遂罪でも3年以下の懲役刑となっており、脅迫罪より重いので、注意せねばなりません。
脅迫罪と名誉毀損罪
ネット上の犯罪と言えば、名誉毀損罪を思い浮かべる人が多いでしょう。そこで、脅迫罪と名誉毀損罪の関係を解説します。
脅迫罪は、相手本人やその親族の「名誉を毀損するぞ」として脅した場合にも成立します。そこで、そのような投稿をしたときの名誉毀損罪との関係が問題になります。
脅迫罪は、「名誉を毀損するぞ」として脅す行為です。これに対し、名誉毀損罪は、「実際に名誉を毀損したとき」に成立する犯罪です。そこで、時間的には脅迫罪の方が先になります。
相手に対し「名誉を毀損するぞ」と言って脅した時点で脅迫罪が成立し、その後に、実際に名誉を毀損する行為をしたら、その時点で名誉毀損罪が成立することになります。この場合、脅迫罪と名誉毀損罪は「併合罪」の関係になるので、刑罰が加重されます。
具体的には、懲役刑がより長期である名誉毀損罪の3年を基準とし、その1.5倍となるので、4.5年以下となります。
名誉毀損とは何かを知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
脅迫罪と威力業務妨害罪
脅迫罪と威力業務妨害罪との関係についても、解説しておきましょう。
威力業務妨害罪は、「威力」や「威勢」を示して 対象者の業務を妨害した場合に成立する犯罪です。たとえば、2ちゃんねる等の掲示板に「〇〇のコンサート会場に爆弾を仕掛ける」などと投稿すると、威力業務妨害罪が成立する可能性があります。そしてこの場合、対象者に対する脅迫罪も同時に成立します。
脅迫罪と威力業務妨害罪が成立するときには、通常は、1つの投稿によって2つの罪が成立します。こうした場合、2つの罪は「観念的競合」の関係となり、重い方の罪の刑罰によって裁かれることになります。
威力業務妨害罪の刑罰は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金刑であり、脅迫罪の刑罰より重いので、脅迫行為によって相手の業務を妨害した場合には、威力業務妨害の罪によって裁かれることになります。
まとめ
ネット上でつい調子に乗って、あるいはカッとなって誹謗中傷が過ぎてしまい、相手を「脅迫」してしまうことがあります。脅迫罪が成立してしまうと、被害者に氏名や住所を特定されて、損害賠償金を請求されたり警察に逮捕されたりするかもしれません。なるべく穏便に収束させるためには、ネット問題の経験が豊富な弁護士に、早いうちに相談しましょう。
逆に、もし誰かに脅迫されて身の危険を感じたら、すぐに脅迫行為が行われているブログや掲示板の画面キャプチャー及びプリントアウトによる保存を行うべきです。後に刑事告訴を行うときに必要であり、削除されて脅迫行為が行われたことの証拠が隠滅されることを防止するためです。
問題となる書き込みは、残っている時間が⻑ければ⻑いほど、⽬にする⼈が増え、他の掲⽰板などに転載され、まとめサイトなどにコピーされて、際限なく拡散してしまう恐れがあるので、速やかに削除しなければなりません。
書き込みの削除をするためには、そのサイトの管理⼈・管理会社に削除申請をします。任意での削除を求め、削除を拒否された場合には、裁判所に仮処分申請を⾏います。
脅迫に限らず、ネット⾵評被害の場合、記事を削除しただけでは解決とはならない場合がほとんどです。削除しただけだと、再び同じような書き込みが繰り返されるかもしれないからです。投稿者を特定し、責任を負わせる必要があります。
サイトの管理⼈・管理会社に対して発信者情報開⽰請求を⾏い、開⽰された内容から経由プロバイダを特定します。次にその経由プロバイダに発信者情報開⽰請求を⾏いますが、経由プロバイダは任意で情報を開⽰することはないので、発信者情報開⽰請求の裁判が必要となります。勝訴したら、裁判所が経由プロバイダに発信者情報開⽰命令を出してくれるので、投稿者の住所、⽒名、電話番号、メールアドレスなどの情報を得ることができます。
脅迫された時には、冷静に、毅然と対応しましょう。