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シンガポールの広告規制を弁護士が解説

シンガポールの広告規制を弁護士が解説

シンガポール共和国(以下、シンガポール)は東南アジアにおける金融およびビジネスの中心地として確固たる地位を築いており、多くの日本企業が新たな市場の開拓やアジア展開の統括拠点として同国への進出を検討しています。市場の成熟度が高く購買力のある消費者が多いシンガポールにおいて、自社の商品やサービスの効果的なマーケティングを行いブランドの認知度を高めるための広告戦略は、ビジネス成功の鍵を握ります。しかしながら異なる法域において広告活動を展開する際には、その国特有の法規制や文化的背景を深く理解し遵守することが不可欠です。

シンガポールの広告規制は、日本の法制度と共通する概念を持ち合わせている一方で、多民族や多宗教が共存する国家としての社会的調和の維持や政府主導による国民の健康増進といった強力な政策目標を反映した、極めて厳格かつ独自のルールによって構成されています。

第一に、シンガポールの広告規制は、シンガポール広告基準協議会(ASAS)が運用するシンガポール広告行動規範(SCAP)による自主規制と政府機関による法的規制という強固な二段構えの構造を持っています。このため自主規制の枠を超えた法的執行が政府との連携により強力に行われる点が特徴です。

第二に、消費者保護公平取引法(CPFTA)に基づく不当表示の取り締まりは、日本の景品表示法とは異なるアプローチをとっており、競争・消費者委員会(CCCS)による強制的な調査や裁判所を通じた差止命令が強力に機能しています。

第三に最も注意すべき点として、食品規則に基づく栄養グレード(Nutri-Grade)制度による健康および食品関連の厳格な広告規制が挙げられます。糖分や飽和脂肪酸の含有量が多い飲料(グレードD)についてはテレビやインターネットなどの全メディアにおける広告が法的に禁止されるという日本では類を見ない強力な措置がとられています。

第四に、多民族国家としての調和を維持するため、広告における宗教的および人種的な配慮が強く求められており、これに反する不適切な表現は宗教調和維持法(MRHA)や刑法に基づく刑事制裁の対象となる重大なリスクを孕んでいます。公共性の高い交通機関や屋外メディアでの広告についても陸上交通庁(LTA)による厳密なガイドラインが適用されます。

さらに、インターネット広告における他社商標の利用に関して、シンガポール独自の判断基準を示す最新の判例も形成されています。

これらの規制やルールを正確に把握することは、シンガポールにおける安全かつ効果的なマーケティング活動の前提となります。日本企業はこれらの日本法との差異を理解し現地の法令に完全に準拠した広告コンプライアンス体制を構築する必要があります。

本記事では、シンガポールにおけるビジネスの展開を検討されている日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、同国の広告規制の全体像を詳細に解説いたします。

シンガポールにおける広告規制の全体構造と自主規制機関の役割

シンガポールにおける広告の適正性を担保する制度は、業界の自主規制機関による行動規範の運用と、政府機関による法執行の密接な連携によって構築されています。このエコシステムの中心的な役割を担っているのが、シンガポール消費者協会(CASE)の下部組織として機能するシンガポール広告基準協議会(ASAS)です。ASASは広告主、広告代理店、および各種メディアを代表する組織によって構成され、シンガポール広告行動規範(SCAP)というガイドラインを策定および運用しています。

SCAPの基本原則は、シンガポール国内で発信されるすべての広告が合法的(legal)であり、妥当(decent)であり、誠実(honest)であり、かつ真実(truthful)でなければならないという点に集約されます。広告主には、消費者を不正確な記述、曖昧さ、事実の誇張、または重要な情報の省略によって誤導してはならないという厳格な責任が課せられています。

このSCAPの公式なテキストは、ASASの公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:シンガポール広告基準協議会の公式ウェブサイト

日本においても日本広告審査機構(JARO)が自主規制機関として機能し、虚偽誇大広告や誤解を招く広告の排除に努めていますが、シンガポールにおけるASASの権限は日本の自主規制機関よりも実効性が高い運用がなされている点に注意が必要です。ASASはSCAPに違反する広告を発見した場合や消費者からの苦情を受けた場合、違反企業に対して広告の撤回や修正を求めることができます。さらに、企業がこの要請に応じない場合、ASASはメディアの所有者やプラットフォーム事業者に対して直接働きかけ、違反広告の掲載を強制的に差し止める力を持っています。

加えて、悪質な違反行為や消費者に重大な不利益をもたらす事案については、政府の執行機関である競争・消費者委員会(CCCS)へ直接事案を引き継ぎ、後述する消費者保護公平取引法(CPFTA)に基づく法的措置の発動を促すことが実務として定着しています。このような執行体制の存在から、シンガポールにおいては業界の自主規制規則への違反が直ちに国家権力による制裁へと結びつくリスクがあるということが言えるでしょう。

シンガポール消費者保護公平取引法(CPFTA)と不当表示の法的規制

シンガポール消費者保護公平取引法(CPFTA)と不当表示の法的規制

シンガポールにおいて消費者を欺く広告表現や不当表示を直接的に取り締まる主要な法律が、2003年に制定された消費者保護公平取引法(Consumer Protection (Fair Trading) Act、以下CPFTA)です。この法律は消費者を不公正な取引慣行から守るための包括的な枠組みを提供しており、広告における虚偽の主張を厳しく制限しています。

不公正な取引慣行の定義とCCCSによる調査権限

CPFTAの第4条では、不公正な取引慣行(Unfair Practices)を明確に定義しています。これには消費者を欺く、または誤導する可能性のある行為や不作為、虚偽の主張を行うことなどが含まれます。また法律の第2付則(Second Schedule)には、具体的な不公正な取引慣行として27の項目が詳細にリストアップされています。このリストの中には、商品の品質、原産地、効能に関して事実と異なる表示を行うことや、中古品や劣化した商品を新品として偽って宣伝することなどが明記されており、企業が行うあらゆる広告やプロモーション活動がこの規制の対象となります。

CPFTAの条文および第2付則の詳細は、シンガポールの法令オンラインデータベースで確認することができます。

参考:シンガポール法令オンラインデータベース

これらの規制の実効性を担保するため、CPFTAの第3A部(Part 3A)において、執行機関である競争・消費者委員会(CCCS)に極めて強力な調査権限が付与されています。第19条によりCCCSは疑わしい企業に対する調査を開始し、第20条に基づいて関連する文書や情報の提出を強制することができます。さらに第21条および第22条に基づき、令状の有無にかかわらず企業のオフィス等へ立ち入り検査を行い証拠を押収する権限も認められています。

調査に対する非協力的な態度はCPFTAの第3B部(Part 3B)において直接的な刑事罰の対象とされています。情報の提供を拒否すること(第27条)、証拠となる文書を破棄または改ざんすること(第28条)、CCCSの職員に対して虚偽の情報を提供すること(第29条)はすべて犯罪を構成し、企業そのものだけでなく関与した取締役などの個人も重い罰金や懲役刑に処される可能性があります。

CCCSによるエンフォースメント事例

CPFTAが実際にどのように適用されているかを示す最近の事例として、2024年にCCCSが浄水器などを販売するSterra Tech Pte. Ltd.に対して行った調査と行政指導が挙げられます。同社はオンライン広告において、自社の浄水器を通さないシンガポールの水道水は直接飲むには安全ではないという虚偽の主張を展開しました。さらに同社のウェブサイト上では、中国で製造された空気清浄機や浄水器をシンガポール製や韓国製であるかのように装う不当表示が行われていました。

CCCSからの厳しい調査を受けた結果、同社はすべての不公正な取引慣行を直ちに停止すること、今後のマーケティング資料が公平取引法に準拠していることを保証する内部コンプライアンス方針を策定すること、そして自社のウェブサイトおよびソーシャルメディア上で30日間にわたり公式な謝罪文を掲載することに合意し、これをCCCSに対する確約(Undertaking)として提出しました。

この事案に関する公式なメディアリリースは、競争・消費者委員会のウェブサイトで確認することができます。

参考:競争・消費者委員会公式ウェブサイト

日本の景品表示法との比較と実務上の留意点

日本において企業の広告表示を規制する主要な法律は不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)です。景品表示法は優良誤認や有利誤認といった不当表示に対して、事業者の故意や過失を問わず行政処分を下すことができる無過失責任の性質を持ち、特に違反企業に対する課徴金納付命令制度が強力な抑止力として機能しています。

これに対してシンガポールのCPFTAは、行政による直接的な課徴金(罰金)の賦課を主たる手段とするのではなく、裁判所を通じた法的救済に重点を置いている点で日本法と異なります。CPFTA第9条に基づき、CCCSは不公正な取引慣行を継続する企業に対して裁判所に差止命令(Injunction)を申し立てることができ、もし企業が裁判所の命令に従わない場合は法廷侮辱罪という深刻な刑事責任に問われることになります。またCPFTA第6条により、不当表示によって被害を受けた消費者個人が企業を直接提訴し損害賠償を求める権利も明確に保障されています。

日本の景品表示法も2023年の法改正により、違反の疑いがある事業者が自発的な改善措置計画を申請し認定を受ければ行政処分や課徴金を免除される確約手続を導入しました。これはCPFTA第8条に基づくシンガポールの自発的コンプライアンス合意(Voluntary compliance agreement)に非常に類似したアプローチです。日本企業がシンガポールで広告活動を行う際は、行政からの金銭的制裁リスクのみならず、競合他社や消費者団体からの通報を端緒とするCCCSの強制的な調査、さらには消費者からの民事訴訟リスクに備える必要があります。

シンガポールの栄養グレード制度による厳格な広告規制

シンガポールにおける広告規制の中で、日本企業が最も注意を払うべき独自かつ極めて強力な制度が、食品規則(Food Regulations)に基づく栄養グレード(Nutri-Grade)制度です。シンガポール政府は国民の糖分や飽和脂肪酸の過剰摂取による肥満および糖尿病の増加を国家的な公衆衛生の危機と位置づけており、食品規則第184A条から第184F条において、特定の飲料に対する厳格な表示義務と広告禁止措置を法的に義務付けています。

Nutri-Gradeの評価基準と表示義務の詳細

Nutri-Grade制度では、対象となる飲料の100ミリリットルあたりの糖分と飽和脂肪酸の含有量に基づいて、製品をAからDの4段階のグレードに分類します。この制度は当初、あらかじめ包装された飲料(Prepacked beverages)のみを対象としていましたが、2023年12月30日以降は、飲食店でその場で調理され提供される飲料(Freshly prepared beverages)や自動販売機で提供される飲料にも規制の範囲が拡張されました。飲食店で提供されるカスタマイズ可能な飲料の場合、顧客が糖分量などを変更しないデフォルトの調製状態に基づいた評価を行う必要があります。

栄養グレード糖分含有量(100mlあたり)飽和脂肪酸含有量ラベル表示義務
グレード A1g以下(かつ甘味料不使用)7g以下任意
グレード B1g超 ~ 5g以下7g超 ~ 1.2g以下任意
グレード C5g超 ~ 10g以下2g超 ~ 2.8g以下必須
グレード D10g超8g超必須

データの出典:シンガポール健康促進局(HPB)Nutri-Gradeガイドラインに基づく

食品規則第184D条の規定により、グレードCおよびグレードDに分類された飲料は、消費者が商品を購入する際に主要な視野に入るパッケージの前面(Front-of-Pack)に、指定されたデザインのNutri-Gradeマークと糖分含有率を明示するラベルを貼付することが法的に義務付けられています。飲食店で提供される新鮮な飲料の場合も、メニューやポスター、デジタルサイネージ上にこれらのマークを明確に表示しなければなりません。

グレードD飲料に対する広告禁止措置と例外規定

この制度の中で最も厳格な規制が、食品規則第184F条に規定されるグレードD飲料の広告の全面禁止です。シンガポール国内において、グレードDに評価された飲料の販売を直接的または間接的に促進する広告は、テレビやラジオの放送メディア、新聞や雑誌などの印刷媒体、インターネット(自社サイト、SNS、動画プラットフォームを含む)、さらには屋外のビルボード広告など、あらゆるメディアプラットフォームにおいて掲載が禁止されます。

ただしこの厳格な禁止措置にも、消費者の選択の自由と企業の最低限の営業活動を保護するための法的例外が存在します。主な例外は以下の通りです。

  1. 店頭(POS)での情報提供:コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどのバラエティショップの店舗内、およびオンラインのショッピングサイト内における広告は、製品のNutri-Gradeマークを明確に表示することを条件に許可されます。ただし音声による広告を行う場合は「この製品のNutri-GradeはDです」という警告メッセージを含めることが義務付けられています。
  2. 企業間取引(B2B):一般消費者を対象としない卸売業者向けのカタログや価格表。
  3. コーポレートサイトでの事実提示:製造業者や輸入業者の公式コーポレートサイトにおいて、販売促進を目的とする宣伝文句を含めず、製品の名称や価格のみを事実として提供する場合。
  4. メディア向け発表:報道機関向けに配信されるプレスリリース。

日本の健康増進法や食品表示法では、特定保健用食品や機能性表示食品のように健康に有益な機能を持つ食品の表示を適切に管理し促進する制度は存在しますが、政府が法律によって糖分が多い製品を健康に悪いと明示的にレッテル貼りし、その広告そのものを全面的に禁止するという規制は存在しません。したがって日本の飲料メーカーや飲食店チェーンがシンガポールに進出する際、日本国内で販売している人気商品のレシピをそのまま持ち込むとグレードDに該当してしまい、市場でのマーケティング活動が一切できなくなるという致命的なリスクに直面します。商品展開の前に現地の基準に基づいたレシピの改良(リフォーミュレーション)を検討することが不可欠です。

食品規則に基づくNutri-Gradeの法的要件は、シンガポールの法令オンラインデータベースで確認することができます。

参考:シンガポール法令オンラインデータベース(食品規則)

シンガポールの広告における宗教的・人種的多様性に対する法的義務

シンガポールの広告における宗教的・人種的・文化的多様性に対する法的義務

シンガポールは中国系、マレー系、インド系など多様な民族が暮らし、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、キリスト教など様々な宗教が共存する多民族・多宗教国家です。このような社会において民族的および宗教的な調和を維持し社会の分断を防ぐことは、国家安全保障上の最優先事項と位置づけられています。そのため広告表現においても、他国には類を見ないほど高度な配慮が求められます。

SCAPに基づく自主的基準と社会的責任

SCAPのガイドラインは広告が社会に与える影響力を重く見ており、人種的および宗教的調和に関する厳密なルールを設けています。広告は特定の人種や宗教の視点を直接的であれ間接的であれ促進してはならず、特定の宗教が唯一のまたは真実の信仰であると主張するような表現は認められません。また製品やサービスを販売する目的で特定の宗教的信念や実践を利用することは明確に禁止されています。テレビやラジオなどの放送メディアに対しても、番組の視聴者層や時間帯を考慮し、異なる人種や宗教の感情を害することのないよう細心の注意を払って広告をスケジュールするよう求めています。

宗教調和維持法(MRHA)および刑法による刑事罰のリスク

自主規制の枠を超えて、これらの社会的調和を脅かす行為に対しては強力な法的制裁が用意されています。1990年に制定された宗教調和維持法(Maintenance of Religious Harmony Act、以下MRHA)は、宗教間の敵意や敵対心を引き起こす行為、または宗教の名を借りて政治活動を行う行為に対して、内務大臣が直接的に拘束命令(Restraining Order)を発出する権限を付与しています。この命令に違反した場合は重い罰則が科されます。企業の広告キャンペーンが意図せずとも特定の宗教グループを侮辱したり対立を煽ったりする結果となった場合、このMRHAに基づく国家権力の介入を招く恐れがあります。

さらにシンガポール刑法第298A条は、人種や宗教に基づいて異なるグループ間に敵意や悪意を促進する意図的な試みを犯罪として明確に規定しています。近年、マスメディアにおける広告表現が発端となり、社会的対立が刑事事件へと発展した重要な判例として、Subhas Govin Prabhakar Nair v Public Prosecutor SGHC 18 があります。

この事件の背景には、ある企業が展開した電子決済サービスの広告において、中華系の俳優が自身の肌を茶色に塗りマイノリティの民族を演じたいわゆるブラウンフェイス広告が存在しました。この広告自体は人種的配慮を欠くものとしてASASから強い非難を浴び即座に撤回されましたが、被告人であるSubhas Nair氏らはこの広告に対する抗議として、ソーシャルメディア上に人種間の対立を激しく煽るようなラップ動画やメッセージを投稿しました。結果として被告人は刑法第298A条違反で起訴され、2025年の高等裁判所の判決において、Hoo Sheau Peng裁判官は被告人がシンガポール国内の異なる人種および宗教グループ間に悪意を促進しようと意図的に試みた事実を認定し、有罪判決を支持しました。

日本において不適切な広告表現がいわゆる炎上状態になることはあっても、直ちに国家の治安維持法制や刑法によって裁かれるケースは極めて稀です。しかしこの判例から、シンガポールでは人種的または宗教的感受性を無視したマーケティングが社会の深刻な分断を引き起こし、関係者が刑事追及を受けるほどの重大な事態に発展するリスクがあるということが言えるでしょう。

シンガポールの交通機関および屋外メディアにおける広告規制

シンガポールにおいて公共性の高いMRT(地下鉄)の駅構内や車両、バスおよびバス停などの交通インフラは、広範な消費者にリーチできる非常に効果的な広告媒体として利用されています。しかし都市の景観保護と安全性の確保、そして公共空間における妥当性の観点から、陸上交通庁(Land Transport Authority、以下LTA)によって非常に詳細かつ厳格な広告ガイドラインが設定されています。

例えばバスの車体広告に関するLTAの規制では、交通安全上の理由と車両の識別を妨げないようにするため、バスの前面にあたるフロントガラスおよびその周辺への広告掲載は長年にわたり禁止されています。またバスの側面や後方の窓ガラスに貼付する穴あきステッカー(Perforated stickers)についても厳密な仕様が定められており、車内からの視界を確保するためにステッカーは少なくとも40パーセントの透視性を持たなければならず、窓ガラス全体の表面積の25パーセントを超えて覆うことは許可されません。さらにナンバープレートや法定の運行情報表示、非常口の位置などを広告で隠すことは厳禁とされています。

これらのLTAによるバス広告の規定に関するガイドラインは、陸上交通庁の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:シンガポール陸上交通庁公式ウェブサイト

近年LTAは新たな広告契約の枠組みの下で規制を一部緩和し、バスの側面上部などに及ぶよりダイナミックなフルボディラッピング広告を条件付きで許可し始めています。しかしどのような広告であってもテキストは遠くからでも容易に読み取れるものでなければならず、すべての広告のコンテンツが正確であり妥当性と美学の基準を満たしているかどうかが、メディアオーナーおよび当局によって厳しく審査(Copy Vetting)されます。日本においても景観条例等による屋外広告物の規制は存在しますが、シンガポールの場合は公共交通機関という国のインフラを利用する上で、デザインの美観や社会的メッセージの妥当性が法的に近いレベルで事前審査される点が特徴です。

シンガポールのインターネット広告における他社商標の利用

シンガポールのインターネット広告における他社商標の利用

デジタルマーケティングが主流となる現代において、検索エンジンの連動型広告(例えばGoogle広告など)を利用して自社の商品やサービスを宣伝することは一般的な手法です。その際、競合他社の登録商標をキーワードとして入札したり広告文面に含めたりする行為が、商標法上の侵害に該当するかがしばしば法的な争点となります。シンガポールにおいて、このインターネット広告特有の問題に対して画期的な法的基準を示したのが、2025年に控訴院(最高裁判所に相当)によって下された East Coast Podiatry Centre Pte Ltd v Family Podiatry Centre Pte Ltd SGCA 28 の判決です。

この事件では足病治療のサービスを提供する原告(East Coast Podiatry Centre Pte Ltd)が、ビジネス上の競合である被告(Family Podiatry Centre Pte Ltd)を商標権侵害およびパッシングオフ(詐称通用)で提訴しました。被告はGoogle広告の機能を利用し、ユーザーが特定の検索を行った際に原告の登録商標に類似する「east coast podiatry」などの言葉をオンライン広告の中に表示させていました。

第一審の高等裁判所では、被告が検索キーワードとしてこれらのサインを使用したことが商標としての使用の要件を満たしたと仮定した上でも、原告の商標と被告が使用した言葉は完全に同一ではないと判断されました。さらにユーザーが広告をクリックしてたどり着く被告のウェブサイト上には原告の商標や名称が一切記載されていなかったため、消費者が広告の出所について初期に抱いたかもしれない混同は最終的なウェブサイトを閲覧した段階で解消されると判断されました。その結果、商標法に基づく混同の恐れ(Likelihood of confusion)は存在せず原告の請求は棄却されました。

しかし原告はこれを不服として控訴し、控訴院(Court of Appeal)において審理が行われました。この控訴審の判決は、インターネット広告の文脈における商標としての使用の初期の閾値に関する重要な法的解釈を示すものとなりました。本判決はシンガポール商標法第27条に基づく侵害訴訟において、検索連動型広告での他社商標の使用がどのように評価されるかを詳細に論じており、イギリスやヨーロッパにおける商標法の解釈とは異なるシンガポール独自の法理が発展しつつあることを法曹界に知らしめました。

この重要な判例の公式な判決文は、シンガポール裁判所の電子訴訟データベースで確認することができます。

参考:シンガポール裁判所電子訴訟データベース

日本においても、他社の登録商標をリスティング広告のキーワードとして購入する行為自体は直ちに商標権侵害とはならないものの、広告のタイトルやスニペット文の中に他社の商標を無断で表示し、消費者に自社のサービスであると混同させるような場合は、商標権侵害や不正競争防止法違反に問われるリスクがあります。シンガポールでデジタルマーケティングを展開する日本企業は、この最新の判例が示す通り、広告が表示された瞬間の初期の印象だけでなく、消費者が最終的に到達するランディングページを含めた全体的なカスタマージャーニーにおいて、競合他社の商標権を不当に侵害したり消費者を誤導したりしていないかを慎重に法務レビューする必要があります。

まとめ

シンガポールにおける広告規制はこれまで詳細に解説してきた通り、企業のマーケティング活動に対して非常に広範かつ強力なルールを課しています。日本企業の経営者や法務担当者の皆様は、日本国内で成功を収めた広告のクリエイティブやマーケティング戦略を、そのままの形でシンガポール市場に持ち込むことの危険性を十分に認識する必要があります。特に食品規則のNutri-Grade制度による糖分・脂肪分の多い特定の飲料に対する広告の全面禁止措置や、多民族国家の根幹に関わる宗教・人種問題に触れる表現に対する刑事罰のリスクは、日本法に基づくコンプライアンス感覚では予測しがたい重大な法的落とし穴となり得ます。

また、消費者保護公平取引法(CPFTA)の運用に見られるように、競争・消費者委員会(CCCS)の調査権限は極めて強力であり、ひとたび不当表示とみなされた場合には、ブランドイメージに致命的な打撃を与える強制的な是正措置や謝罪広告の掲載が要求されます。さらに、インターネット広告における他社商標の使用といったデジタル領域特有の問題についても、独自の判例法理が形成されつつあり、常に現地の最新の法的動向にアンテナを張っておくことが求められます。

多民族および多宗教が共存し、政府が国民の健康や社会的調和に対して強い責任感を持つシンガポールにおいてビジネスを成功に導くためには、発信する広告表現の一つひとつが合法的であり、かつ社会的に妥当なものであるかを事前に精査する厳格なプロセスが不可欠です。現地の文化や社会的背景に対する深い敬意と、複雑な法体系に対する正確な理解が求められます。

モノリス法律事務所では、シンガポールにおけるビジネスの展開やマーケティング活動を検討されている企業様に対して、現地の法的要件を満たした安全な事業運営を実現するためのサポートを行っております。現地の法規制に対する事前のリーガルチェックや、広告表現の適法性の確認、さらには海外進出に際して直面する様々な法的課題の解決に向けてサポートいたします。シンガポール市場での持続的な成長と企業ブランドの保護を確実なものとするためにも、広告規制を含めたコンプライアンス体制の構築についてぜひお気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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