ネットにおける誹謗中傷の定義:脅迫罪の成立要件や関連する犯罪も解説
脅迫というと体格のいい男が怖い顔ですごむイメージがありますが、インターネット上では中学生から高齢者まで、誰でも脅迫の加害者になり得ます。
法務省の統計では平成29年の脅迫での逮捕者は2800人、そのうちサイバー空間での脅迫は310件でした。ネット上では相手と直接向き合わないため安易に過激な表現を使ってしまい、それが脅迫罪に発展する場合があります。
本記事では、ネット上の投稿で脅迫罪が成立するケースや対応方法について解説します。
この記事の目次
誹謗中傷の一般的な意味
誹謗中傷とは、根拠のない悪口を言いふらして他人を傷つける行為です。誹謗中傷は法律上の用語ではなく、一般的に使用される言葉です。「誹謗」と「中傷」という二つの要素から成り立っており、「誹謗」は他人を悪く言うことや悪口を指し、「中傷」は根拠のない嘘やでたらめを述べることを意味します。
誹謗中傷に含まれるのは、悪口、嫌がらせ、なりすまし、法律上の不法行為(権利侵害)、犯罪行為など、幅広い行為です。一般的には、人や企業に対して不快な思いや恐怖心をもたらす行為はすべて誹謗中傷として捉えられています。
これは「批判」とは明確に異なります。批判は物事に検討を加えて判定・評価することや、人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じることです。批判が建設的な目的を持って行われるのに対し、誹謗中傷は専ら相手を攻撃し傷つけることを目的としている点が大きな違いです。
誹謗中傷は、特にSNSや掲示板などのインターネット上で深刻な問題です。相手の社会的評価を低下させたり、精神的な苦痛を与えたりする場合には、名誉毀損罪や侮辱罪などの犯罪として処罰される可能性があります。
脅迫罪の成立要件とは
1 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
刑法第222条 (脅迫)
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
上に該当するような投稿をすると、脅迫罪は非親告罪なので、被害者が刑事告訴をしなくても、処罰されてしまう可能性があります。
以降では、条文に出てくる文言をとりあげつつ、脅迫罪の成立要件を解説します。
害悪の告知
「害を加える旨を告知」、つまり「害悪の告知」をしなければ、脅迫罪は成立しません。
「害悪」に該当するかどうかは、客観的に判断されるので、被害者が「脅迫」と感じても、「脅迫」にならないことがあり、その判断は、状況によって異なるとされています。その例として、若くてたくましい体格の男性が「ケガをさせるぞ」と言った場合と、小さな子どもが「ケガをさせるぞ」と言った場合とでは、客観的に見ても、被害者が感じる恐怖感が異なるという場合が、以前からあげられてきました。
前者の場合には「害悪の告知」になり、後者の場合には「害悪の告知」にならないとされてきたのですが、ネット上では、この例は通用しません。凶暴な男の投稿なのか、子どもの投稿なのか、区別がつきません。
実際、サイバー空間における脅迫の摘発者の中には中学生や高齢者も含まれています。
脅迫の方法
脅迫罪が成立するためには「害悪の告知」が必要ですが、「告知」という場合、どのような方法が含まれるのでしょうか。
法律上、脅迫罪の害悪の告知方法について、特に制限はもうけられていません。まず、直接言葉で告げた場合には、「告知」です。次に、手紙(脅迫状)を送付した場合にも、「告知」となります。
だから、相手に直接LINEやメールで「秘密をばらすぞ」「ただで済むと思うなよ」などの脅迫のメッセージを送った場合には、「告知」であり、脅迫罪となります。
ネット上の投稿でも、相手を畏怖させるに足りるものなら当然「害悪の告知」です。例えば、相手のSNSや自分のブログに投稿した場合、「2ちゃんねる」などのネット掲示板に投稿した場合でも、それが「害悪の告知」であれば、脅迫罪が成立する可能性があります。 ネットでは、簡単に脅迫罪が成立してしまうので、投稿にはくれぐれも注意を払わなければなりません。
脅迫の対象について
脅迫罪では、刑法第222条により、脅迫の対象が限定されています。
- 生命:生命に対する害悪の告知とは、いわゆる殺害予告であり、「殺す」ということです。だから、「殺すぞ」と言ったり「命はないものと思え」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
- 身体:身体に対する害悪とは、暴行をする旨の内容であり、相手を傷つけることです。例えば、「殴るぞ」と言ったり「ただで済むと思うなよ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
- 自由:自由に対する害悪とは、相手の身体を束縛することです。例えば、「監禁するぞ」と告げたり「誘拐するぞ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
- 名誉:名誉に対する害悪とは、相手の不名誉な事実を公開する旨の書き込みで、例えば、「不倫の事実をばらすぞ」「不正していることを公にするぞ」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。この場合、公にしようとしている事実が真実であっても脅迫になる可能性があるので、注意が必要です。
- 財産:相手の財産に対する侵害をほのめかすことです。例えば、「お前の金を全部奪ってやる」「家を燃やしてやる」という書き込みをしたりすると、脅迫罪が成立する可能性があります。
上記の5つ以外のものに対する脅しをしても、基本的には脅迫罪になりません。
侵害を受ける者(侵害対象)
脅迫罪では、刑法第222条により、脅迫の侵害対象も限定されています。
脅迫罪が成立するのは、第222条第1項より「「人」つまり「本人」、同条第2項より「親族」に害を加える旨を告知した場合のみです。
例えば、「お前の妻を殺すぞ」 「子どもを誘拐するぞ」などと書き込むと、脅迫罪が成立する可能性があります。しかし、友人や知人などに対する害悪の告知では、脅迫罪は成立しないので、「お前の恋人を殺すぞ」と書き込んでも、脅迫罪には該当しないことになります。
ただし、ペットは「財産」となりますから、「お前のネコをひどい目に合わせるぞ」などと書き込むと、「本人の財産」に対する害悪の告知となり、脅迫罪が成立する可能性があります。
法人に対する脅迫は成立するか?
脅迫罪は、基本的に本人または親族に対する害悪告知がないと成立しないので、法人は対象外となるのが原則です。
ただ、判例より、法人への害悪の告知であっても、それがその害悪の告知を受けた個人(法人の代表者や代理人など)の生命や身体、自由、名誉、財産に対する害悪の告知になるなら、その個人に対する脅迫罪が成立するとされています。
例えば、会社の代表者などに対し、「お前の会社をつぶすぞ」などの書き込みをすると、代表者は、自分個人に対して脅迫を受けたのと同じように畏怖してしまうことが十分に考えられます。このようなケースでは、会社に対する害悪の告知を、その告知を受けた個人の生命や身体、自由、名誉、財産に対する害悪の告知ととらえて、脅迫罪が成立する可能性があります。
脅迫罪は相手が「畏怖」する必要はない
脅迫罪は「相手を畏怖(いふ:恐れおののくこと)させるような害悪の告知」によって成立する犯罪ですが、実際に相手が「畏怖」する必要はありません。
脅迫罪には未遂罪がありません。「脅迫した」時点で「既遂」となってしまうからです。だから、相手が実際におびえたかどうかは関係ないことになります。
脅迫罪のように、問題の行為を行うと当然に成立してしまうタイプの犯罪を、「抽象的危険犯」と言います。その行為自体が危険なので、行為が行われた時点で危険が発生し、罪が成立するという考え方であり、刑法第108条の現住建造物等放火罪がその代表例とされています。
そこで、相手に対して脅迫メールを送ったり、相手のSNSに害悪の告知を書き込んだとき、相手が仮に「怖い」と思わなくても、それが客観的に人を畏怖させるような内容であれば、脅迫罪が成立してしまいます。
誹謗中傷による脅迫罪の罰則
告訴とは、被害者が捜査機関に犯罪の事実を申告して訴追を求める手続きです。告訴は口頭でも可能ですが、通常は書面で行われます。誹謗中傷に関連する名誉毀損罪や侮辱罪は「親告罪」であり、被害者からの告訴が必要です。一方で、脅迫罪は非親告罪であり、告訴がなくても警察が犯罪行為を認知すれば捜査を開始することが可能です。
告訴が受理されると警察が捜査を行い、必要に応じて加害者を逮捕した後、検察に送致されて起訴か不起訴かが決定されます。起訴されると裁判が開かれ、有罪の場合は刑罰を受け前科がつくことになります。誹謗中傷は、脅迫罪のほかにも名誉毀損罪や侮辱罪などに該当する可能性がありますが、どの罪に該当するかの判断は難しいため、専門家の助言が重要です。
関連記事:侮辱罪とは?具体的な言葉の例や名誉毀損罪との違いを解説
脅迫罪は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。
なお、令和7年(2025年)6月1日施行の刑法改正では、現在の「懲役」と「禁錮」を統合した「拘禁刑」が導入される予定です。施行後は、脅迫罪には、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科せられることになります。
脅迫罪とその他の犯罪の関係
SNSやインターネット上での誹謗中傷による脅迫行為は、単なる脅迫罪にとどまらず、強要罪や威力業務妨害罪など、より重い罪に発展する場合があります。また、名誉毀損罪との関係も考慮が必要です。
以下では、脅迫罪と関連する各犯罪の違いや特徴、罰則の違いについて詳しく解説していきます。
脅迫罪と強要罪
脅迫罪と強要罪は、混同されることが多いので、その違いを確認しておきましょう。
1 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
刑法第223条 (強要)
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3 前2項の罪の未遂は、罰する。
強要罪とは、相手に対して脅迫行為をしたり暴行を加えたりすることにより、「義務のないこと」を行わせたり、「権利の行使を妨害した」ときに成立する犯罪です。
脅迫罪との大きな違いは「義務のないことをさせる」「権利を行使させない」という結果をともなう点で、脅迫罪の場合には、こうした結果が発生することはなく、単に脅すだけで、何かをさせようとすることもありません。
これに対し、強要罪の場合、上記のような目的を持ち、相手に義務のないことをさせたり権利行使を妨害したりすることが必要です。したがって、強要罪には未遂罪があります。
脅迫罪と強要未遂罪
そこで、ややこしくなるのが、脅迫罪と強要未遂罪の違いです。「脅迫したが、相手が義務のないことをしなかった」という点では、脅迫罪も強要未遂罪も同じだからです。
強要未遂罪の場合、脅迫行為は、相手に義務のないことをさせることに向けられています。例えば「土下座しないと殺すぞ」などと言った場合で、「土下座をしろ」というメッセージが込められています。そこで、相手が土下座をしなかったら、強要未遂罪になります。
これに対し、脅迫罪は、単純に「殺すぞ」と言っただけのケースであり、何かをさせたり権利行使を妨害しようとしたりする意図はありません。ここが、強要未遂罪と脅迫罪の違いです。
ネット上の投稿により、相手に対し「〇〇をしないと殺す」「〇〇をしたら放火する」などと、何かを強要したり権利行使を妨害しようとしたりすると、脅迫罪ではなく強要罪や強要未遂罪が成立します。 強要罪の刑罰は、未遂罪でも3年以下の懲役刑となっており、脅迫罪より重いので、注意せねばなりません。
脅迫罪と名誉毀損罪
ネット上の誹謗中傷と言えば、名誉毀損罪を思い浮かべる人が多いでしょう。ここでは、脅迫罪と名誉毀損罪の関係を解説します。
脅迫罪は、相手本人やその親族の「名誉を毀損するぞ」として脅した場合にも成立します。そこで、そのような投稿をしたときの名誉毀損罪との関係が問題になります。
脅迫罪は、「名誉を毀損するぞ」として脅す行為です。これに対し、名誉毀損罪は、「実際に名誉を毀損したとき」に成立する犯罪です。そこで、時間的には脅迫罪の方が先になります。
相手に対し「名誉を毀損するぞ」と言って脅した時点で脅迫罪が成立し、その後に、実際に名誉を毀損する行為をしたら、その時点で名誉毀損罪が成立することになります。この場合、脅迫罪と名誉毀損罪は「併合罪」の関係になるので、刑罰が加重されます。
具体的には、懲役刑がより長期である名誉毀損罪の3年を基準とし、その1.5倍となるので、4.5年以下となります。
名誉毀損とは何かを知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
参考:名誉毀損で訴える条件とは?認められる要件と慰謝料の相場を解説
脅迫罪と威力業務妨害罪
脅迫罪と威力業務妨害罪との関係についても、解説しておきましょう。
威力業務妨害罪は、「威力」や「威勢」を示して 対象者の業務を妨害した場合に成立する犯罪です。例えば、2ちゃんねる等の掲示板に「〇〇のコンサート会場に爆弾を仕掛ける」などと投稿すると、威力業務妨害罪が成立する可能性があります。そしてこの場合、対象者に対する脅迫罪も同時に成立します。
脅迫罪と威力業務妨害罪が成立するときには、通常は、1つの投稿によって2つの罪が成立します。こうした場合、2つの罪は「観念的競合」の関係となり、重い方の罪の刑罰によって裁かれることになります。
威力業務妨害罪の刑罰は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金刑であり、脅迫罪の刑罰より重いので、脅迫行為によって相手の業務を妨害した場合には、威力業務妨害の罪によって裁かれることになります。
脅迫行為で身の危険を感じた場合の対処法
インターネット上で脅迫被害に遭った場合、適切な対応を取ることが重要です。具体的な対応は、警察への相談などの刑事的対応と、投稿の削除請求などの民事的対応に大別されます。それぞれの対応について、具体的な手順と注意点を説明します。
刑事(警察への対応)
まず、身の安全確保と警察への相談が最優先事項です。生命・身体への危害を告知されるなど深刻な脅迫を受けた場合には、直ちに警察に相談することをお勧めします。
その際、脅迫が行われているページの画面キャプチャとプリントアウトによる証拠保全を行い、投稿のURL、日時、投稿者情報(表示されている場合)を記録しておかなければなりません。警察には脅迫を受けた経緯や状況を具体的に説明しましょう。警察が動く案件であれば捜査が開始され、投稿者の特定も警察が行うことになります。
警察が動かない場合でも、刑事告訴は可能です。しかし、その場合は投稿者特定のための発信者情報開示請求を自ら行わなければなりません。
発信者情報開示請求については、以下の記事を参考にしてください。
関連記事:発信者情報開示請求とは?改正に伴う新たな手続きの創設とその流れを弁護士が解説
民事(削除、開示請求、損害賠償請求)
民事的対応としては、投稿の削除請求と損害賠償請求が可能です。削除請求については、まずサイト管理者への削除申請を行い、それでも削除されない場合は裁判所への仮処分申請を検討しましょう。
損害賠償請求を行う場合は、発信者情報開示請求により投稿者を特定し、その後損害賠償請求訴訟を提起します。
これらの法的対応は専門的な知識を要する手続きのため、経験豊富な弁護士への相談がおすすめです。深刻な脅迫被害の場合には、まずは警察に相談し、弁護士とも相談しながら、刑事・民事両面からの適切な対応を検討することが重要です。
関連記事:過激なネット投稿は脅迫になることも 「殺す」や「死ね」は脅迫に当たるのか
まとめ:脅迫は弁護士に相談して刑事・民事両面での対応を検討
インターネット上の誹謗中傷による脅迫は、匿名性を利用した深刻な問題です。ネット上での脅迫は投稿者の属性に関係なく、客観的に人を畏怖させる内容であれば脅迫罪が成立し、さらに強要罪や名誉毀損罪などのより重い刑罰の対象になりえます。
被害に遭った場合は、適切な方法で証拠保全を行い、警察への相談や投稿削除請求など、刑事・民事両面から対応しなければなりません。深刻な被害の場合は、すぐに警察に相談し、弁護士に相談しながら迅速に適切な法的対応を取ることが重要です。
誹謗中傷については以下の記事も参考にしてください。
関連記事:ネットの誹謗中傷で被害届を出しても警察は動かない?対処法を解説
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