Amazonにおける虚偽の商標権侵害申立てへの法務戦略とアカウント凍結解除の実務

わが国のデジタル経済において、Amazonは単なるオンラインマーケットプレイスの枠を超え、企業の事業継続を支える極めて重要な社会インフラとしての地位を確立しています。経済産業省の調査によれば、日本のBtoC-EC市場規模は26兆円を超え、その中核を担うプラットフォームでの販売権限は、現代の事業者にとって文字通りの生命線といえます。
しかし、その利便性の裏で、知的財産権保護を目的とした「ブランドレジストリ」制度が、競合他社を排除するための「虚偽の侵害申立」という形で悪用されるケースが激増しています。特に2024年7月23日から本格施行されたAmazonの新ポリシーは、複数回の違反に対してアカウント停止を含む厳格な措置を講じることを明文化しており、出品者はかつてない法的リスクに晒されています。
商標権の行使は本来、法によって保護された正当な権利ですが、それが虚偽の事実に拠るものであれば、不正競争防止法上の信用毀損行為や、刑法上の偽計業務妨害罪を構成し得る重大な違法行為となります。本記事では、実際に発生した虚偽申告事案の記録に基づき、アカウント保護のための法的実務を解説します。
なお、Amazonにおける虚偽の知的財産侵害の申立てについては、以下の記事でも詳しく解説しています。
この記事の目次
Amazonアカウント健全性評価と新ポリシーの構造的リスク

Amazonで出品を行う事業者の地位は、セラーセントラル内の「アカウント健全性(AHR)」ダッシュボードによって一元的に管理されています。このシステムは、出品者がプラットフォームの規約を遵守しているかを数値化し、その健全性をリアルタイムで評価するものです。AHRのスコアは新規出品時には200ポイントから開始され、規約違反が検出されるたびに、その重大度に応じてポイントが差し引かれます。この減点方式において、最も警戒すべきは「知的財産権ポリシーの侵害」に関する申告です。Amazon側が申告を有効と判断した場合、即座に出品情報が削除されるだけでなく、AHRスコアが大幅に低下し、最悪の場合はアカウントが即時停止されます。
2024年7月より適用された新ポリシーは、この執行プロセスをさらに厳格化させました。従来の運用ではスコアの維持が主眼に置かれていましたが、改定後は「特定のポリシーに対する繰り返しの違反(Repeat violation)」が独立した停止基準として定義されました。これにより、累積した違反件数が一定のしきい値に達すると、たとえ全体のAHRスコアが健全な範囲内にあったとしても、システムが自動的に「重大な違反」と判定し、アカウントを閉鎖する可能性が生じています。
| 違反の重大度 | アカウント健全性への影響 | 主な具体例 |
| 重大 | 赤色表示・スコア0。3日間の猶予期間後、対応がなければ即時停止。 | 偽造品、海賊版、他出品者への嫌がらせ、ランキング操作。 |
| 高 | スコアの大幅な減点(通常8ポイント以上)。 | 権利者による有効な権利侵害通知書の提出。 |
| 中 | スコアの減点。 | 外部ウェブサイトへの誘導リンクの設置など。 |
| 低 | スコアの僅かな減点。 | 期限切れ商品やコンディション相違に関する購入者報告。 |
上記の通り、権利者からの侵害申告は「高」以上の重大度として扱われることが一般的であり、虚偽の申告が複数回行われた場合、出品者は防御の機会を与えられる前に事業基盤を破壊されるリスクに直面します。この新ポリシーが、競合排除を狙う攻撃者にとっての格好の武器となっているのです。
Amazonにおける虚偽の商標権侵害申告事例と商標権の効力範囲
実際にあった虚偽の商標権侵害申告事例では、攻撃者が用いた虚偽申告の手法は、法的な商標権の効力範囲を意図的に歪曲させたものでした。この事例では、衣類を販売する出品者に対し、全く異なる商品区分や役務について登録された商標を根拠に、Amazonへ侵害申告を行いました。
商標法第25条は「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する」と定めています。また、同法第37条第1号は、侵害とみなす行為として「指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務について登録商標の使用をする行為」等を挙げています。つまり、商標権の効力は、登録された「指定商品・役務」およびそれらに「類似」する範囲に限定されるのが大原則です。しかし、本件の攻撃者は、例えば「第25類(衣類)」に該当する商品に対し、全く関連のない他の区分の商標を根拠に申告を行っていました。これは、商標法上の権利行使の範囲を明らかに逸脱した行為です。
| 商標権行使の有効性判断要素 | 詳細な分析ポイント |
| 商標の同一性・類似性 | 外観、称呼、観念が共通し、消費者に混同を生じさせるか。 |
| 指定商品・役務の範囲 | 登録された区分と実際に販売されている商品が一致または類似するか。 |
| 権利の消尽(真正品) | 適法に流通した真正品の転売(相乗り出品)であれば、商標権の効力は及ばない。 |
| 権利の濫用 | 侵害の事実がないことを知りながら、営業妨害目的で申告を行っていないか。 |
出品している商品がブランドの真正品であり、かつその品質や保証状態が維持されている場合、商標権は一度適法に販売された時点でその目的を達し、以降の流通を差し止めることはできないという『消尽論』が適用されます。
したがって、客観的な品質劣化や改変がないにもかかわらず、『偽造品』や『商標権侵害』として申告する行為は、法的根拠を欠くばかりか、不正競争防止法違反(信用毀損)や不法行為を構成する可能性があります。
不正競争防止法に基づく信用毀損の法理
虚偽の侵害申告を受けた出品者が、民事上の救済を求める際に中核となるのが「不正競争防止法」です。同法第2条第1項第21号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争行為として禁じています。
この条項が適用されるためには、裁判実務上、以下の5つの要件を満たす必要があります。
- 「競争関係」にあること:加害者と被害者が需要者や取引先を共通にする可能性があれば広く認められます。Amazonという同一のマーケットプレイス内で同種の商品を扱っていれば、この要件は容易に満たされます。
- 「他人の営業」に関する事実であること:申告対象となった出品者の販売活動や商品の適法性など、営業活動の核心部分に関する情報であることを指します。
- 「営業上の信用を害する」ものであること:ここでいう「信用」とは、経済的活動における社会的評価を指します。Amazonから「侵害の疑い」をかけられ、商品ページが削除されることは、プラットフォーム内および顧客に対する社会的評価を著しく毀損する行為といえます。
- 「事実の告知または流布」があること:Amazonの通報フォームを通じた権利侵害の申告は、プラットフォームという第三者に対して侵害の事実を伝える「告知」に該当します。
- 「虚偽の事実」であること:知的財産権侵害がないにもかかわらず、侵害があるとして通報する行為は、「虚偽の事実」の告知となります。
裁判例によれば、権利者が「侵害である」と誤信して申告した場合であっても、その判断に相当な根拠を欠き、権利侵害の有無を十分に調査・検討すべき注意義務を怠った場合には、過失が認められ、不正競争行為が成立します。
大阪地方裁判所令和5年5月11日判決(令和3年(ワ)第11472号)では、Amazonへの権利侵害申告が不競法上の「事実の告知」に該当することを改めて確認した上で、権利侵害の事実について十分な調査検討を尽くさなかった申告者に対し、損害賠償を命じています。このように、司法はプラットフォームを通じた安易な権利行使に対し、厳格な法的責任を課す傾向を強めています。
刑法上の偽計業務妨害罪と刑事責任の追及

虚偽の申告行為は、民事上の責任にとどまらず、刑事罰の対象となる可能性もあります。刑法第233条の信用毀損及び業務妨害では「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する」と規定しています。
ここでいう「偽計」とは、人を欺き、あるいは人の不知や錯誤を利用することを指します。Amazonの担当者は、申告された内容が真実であることを前提にシステム上の制限をかけますが、申告者がその信頼を逆手に取り、侵害の事実がないことを知りながら、あるいは重大な過失により侵害であると称して申告を行うことは、プラットフォーム運営者を錯誤に陥れる行為といえます。また、この行為の結果として、出品者の販売活動が停止され、棚卸しや在庫管理、カスタマー対応といった通常の業務が妨げられるため、「業務妨害」の要件も充たされることになります。
実務上、Amazonにおける虚偽申告事案で刑事告訴まで至るケースは決して多くはありません。しかし、弁護士が送付する受任通知や警告書において、この『偽計業務妨害罪』の該当性を明確に指摘することは、強力な交渉材料となります。
特に、相手方が競合他社を排除する目的で、複数のASINに対して組織的かつ反復的に申告を繰り返している場合、その態様は悪質と判断されます。このようなケースでは、単なる民事上の不法行為にとどまらず、刑事事件としての立件を示唆することで、相手方に申告の撤回を促すことが可能となります。
損害賠償請求における逸失利益と算定の実務
不当な侵害申告によって出品が停止された場合、被害者は民法第709条(不法行為)および不正競争防止法第4条に基づき、被った損害の賠償を請求することができます。損害額の算定において中心となるのは、出品停止期間中に得られたはずの「逸失利益(得べかりし利益)」です。
前述の大阪地裁判決では、損害額の算定方法として「本件各申告により出品が停止されたことによる原告の販売機会喪失による損害(逸失利益)の額は、商品ごとに、月平均販売個数を日割りにし、これに各出品停止期間及び利益額を乗じた額とするのが相当である。」としています。これは、Amazonのセラーセントラルで詳細な販売統計が記録されていることを前提とした、合理的かつ客観的な算定手法です。
実務的には、Amazonから「侵害の疑い」の通知が届いた時点から、そのASINの過去の販売実績データを速やかにダウンロードしておく必要があります。Amazonのレポートは時間が経過すると詳細なデータが参照できなくなる場合があるため、証拠保全の初動が損害賠償請求の成否を分けることになります。
弁護士による介入と警告書の戦略的送付
Amazon内部の異議申立てプロセスは、AIや機械的な処理が中心であり、法的な詳細議論が担当者に届きにくいという構造的課題があります。そのため、虚偽申告への対応で迅速に効果を発揮するのは、弁護士による申告者本人への直接的な「受任通知」および「警告書」の送付です。
実務上の手法としては、内容証明郵便に加え、特定記録郵便を併用することが一般的です。警告書に盛り込むべき必須要素は以下の通りです。
- 事実関係の特定:対象となっているASIN、申告番号、および侵害を主張されている商標権の内容を明記する。
- 非侵害の主張:商標の指定区分との相違、真正品であること、または権利の消尽などの法的根拠を詳述する。
- 違法性の指摘:不正競争防止法2条1項21号違反、および刑法233条(偽計業務妨害)への該当性を指摘する。
- 具体的な要求:Amazonへの申告撤回の意思表示を期限内に行うよう求め、その手続き(撤回フォームの使用等)を指定する。
- 法的措置の予告:期限内に回答および撤回がない場合、直ちに損害賠償請求訴訟および刑事告訴の手続きに移行する等を通知する。
Amazonへの申告撤回プロセスとアカウント回復の手順

相手方との交渉が奏功し、申告の取り下げに合意した場合、最終的な着地点は「Amazon上でのステータスの正常化」です。単に相手方が「取り下げた」と言うだけでは不十分であり、Amazonのシステムにその情報が反映されなければなりません。
申告者は、Amazonが提供する「申請取り消しフォーム」または侵害申告時に受信したメールへの返信という形で、撤回通知を送信する必要があります。この際、以下の情報が正しく含まれているかを確認させる必要があります。
- 当初の申告時の申立て番号(Report ID)。
- 対象となるASIN。
- 「侵害の主張は誤りであった」という明確な意思表示。
撤回が行われると、申告者にはAmazonから確認メールが届きます。このメールのスクリーンショット、またはセラーセントラル内の「申告履歴」画面の証拠を相手方から入手し、出品者側からもAmazonのアカウント健全性サポートへ共有することで、回復のプロセスが加速します。
万が一、相手方が撤回に協力しない場合、最終手段として弁護士が作成した「非侵害意見書(Legal Opinion)」をAmazonに直接提出する手法があります。Amazonの担当者は法務の専門家ではないため、判例や条文を引用し、視覚的に侵害がないことを論証した意見書を提示することで、相手方の撤回を待たずしてAmazon側の判断で警告を解除させることが可能となります。
Amazonにおける意匠権侵害申立て事例でのアカウント回復については、以下の記事にて解説しています。
防御的知的財産ガバナンスの構築:アカウント健全性アシュアランスの活用
虚偽申告への事後的な対応に加え、企業としてはアカウント停止のリスクを構造的に低減させる「防御的ガバナンス」を構築しておくことが求められます。その有力な手段の一つが、Amazonの「アカウント健全性アシュアランス(AHA)」プログラムへの登録維持です。
AHAは、大口出品者であり、かつAHRスコア250以上を過去6か月間維持している等の条件を満たした事業者に提供される優先サポートサービスです。このプログラムの最大の利点は、アカウント停止に直結するような重大な違反が疑われた際、Amazonが即時に停止措置を講じるのではなく、まず出品者に電話(緊急連絡先)で連絡を入れ、72時間の猶予期間を設ける点にあります。
この72時間は、弁護士と連携して状況を把握し、Amazonに対して「現在、権利者と協議中である」「法的に非侵害である根拠を準備中である」といった説明を行うための、決定的な時間的猶予となります。AHAの資格を維持することは、現代のAmazonビジネスにおける「保険」とも呼べる極めて重要な戦略的要素です。AHAの資格維持は、単なるサポートサービスへの加入ではなく、プラットフォームにおける『適正手続(デュー・プロセス)』を自前で確保するための実務的な投資であるとも言えるでしょう。
また、自社ブランドの商品を展開している場合は、必ず「Amazonブランド登録(Brand Registry)」を完了させ、自身の商標をシステム上で保護しておくべきです。これにより、他者による不当な侵害申告を受けた際、自身のブランド権限に基づいて迅速に異議を申し立てることが可能となります。
まとめ:防御的知的財産ガバナンス構築は弁護士に相談を
Amazonにおける虚偽の知的財産権侵害申告は、プラットフォームの自動化された自浄作用を悪用した、現代のデジタル経済における重大な営業妨害行為です。2024年7月のポリシー改定により、出品者は「繰り返しの違反」に対する脆弱性を抱えることとなりました。
不当な知的財産侵害申告に対しては、不正競争防止法による民事賠償や、刑法による偽計業務妨害罪の追及、そして弁護士を通じた戦略的な内容証明の送付が効果的です。
虚偽申告に直面した際の初動においては、感情的な反論を避け、商標の区分や商品の真正性を客観的に証明する証拠を即座に集積し、法的な論理構成を構築することが不可欠です。特にポリシー改定後は、スピード感を持った法的初動は、ビジネスの命運を分けるといっても過言ではないでしょう。専門家の助言を受けてあらかじめ防御的知的財産ガバナンスを構築しておくことをお勧めいたします。
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